94話「のまれるな」

 変わり映えしない迷宮をいくつか越えて新しい迷宮へと辿り着き、頭上を見上げれば雲一つない青い空。

 本来なら空にあるはずの雲は眼下をゆっくりと漂う。

 四角い白い石のタイルで作られた大小様々な足場は、まるで雲に浮かんでいるようだ。・・・・・・実際に浮いてるが。

 足場はそれぞれ同じ素材で作られた道や階段で繋がれており、移動に支障はなさそうだ。


「うわー、すごい! ここって空の上なの!?」


 ニーナがはしゃぎながら足場の端まで駆けて行く。


「ちょ、ちょっとニーナ! 危ないわよ!」


 リーフの注意も今のニーナには聞こえていないようで、足場の端に膝を着いたニーナは雲に触ろうと手を伸ばすが、見えない壁に阻まれる。


「あ・・・・・・あれ? ここも見えない壁があるや。」


 足を踏み外して地面に真っ逆さま、と言った事は無さそうだ。

 そもそも地面が存在しているかも定かでないが。


「あ! 皆、アレ見てよ!!」


 ニーナが声を上げて指を差した方へ視線を向ける。

 その方向には別の足場が存在しており、その上には次の迷宮への門が。


「今回は随分とあっさり見つかったな。」

「・・・・・・けれど、ここからじゃ行けないみたいね。」


 今居る足場からは門のある場所まで道が伸びていないのだ。

 回り道をする必要があるのだろうが・・・・・・。


「見える範囲ではあそこに行けそうな道は無い・・・・・・かな。」


 結構遠くまで地形の確認が出来るのだが、それでも見つからず、視界に入るのはモンスターの姿ばかり。


「・・・・・・結局、また時間が掛かりそうって事ね。」


 ぐずっていても仕方がないので探索を開始したが、案の定、行けども行けども対岸へ渡る道は見つからない。

 最初は揚々と歩いていたニーナも口数が少なくなっている。

 先の地形を確認しながら、リーフが呟く。


「・・・・・・逆の道を行った方が良かったのかしら。」

「それは言いっこ無しだよ。」


「そうよね・・・・・・分かっているわ。」


 他の皆もあまり良い表情とは言えない。

 なまじ出口を見しまった分、疲労への影響が大きいようだ。


「今日はこの辺りで休憩にしようか。」

「いつもより少し早くないかしら?」


「そうだけど・・・・・・この状態で進んでもあまり良くないと思うしね。」

「ふむ、確かにそうだな。それに、今日は肉もあることだしな。」


「そうだったにゃ! 肉にゃ! 食べるにゃ!!」

「急に元気になったね、サーニャ・・・・・・。」


 ちなみにこの迷宮で出るモンスターはフィールドが空ということもあり、ハーピーなどの鳥系が多い。

 つまりは鳥肉が潤沢なのである。


「ふふっ・・・・・・そうね。それじゃあ早速準備しましょうか。」


 荷物を下ろして火を熾す準備に入ると、サーニャがポツリと言葉を漏らした。


「あるー、空から何か来てるにゃ。」


 サーニャの視線と同じ方向に目を向けると、鳥の様な影が羽ばたきながらこちらへ向かって来ているようだ。


「魔物・・・・・・? とりあえず戦闘準備・・・・・・かな。」


*****


 その魔物はバサバサと音を立てながら、ゆっくりと俺達の前に降り立った。

 スリムだが引き締まった筋肉の付いた人の身体に、背に生えた白い翼、首から生えた白い鳩頭。

 随分とお高そうな服を纏い、腰には細身の剣が下げられている。


「ふるっふぅ・・・・・・。」


 そう呟いた鳥人間は手袋を優雅に脱ぐと、こちらへ向かってスタイリッシュに投げ付けてきた。

 ・・・・・・決闘しろってことか?


