164話「乳と袋と荒療治」
――翌日。
宿の前に集合した皆に混じる俺。
「復活!」
「じゃないわよ! 今日は休みなさいって、昨日言ったわよね?」
「そ、そうだけどさぁ・・・・・・部屋で寝てるだけじゃ退屈過ぎて・・・・・・。それに、体調の方はもう万全だし!」
「もう、貴女ねぇ・・・・・・。」
「激しい運動とかはしないからさ・・・・・・道具屋とか見て回ったりするだけ! ね、お願い!」
拝む。拝み倒す。マジで退屈過ぎるんだもん。
昨日は昼間に寝すぎて夜寝付くの大変だったし・・・・・・。散歩くらいはしたいものだ。
「ふむ・・・・・・まぁ、当人がこう言っているのだから良いのではないか? 狭い部屋でジッとしていては逆に気が滅入るだろう。」
「ハァ・・・・・・仕方ないわね。ただし、今日は私と一緒に行動すること。分かった?」
ヒノカに諭され、渋々頷くリーフに敬礼する。
「アイ、マム!」
「・・・・・・本当に分かっているのかしら。」
よし、一日外出権ゲットだぜ。
内心小躍りして今日の計画を練っていると、そっと手が握られた。
「どうしたの、フラム?」
「き、今日、は・・・・・・一緒に、いて・・・・・・良いの?」
「うん、心配かけてごめんね。」
「う、ううん・・・・・・ア、アリスが元気になって・・・・・・よ、良かった。」
フラムの泣きそうな表情。
うぅ・・・・・・やっぱりコレには弱い。
「じゃ、じゃあボクも、アリスと一緒に――」
言いかけたニーナの腕をフィーがガシリと掴んだ。
「・・・・・・ニーナはこっち。」
「ど、どうしたの、フィー?」
「・・・・・・ニーナはもっと、沢山食べないとダメ。」
「うむ、そうだな。それに最近は稽古に身が入っていなかったからな・・・・・・食べた後は徹底的にやるぞ、ニーナ。」
「ヒ、ヒノカ姉まで・・・・・・!?」
稽古が終わったらまた食べに行くんだろうな・・・・・・そしてエンドレス。恐ろしいハードスケジュールだ。
病み上がりで良かった・・・・・・うん。
「わ、私は大丈夫だから・・・・・・ニーナ、頑張ってね。」
「そ、そんなぁ~・・・・・・!」
強化されたフィーの腕力に敵うワケもなく、ズルズルとニーナが連行されていく。
「ご飯食べるなら、あちしも行くにゃ!」
引き摺られるニーナにサーニャが続いた。
「貴女はどうするの、ラビ?」
「私は・・・・・・リーフ達と一緒に行くよ。き、昨日たくさん食べたしね!」
まぁ、その方が懸命だろうな。
「分かったわ。それじゃあ、そちらはお願いね、ヒノカ。」
「あぁ、任せろ。」
こうして俺達は二手に別れ、それぞれ迷宮街を探索することとなった。
*****
「コチラガ代金デス。」
道具屋のゴブリン店員から、いらないアイテムを売り払った代金を受け取る。
「ね、ねぇ・・・・・・随分と高くないかしら?」
「そうだね、流石40階・・・・・・ってところかな。」
今回分の宿代や食事代では使い切れそうに無い程度の金額だ。
いや、今までの分を合わせても、この金額には到底届かない。
・・・・・・まぁ、宿代やら食事代が極端に安いというオチなのだが。
そもそも、俺達のように荷車を持ち込むことが前提の物価になっていない。
基本はカバン一つで挑む探索者に合わせた設計なのである。
そして稼ぎが高くなったのは、やはりドロップ品のレア度が上がったおかげであろう。
「こ・・・・・・こんなお金どうするの、アリス?」
「うーん・・・・・・折角だし、何か良いもの置いてないかな?」
装備品と書かれた棚の商品を一つずつ眺めていく。
ドロップ品と同じく、こちらもレア度が上がっているのだろう。
