163話「似てない」

「少し、熱があるわね。」


 額からひんやりとしたリーフの手が離れ、名残惜しく感じる。


「全くもう・・・・・・しっかりしてよね、こんな所で風邪を引くなんて。」

「・・・・・・面目無いデス。」


 リーフの言い分は尤もだ。

 今居る宿も含め、色んな店や施設が用意されているが、どこまで行っても此処はダンジョンの中。

 そんな場所で、自分の不注意で体調を崩すなど言語道断。

 自分のみならず、仲間まで危険に晒しかねない。


「ち、違うのリーフ! 昨日、ボクがお風呂でのぼせちゃって、それで・・・・・・っ!」

「はぁ・・・・・・分かったわ、ニーナ。もう言わないから、そんな顔しないで。」


 普段より優しいトーンで話し、リーフがニーナの頭を撫でる。

 病人の方にも、もうちょっと優しくお願いしたい。


「とにかく・・・・・・今日明日くらいは安静になさい、アリス。」

「はーい。」


「アリスは私が看てるから、貴女は皆と外を回ってくると良いわ、ニーナ。」

「ボクも手伝うよ!」


「慣れているし、私一人で大丈夫よ。」

「で、でも・・・・・・ボクのせい・・・・・・だし。」


 頭を抱えるリーフ。

 見ようによってはニーナの方が重症だな、こりゃ。


「あ~、もう・・・・・・分かったから。アリス、食欲はあるかしら?」


 リーフの言葉をそのまま自分の身体に伝えてみる。

 ・・・・・・まだ朝食を摂っていない身体は正直だった。


「うん、普通の食事でも平気だと思う。」

「分かったわ。一応消化に良いものを用意するから、少し待っていて。ありあわせの材料になるから、味は保証できないけれど。」


 そう言ってリーフは立ち上がり、部屋の扉に手をかける。


「何をしているの、ニーナ。手伝ってくれるのでしょう?」

「う、うん・・・・・・! でも、アリスは・・・・・・?」


「少し休ませてあげましょう。それに、無茶をして風邪を悪化させる・・・・・・なんて馬鹿な真似はしないと信じているもの。ね、アリス?」

「肝に銘じておきマス・・・・・・。」


「良い心がけよ。」


 二人が部屋を出て、一人残される。

 目を閉じてみるが、こういう時に限って眠気は欠片もない。いつもなら二度寝余裕なのに。

 うーむ・・・・・・暇だ。


*****


 扉を叩く音が響き、気付けばウトウトと寝落ちそうになっていた意識が覚醒する。

 俺の返事は待たずにそっと扉が開かれ、リーフとニーナが部屋に入ってきた。


「暴れたりはしなかったみたいね。」

「人を何だと思ってるのさ、リーフ。」


「あら・・・・・・聞きたいのかしら?」

「いえ・・・・・・遠慮しておきます。」


 ニーナの手には、湯気の立つお皿が載ったトレイ。

 ただ、置く場所がないので枕元の袋から土団子を取り出し、ベッドの上に小さなテーブルを作った。


「あ、コラ! 言ったそばから魔法なんて使って!」

「え・・・・・・ダメだった・・・・・・?」


「当たり前でしょう!?」

「ご、ごめんなさい・・・・・・。で、でも、こういう机が無いと食べ辛いでしょ? 保健室のベッドにだってあったし・・・・・・。」


「それは、そうだけれど・・・・・・あまり無茶はしないで頂戴。身体は何とも無いの?」

「うん・・・・・・平気。その・・・・・・ごめんね。」


「良いわよ、もう・・・・・・。とにかく、早く食べてしまいなさい。」


 ベッドの上に作ったテーブルにトレイが置かれる。

 細かく刻まれた野菜がたっぷり入ったスープに、小さなパンが二つ。


「・・・・・・食べないの?」

「・・・・・・食べさせてくれないの?」


「何言っているのよ、バカ。」


 ピンと指でおでこを弾かれる。


「いて。」

「魔法を使う元気があるのだから、一人で食べられるでしょう?」


「は~い。それじゃあ、いただきま~す。」


 スープと一緒に野菜の欠片を匙いっぱいに掬い、口の中へ運ぶ。

 素材の味を塩で整えただけのスープ。それだけの筈なのに、美味い。

 野菜に隠れるように肉の欠片が入っているのもアクセントになっていて良い。


「パンは少しずつ千切って、スープに浸してから食べるのよ。無理に全部食べる必要は無いから、食べられるだけ食べなさい。」

「うん。」


 そうは言うが、美味くて止まらんな、コレは。

 余裕で平らげられそうだ。


「味はどうかしら?」

「美味しいよ。おかわりも出来そう。」


「だそうよ・・・・・・良かったわね、ニーナ。」


 ピタリと匙を動かす手が止まる。


「ニーナが作ってくれたの?」

「う、ううん・・・・・・ボクは材料を切っただけだよ。」


「何言ってるの、それだけでも立派なものよ。・・・・・・剣術も意外な所で役に立つものね。」

「えっ・・・・・・剣で切ったの、コレ?」


「冗談よ。けれど、ニーナが切ったのは本当よ。」

