去年12月
第74話 手紙
あの日から、僕たちは何度も瞳さんの病室を訪ねていた。
フミは瞳さんの毎日を焼き付けるようにイラストを描き続け、僕たちは他愛のない話に笑いあった。まるで、それがずっと続くと思ってしまうほど、毎日はとても穏やかだった。
けれど、秋が深まり冬の準備が始まる頃。弱っていく姿を見せたくはないという瞳さんからのお願いに、僕たちの足は病院から遠のいた。
その年の一二月初め。榊さんからの連絡で、僕たちは瞳さんの最期を知る。
瞳さんは、最後まで笑顔を絶やさなかったと榊さんが話していた。
瞳さんの笑顔を思い出せば、胸が締め付けられていく。
そして、瞳さんは僕たち二人に一枚の手紙を残してくれていた。
史佳さん。
橘さん。
去り逝く者が手紙を残すなんて、ちょっと重いな、なんてお思いになられたかもしれませんが、どうか読んでやってくださいね。
まず初めに謝らせてください。
病室へいつも来ていただいていたこと、本当に毎日嬉しくてとても感謝していました。
けれど、強くなりきれなかった私は、小さくなっていく自分の姿を見られてしまうことに、耐えられなくなってしまいました。
本当に、ごめんなさい。
私は、今まで榊と居ることが当たり前だと思い生きてきました。
結婚をして、もう十年以上経ちますから、そばに居て当然と傲慢にも感じていたのです。
ですが、自分が病気だと知り、その考えが一変しました。
居て当然ではなく、居てくれてありがとう。だったのです。
榊はとても不器用な人間で、絵はうまくても言葉は上手ではありません。要らぬ誤解もありました。
けれど、気がつけばいつもそばに居て、いつも優しく笑ってくれていたのです。
私は病室で榊の笑顔に見守られて、治らぬ病気だというのに本当に幸せだと感じていました。不思議なものですね。
ずっと昔、榊が私にプロポーズをしてくれた時。榊は、私と要ると癒されるといってくれました。
ですが、結婚してからずっと、癒され続けていたのは私の方でした。
あの人は、私の癒しなのです。
いつかお二人が誰かの。
そう、私にとっての榊のような存在になってくれたらと、老婆心ながら思います。
できれば、史佳さんには橘さんが。
橘さんには史佳さんが、そういう相手であってほしいなと思うのです。
大切な人の癒しの相手になって、お互いがお互いを思い遣れるようになれたら、とても幸せだと思うのです。
これは、私の経験だから間違いありません。
なんて、少し偉そうでごめんなさい。
どうかお二人とも、お体を大切になさってください。
お二人に出会えて、本当によかった。
ありがとう。
それから、木嶋先生。
ここは、敢えてそう呼ばせてもらいますね。
だって私は、ずっと先生のファンですから。
たくさんのイラスト、本当にありがとうございました。
あのイラストたちは、私の大切な宝物です。
本当に、ありがとう。
榊 瞳
瞳さんからの手紙を抱きしめ、フミは声を上げて泣いていた。
僕もこんな形じゃなくて、もっとずっと前から瞳さんに会って親しくなりたかったと、流れる涙を止めることができなかった。
彼女が春も夏も秋も冬も、ずっと僕たちと同じように超えられたならよかったのにと思わずにはいられない。
榊さんからは、辛い思いをさせてしまって、申し訳ありませんでしたと頭を下げられた。
だけど僕は、後悔していない。
瞳さんがもういないという現実は確かにとても辛いけれど、瞳さんのおかげで、僕は大切なことに気づくことができたから。
瞳さん。僕は、必ずフミの癒しになります。
まだまだ若造で、いっぱい時間はかかるかもしれないけれど、いつか必ず、フミにとって、僕のそばにいることが癒しだと思ってもらえるような、そんな男になります。
僕は隣で涙を流すフミの手をしっかりと握り、寒い冬の空に昇り逝く瞳さんの煙を眺めながら誓った。
フミは、僕の目を見て頷きを返す。まるで、心の中で誓ったことが聞こえたみたいに。
僕は、この部屋が好きだ。
少し西日の差す暖かなオレンジに包まれるこの部屋と、ハラハラと散らばる優しいイラスト。
そして、大好きなフミが僕をいつでも癒してくれる。
いつか、フミのことも僕が――――。
癒される場所 花岡 柊 @hiiragi9
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます