52.5話「新しいお姉ちゃん」

 ボクは今、一人で街を散策中である。

 というのも、今日もギルドで良い仕事が見つからなかったらしく、時間が空いてしまったからだ。

 いつもならもっと嬉しい休日なのに。


「あーあ・・・・・・、ヒマだなー。」


 それもその筈、お菓子を買い食いしようにも、お小遣いが残り少ない。

 いくら計算が苦手なボクでも、財布が軽くなれば嫌でも分かる。

 銀貨や金貨でも入っていれば別だが、生憎財布の中にその眩しい色は見つからなかった。


 街の通りの雰囲気も少しピリピリとしていて、居心地が悪い。

 ボクらに回ってくる程の仕事も無いのだから、当然ランクの低い冒険者達にも仕事が無い訳で。

 まぁ、昼間から飲んだくれる人が増える分、酒場の人は嬉しい悲鳴を上げているけど・・・・・・酔っ払いが増えた所為で喧嘩も多い。


「・・・・・・あそこ行こうかな。」


 そんな通りを抜け、ボクは少し薄暗い路地へと足を踏み入れた。

 ここを進んだ先には【猫耳自警団】の本部がある。


 路地を抜けると、随分と綺麗になった裏通りへと出た。

 初めてアリスに案内された時はもっと酷い状態であったが、アリスが団員達に掃除させたのだ。

 表通りとは比べるべくもないが、疎らではあるが人通りは増えている。


 本部の方へ足を向けると、先から一団が駆けて来るのが見えた。巡回を行っている団員達だ。

 先頭にいるのは・・・・・・どうやらハゲさん。

 こちらに気付き、駆け足の速度を上げてボクの前に整列した。

 周りを歩く普通の人が、何事かと横目で視線を向ける。


「おはようございやす、ニーナ嬢!!」

「お、おはよう、ハゲ・・・・・・さん。それに皆も。」


「「「おはようございやす!!」」」


 ハゲさんからは呼び捨てで良いと言われたのだが、相手はずっと年上の人なのだ。

 頭が悪いボクにだって少しの礼儀くらいは分かる。

 ・・・・・・お祖母様に嫌という程、みっちりと教え込まれたのだから。

 まぁ、敬語の方はすぐに抜けちゃったけれど。

 だって疲れるし。


 そもそも、人をハゲ呼ばわりするのもどうかと思う。

 本人はそれで構わないと言っているのだが。


「本部の方でしたら、二人ほどお付けしやす。おい、お前ら!!」

「「へい!」」


 慌ててそれを止める。


「い、いいよ、ハゲさん。すぐそこなんだし、みんな巡回中なんでしょ?」

「ですが・・・・・・。」


「大丈夫だよ、ハゲさん達が怒られないように言っておくからさ。巡回がんばってね!」


「お・・・・・・お優しい言葉、ありがとうございやす、てん・・・・・・ニーナ嬢!!!」

「「「ありがとうございやす!!!」」」


 そう言って跪くハゲさん達。


「わわっ、い、いいって、そんな事しなくても。」


 彼らは随分と大げさなのだ、ある程度はもう仕方ないと諦めてしまったが。

 それでも、天使様と呼ばれるのだけは・・・・・・なんとか阻止したけれど。


 ハゲさん達を手を振って見送り、今度こそ本部へ向かった。


*****


 本部近くの広場へ到着すると、ボロボロになった団員達と一糸乱れぬヒノカの姿があった。


「・・・・・・む、ニーナも来たのか?」

「うん、ヒマだったから・・・・・・あ、アリスとフラムも来てたんだね。」


「あぁ、アリスが此処に来ると言うから、ついて来たんだ。私も暇だったしな。」


 広場の隅では、アリスが怪我をした団員達を魔法で癒していた。

 治癒魔法の練習らしい。

 アリスの両隣にはフラムとミアがピッタリと寄り添っている。


 こちらに気付いたアリスは治療中の団員を放り出し、ボクに声を掛けてきた。


「ニーナも来てくれたんだ。」

「ボクもヒマだったんだよ。街は何だか・・・・・・おかしな雰囲気だしさ。」


