101話「バイト」

 西校舎階段。

 階下から眺めると、踊り場に大人一人分ほどの大きな鏡が確認できる。


「西校舎階段踊り場の鏡・・・・・・あれか。」

「い、いや・・・・・・っ! 何なの、あれ!」


 記事にあった通り、鏡に取り憑いている霊なのか鏡の中から半身を覗かせている。

 のだが・・・・・・。


「ホントにあれが怖いの・・・・・・?」

「こ、怖いわよ!!」


 鏡から生えているのは、スカートを穿いた可愛いお尻なのだ。

 自分で出られないのか、バタバタと足を動かしてもがいている。

 何と言うか、随分間抜け・・・・・・いや、可愛い恰好だ。

 ともかく、あの状態では話すら聞く事も出来なさそう。


「とりあえず・・・・・・引っこ抜いたら良いのかな、あれ・・・・・・。」


 しかし、魔手で足を掴んで引っ張ってみてもビクともしない。


「うーん、ダメだな。原因・・・・・・って言ってもこの鏡くらいか。」


 土でヘラのような形を作り、鏡と壁の間に挿し込む。あとは梃子の要領だ。


「な、何をしているの?」

「鏡を外してみようと思って・・・・・・中々難しいな・・・・・・。」


 苦戦しながらも魔力を駆使してなんとか鏡を外す。

 やはり鏡が原因だったようで、壁からスポンとお尻の幽霊が抜け出た。


「ぷはっ!! やっと出られたし~!!」


 出てきたのはちょっと背伸びをしたギャルっぽい女の子。

 こちらを見つけると眉を吊り上げて顔を近づけてくる。


「アンタっしょ、アタシのお尻触ったの。」

「い、いや、それは仕方なく・・・・・・。」


 俺の言葉に、ピクリと少女の眉が反応した。


「仕方なく? 何ソレ、アタシのお尻に魅力がないってこと!?」

「そ、そう言う事じゃなくて・・・・・・。」


 女の子は俺達のパーティを一瞥し、ニヤリと口を歪め、耳元で囁く。


「あの子たちにバラしちゃおっかな~。お・じ・さ・ん♪のこと。」

「う・・・・・・そ、それは・・・・・・。」


 やはり此処の幽霊には俺の中身がバレているようだ。

 どういう理屈かは分からないが。

 俺の反応を楽しんでから少女は明るく笑う。


「あははっ! うそうそ、ゴメンね! 助けてくれてありがと! ん~・・・・・・ちゅ♪」


 首に抱きついて頬にキスをしてから、今度は少し艶のある声で少女が囁いた。


「おじさん優しそうだし・・・・・・お小遣いくれたら、もっとイイコトしてあげるよ。ふふっ、嘘だけど♪」


 少女がクスクスと笑いながら俺から離れると、天からの光が少女を包む。


「え~っ、もう終わり~? カミサマちょっとケチっぽいし!」


 天に向かって頬を膨らませた少女は、またコロッと表情を笑顔に戻し、俺達に向かって手を振った。


「そういうことだから、じゃーね♪ ばいばーい☆」


 さんざん振り回してくれた少女は、あっけなく光と共に消え、あとには少し寂しい静寂と水晶玉が残った。

 俺の腕をグッとフラムが引く。

 うぅ・・・・・・また怒っ――涙目になってるぅ~!


「ア、アリスは・・・・・・ああいう子の方が好き、なの?」

「そ、そういう訳じゃなくて、ビックリしたって言うか・・・・・・。」


 幽霊なんかより、こっちの方がよっぽど心臓に悪いわ。


*****


「・・・・・・あった。これが開かずの教室か。」


 四年一組と四年二組の間にある教室。そこが開かずの教室となっていた。

 元は四年二組の教室だったのが、一つズレたのだろう。


 教室の中に入ると、倉庫代わりに机や椅子が積まれて置かれている。

 窓の一つが段ボールで目張りされており、そこが問題の場所のようだ。


 ベリベリと何重にも張られた目張りを剥がすと、周囲と変わらない何の変哲もない窓が現れた。

 ここから飛び降りる生徒の霊が見えるらしいが・・・・・・。

 しばらく窓を注視していると、何かが窓の外を落ちていった。


「い、いいいい今の・・・・・・!」

「今のが記事に載ってる幽霊みたいだね。」


 隣の窓から幽霊が落ちた先を確認してみるが、特に何も見当たらない。上の方を見上げてみてもそれは同じ。


「さて、どうやって助けるか・・・・・・。とりあえず落ちてきたところをキャッチしてみるかな。」


 そのまま窓から少し身を乗り出し、触手を構える。


「あ、危ないよ、アリス。」

「フラムがしっかり掴んでくれてるから平気だよ。それより、あっちの窓の方を見てて。」


「ぅ、うん・・・・・・。」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・中々落ちて来ねえな。周期とかあるんだろうか。

