76話「旅行者」

 春休みの初日。

 報せを受けた俺は、まだ朝の陽射しが残る学院の敷地内を、皆を先導して進んでいた。

 目指す先にある建物を見て、リーフが首を傾げる。


「来賓館・・・・・・?誰か来ているのかしら?」

「うん、皆にも紹介しておこうと思って。」


「一体誰が来ているのよ。」

「すぐに分かるよ。」


 間もなく来賓館に辿り着いた俺達は、知らされていた部屋へ赴き、扉を軽く叩いた。

 中から返って来たのは優しげな年老いた女性の声。


「どうぞ。」

「失礼します。」


 ゆっくりと扉を開いていく。


「おかあさん!おとうさん!」

「おばあさまー!」


 扉の向こうに居た人物を目の当たりにし、待ち切れないようにフィーとニーナが部屋の中へ駆けて行った。

 エルク、サリー、それにルーナさん。


 エルクは目にかかりそうな栗色の前髪を鬱陶しそうにかき上げている。

 もう少し伸ばせばギャルゲの主人公くらいになりそうだが、あの分だとすぐに切ってしまうだろう。

 いつもと同じ冒険者用の服に使い古した胸当てを付け、腰には俺の作った土の剣をぶらさげている。


 サリーはブロンド髪を後ろで束ね、家に居た時とは違って古びた冒険者用の服を纏っている。

 元冒険者なので長旅にはそちらの方が良かったのだろう。

 腰には小さなナイフ。


 ルーナさんも相変わらず質の良い衣服にガントレットを付け、腰には騎士の証である剣。

 年を経た白髪からは老熟さ、シャンと伸ばされた姿勢からは気品が漂ってくる。


 三人とも特に変わった様子は無さそうだ。


「お父さん、お母さん、久しぶり。ルーナさんもお久しぶりです。」


「おう、久しぶりだな。少しは背伸びたんじゃねえか?」

「さぁ、アリスもこっちへ来て。」


 言われた通りにサリーの元へ行き、フィーと一緒に柔らかい抱擁を受けた。


「なんで!?どうして!?なんでおばあさまが!?」

「落ち着きの無さは直っていないようですね、ニーナ。アリスに招待されて来たのですよ。可愛い弟子の招待を断る訳にはいきませんもの。」


「おかあさんたちも?」

「えぇ、そうよフィー。アリスが手紙を送ってくれたの。」

「金貨が転がり出てきて何事かと思ったけどな。」


 そう、夏休みが終わった後、すぐに手紙を出しておいたのだ。

 次の春に旅行がてら来て下さいと。

 日程はルーナさんが春休みに合わせて上手く調整してくれたようだ。


 ヒノカがルーナさんの前に出て頭を下げる。


「お久しぶりです。いつぞやはお世話になりました。」

「貴女も立派になられましたね、ヒノカさん。」


「いえ、私などまだまだです。」


 トントン、とリーフに肩を叩かれる。


「えーと、アリス。そちらのお二方がアリス達の両親で、あちらの方がニーナのお祖母さま・・・・・・で良いのかしら?」

「うん、紹介するね。父のエルザーク、母のサレニア、それにニーナのお祖母さんのルーネリアさん。」


「初めまして、リーフと申します。アリス達とは同じパーティを組んでいます。」

「私はヒノカ・アズマと申します。名の通り、アズマの国からこちらへ来ています。」


「フ・・・・・・フラムベーゼ・イストリア・・・・・・です。」


 その名を聞いたルーナさんが目を丸くする。


「あらあら、ということは火の一族の方ですのね。」


「火の一族?どういうことだ、サリー。」

「イストリア家は火の民の末裔で貴族の中でも名家の一つよ。そのご息女ね。」


「お・・・・・・おいおい、大丈夫なのかよ。変な事してないだろうな、アリス?」


 何で名指しなんスかね。


「ぁ、あの・・・・・・っ!アリスは・・・・・・や、優しい・・・・・・です。」


 二人を真っすぐ見上げて言い切るフラムにたじろぐエルク。


「あぁ、いや・・・・・・失礼な事してなけりゃ良いんだ・・・・・・です。」

「あらあら、今後ともアリスをお願いしますね。」


「ふふっ、良いお友達が出来ましたね、アリス。」

「はい、とても。」


 そして最後の一人・・・・・・が居ない。


「あれ・・・・・・サーニャ?」


 振り返ってみると、ドアの隙間からこちらを窺っているサーニャと目が合う。


「どうしたの?入っておいでよ。」

「入っていい・・・・・・にゃ?」


「うん、ちゃんと紹介するからさ。」


 サーニャの手を取って部屋の中へと招き入れる。

 その姿を見てルーナさんがまたも目を丸くして驚いた。


「その子・・・・・・獣人の子なのかしら?」

「はい、この子はサーニャ。私の使い魔として皆と一緒に住んでます。」