 今の街に比べればこちらに居る方が落ち着くのだ。

 それはアリスが頑張った結果なのだけれど。


「仕事が全然無いからね。春休みの間は忙しくて気付かなかったけど、少しずつ減ってたみたい。仕事が無いと自警団(こっち)も大変なんだけどね。」


 やれやれと肩を竦めるアリス。


「まぁ、暇なら皆の稽古を付けてあげてよ。ケーキくらいならお礼するからさ。」

「へへ、任せてよ!」


 あの甘くて柔らかいお菓子を食べられるなら、団員達に稽古を付けるくらい何でもないのだ。

 話を聞いたミアが真剣な表情でボクの顔を見つめてきた。


「あ、あの・・・・・・!アタシにも教えて欲しいの!」

「え・・・・・・、ええ!?でも、アリスの方が・・・・・・。」


 アリスの方へ視線を向けると、アリスはゆっくりと首を横に振った。


「私じゃダメなんだよ、変な癖が付いちゃいそうだしさ。」

「でも・・・・・・でも、アリスの方が強いじゃん。」


 それに、ミアはアリスの”あいじん”なのだ。

 彼女もそちらの方が良いに決まっているだろう。


「私、まだニーナから一本も取った事ないよ?お姉ちゃんだってそうだし。」

「それは・・・・・・魔法を使わない時の話でしょ。」


 強化魔法も、何も使っていない状態・・・・・・単純に剣だけで試合した時の話だ。


<正式な試合を行う場合は魔法の使用を禁じ、その記録だけを残す>


 それは、ある時にお祖母様がボク達三人に課した条件。

 勿論、魔法を使った練習試合もするけれど、それはあくまで練習試合。

 記録としては残さない。


 それでも二人は粛々とその条件を受け入れ、今までそうやってきた。

 この学院に来てからもそれは続いている。

 つまり、二人とも本気ではない状態での話。

 お祖母様が・・・・・・二人に勝てないボクの為に作ってくれた条件の中だけでの話なのだ。


 それなのに、アリスは率先してその条件を飲んでいる。

 一度だけ、フィーがズルをして強化魔法を使った時、それを叱ったのはお祖母様ではなく、アリスだったのだ。


 最初の内はボクもそれに得意気になっていたのだけれど、この学院に来て改めてアリスやフィーの凄さを、強さを目の当たりにして、ボクは―――


「―――どうしたの、ニーナ?」


 ハッと我に返ると、心配そうにアリスがボクの顔を覗きこんでいた。


「う、ううん、何でもない。・・・・・・分かったよ。」


 ミアの顔に華が咲く。


「ホント!?ありがとう、ニーナ!!」


 小躍りするミアの隣にフラムが並んだ。


「わ、私・・・・・・も!」

「え、フラムも・・・・・・!?」


 チラリとアリスの方に目線を向ける。


「良いんじゃないかな。ある程度自分の身を守る事が出来るようになれば、私も安心だよ。」


 そう言ってアリスは地面から刃を潰した訓練用の剣を抜き、二人に手渡した。


「二人とも、頑張ってね。」


「はい、旦那さま!」

「ぅ・・・・・・うん!」


 アリスは団員達の治療に戻り、二人はボクのもとに残された。


「それじゃあ、まずは――――――」


*****


 日が暮れはじめ、影が伸びてきたので稽古を終える。


「今日はこれまで。・・・・・・大丈夫?」


 ボクの言葉にミアとフラムが仲良く地面にへたり込んだ。

 二人とも汗だくで息が上がっており、話す気力も無いようだ。


「二人ともまずは体力から付けないとね。ミアは明日からは今日と同じ内容で稽古してね。」


 胸を上下させながら頷くミア。


「フラムはボク達の稽古に参加だよ。」

「ぅ・・・・・・うん。」


 ヒノカ達の方も終わっているようだ。

 団員達が悲鳴を上げながら、ゾロゾロと本部の中へ入って行く。


「フラムもミアも少し休憩してきなよ。アリスが中で冷たい水を配ってるからさ。」

