95話「勇気の一歩」
歩けど歩けど雲と青空。
最初に見つけた、この迷宮の出口からは随分と離れてしまっている。
そろそろ鳥肉も飽きてきたところだが、それしかないので仕方がない。
今日の献立に頭を悩ませていると、リーフがあっと声を上げた。
「あれは・・・・・・何の魔法陣かしら?」
着いた先は行き止まり。
その地面には淡く光る魔法陣が描かれていた。
魔法陣の中心には『てんい』の文字。
「あぁ・・・・・・これ、多分転移するやつだよ。」
「転移・・・・・・?」
「乗ったらこの迷宮のどこかに飛ばされるんだと思う。最初の門の所に行けないのも、島が違うからかもね。」
「つまり・・・・・・それって・・・・・・。」
「すごく面倒くさい・・・・・・。」
とはいえ、立ち止まっていても仕方がない。
頭を振って気合いを入れ直す。
「とりあえず、使ってみない事には分からないね。まずは私とヒノカとサーニャで乗ってみようか。」
「やった、一番にゃ!」
「私達が転移したら、少し時間を置いてから皆も続いて。殿はリーフとお姉ちゃんに任せて良いかな?」
「・・・・・・分かった。」
大まかな段取りを相談していると、ラビが袖を引く。
「ね、ねぇアリス。地図はどうしたら良いの?」
「魔法陣の印を描いておいて、別の場所に出たら新しいページに描こうか。」
「わ、分かったよ。」
「お願いね。・・・・・・さて、それじゃあ乗ってみよう。」
土で小さなサイコロを作り、魔法陣の近くに転がす。
「何してるにゃ?」
「一応、使った事が分かるように目印をね。二人とも準備は良い?」
「あぁ、準備は出来てるぞ。」
「いつでも行けるにゃ!」
三人で魔法陣の前に並ぶ。
「行くよー・・・・・・せーのっ!」
掛け声と共に、同時に魔法陣へ飛び乗った。
*****
「よし、これで魔物は片付いたか。」
ヒノカが刀を納めたのを確認し、改めて周囲を見渡す。
頭上には青い空、足下には四角い白い石のタイルで作られた小島が雲の上に浮かんでおり、マップ自体は変わっていないようだ。
そして小島には三角形に並んだ三つの魔法陣。
その内一つは先程転移されてきた場所である。
他に道は無いので、別の魔法陣に乗って転移するしかないだろう。
「わわっ・・・・・・ホントに別の場所にでちゃった。」
「あっ、ヒノカ姉、やっほー。」
「ぁ、アリスぅ・・・・・・。」
しばらくして転移してきたのはラビ、ニーナ、フラムの三人だった。
ラビは驚いた様子で忙しそうに首を動かしている。そんなに転移が珍しいのだろうか? 迷宮の門をくぐるのと変わらない気がするが。
ニーナは手を振りながらヒノカに駆け寄り、フラムはしっかりと俺の腕に掴まる。
さらに続いてキシドーとメイと荷車。
特段気にした様子もなく、荷車を端に寄せる。
最後にリーフとフィー。
この二人は慣れたもので、さっと視線を走らせて状況を確認したようだ。
まぁ、長期休みの度に似たような転移魔法を使っているしな。
無事に全員揃ったのは良いが、この小島だと少し手狭なため、さっさと移動することに。
「それで、どっちに乗るのかしら?」
「んー・・・・・・ここはコインで決めようか。」
財布の中からガルド硬貨を一枚取り出す。
「コインで?」
「表なら左、裏なら右・・・・・・ってな具合で。それで構わない?」
「どちらを選んでも先は分からんのだしな。良いのではないか?」
「はいはーい! ボクがやりたい!」
「じゃ、お願いね、ニーナ。」
手に持っていたコインをニーナに投げ渡す。
「いっくよー! それ!」
小気味の良い音を立ててくるくると回ったコインは、俺達の進む道を示した。
*****
転移魔法陣に苦戦しつつも地図を埋めて進むこと数日。
