122話「暗殺術なんかに負けないもん!」

 刀を抜いて構え、正面にララの姿を捉える。


「お手柔らかにお願いね、ララ。」

「こちらこそです、アリス先輩。」


 対するララは武器も持たず、ただ立っているだけ。

 先程見たヒノカの試合と何も変わらない。


 俺たちの隣ではニーナとルラが同じ様に対峙し、開始の合図を待っている。

 今度は俺とニーナの番、というわけだ。


「よろしくお願いします。ニーナ先輩。」

「よ、よろしくお願い・・・・・・します。」


「どうした、情けない顔をするな、ニーナ。」

「だ、だって~、ヒノカ姉が負けたのにボクに勝てるわけ・・・・・・。」


「試合なのだから気にするな。それに、説明するより体験した方が早い。」

「そ、そんなこと言ったって~・・・・・・。」


 情けない声を上げつつも、ニーナの構える剣がブレる事はない。


「準備も整ったようだな、では始めるぞ・・・・・・――始めっ!!」


 合図と同時に強化した脚で地を蹴り、ララとの間合いを一気に詰める。

 カウンターを狙ったヒノカが負けたのだから、先手を狙ってみたわけだ。


「――って、あれ!? いない!?」


 刀を袈裟切りに振り下ろした時、すでにララの姿は無かったのである。

 慌てて魔力探知を発動させると、すぐ斜め後方に反応あり。

 咄嗟に逆側に倒れ込むように転がって距離を空けると、俺の首があった場所をララの短刀が空を切った。


「おぉ、今のを避けたか・・・・・・だがその体勢からどうする?」


 そんなのこっちが聞きてえ!

