112話「実験結果」

 暗闇の中、要所に備えられた松明の灯りを頼りに歩を進め、砦の中にある一室の前へと辿り着いた。

 空からの月明かりが届かない分、夕食の準備で騒がしい外よりも闇が深い。

 簡素な作りの木製扉の隙間からは、その闇を裂くように室内の灯りが漏れている。


「アリューシャです。」

「どうぞ、お入りになって下さい。」


 中から返って来た声は、俺を呼び出した聖女様のものだ。

 扉を引き開けると、建てつけが悪いのか扉の軋む音が静かな砦内に大きく響いた。


 部屋の中には小さなテーブルの上に光源のランタン、申し訳程度に作られた窓に人一人がやっと寝転がれそうなベッド。

 早い話が、超こじんまりとした個室である。

 ウーラに勧められ、テーブルを挟んだ向かい側に着く。


「それで、お話とは何ですか?」


 彼女がテーブルの上に黒曜石のような黒い石をゴトリと転がす。

 何度か手にした事のある、あの石だ。


『こいつを”回収”してアリスに渡すように頼まれてね。オレは四年生の課外授業が終わるまで此処に残ることになってるから、戻ったらレンシアに渡してくれ。』


 金色のヴォルフの話を聞いた時からこの石が関係しているとは思っていたが、彼女の言葉に事の顛末が薄らと見えてくる。


『”回収”って・・・・・・そういう事か・・・・・・。どこまで聞いてるの?』

『この騒動が実験の”成果”ってぐらいは。』


 思った通りの回答に頭を抱える。


『はぁ・・・・・・やっぱりそうなのかよ。』


 何て事は無い。以前に回収した黒い石をヴォルフに使ったのだろう。

 まぁ、効果を確かめるには一番手っ取り早いしな。

 言ってしまえばフルボッコにされた金色のヴォルフは、悲惨な実験の被害者・・・・・・もとい、被害魔物である。


『課外授業に丁度良いと思って放置しておいたら、予想外の規模まで育ったらしくてな。それでオレが討伐とその石の回収を頼まれたってワケ。』


 それで準備も早かったのだ。

 課外授業の時期に合わせて、用意は粗方済ませていたのだろう。

 腰の袋から土団子を取り出し、それでカプセルを作って中に石を詰める。


『初めて見たけど便利だな~、その魔法。』


 ウーラがカプセルをつんつんと突いてテーブルの上を転がして弄ぶ。


『不便な所もあるけどね。そっちこそ、クッソ強いじゃん。あんなデカイのぶっ飛ばして・・・・・・。』

『オレは適性が高いみたいだしな。ま、装備のお陰ってのもあるけど。』


『・・・・・・適性?』

『戦闘適性、みたいな? こっちの人間の血には魔力が混じってるからな、それで身体能力が底上げされてるんだ。個人差はあるけど。』


『強化魔法ってこと?』

『いや~・・・・・・例えるならバフって言うより、パッシブスキルかな。[筋力+20]とかって感じの。』


 俺の使う強化魔法とは少し違うらしい。

 確かに俺のは魔力操作で無理やり強化って感じだからな・・・・・・あちらのはもっと自然な感じなのだろう。

 バフとパッシブスキルってのは言い得て妙だ。


『オレの場合はその適性が高いのと、加えて転生者の魔力があるからな。ってか、そんなのでも無かったらオレみたいなか弱い美女が魔物なんかと戦える訳ないだろ?』

『・・・・・・そりゃごもっともで。』


 ウーラの言う通り、そんなスキルでもなければ魔物と渡り合うのは難しいだろう。

 よく考えてみりゃ、パーティの子たちだってそうだ。普通だったらあんな女の子たちが戦える筈もない。

 まぁ、俺としては何の違和感も持ってなかったが・・・・・・。これがゲーム脳ってやつか。

 ウチのパーティはそっちの意味でも粒揃いと言えそうだな。


『ってかさ、そもそもあんだけ強いなら、こんな大規模な作戦立てなくても聖女さま一人でいけたんじゃねえの?』

『それだと後任が育たないからな。それより、倒れた子は大丈夫なのか? リーフちゃん・・・・・・だっけ?』


 掃討戦に移った際、広場に集まっていた魔物の多くはリーフの放った氷の矢によって討たれた。

 ・・・・・・までは良かったのだが、すぐに気を失ってしまったのだ。

 理由は言わずもがな。

 汚名返上と張り切り過ぎてしまったようだ。


『ちょっと魔力が暴走しただけだから大丈夫だよ。今はぐっすり眠ってる。』

『魔力の暴走って”ちょっと風邪引いた”程度のノリじゃ済まないんじゃないのか?』


 放っておけば九割九分の人間は死んでしまうだろう。

 勿論、リーフも例外ではない。


『あぁ~・・・・・・まぁ、俺なら一応治せるから。・・・・・・これはオフレコで頼むぜ。』

『分かってるよ。そんな話が広まりゃ面倒事になりかねないし。』


 腕の良い治療士や魔道士を抱えるために一つの町や村を焼き捨てる。

 昔の貴族や王族がそんな事をやってのけていた時代もあったらしい。

 流石に今では派手な事は出来ないだろうが、いきなり誘拐なんて可能性も無いわけではないのだ。


『そういう事。それじゃあ俺はリーフの様子を見てくる。夕食の支度も整うだろうし、ウーラもそろそろ出てなよ。』