「あ、あの魔物は・・・・・・!」

「知ってるの、ラビ?」


「と、鳥貴族だよ!」

「な、なるほど、鳥貴族・・・・・・・・・・・・ね。」


「剣での素早い攻撃が得意って本に書いてた!」


 ”剣”という単語にヒノカの眉根がピクリと動いた。


「ほう・・・・・・。それなら、私に任せて貰おうか。」


 刀を正眼に構えたヒノカが鳥貴族の正面に立つ。

 対する鳥貴族も細身の剣を華麗に抜き、スタイリッシュに構えた。


「・・・・・・来い!」


 ヒノカの声と同時に、鳥貴族の剣が鞭のように風を裂きながらヒノカへ襲い掛かる。

 鳥貴族の怒涛の連撃を捌きつつも、じりじりと後ろへ退がるヒノカ。

 傍から見れば劣勢のように見えるが、ヒノカはまだ余裕の表情。


「そんなものか・・・・・・。はぁっ!!」


 ヒノカが気合いと共に刀を一閃させると、鳥貴族の持っていた剣の刃を根元から斬り落とした。

 かろうじて間合いから逃れた鳥貴族は折れた剣を構える。撤退したりする様子は無い。


「・・・・・・終わりだ。」


 ヒノカが刀を納めると、鳥貴族の身体がゆっくりと地面に倒れ、霧散消失した。

 一息ついたヒノカの下にニーナが駆け寄る。


「ヒノカ姉、怪我は無い!?」

「あぁ、大丈夫だ。」


 ヒノカが無事なのを横目で確認したリーフが空を見渡す。


「此処は空からも魔物が来るのね・・・・・・。」

「そうみたいだね。見張りをする時は気を付けないと。」


 先程の様子を見るに、見えない壁を越えてくるモンスターも存在するようだ。

 つまり、全方位を警戒する必要がある。・・・・・・面倒だな。


「あるー、さっきの魔物が何か落としたにゃ。くんくん・・・・・・な、何だか美味しそうな匂いがするにゃ・・・・・・。」


 鳥貴族が倒れた場所には何かが入った白いビニール袋が落ちていた。

 ガサガサと中身を漁ってみると、焼き鳥の詰まったパックが3つと、500mlの缶ビールらしき物が一本。

 貴族とか言う割には随分と庶民的じゃねえか・・・・・・。


「それは・・・・・・串焼き、なのかしら?」

「あー、そうだね。鳥肉を使った串焼きだよ。」


 出来たてのようで、串がはみ出たパックからは仄かに熱が伝わってくる。

 パックを開いて、一本取り出した。

 見た目はタレがかかった普通の焼き鳥のようだ。

 問題はちゃんと食えるかどうかだが・・・・・・・・・・・・まぁ食えるだろ、うん。

 ガブリとかぶりついた。

 トロリとした甘辛いタレが舌を濡らし、弾力のある肉を噛むたびに薄らと炭の風味が鼻を抜けていく。


「うん・・・・・・美味しい。」

「あちしも食べるにゃ!」


「ボクもボクも!」

「・・・・・・私もたべる。」


「ちゃ、ちゃんと皆の分あるから・・・・・・。」


 焼き鳥に群がる食いしん坊たちを余所に、ちゃっかりと自分の分を確保していたヒノカが串を咥えながらビールの缶を片手に首を傾げる。


「ところで、この筒は何なのだ?」

「それは多分・・・・・・お酒かな。」


「ほう・・・・・・それなら私とリーフは飲んでも構わないのだよな?」

「まぁ、一応成人はしているんだしね。・・・・・・飲んでみる?」


 この世界での飲酒は成人、つまり十三歳以上が推奨とされている。

 あくまで推奨なので未成年が飲んでもお咎めは無いが、「ガキが飲むもんじゃねえ」と大人に取り上げられて飲まれてしまうのがオチだ。


「そうだな、折角手に入れたのだ。試してみても損はあるまい。なぁ、リーフ?」

「わ、私も・・・・・・!? 興味が無いと言えば嘘になるけれど・・・・・・。」


「それで、コイツはどうやって飲めば良いのだ?」

「あぁ、ちょっと貸してみて。」


 受け取った缶のプルタブを起こすと、カシュッと音が響いた。

 飲み口から立ち昇って来た匂いは、完全にビールのそれだ。


「はい、その穴から飲んでね。」

「かたじけない。では・・・・・・、頂くぞ。」


 ヒノカは恐る恐る缶を傾け、少しだけ口に含む。


「うぐっ・・・・・・な、なんだコレは・・・・・・! に、苦いだけだぞ・・・・・・!?」


 ヒノカから缶を受け取ったリーフは思わず引いてしまう。


「も、もう・・・・・・変な事言わないでよ。」


 それでも好奇心には勝てなかったのか、リーフも缶に口をつけてゆっくりと傾けていく。

 コクッ。

 コクン・・・・・・。コクン・・・・・・。コクン・・・・・・。