 その間にララの姿は視界から消えており、もう一度魔力探知を発動させる。

 今度は真後ろ――


 ゾクリ。


 と、背中に悪寒が走った。

 無理矢理身体を捻り、その方向へ刀を一閃させる。


 キン。


 刀に何かが当たって軽い音が響き、それがくるくると宙を舞った。

 当たったのはララが持っていた短刀。

 俺の真後ろで落下中の短刀に一撃が当たり、飛んで行ったのだ。

 しかし、そこにあったのは短刀だけで、ララの姿は無かった。


「わっ・・・・・・。」


 スッと細い指が俺の首にかかり、無理な体勢をとっていた俺の身体は難なく押し倒されてしまった。

 後ろに居ないと思った次の瞬間には前方に回り込んでいたのだ。

 苦しくないように優しく首元の手を絞め、ララが耳の傍で囁く。


「獲りました。」


 今度は別の意味で身体がゾクリと震えた。


「・・・・・・ま、参りました。」


 首が解放されるとララは俺を立ち上がらせ、制服に付いた土を払ってくれた。


「お怪我はありませんか、アリス先輩。」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ララ。」


「くくっ、アリスも負けのようだな。」

「う、嬉しそうだね・・・・・・ヒノカ。ニーナの方は?」


「うぅ~、とっくに負けちゃってるよー!」


 これで死体が三つに増えたわけか。

 先輩勢が形無しである。


「・・・・・・わたしもやりたい。」

「お姉ちゃんか・・・・・・続けてになっちゃうけど、ララは大丈夫?」


「はい、問題ありません。」


 汗一つかいておらず、息も上がっていない。確かに問題なさそうだ。

 まぁ、激しく動いたわけじゃないしな。


「ふむ、もう一試合か・・・・・・ルラは大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ヒノカ先輩。」


「なら・・・・・・リヴィと言ったな? ルラとやってみてはどうだ?」

「わ、私がですか?」


「同じパーティなのだし、互いの実力を知っていた方が良いだろう?」

「先輩が仰ることは分かりますが、その・・・・・・私の剣がありませんので・・・・・・。」


 確かに、リヴィの剣は先程フィーがポッキリと折ってしまっている。


「頼めるか、アリス?」

「うん、ちょっと待ってね。」


 リヴィの持っている剣と同じ形の剣を地面から作り出し、リヴィに手渡した。

 ララとルラには試合前に土で作った短刀を渡せたが、フィーとリヴィの勝負はいきなりだったからな・・・・・・。

 というより、そこまで気が回ってませんデシタ。


「頂いても、よろしいのですか?」

「うん。でも、そっちの剣みたいに撓らないから気を付けてね。」


「本当ですわ・・・・・・針のように細く繊細に見えますのに、まるで剛剣のよう・・・・・・。」

「だから使い勝手が少し悪いかも、ごめんね。」


「い、いいえ! アリス様に頂いたのですから、使いこなして見せますわ!」

「変な癖が付かない程度にね・・・・・・。そっちの剣も直せない事はないけど、今言ったみたいに撓りが無くなっちゃうから、打ち直して貰った方が良いと思う。」


 その辺りはやはり熟練の鍛冶師の業でないと無理なのだ。

 アストリア家の人間が持つ剣なのだから、余程の名工が作ったに違いないだろう。

 一山いくらで売ってるような代物であれば問題ないが、そんな逸品に手を加えるのは流石に恐れ多い。


「分かりました、こちらは家の者に預けることに致しますわ。」

「これで問題は無くなったな?」


「はい、ルラとの試合・・・・・・してみたいと思います。」

「うむ、では二人とも位置についてくれ。」


 四人の位置を確認したヒノカは開始の合図を送る。

 そして、それと同時に勝負はついていた。


 俺と同様に、そして俺よりも速く合図と同時に先手を取ったフィーはその初撃をあっさりと躱され、首筋にピタリと短刀が当てられていた。

 リヴィの方は開始と同時にルラの姿を見失い、死角をつかれて敗北したのだった。


「・・・・・・負けちゃった。」

「な、何も出来ませんでしたわ・・・・・・。」


「ふむ・・・・・・結局勝てたのはサーニャだけだったか。」

「皆どうしたにゃ? 弱っちくなっちゃったにゃ?」


「そういう訳じゃないと思うけど・・・・・・サーニャはルラを見失ったりしなかった?」

「にゃ・・・・・・? そんなの、臭いとかで分かるにゃ!」


 な、なるほど臭いか・・・・・・。

 その言葉を聞いて、自分の身体の体臭を確かめるようにルラが無表情のままくんくんと鼻を鳴らす。


「だ、大丈夫だよ。臭くなんてないから。」

「そうですか。」


 ルラがホッとしたような表情を見せたが・・・・・・気のせいか?

 いやまぁ、女の子だしな・・・・・・。

 あんな事を言われりゃ気になるのも当然か。


「ふむ、臭いか・・・・・・確かにそれは隠せぬからな。しかし、あれくらいの攻撃ならば受け止められる筈なのだが・・・・・・。」

「多分なんだけど、二人の攻撃には殺気が籠もってないんじゃないかな。背後に短刀を落とされた時はその殺気にまんまと騙されちゃったけど。」


「殺気・・・・・・か、確かに攻撃してくるような気配は微塵も感じなかった。・・・・・・だから身体が動かなかったのか。」


 ヒノカ程の腕となると、相手の気配や殺気に身体が勝手に反応するのだが、それを逆手に取られた感じだ。

 首を捻る俺たちに、ララとルラが静かに語り出す。


「一つ、己を殺すこと。」「一つ、隠れず潜むこと。」「「一つ、殺さず命を奪うこと。」」

「えっと・・・・・・それは、何?」


 俺の疑問にアンナ先生が答える。


「ふむ・・・・・・暗殺術の極意というやつだったね、確か。」

「はい、先生の仰る通りです。」


「極意って・・・・・・そんなの言っちゃって大丈夫なの?」


 そもそも何で先生が知ってんだ・・・・・・?


「はい、有名な言葉ですので。」

「ゆ、有名なんだ・・・・・・。」


「暗殺者であれば、誰もが聞かされる言葉です。」

「アリューシャ君も興味があれば読んでみるといいよ、”暗殺教練 ~はじめての暗殺~”。図書館にある筈だよ。二~三冊くらい。」


 随分と安い極意らしい。


「なるほどね・・・・・・。私達はその”殺さずに命を奪う”ってのをやられたわけだ。」

「そういう事になります。」


「フッと目の前から消えたように見えたのは前二つの極意になるのかな?」

「いえ、そちらは応用というか・・・・・・戦闘技術での話ですので。極意は戦闘をしないための極意と言いますか・・・・・・。」


「戦闘をしない? どういうことだ?」

「考え方が違うんだよ、ヒノカ。そもそも暗殺なんだし、戦闘が起きた時点でそれは失敗・・・・・・てことで良いのかな?」


「はい、その通りです。」


 ゲームじゃその時点で敵がワラワラ集まって来て、画面がしっちゃかめっちゃかになってるだろうな。

 それをいい事に”何体まで敵を倒せるか”なんて遊びもしてたもんだ。


「ふむ・・・・・・しかし殺意のない攻撃と言われても、やはりピンとこないな。」

「私は呼吸をすることと、命を奪うことを同等にするようにと習いました。」


 息をするように殺せってか。

 恐ろしい教育である。


「そ、そんなの勝てっこないよ~ヒノカ姉ぇ~。」

「そうでもないんじゃないかな? 現にサーニャは勝ってるんだし。」


「暗殺者相手にどう戦うか、か・・・・・・。これは難問になりそうだな。」

「まぁ、攻略法は後で考えるとして・・・・・・二人が冒険者ギルドの仕事をするには少し問題があるかも。」


「問題、ですか。申し訳ありません・・・・・・。」

「いや、責めてるわけじゃないんだよ。これは相性の問題だろうからね。」


「どういう事だ、アリス?」

「言ってしまえば、暗殺術っていうのは人間相手に特化した技術なんだよ。だからサーニャにはあまり効果が無かった。・・・・・・なら、魔物には?」


 要するに、人間以上の感覚を持った相手にどう対処するか、という話だ。

 例えばヴォルフ相手だと、サーニャのように臭いで見破られる可能性が高い。


「ふむ・・・・・・確かに問題だな。」

「魔物と一言で言っても何種類もいるしね。二人にはその辺りを注意して行動して欲しいんだ。」


「「分かりました。」」


 仕事を受けるとすれば・・・・・・次か、その休みくらいか。

 それまではサーニャに二人の相手を頑張って貰おう。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい、アリス様!」


 声を荒げてグイッとリヴィが割り込んでくる。


「ど、どうしたの、リヴィ?」

「先程からギルドとかお仕事とか、何のお話ですの?」


「ララとルラを私達の仕事に同行させるって話だけど・・・・・・。」

「わ、私は誘って頂けませんの!?」


「い、いやだって・・・・・・採取とか魔物狩りの仕事だよ・・・・・・?」

「むぅ~~っ。」


「そ、そんなので良かったら・・・・・・一緒に行く?」

「はい、是非!」


「分かったよ・・・・・・。それだとネルシーが一人になっちゃうし、ネルシーも一緒にどうかな?」

「わーい、いきまーす。」


 また随分と大所帯になってしまったな。

 ま・・・・・・今更か。

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