 しばらく待っていると、フラムが小さな悲鳴を上げた。


「どうしたの、フラム?」

「い、今、落ちて・・・・・・。」


「そうなの? こっちからは見えなかったから、窓越しじゃないとダメなのかな。」


 俺は教室内に戻り、積まれていた椅子を問題の窓が見える位置に置いて座る。

 そして待つ事数分。


「あ、落ちた。」


 窓から目を逸らしていたが、俺の声に反応するリーフ。


「ひっ! ど、どうするのよ、あんなの!」

「うーん、まずは落ちる周期を調べてみるよ。」


「うぅ・・・・・・、まだこんな所にいないどダメなのぉ・・・・・・。」


*****


「んー、大体5分~10分に一回落ちてる感じかな。」


 何度目かの落ちる影を見送り、俺はそう呟いた。


「それで、どうするのよ。」

「待ち構えて受け止めるしかないと思うんだけど、集中力が持つかなぁ。」


 落ちてから4分30秒待機、そこから構えるとしても最大で5分30秒待つ事になる。

 無理ではなさそうだが、難しそうだ。というか面倒くさい。


「せめて、網でもあればいいのだけれど・・・・・・。」

「そうだ! それだよ、リーフ!」


「え・・・・・・?」


 別にわざわざ落ちる瞬間を狙って捕まえる必要は無い。

 場所は決まっているのだし、網を張って待っていれば良いのだ。

 早速俺はマットのような平らで広い触手を作り、窓の下に設置した。

 あとは落ちてくるの待っていればいいだろう。


 程なくして、一人の幽霊が網にかかった。


 教室の中へ引き込み、椅子へ座らせる。

 眼鏡をかけた、少し気の強そうな女の子だ。


「私・・・・・・助かったの?」

「うん、どこか痛いところとか無い?」


 少女は応えず、俯いたまま涙を流し始めた。


「ぐすっ・・・・・・ひっく・・・・・・。」

「どうしたの?」


「・・・・・・しなきゃ、よかった。」

「えっと・・・・・・?」


「自殺なんて、しなきゃよかった・・・・・・。ごめん・・・・・・ごめんなさい・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」


 俺にはかける言葉が見つけられず、ただ最後まで彼女の言葉を聞くことしか出来なかった。


*****


 次に訪れた場所は、校舎の中で文化部の部室が並ぶ一角。

 部屋のプレートを確認しながら歩き、目的の部室前で足を止める。


「新聞部・・・・・・ここだね。」

「ここがこの新聞を作ったところかしら?」


「多分ね。ここなら四番目か七番目の記事の手掛かりが無いかと思って。」

「確かに・・・・・・他に手掛かりは無さそうだものね。」


 各教室をしらみつぶし、という手もあるがそれは最後にしたい。面倒だし。

 鍵の掛かった扉を開き、部室の中の光景に思わず声を上げる。


「うわっ・・・・・・。」

「キャアアアアアア!!!」


 部室の中央にはプラプラと揺れる首つり死体、もとい幽霊がぶら下がっていた。

 流石にいきなり首つり死体はビビるわ。


 ロープを切ってぶら下がっていた女の子の幽霊を助け出し、首元を治療する。


「ケホッ、ケホッ・・・・・・! 私・・・・・・助かった?」

「うん。首の辺りは治療したけど、どこか他に問題ある?」


「大丈夫・・・・・・。ここに来たって事は、何か情報を持って来てくれたってこと!?」


 幽霊なのに逞しいな・・・・・・。


「いや・・・・・・ごめん。逆にこの新聞のことを調べたくて。」


 持っていた新聞を少女に見せる。


「これ・・・・・・レイアウトは私が作ったものだけど、記事は殆ど差し替えられてる。四番目は分からないけど、私が書いたのと同じ記事は七番目ね。」

「調査中になってるけど・・・・・・。」


「そ。でもその調査中に殺されちゃって。まさか私が七番目になるなんて思いもよらなかったわ。」

「殺されたの・・・・・・?」


「まぁ・・・・・・見ちゃいけないものを見ちゃった、ってやつ?」

「それは・・・・・・ご愁傷さまで・・・・・・。」


「それより! 取材させてよ! あなた、異世界の人なんでしょう!?」

「い、異世界・・・・・・?」


「あのね、私は”チキュウ”の”ニホン”というところから来たの!」


 ・・・・・・ある意味”転生者”・・・・・・なのか?

 話がややこしくなりそうだし、とりあえず俺の事は黙っておくか・・・・・・。


「えーっと、この学校にいた他の子もそうなのかな?」

「会った事はないけど、多分ね。悪霊になってた私にバイトしないかって、こっちの世界のカミサマに声をかけられたの。」


「バイト・・・・・・?」

「そ。バイト。悪霊化を解いて成仏させてやるからって。」


「バイトにしては随分とハードだね。首吊りなんて。」

「それは・・・・・・私への罰。悪霊だった頃に沢山人を殺しちゃったから・・・・・・って。その時の記憶は無いんだけどね、あはは・・・・・・。」


「そのバイトは、いつ終わるの?」

「誰かがこの学校を”解放”してくれたらって・・・・・・聞いた。」


「それじゃあ、こうして助けても・・・・・・君は成仏できないの?他の子も?」

「・・・・・・うん、きっとそう。ごめんね。」


「そっか・・・・・・じゃあ、この水晶玉は何だろ?」

「あ、それは六つ集めたら屋上に・・・・・・って、しまった!」


 慌てて口を塞いだ少女に、天からの光が降り注ぐ。


「う~、まだ全然取材してないのにぃ~・・・・・・とほほ。」


 随分連れて行かれるのが遅いと思ったら”仕事”があった訳か。


「じゃあね、次に会ったら絶対”密着”取材させてね!」


 それ、俗に言う取り憑かれるってやつなんじゃあ・・・・・・。


「それとね・・・・・・お願い、助けて・・・・・・。」

「頑張ってみるよ。」


 そして、最後に「ありがとう。」と呟いて少女は消えてしまった。

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