第36話 忙しい日常に戻るまで
帰り道はドライヴでも楽しむようにのんびりと車を走らせ、途中で見つけた小ぢんまりとした食堂で山の幸いっぱいの定食でランチを摂った。
「あー。もう休みが終わっちゃうよー」
車内で誰にも聞かれないのをいいことに、僕が助手席で大きな声を出すとフミがクスリと笑いを零す。
「明日から、またバイト三昧だよ」
ふぃーっ、と息を吐きつつ、僕はわざとらしい態度をとってみる。
「単位は、平気なの?」
「うん。それは大丈夫」
隣では、相変わらずフミが微笑を浮かべていて、いつ見ても癒される笑顔だ。
フミの笑顔を独り占めできているのだから、このあとから続く大学もバイトも頑張るしかないよな。頑張れ、自分。
車が見慣れた街に入り、フミのマンションが近づいてくるにつれ、寂しさは募っていった。できることなら、このままずっとフミと一緒にいたい。やっと僕の方を見てくれたフミと、日がな一日、あの西日指す窓の傍で素敵なイラストたちに囲まれながら、美味しいお茶を時々飲んで、互いの体温を感じていたい。
けれど現実は厳しくて、僕の妄想などお構いなしだ。
マンションの前にたどり着いた頃には、冬の冷たい冷気とともに携帯へのメッセージが僕を現実へと連れ戻す。シフトマネージャーからの連絡で、明日は社内での雑用を済ませたら、また街頭でのアンケート調査が待っているらしい。寒い中、何時間も外でアンケート調査をするのは体にこたえるんだよな。
「フミの部屋で、少しお茶してから帰る」
気だるげな態度で携帯のメッセージを閉じてから、はぁーっと深い溜息を零しつつ、フミと一緒に部屋を目指した。
肩を落とす僕に、美味しいのを淹れてあげるねと優しいフミの声が耳をくすぐった。
些細なことなのかもしれないけれど、そんな会話が幸せだな、なんてぽうっとしていたら、ドアの前で鍵を取り出て鍵穴に鍵を差し込んだフミの動きが不自然に止まった。
鍵を入れたままのフミが、不安な顔をして僕を振り返る。
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