「そっか・・・・・・ありがとう、ニーナ。」


「そんな・・・・・・お礼、なんて・・・・・・。」


 ニーナの表情は相変わらず沈んだまま。

 湿った空気の中、パンもスープも全て腹の中に収めた。


「あら、全部食べられたのね。」

「うん、美味しかったよ。」


「じゃ、お皿は下げるから後は貴女がお願いね、ニーナ。」

「ボ、ボクが・・・・・・!?」


「あまり人数が居ては休まらないでしょうし・・・・・・私は自分の部屋に戻るから、何かあれば呼びに来て頂戴。お昼になれば、また様子を見に来るわ。」


 さっと机の上を片付け「ニーナの事はよろしくね」と耳打ちしてリーフは部屋を出ていった。

 残された俺とニーナの間には気まずい沈黙が流れる。


「あの・・・・・・何かして欲しいことある、アリス?」

「いや、今は特に・・・・・・。ニーナはご飯食べたの?」


「うん・・・・・・さっき準備してるときに、リーフが「今のうちに済ませなさい」って・・・・・・。」

「そっか、それなら良いけど・・・・・・私のことは気にしないで皆とお店巡りしてても良かったんだよ?」


「そんな・・・・・・アリスだけ置いて行けないよ!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ホントにただの風邪なんだし、そこまで深刻に考える必要ないって。」


「でも、皆だって・・・・・・すごく心配してたよ。」


 それが容易に想像できるだけに心苦しい。

 普通に俺の不注意で風邪を引いただけなのだが・・・・・・。

 フィーやフラムが部屋に乗り込んで来ないのは、おそらくリーフが上手くまとめてくれたからだろう。

 でなければ、それこそ気が休まる暇も無かったに違いない。


 ・・・・・・リーフにはちゃんとお礼をしないとな。

 まぁ、まずは頼まれ事から手を付けようか。


「皆が心配してるのは、ニーナの事もだよ。」

「ボクのこと・・・・・・? ボクは、別に・・・・・・。」


「あれからあまり元気無いでしょ。」

「そ、そんなことないよ・・・・・・!」


「ニーナが無理して明るく振る舞ってることくらい、みんな分かってるよ。私達がどれだけ一緒に居ると思ってるのさ。」

「・・・・・・だって・・・・・・だって、ボク・・・・・・どうして良いか、分からっ・・・・・・なくてっ・・・・・・。」


 ニーナの瞳から堰を切ったように大粒の涙が溢れ出す。


「い、いやまぁ、ニーナには元気で居て欲しいのは確かだけど・・・・・・無理をして欲しいとは思ってないんだよ。」


 空元気も元気の内というが、ニーナのそれは見ていて居たたまれない。


「だったら・・・・・・ボク、どうすれば・・・・・・いいのっ? アリスが、死んじゃうかも・・・・・・しれなかったのにっ。 どうしたらっ・・・・・・許してもらえるの・・・・・・?」

「私は許してないなんて――」


 言いかけて気付いた。

 あぁ、そうだ。そうだった。


「――じゃあ、もう一度謝ってくれる? 怪我をさせてごめんなさいって。」

「っ・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんなさい、アリス! ボクの・・・・・・所為で、怪我・・・・・・させてっ・・・・・・ごめん、なさいっ!」


 ニーナの頭を触れるように撫で、伝える。


「コホン・・・・・・良いでしょう、貴女を許します、ニーナ。」

「ぇ・・・・・・?」


「・・・・・・どう? ルーナさんに似てた?」

「・・・・・・ううん。」


 そこは嘘でも「ちょっと似てた」くらいは言って欲しい。


「あ・・・・・・で、でもっ、すごく大人っぽかった。」


 そりゃあ、中身がね・・・・・・。

 なんだか哀しくなるフォローありがとうございます。


「と、とにかく! ニーナはちゃんと謝って、私はそれで許した。だから、この話はこれでお終い。分かった?」


 ニーナには「許し」が必要だったのだ。

 「気にしないで」とは言ったが、逆にその言葉が重荷になってしまっていたのだろう。

 「ごめんね」「いいよいいよ」で済むような事故じゃなかったのは確かだしな。


 俺がそれで良いと勝手に思っていただけで、ニーナはそうでは無かったというだけの話である。

 座学なんかに関してはアレだが、根っこの部分はかなり真面目な子だからな。

 さすが元魔法騎士に躾けられただけはある。


「けど、それだけじゃ――」

「そこまでです、それ以上は許しませんよ、ニーナ。」


「――やっぱり・・・・・・似てない。」

「ダメですか・・・・・・。」


「でも・・・・・・ありがと。」


 ニーナの表情が心無しか柔らかくなった。

 ・・・・・・ような気がした。

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