強そうな特殊能力が付いていたり、基本性能が高かったり。どの商品も結構なお値段。
ふと、一つの商品が目に留まる。
「あ、コレなんかラビに良いんじゃない?」
”身代わりの御守り”と書かれた首飾りを手に取った。
身に付けている者の不幸を一度だけ肩代わりしてくれる・・・・・・らしい。
どこまで効果があるのか正直不明だが、説明を信じるなら強力なアイテムだ。
「ダ、ダメだよ! すごく高いよ、これ!」
値札には今回の稼ぎが殆ど吹っ飛ぶ値段が表示されている。
ただ、値段=効果と考えるなら、本当に良いアイテムなのかもしれない。
それでも欠陥品の可能性は捨てきれないが・・・・・・。
「ラビの生還率が上がるなら安い買い物だと思うけど。」
「でも、私は強い短剣だって持ってるし・・・・・・。」
「身を護る術は多い方が良いよ。」
「そうだけど、私ばっかり・・・・・・。」
本音を言えば皆の分が手に入るのが一番良いのは確かだが、無い袖は振れない。そもそも一個しか売ってないし。
そして、パーティの中で誰が一番必要になるかを考えれば・・・・・・やはりラビだろう。
「ラビは私達より多く迷宮に挑んでるからね。リーフとフラムも構わないかな?」
「アリスが良いと思うのなら、それで構わないわ。私は迷宮の事は詳しくないけれど、ラビの事は心配だもの。」
「わ、私も、ラビが助かる、なら・・・・・・いいよ。」
「という訳だから、コレを買っちゃおう。」
「ちょ、ちょっと待ってよ! こんなに高い買い物するなら、フィーちゃん達にも聞かないと・・・・・・!」
「それは大丈夫だよ。お姉ちゃん達も同じことを言うだろうし。ね、リーフ?」
「そうね、問題無いわ。」
「じゃ、コレは決まりだね。他には・・・・・・っと。」
抗議するラビを無視し、他の棚も眺めていく。
「そうだ、アレも買っておかないと。」
目的の物が並ぶ一角へ移動する。
「あら・・・・・・珍しいわね。貴女が服を見るなんて。」
「ソフィのが破かれちゃったからね。」
「そういえば、そんな事を言っていたわね。でも新しい服は買ったんじゃなかったかしら?」
「そうなんだけど・・・・・・前のはすごく大事にしていたみたいだったから。」
「確かに、生地は柔らかくて着心地も良い物だけれど・・・・・・他にもっとあるでしょう?」
「ま、まぁ・・・・・・私もそう思うんだけどね。」
変な文字がプリントされた、ただのTシャツだからな。
女の子にプレゼントするには色気が無さすぎる。
それは俺にだって理解出来る。
ただ、サラが着ているのを見るだけで、とても寂しそうな顔をするのだ。
もう見てらんない。
「よし、コレにしよう。」
俺はいくつか並んだTシャツの中から『乳袋』と書かれたものを手に取った。
*****
「だ、大丈夫・・・・・・ニーナ?」
「うぅ~・・・・・・ひどいよ、あの二人~・・・・・・。」
鬼教官と小鬼教官。
二人同時に扱かれれば、いくらニーナとは言えこうなるのも仕方ないだろう。
「ひゃうっ・・・・・・! そ、そこぉ・・・・・・っ・・・・・・!」
満身創痍でベッドに横たわるニーナにマッサージを施している。
起き上がるのも困難なほど疲れ果てているが、その表情はどこか晴れやかだ。
全く・・・・・・あの二人には適わないな。
かなりの荒療治な気はするが・・・・・・もうニーナは大丈夫だろう。
「・・・・・・よし、こんなもんかな。終わったよ・・・・・・あれ、ニーナ?」
「くぅ~・・・・・・。」
ぐっすり眠っちゃってまぁ・・・・・・。
思わず口角が上がってしまう。
「おやすみ、ニーナ。」
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