77話「亡霊」

 春の陽気が溢れる街の通りを歩く。

 冬の静寂が嘘のように人と騒音が行き交い、店の軒先に並べられた商品は既に旬のものに彩られている。

 まだ気温は少し低いが、昼になれば薄着でも過ごせるくらいになるだろう。


 少々寄り道をしながらも、今では見慣れたギルドに辿り着いた。

 忙しい時間は過ぎており、冒険者の出入りは殆ど無い。

 エルクと共に扉を開き、ギルドの中に足を踏み入れた。


「これがギルドなのか・・・・・・?」


 セイランの街にあるギルドとは違い、清潔で整然としたギルドの内装に戸惑うエルク。

 他が汚いという訳でなく、此処が特別綺麗なのだ。

 とは言え、中にいる人間は他と同じ冒険者である。ガラの悪さは変わらない。


「一応ギルドの総本山だしね。それよりほら、あそこに居るよ。」


 ギルド内に設けられたカフェスペースを指差す。

 その先には一際目立つ大男。デックだ。

 こちらで組んでいる冒険者達とスイーツを食べながら騒いでいる。

 ・・・・・・いつ見ても似合わねぇ。


 カフェスペースは誰でも利用でき、他の店より量が多くなっているため冒険者やゴロツキ風な男達には人気だ。

 その分、ガヤガヤと五月蠅く落ち着ける場所ではないので一般客は少ないが。

 余所から来た冒険者は特に甘い物に縁遠いので、嵌まり込んでしまう人も多い。

 目の前の大男のように。


「アイツ、こんなところに!」

「ちょっと、どうするのお父さん!?」


 俺の声を無視してズカズカとデックの背後に歩み寄り、その背に蹴りを入れた。

 盛大に転んだデックに大笑いする冒険者達。


「いでぇっ!!テメェ、何しやが・・・・・・・・・・・・って、エルクじゃねぇか!どうしたんだよ、こんなところで!」

「そりゃこっちの台詞だ!葬式代返しやがれ!」


「そ、葬式だと?何の話だ?」

「お前の葬式だよ、デック!」


「何言ってやがんだ!俺は生きてるじゃねぇか!」

「こっちじゃ死んだ事になってんだよ!挨拶もしねぇで居なくなったんだから当たり前だろうが!」


 デックはセイランの街を拠点にして活動していた冒険者だ。

 長い間姿を見せず、連絡も途絶えれば死んだと思われるのも当然だろう。

 特にデックは身体も声もデカくて目立つのだし、居なくなればすぐに分かる。


「ふ、深~い事情があんだよ、こっちには!」

「プ・・・・・・くくく・・・・・・ま、迷子がか?ギャーッハッハッハ!」


「な・・・・・・!このガキ、言いやがったな!」

「口止め料は貰ってなかったしね。良い値段で売れたよ。」


 エルクからせしめた銅貨1枚をデックに掲げて見せた。


「せめてもっと高く売りやがれ!」


*****


 エルクは空いているテーブル席から椅子を奪ってデック達のテーブルに着き、デックの席にある”かわいいにゃんにゃん苺ぱふぇ”に乗っている苺を頬張った。

 これを恥ずかしがらずに頼めれば中級者と呼ばれている一品である。


「悪かったな、騒がせちまって。」


 エルクの謝罪にデックと同席していた冒険者の一人が答える。


「いやぁ、構わねぇよ。面白いモンが見れたしな。まさか死んでるとは・・・・・・くっくっく。」

「あ~・・・・・・腹いてぇ。俺たちゃ幽霊と組んでたってことか。」


「良かったじゃねぇか新しい二つ名が出来てよ、【亡霊】デック。前より恰好良いぞ、ギャハハハ!」

「勝手に変なの付けてんじゃねぇ!」


 ちなみに前のは【デカすぎ】である。

 身も蓋も無い。


「そうだよ。それより【おバケの】の方が可愛いよ。」

「くっく・・・・・・このチビちゃん中々のセンスしてるじゃねぇか。良かったな【おバケの】デック・・・・・・ギャハハハ、腹いてぇ!」


「テメェら好き勝手言いやがって・・・・・・!」

「まぁ兎も角よ。一旦戻った方が良いぜ、デック。でないと、そろそろお前のボロ家が解体されちまうぞ?」


「はぁ!?どう言う事だよ!」

「葬式は済ませちまったんだし、いつまでも土地を遊ばせておく訳にもいかねぇだろ。」


「ク、クソ・・・・・・家には大事な――」

「安心しな、デック。」


 エルクがピッと親指を立てる。


「みんな美味いって言ってたぜ。」

「ぐおああああああ!俺の酒がぁああああ!!」


「お前の墓石にもたっぷり染み込ませてやったから、あの世で飲めるだろうよ、ワハハハ!」

「ちくしょおおおおお!!」


 すっかり萎びてしまったデックをそのままにして、俺は席を立つ。


「それじゃあ、お父さん。私は皆の所へ戻るよ。」

「あぁ、サリーによろしく言っといてくれ。」


「遅くなるって言っておくよ。」


 他の冒険者達にも別れを告げ、出口へと向かう。

 途中、背後から復活したデックの声が轟いた。


「あっエルクてめぇ!!よくも俺の”かわいいにゃんにゃん苺ぱふぇ”を食いやがったな!」


 どうやら既に中級者の域に達していたようである。


*****


「ただい――」

「わーん、だんなさまぁ~!」


 俺の姿を見たミアがすぐさま飛びついてくる。


「どうしたの、ミア?」

「だって、折角会えたのにすぐ居なくなっちゃったんだもん・・・・・・。」


 負けじとフラムが俺の腕を取った。


「うふふ、二人ともアリスにメロメロね。」

「アリスの将来は安泰そうですね。」


 大人二人が微笑ましく見守る中、キスしようと迫るミアを触手でガードする。

 流石にそんな所は見られたくない。

 リーフが周りを見ながら口を開く。


「それで・・・・・・お父さまはどうしたの、アリス?戻って来ていないようだけれど。」

「デックが居たからそっちで話してるよ。」


「デックさんて・・・・・・あの大きい冒険者の人だったかしら?」

「うん、元々は私の故郷辺りで活動してたから、お父さんとも知り合いなんだよ。向こうに何も連絡してなかったから死んだ事になってるんだって。」


「死んだ事にって・・・・・・大丈夫なの?」

「お墓が立てられて、家も解体されかけてるみたい。」


「ちょっと!大変じゃない!」

「まぁ、連絡もしてなかったデックが悪いんだし、仕方ないよ。・・・・・・というわけでお母さん。お父さんは遅くなるって。」


 サリーが眉を寄せて溜め息をつく。


「しょうがないわねぇ。でも、デックが生きていて良かったわ。エルクはそんな素振りは見せなかったけど、彼が居なくなってからすっと沈んでいたようだったから。」

「そうなの?」


 とてもそんな風には思えないが。

 まぁ、彼等の付き合いは長いようだし、色々とあるのだろう。


「普段はあまり飲まないエルクが、毎晩高そうなお酒を飲んでいた時期もあったし・・・・・・。」


 それデックの酒だわ。

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