「ちょ、ちょっとリーフさん? 一気に飲みすぎじゃ・・・・・・?」

「ふぅ・・・・・・ご、ごめんなさい。わりと美味しかったものだからつい・・・・・・。」


「い、いや・・・・・・それは良いんだけど、そんなに一気に飲んで大丈夫?」

「ええ、平気よ。はい、ヒノカ。」


 リーフが缶を差し出す。

 まだ半分以上は残っていそうだ。


「私は・・・・・・もういい・・・・・・。」

「あら、そう?」


 ヒノカが断ったのを見て、隣に居たニーナが両手を上げる。


「はいはい! ボクも飲みたい!」

「仕方ないわね・・・・・・。」


「へへ~っ、やった!」


 ニーナが缶を受け取った瞬間、サーニャが声を上げる。


「あ、あるー! また何か飛んできてるにゃ!」


 サーニャが指した方角から猛スピードで飛んで来る影。

 迎撃準備を整える間に俺達の上空に着き、少し離れた場所に降り立った。

 先程の鳥貴族と同じ鳥人間だが、今度はタキシードを着て、手にビニール袋を提げている。


「ラビ、あれは分かる?」

「た、多分・・・・・・鳥紳士だよ!」


「しんし・・・・・・。」


 苦虫を噛み潰したような顔のまま刀を構えて対峙するヒノカに、手を上げて敵意が無い事を示す鳥紳士。


「ど、どうするのだ、アリス・・・・・・うぅ、苦い。」

「一応敵意は無いみたいだし、構えたままで手は出さないで。皆も後ろに下がって。」


「あぁ、分かった・・・・・・。」


 手を上げながらゆっくりと近づいてくる鳥紳士に対し、じりじりと後退して距離を取る。

 ある地点で鳥紳士の足が止まり、足元にあったニーナが置いた缶ビールを拾い上げ、代わりに手に持っていたビニール袋を置いた。

 鳥紳士はニーナの方に缶ビールを掲げて見せ、ゆっくり首を横に振り、そのまま飛び去って行ってしまった。


「な、何だったのだ・・・・・・?」

「ボクが飲もうと思ってたのに、持って行っちゃった・・・・・・。」


「あ・・・・・・でも、代わりにジュースを置いて行ってくれたみたい。きっと子供はお酒を飲んじゃダメって言いに来たんだよ。」

「ジュース!? 飲みたい!」


 鳥紳士の置いたビニール袋の中には、人数分の冷えた缶ジュースと薔薇が一本入っていたのである。

 ・・・・・・紳士だ。


*****


 鳥紳士が去り、夕食も軽く済ませた後。


「うへへ、アリスぅ~らいしゅきー。」

「お、おう・・・・・・。」


「ぐすっ・・・・・・アリスがしゅきって言ってくれない・・・・・・。」

「・・・・・・す、好きだよ。」


「らいしゅき?」

「う、うん大好きだよ、リーフ・・・・・・あはは・・・・・・はぁ・・・・・・。」


 リーフはすっかり出来上がってしまっていた。

 夕食中は少しふわふわしていた程度だったが、本格的に回ったようだ。


「えへへっ、わらひもアリスの事らいしゅきー!」


 リーフが俺を抱く腕に力を込めて、頬をスリスリとしてくる。

 いつもならこんな光景に不機嫌になりそうなフラムも、酔って変わり果てたリーフにすっかり怯えているようだ。


「お、おい・・・・・・リーフは大丈夫なのか、アリス?」

「まぁ、一晩寝れば元に戻ると思うよ・・・・・・。」


「ア~~リ~~ス~~! 余所見しちゃらめっ! もうっ!」

「ご、ごめんなさい・・・・・・。」


 俺を抱きしめたままリーフが耳元で囁く。


「ちゅーしよ?」

「いや・・・・・・それは・・・・・・。」


「ぐすっ・・・・・・やっぱり、わらひとは嫌なんら・・・・・・。みんなとはしてるのにー!!」

「そ、そうじゃなくて、リーフは今酔ってるし・・・・・・。」


「酔っれないもん!!」

「いや・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。」


「わらひらって、アリスとちゅー・・・・・・したいもん・・・・・・。」

「そ、それは酔ってない時に・・・・・・ね?」


「嫌! アリスとちゅーするのー!」


 駄々をこねるリーフに肩を掴まれ、ガクガクと揺らされる。


「わ、分かった! 分かったから揺らさないでー!」

「えへへ~、ん~~~・・・・・・。」


 近づくリーフの唇を避け、頬にキスする。


「お口は・・・・・・?」

「お、お口はまた今度ね。」


「やらやらやらー!! お口にすゆのー!!」

「そ、それは流石に素面の時にね。」


「ぐすっ・・・・・・なんれよぉ~・・・・・・。」