『了解。昼は携帯食を齧っただけだし、流石に腹減ったな。この匂いは・・・・・・シチューか?』


『そ。肉と野菜がゴロゴロ入ったね。随分な大盤振る舞いだったよ。』

『早く片付いたし、明日には大半が帰るからな。帰りの荷物は軽い方が良いだろ。』


『それもそうか・・・・・・一番の荷物だしな。』


 それに、殆どの人間が屈強な男たち。

 数日分の食糧だろうが、ペロリと平らげてしまうだろう。

 全く役に立ってなかったネコミミファイブの奴らも、これくらいは仕事してくれる筈だ。


*****


 広場で二人分の食事を受け取った俺はトレイを抱えながら、今度は別の個室へと足を運ぶ。

 その中ではフィーが倒れたリーフを今も看ている筈だ。

 年頃の女の子だからと、ウーラが気を利かせて部屋を宛がってくれたのである。


 まぁ、怪我も無いので医務室のベッドは他の人に使って貰った方が都合が良いのだろう。

 幸い死者は出なかったものの、重傷者は少なくない。

 大半はウーラにぶっ飛ばされた金狼に巻き込まれた人達なのだが。


「フラム、重くない? 平気?」

「ぅ、うん・・・・・・大丈夫。」


 俺と同じ様に二人分の食事を載せたトレイを持って後ろを歩くフラムに声を掛けた。

 足元がふらふらと覚束ない感じで、炎の色の髪も不安そうに揺れている。

 フラムの歩みにゆっくりと合わせて砦の中を進み、弱い光が漏れる扉の前に立ち止まった。


「確かここだったかな。」


 触手でノックしてから扉を開く。

 中はウーラの個室と同じくベッドとテーブルがあり、ベッドではリーフが眠っている。

 そのすぐ傍で椅子に腰かけてリーフを看ていたフィーが、こちらへ振り向いた。


「・・・・・・アリス、どうしたの?」

「晩御飯もらって来たから一緒に食べよう、お姉ちゃん。」


「・・・・・・ばんごはん。」


 確かめるようにお腹をさするフィーの前に、トレイに乗せた皿を並べていく。

 大盛りにしてもらった皿はフィーの前だ。

 小さなテーブルは四人分の皿であっという間に一杯になってしまった。


「リーフはまだ目を覚ましてないの?」

「・・・・・・うん。」


「しょうがない、一回起こそうか。」

「だ、大丈夫・・・・・・なの?」


「いつもより長く休んでるし、食事は摂った方が回復も早いだろうしね。」


 視線を合わせたフィーが頷き、ベッドで眠るリーフの肩を揺らす。


「う・・・・・・ぅん・・・・・・フィー・・・・・・? どうしたの・・・・・・?」

「・・・・・・リーフおねえちゃん、大丈夫?」


 ベッドから起き上がろうとしたリーフが顔をしかめ、額を押さえる。


「うっ・・・・・・そう・・・・・・私、また・・・・・・。って、此処はどこなの?」


 見慣れない部屋を見渡すリーフに答える。


「砦にある部屋の一つだよ。」

「砦・・・・・・って、そうよ! 魔物はどうしたの!? いたたっ・・・・・・。」


「大丈夫だよ、殆ど片付いたから。明日からは四年生の課外授業が再開で、私達は帰る予定だよ。」

「そう・・・・・・その、ごめんなさい・・・・・・。」


「謝る必要なんてないよ。それと、お礼をするなら聖女様にね。」

「ウルシュラ様に・・・・・・?」


「そ、倒れたリーフを抱きかかえてベッドまで運んでくれたのはその聖女様だし。」

「え・・・・・・・・・・・・えぇ~~~っ!?」


 ベッドから飛び上がらんばかりに驚くリーフ。

 俺たちとの身分差を考えれば当然なのだろうが。

 『可愛い女の子をお姫様抱っこできて人望もアップ。やらない手はないだろ?』とは当人談。

 ・・・・・・そりゃそうだな。

 その効果は覿面で、騎士どころか冒険者たちでさえ羨望と尊敬の眼差しで見つめていたのである。


「うぅ・・・・・・そ、そんなの何て言えば良いのよ・・・・・・。」

「ま・・・・・・まぁ、とりあえずご飯を食べようよ。お姉ちゃんも待ってるしさ。」


「そ、そうね・・・・・・ごめんなさい、フィー。ヒノカ達はどうしているの?」

「表で他の人達と一緒に食べてるよ。この部屋には入りきらないしね。」


 お代わりもしやすいので彼女らにとってはその方が良いだろう。


*****


 夕食を終えた俺たちは、返却しなければならない食器をそそくさと片付け始める。


「そろそろ寝る準備もしないとね・・・・・・って、テントも張り終わってるし、特にやることはなかったか。」

「私も一緒に戻るわ。」


「いや、リーフはベッドで寝てなよ。」

「もう平気だから問題ないわ。」


「倒れちゃったんだし、今日はしっかりベッドで休んだ方が良いよ。お姉ちゃんも心配するし。」


 リーフの目が、フィーの心配そうな視線と合う。


「ぅ・・・・・・分かったわ・・・・・・。今日はお言葉に甘えさせてもらうわ。」

「うん。それじゃあ、お休み。」


「えぇ、お休みなさい。」


 リーフがベッドに入ったのを確認してから灯りを落とし、部屋を後にした。

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