「そ・・・・・・そうするよ。」


 二人はゆっくりと立ち上がり、団員達に続く。

 それを見送ると、残ったヒノカから声を掛けられた。


「そちらも終わったようだな。・・・・・・まさか、フラムも参加するとは驚きだったが。」

「あはは、そうだね。」


「やはり、先の一件で思う所があったのだろう。案外、リーフも参加すると言い出すかもしれないな。」

「うん・・・・・・そうだね。」


「どうかしたのか、ニーナ?心此処に在らずと言った感じだが。」

「う、ううん!ボクも身体を動かしたくってさ、一本いいかな?」


「ふむ、構わないぞ。私も少々物足りなかったしな。」

「あ、あんだけ暴れてたのに・・・・・・?」


 ヒノカのやり方は、自分を団員達に囲ませて襲わせるという実戦形式だ。

 どっちの稽古か分からない気がするが。

 団員達が束になっても敵わないので仕方がないだろう。


「さて、魔法は無しでいいのか?」


 ヒノカがカタナを抜く。


「うん、ヒノカとだと結局そうなっちゃいそうだし。」


 ヒノカの剣は疾い。

 ボクが魔法を使う素振りを見せれば一気に詰め寄られ、一本取られてしまうのだ。

 剣を抜いて、ヒノカと距離を取る。


「それじゃあいくよ!」

「いつでも来い!」


 ボクの放った攻撃を、ヒノカのカタナが次々と受け流していく。

 お祖母さまを相手にする時とは違い、まるで宙を舞う布に斬りかかっているかのように手応えを感じさせない。

 しかし、その反撃は速く鋭くボクを狙う。

 それを剣で迎え撃ち、その軽い刀身を弾いた。


 だが、それでヒノカの攻撃は止まる事は無い。

 怒涛の斬撃が上下左右から繰り出され、徐々に受け止めるだけで精一杯になっていく。

 鍔迫り合いに持ち込もうと剣を合わせにいくと、ヒノカにそれを外され、少し態勢が崩れる。

 慌てて剣を構え直そうとするが、既にヒノカのカタナはボクの命を捉えていた。


「ぅ・・・・・・参りました。」


 剣を納め、溜め息を吐く。


「はぁ・・・・・・やっぱりヒノカには敵わないや。」

「そう簡単に負けてしまっては私の立つ瀬が無いからな。だが、アリスやフィーにはまだ負け無しなのだろう?」


「あんなの・・・・・・お祖母さまがボクに勝たせる為に付けた条件だもん。二人とも本気じゃないのに・・・・・・。」

「ぬ・・・・・・それは・・・・・・。」


「ボク・・・・・・みんなと一緒に居ていいのかな?」

「そんなのは当たり前だろう。」


「でも・・・・・・みんなみたいに、強くないし・・・・・・リーフやフラムみたいに、まほうも、すごくないし・・・・・・。」


 瞳からは勝手に涙が溢れ、ボクの頬を滑り落ちて行く。


「うっ・・・・・・あのとき、だって・・・・・・フィーが・・・・・・ひどいめにあってたのに、ボク・・・・・・なにも、できなくて。」

「それは・・・・・・そうだな。だが、何も出来なかったのは私も同じだ。」


「やだよぉ・・・・・・。みんな、どんどんすごくなって・・・・・・ボクだけ、おいてかれるの、やだよぉ・・・・・・。」

「ニーナ・・・・・・。」


 ヒノカの手が、ボクの頭を遠慮がちに撫でる。


「その・・・・・・上手くは言えないのだが・・・・・・泣くな。誰もニーナを不要などとは思っていないし、置いていこうだなんて思っていない。」

「ひぐっ・・・・・・だって・・・・・・だって・・・・・・っ!」


 ヒノカの腕がボクを優しく包む。


「その・・・・・・だな・・・・・・すまない。」


 ボクの頭を撫でながら、ヒノカが叫ぶ。


「い、居るのだろう、アリス!少しは手伝ったらどうだ!」


 するとバツが悪そうな顔で物影からアリスが姿を現した。


「いや~、その・・・・・・二人が遅かったから見に来たんだよ。試合の邪魔をしないように待ってたんだけど・・・・・・。」