「ねぇ、アリス・・・・・・一つ聞いても構わないかしら?」
「うん・・・・・・。」
「此処・・・・・・最初の場所じゃないかしら?」
「私も、そう思ってたところだよ・・・・・・。」
向こう岸に見える出口。
位置も角度も、この迷宮に足を踏み入れた時に見たものと同じだ。
最初に進んだ道の反対側から戻って来たことになる。
遠くからも出口は見えていたので、薄々嫌な予感はしていたのだが。
「うにゃ~~~!!! どうなってるにゃ~~~!!!」
「はいはい、大きい声出さないでね、サーニャ。」
「とりにく飽きたにゃ~~~!!!」
「じゃあ、今日からサーニャのご飯は野菜だけにしようか?」
「うにゃっ!? ・・・・・・お肉、欲しいにゃ。」
「なら、我慢してね。まぁ、気持ちは皆同じだから。」
サーニャの頭を撫でて落ち着かせる。
「それで、これからどうするのだ?」
「とりあえず地図を埋めるところから、かな。まだ転移魔法陣もあるかもしれないし。」
これまで気を張っていたリーフも落胆の色を隠せずに肩を落とす。
「やっぱりそうなるわよね・・・・・・はぁ・・・・・・。」
「ま・・・・・・まぁまぁ。ひとまず休憩しようよ、ジュースでも飲んでさ。」
「ジュース!? 飲むにゃ!!」
「はいはい・・・・・・ちょっと待ってね。」
荷車に積んである缶ビールを取り出し、プルタブを起こす。
こうして未成年者がお酒を持っていると、何処からともなく鳥紳士が現われ、人数分のジュースと交換してくれるのだ。
「あ、来たよ! おーい!!」
ニーナが両手を振ると鳥紳士が降り立ち、恭しく礼をした。
開けた缶を持ったまま、鳥紳士に近づいてそれを差し出す。
「いつもありがとうございます。」
ジュースの詰まった袋を受け取り、去って行く鳥紳士を見送る。
「あるー、あちし赤いの飲んでみたいにゃ!!」
「赤いの・・・・・・? あぁ・・・・・・コーラね。はい。」
袋から赤い缶を取り出してサーニャに手渡すと、何を思ったのかいきなりシャカシャカと振り始めた。
「えっ、ちょっ・・・・・・なんで振ってるの!?」
「・・・・・・? いつも振ってるにゃよ?」
確かにサーニャはいつも粒が入ったのなんかを飲んでたが・・・・・・。
そうこうしているうちにサーニャの指がプルタブに掛かる。
その瞬間、咄嗟に魔力障壁を眼前に展開させた。
ブッシューーー!!
「うにゃにゃにゃにゃっ!!?」
サーニャの手元を離れた缶は、まるでロケットの様に勢い良く吹き飛んで行った。
その中身をまき散らしながら。
「な、何やってるのよサーニャ! 皆びしょ濡れじゃない!」
「あちしのジュースぅぅ~・・・・・・。」
いきなりだとやっぱり間に合わないか・・・・・・。
頭からポタポタと垂れる雫を拭いながらそんなことを考える。
「うへぇ・・・・・・お姉ちゃん、お願い。」
「・・・・・・”洗浄(クリン)”。」
フィーの魔法で、皆の服と身体は何事も無かったかのように綺麗になった。
流石にあのままで過ごしたくはない。
「ありがとう、フィー。」
「・・・・・・うん。」
リーフに頭を撫でられて満足気なフィーを余所に、ヒノカがあっと声を上げる。
「あれはどうなってるのだ、アリス?」
ヒノカが指しているのは先程缶が吹き飛んで行った方向だ。
見てみると赤い缶がコロコロと転がっている。空中を。
「ま、まさか・・・・・・。」
慌てて駆け寄り、問題の場所をじっと観察してみる。
缶が転がったと思われる場所には点々と茶色の雫が空中に張り付いていた。
・・・・・・いや、見えない床に零れていた。
「何か分かったのか?」
「うん、ただの見えない床があっただけだよ・・・・・・。」