「そうは言っても・・・・・・。そ、そうだ、頭撫でてあげるから横になりなよ。」


「む~~・・・・・・・・・・・・えへへ~。」


 コテンッと倒れて俺の太腿に頭を載せるリーフ。

 こうして横にしておけばその内寝てくれるだろう。


「んふふ、あったか~い。」

「はいはい・・・・・・。」


 太腿に擦りつけてくるリーフの頭を優しく撫でる。


「・・・・・・・・・・・・うぷっ。」

「・・・・・・だ、大丈夫?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ね、ねぇ・・・・・・リーフさん?」


「・・・・・・スゥ・・・・・・スゥ。」

「寝た・・・・・・だけか・・・・・・。」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 大惨事にならなくて良かった。


「漸く大人しくなったか・・・・・・。酒とはこうも人を変えるものなのだな・・・・・・。私はもう二度と飲まぬぞ。」


 リーフのは甘え上戸と言ったところか。

 普段甘えられる相手が居ないから、その反動だろう。

 こちらの法に照らせば成人しているとはいえ、やはりまだ子供なのだ。

 学院に来てからずっと親元を離れているのだし、無理もない。


「初めて飲んだんだろうし、仕方ないよ。皆も今日の事でリーフをからかったりしないであげてね。」


 とりあえず、今日はゆっくり寝かせてあげよう。


*****


 漂ってくる朝食の匂いで目を覚ます。

 すでに皆起きているようだが、珍しくリーフだけはまだ床に就いているようだ。

 朝食の準備も整うだろうし、起こしておいたほうが良いだろう。

 寝息を立てているリーフの身体を揺らし、声をかける。


「起きて、朝だよ。」

「ん・・・・・・? アリス・・・・・・?」


「もうすぐ朝食だけど、起きられる?」

「えぇ・・・・・・大丈・・・・・・痛っ~~・・・・・・!」


 身体を起こしたリーフが頭を押さえて顔をしかめる。


「もしかしなくても、頭痛い?」

「え、えぇ・・・・・・どうしてしまったのかしら・・・・・・。風邪・・・・・・?」


「多分二日酔いだね。」

「二日酔い・・・・・・? 一体どうして・・・・・・?」


「えーっと、昨日お酒飲んだの覚えてない?」

「昨日・・・・・・お酒・・・・・・・・・・・・・・・・・・~~~~~~ッッ!!!」


 リーフが青かった顔色を真っ赤に染めて頭を抱える。


「ち、違うの・・・・・・違うの違うの違うの!! わ、私・・・・・・あんなことするつもりじゃ・・・・・・!!」


 覚えちゃってるか・・・・・・。


「落ち着いて、リーフ。皆気にしてないから。」

「そ、そんな訳ないじゃない! あんな・・・・・・あんな事・・・・・・うぅ~~~・・・・・・。」


 重傷だな、こりゃ。


「ごめんなさい、アリス・・・・・・。その・・・・・・色々・・・・・・しちゃって。」

「私も全然気にしてないから、大丈夫だよ。」


「す、少しは気にしなさいよぉ~!」

「ま、まぁ・・・・・・私は嬉しかったよ、好きって言ってくれて。」


「そ、それは・・・・・・違うの!」

「違うの?」


「ち、違わないけど、違うのぉ・・・・・・。」

「ともかくさ、そろそろ朝ご飯だから行こう?」


 項垂れるリーフの手を取るが、動こうとしない。


「行くって・・・・・・どんな顔して皆に会えばいいのよ・・・・・・。」

「えーっと・・・・・・わ、笑えばいいと思うよ。」


「笑えるワケないでしょ!」

「はいはい、わがままリーフちゃんはこうね・・・・・・っと。」


 触手でぐるぐるとリーフの身体を巻き取り、持ち上げる。


「きゃ・・・・・・っ! ちょ、ちょっと! 下ろしなさいよぉ~!」

「じゃ、行くよー。」


「ま、待ちなさいってばぁ~!」


 そのまま皆の前に連れて行くと、急に小さくなって大人しくなるリーフ。


「その・・・・・・昨日は、ごめんなさい・・・・・・。」

「気にするな。薦めたのは私なのだし、私にも責がある。」


 しゅんと落ち込んだリーフに皆が暖かい言葉をかける。

 特にフィーはずっと心配していたようだった。


「うぅ・・・・・・皆の優しさが逆に辛いわ・・・・・・。」

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