「よ、よろしくにゃ。」

「・・・・・・貴女には驚かされてばかりですね。獣人の使い魔なんて聞いた事がありません。」


「そもそも獣人を初めて見たぜ・・・・・・、本当にいるんだな・・・・・・。」

「何言ってるのエルク。一緒に仕事してた時に一度会った事があるでしょう?」


「・・・・・・あれ?そうだっけ?」


 首を傾げるエルクを他所に話を続ける。


「とにかく、これで全員。この七人が今のパーティです。」

「賑やかそうで羨ましいわぁ。私も混ぜて貰っちゃおうかしら。」


「ふふっ、それなら私も是非混ぜて頂きたいわね。」


 ルーナさんがパンと柏手を打って注目を集める。


「さて、それじゃあ皆さんでお茶に致しましょうか。もうお店は抑えてありますよ。」


 随分と準備が良い。

 ルーナさんを先頭に来賓館を出て、学院の門へと歩く。

 門から一歩踏み出すと、不意に抱きつかれた。


「だんなさまー!!」

「わっ・・・・・・ミア?ど、どうしたの?」


「今日からお休みでしょ?だからずっと待ってたの!」

「ずっと、て・・・・・・朝から?」


「うん!」

「門番の人に頼んで呼んでくれれば良かったのに・・・・・・。」


「いいの。こうして会えたから。」


 ぎゅっと絡め取った腕を抱きしめてきた。

 その反対の腕はしっかりとフラムが確保している。


「その子もお友達なのかしら?」

「はい、ミアンと言います。ミア、こちらはニーナのお祖母さんでルーネリアさん。そして私の父のエルザークと母のサレニア。」


「お義父様とお義母様!?あ、あの!!アタシ、旦那さまの愛人のミアンです!!」


 あぁ、そんな誤解を招く様な事を・・・・・・。


「エルク君・・・・・・。どういうことかな?」

「し、知らねーよ!?お、俺じゃねぇーーー!!」


*****


 ルーナさんが取っていた店は大きなオープンテラスのカフェだった。

 通りに面していないため、落ち着いた雰囲気になっている。


「全く、酷い目に遭わされたぜ。・・・・・・お、うめえなコレ。」


 エルクが大口を開けてケーキの欠片を詰め込んでいく。

 あの分だと皿の上はすぐに空になってしまいそうだ。

 まぁ、食べ放題なので勝手に取ってくるだろう。


 何とか誤解を解いたのは良かったが、今度は根掘り葉掘りとルーナさんとサリーがミアに質問攻めにしている最中だ。

 だがミアはそれに嬉々として答え、俺がどれだけ可愛くて恰好良くて優しいのかを身振りを交えて熱弁している。何のプレイだこれ。


「あらあら、アリスは随分お転婆になったみたいですね。」


 ゴロツキの一団を壊滅させた話をそれで済ませるルーナさんも大概だと思うが。


「そして、”ミアは俺の女だから手を触れるな!”ってビシッと言ってくれたんですっ!!」

「まるでお伽噺の王子様みたいねぇ・・・・・・うふふ。」


 学芸会で主役になった我が子を見るような目で見ないでくれぇ!


「・・・・・・こんなとこまで来て何やってんだ、お前。」


 仰る通りですわ親父様。


*****


 漸く俺の晒し上げが終わり、本格的女子会ムードに。一人を除いて。

 腹が膨れて退屈になったのか、エルクが俺に耳打ちしてくる。


「なぁ、女ばっかりですげー居づらいんだが。」


 散々飲み食いしておいて何を言うのか。


「私も一応女の子なんだけど。」

「お前は良いだろ別に。」


 年頃の男の子にとっては夢のハーレム状態だというのに。

 まぁ、サリーが居るからそういう訳にもいかないだろうが。


「うーん、それならギルドにでも行ってみたら?」

「おいおい、こんな所でも仕事させる気かよ・・・・・・。」


「いや、デックがこっちに来てるから。仕事に出てなければ会えるんじゃない?」

「はぁ!?デックだと!?アイツ、生きてやがったのか!!!」


「う、うん・・・・・・。ずっとここに居付いてるよ。」

「くそ・・・・・・っ!わざわざ葬式までしてやったのに!」


 やっぱり死んだ事になってたのか。

 ガッと椅子を引いて立ち上がるエルク。


「あら・・・・・・どうしたの、エルク?」

「ギルドに行って葬式代取り返してくる!」


「う、うん・・・・・・行ってらっしゃい?」

「よし!行くぞアリス!」


 むんず、とエルクに首根っこを捕まれる。


「ちょっ・・・・・・お父さん!?」


 そのままエルクに引き摺られる様にギルドまで案内させられるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る