「そんな事より、ニーナに何とか言ってやってくれ。」


 アリスは少しの間だけ思案し、口を開いた。


「ニーナとの試合の時、手を抜いたりなんてしてないよ。お姉ちゃんもね。」

「そ、そんなの・・・・・・うそだよ。」


「どうして?」

「だって・・・・・・まほう、つかわないもん。」


 ギルドの仕事で魔物と戦う時だって、練習試合でだって、魔法を使うアリス達の強さは比べ物にならない。

 それなのに魔法を使わないなんて、手を抜いているとしか言えない。


「でも、それはニーナも同じだよ?」

「そう・・・・・・だけどっ。あんなの・・・・・・ボクのために、おばあさまがつけた・・・・・・じょうけんなのにっ。どうして、アリスは・・・・・・っ。」


「それは違うよ、ニーナ。あれは主に私とお姉ちゃんの為の条件だから。」

「ぜったいちがう!へんだよ、そんなの・・・・・・っ!」


「違わないよ。あの条件は私とお姉ちゃんの弱さを知る為のものなんだよ。」

「よわ、さ・・・・・・?」


「私とお姉ちゃんはどうしても魔法・・・・・・魔力に頼った戦い方になっちゃうからね。確かに、ニーナにとっては有利な条件だけど、それはニーナが魔法を使わなくても強い証拠なんだよ。」

「そんなの・・・・・・いみ、ないよ。」


「ううん、あるんだよ。実戦にはいつも万全な態勢で臨めるとは限らないでしょ?」

「・・・・・・うん。」


「言ってしまえば私とお姉ちゃんが負けた回数は、魔法を使えない状況で戦って死んじゃった回数になるかな。」


 アリスの放った「死」という言葉に恐怖が湧きあがり、ヒノカの裾を掴む手が強張った。


「お、おい、アリス。いくらなんでも・・・・・・。」


 抗議の声を上げようとしたヒノカに、アリスがゆっくりと首を横に振る。


「もし実戦なら、だよ。言うなれば私達への戒め・・・・・・になるのかな。でも、そのお陰で私とお姉ちゃんが今こうして生きていられるのかも知れないんだよ。だから、意味が無いなんて・・・・・・悲しいこと言わないで。」

「・・・・・・うん・・・・・・ごめん。」


「それに、ニーナにとっても、ちゃんと意味はあると思うよ。」

「ボク・・・・・・にも?」


「だって、練習試合の時に私とお姉ちゃんを魔法を使えない状況に追い込んでしまえば、ニーナの勝ちってことになるでしょ?」

「ずるいよ、そんなの。」


「実戦を想定してやるんだし、それをズルいだなんて言わないよ。それに、すぐに対策しちゃうんだから。」

「・・・・・・あはっ、やっぱりすごいね。アリスは。」


「ニーナだって凄いんだよ。ニーナが気付いていないだけで。」

「そうなの、かな?・・・・・・ありがとう、アリス。・・・・・・ヒノカも、ありがとう。」


 ヒノカがホッと息を吐き、ボクを抱きしめていた腕が緩んだ。


「何はともあれ・・・・・・だ。すまなかったな、ニーナ。」


 そう言って頭を撫でてくれた感触は、さっきよりももっと優しいものだった。

 ふと、ヒノカの顔を見て思いついた事が口にでる。


「ねぇ、ヒノカ!ボクもおねえちゃん、って呼んでいいかな?」

「は?い、いや・・・・・・そ、それは・・・・・・。」


 ボクの思いつきに、アリスがクスクスと笑う。


「あはは、良いんじゃないかな。」

「何故アリスが答えるのだ!」


「え?じゃあダメなの?ニーナが妹になるのは嫌なの?」

「う・・・・・・そ、そういう・・・・・・訳、では・・・・・・。」


「だってさ、良かったね、ニーナ。」

「うん!ありがとう、ヒノカ姉!」


「うぅ、今日は・・・・・・厄日だ・・・・・・。」


 ヒノカ姉は顔を少し紅く染めながら、最後に小さくそう呟いた。

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