恐る恐る、空中へ向かって一歩踏み出してみる。
分かっていてもやはり怖いものだ。
ゆっくりと足を下ろし、しっかりと床の感触を捉えた。
「・・・・・・うん、大丈夫っぽいかな。」
一歩ずつ、ジュースの零れた空を歩く。
道の両側も見えない壁で仕切られており、そこから落ちる心配は無さそうだ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの、アリス!?」
「一応、ここまでは平気みたい・・・・・・よっと。」
缶の転がっている位置まで到達し、拾い上げた。
「一旦そっちへ戻るよ。」
帰りは少し歩を速めて。
足元は揺らいだりする事も無く、しっかりと支えてくれているようだった。
「それで、どうなっているのかしら?」
「多分この見えない道が向こう岸まで続いているんだと思う。ちょっと調べてみるよ。」
「調べるって・・・・・・まさか、歩いていくつもり!?」
「いや、流石にそれはちょっと怖いしね。見えない壁で囲まれてるみたいだし、大量の水を流し込めば分かるでしょ。」
「そんなの、どうやって・・・・・・。」
「魔力だけはあり余ってるしね。」
魔力を使って空気中の水分を抽出し、頭上に水球を練り上げていく。
「・・・・・・こんなもんかな。」
入口部分には土を使って蓋をし、かなりデカくなった水球を見えない通路の中へと押し込んだ。
閉じ込められた水は空いている方へ向かってザーッと真っ直ぐ流れていく。
あっと言う間に向こう岸へ到達し、門を押し流さんばかりの勢いで部屋に広がっていった。
「ね、ねぇ・・・・・・出口、大丈夫なのかしら?」
「・・・・・・多分。」
こちら側から見る限りはしっかりと健在しているようだ。
流れていった水のいくらかは出口の門の中へと流れ込んでしまったみたいだが・・・・・・。
「まぁ、気にしてても仕方ないよ。水滴のおかげで道も分かるようになったし、今の内に渡っちゃおう。」
「・・・・・・そうね、また見えなくなってしまっても困るし。」
「あちしが一番にゃ!!」
「あ、ズルイ!ボクだって!」
「ちょ、ちょっと二人とも、危ないわよ!?」
サーニャとニーナがパシャパシャと音を立てながら透明な通路を駆け抜けて行く。
いくら見える様になったからって、よくあんな所を走れるな・・・・・・。
二人とも何事も無く向こう岸へ辿り着き、リーフがほっと胸を撫で下ろした。
「まったく・・・・・・あの子達ったら・・・・・・。」
「まぁまぁ、それじゃあ次は・・・・・・っと。」
クイクイと後ろから服の裾を引かれる。
「ん・・・・・・どうしたの、フラム?」
振り返ると今にも泣き出しそうなフラムと目があった。
怖いわな・・・・・・コレは。
「私と一緒に荷車に乗って行こうか。ずっと手を握ってるから大丈夫だよ。」
「ぅ、うん・・・・・・。」
フラムの手をキュッと握り、逆の手で震えるラビの手を取った。
「ラビも一緒に行こうか。」
「あ、ありがとぉ・・・・・・。」
触手を動かして二人を荷車の上に乗せる。
「リーフはどうする?」
「ぅ・・・・・・わ、私は平気よ。行きましょう、フィー。」
「・・・・・・うん。」
フィーがリーフの手を取り、スタスタと雲の上を進んで行く。
「ね、ねぇ・・・・・・もう少しだけ、ゆっくり行きましょ、フィー?」
「・・・・・・? うん、分かった。」
「では、私も行くか。」
二人にヒノカが続く。
先を歩く二人を見るヒノカは少し羨ましそうだ。
「それじゃお願いね、キシドー。」
キシドーが頷いて力を込めると、荷車がゆっくりと動きだした。
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