162話「幼女のくしゃみはかわいい」

「アリスは上と下・・・・・・どっちが良い?」

「私は下が良いけど・・・・・・。」


「ホントに・・・・・・? アリスが上にいっても良いんだよ?」

「ニーナが上が良いなら、それでいいよ。」


「え・・・・・・でも・・・・・・。」

「私はわざわざ梯子を使って上り下りするのが面倒だから、下の方が良いの。」


「う、うん・・・・・・。」


 ニーナとのぎこちない会話が続く。

 以前なら「じゃあボクが上~!」なんて喜びそうなものだが・・・・・・。


 未だ事故の件を引き摺っているニーナ。

 皆と一緒であればまだ少し無理が効いているようだが、こうして二人っきりになると顕著に現れる。

 あれだけの事故だったし・・・・・・仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 けどまぁ、二段ベッドの上か下か程度でまで気を使われるのは正直滅入る。

 こっちはもう早い内に完治しているのだが、ニーナの心の方はもう少し時間が掛かりそうだ。


 ただ、いくら時間が癒してくれるとはいえ、放っておける訳もなく。

 迷宮内の宿の部屋を決めるクジ引きに、少し細工をさせて貰ったのである。

 この場所を選んだのは、学院寮だとあまりゆっくり話が出来ないのと、癒すまではいかなくとも心を落ち着ける時間を与えたかったからだ。


「ニーナ・・・・・・お菓子、食べない?」

「う、ううん・・・・・・ボクはいいよ。アリスが食べて!」


「・・・・・・。」

「ア、アリス・・・・・・?」


 ニーナの手を引き、部屋に備え付けの椅子に座らせる。


「ニーナは甘いお茶の方が良いよね?」

「そ、そんなのボクがやるよ・・・・・・!」


「良いから。甘いのと苦いの、どっちが良い?」

「あ、甘い・・・・・・の。」


「了解。」


 小さな棚からティーパックを取り出し、マグカップに紅茶を淹れる。

 角砂糖が2つとミルクを少々。

 俺の分は緑茶を淹れた。


 やはり迷宮の宿は色々揃っていて素晴らしい。

 お金さえどうにかなれば住み着きたいくらいだが・・・・・・一番の問題は娯楽かな。

 なにせ本の一冊も手に入らないのだ。

 食事処は充実しているので食べ歩き程度なら楽しめるが、それにも限度がある。


「はい、どうぞ。」


 お茶請けは、デフォルメした迷宮の門を型どった白餡の饅頭。

 世界観に全く合わないくせに、けっこう美味いのがまた癪に障る逸品だ。


「こ、これはアリスが食べなよ!」

「ニーナはお饅頭嫌い?」


「そうじゃ・・・・・・ないけど。」

「だったら、一緒に食べよう? きっとその方が美味しいよ。」


「・・・・・・・・・・・・うん。」


 一口齧ると、柔らかい皮に包まれた餡がホロリと崩れて舌の上を転がって溶け、口の中に甘さが広がる。

 お茶を啜り、ほのかな苦味と爽やかな香りで口内をリセット。

 そしてもう一度饅頭を齧る。こうしてのんびりするのも悪くは無い。


「ねぇ、ニー――」

「晩ご飯までまだちょっと時間あるし、ボクお風呂入ってくるね!」


 そう言って半分ほど残ったカップを置き、そそくさと浴室に篭ってしまった。

 ・・・・・・取り付く島も無い。


「うーん・・・・・・仕方ないか・・・・・・。」


 残りの饅頭を口の中へ放り込み、お茶で流し込んだ。

 湯呑みとマグカップも片してしまう。必要なら、また淹れればいいだろう。


 普段ならカラスの行水で済ませるニーナだが、今日はそうでは無いらしい。


「・・・・・・よし、突入するか。」


 服を脱いでベッドの上に放り投げる。

 かかり湯代わりに魔法で身体を清め、気配を殺してそーっと洗面所へ侵入。

 静かな浴室からは時折水音が響いてくる。


 心の中で三つ数え、浴室の扉を一息に開け放った。


「わわっ・・・・・・ア、アリス!?」


 驚きで目を見開いたまま固まっているニーナの隣に飛び込む。


「わぷ・・・・・・っ。な、何して――」


 一瞬、恨みがましいニーナの視線とぶつかり合うが、スッと視線を外された。

 少しの間、沈黙が流れる。


「アリスが入るなら・・・・・・ボク、もう上がるね。」

「待って。」


 立ち上がろうとしたニーナの手を掴む。


「一緒に入ろう? ・・・・・・ダメ?」

「・・・・・・・・・・・・わかったよ。」


 立ち上がろうとしていたニーナの身体から力が抜ける。

 同時に、掴んでいた手の力を離れない程度まで緩めた。

 天井から滴る雫が床を叩き、ゆっくりと一定のリズムを刻み続ける。

 ポツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポツ――


「ねぇ、ニーナ。私はもう大丈夫だよ。傷跡すら残ってないし、頭痛だってもうしない。だから、もう良いんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・。」


「それに、ニーナが落ち込んでいる方が・・・・・・それこそ、頭痛の種になっちゃうもん。」

「ボクは・・・・・・落ち込んでなんか――」


 ポツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポツ――


「ボク、もう・・・・・・でるね。」

「あっ・・・・・・待っ――」


 掴んでいた手に軽く力を込めると、ふらりとニーナの身体が傾き、慌てて受け止めた。


「らって・・・・・・ぼく、もう・・・・・・あたま、ふりゃふりゃで・・・・・・。」

「あっ・・・・・・ちょっ、ニーナ!?」


*****


「ゴメンね、ニーナ・・・・・・。」


 ベッドに仰向けに寝かせたニーナを団扇でパタパタと扇ぎつつ、即席で作った氷嚢を頭に乗せる。


「冷たかったら調整するから言ってね。」

「ううん、大丈夫。ボクの方こそゴメン・・・・・・迷惑かけて。」


「いや、私が引き留めちゃった所為だから・・・・・・。」

「ベッドも、ボクが使っちゃって・・・・・・。」


「気にしてないよ。それに、下の段の方が楽で良いって分かったでしょ?」

「あはは・・・・・・そうかも。」


 暫くの間そうして過ごし、ニーナの身体を冷やす。


「・・・・・・そろそろ服持ってくるね。流石にそのままだと風邪引いちゃうだろうし。」


 部屋のクローゼットから浴衣を取り出し、半身を起こしていたニーナに手渡す。


「大丈夫? 着られる?」

「うん、もう平気。それより・・・・・・アリスも服着なよ。」


 言われて、改めて自分の格好を見直す。

 紛うことなき全裸である。


「そ、そういやそうだね・・・・・・あはは・・・・・・へくちっ!」

「だ、大丈夫・・・・・・?」


「うん、平気平気。あっ・・・・・・てかもう晩御飯の時間だよ! 急ごう、ニーナ!」

「う、うん!」


 程なくして宿屋の前に皆が集まり、いつものように夕食会議が始まるのだった。

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