第69話 プライベート

「淳平」

 優しく呼ばれて、僕は目を覚ました。

 気がつけば、僕はリビングのテーブルへ伏せて寝てしまっていたようだ。

「フミ……。お帰り。個展お疲れ様」

 寝ぼけ眼でいうと、フミは微笑みながら、“ただいま”と“ありがとう”をいう。

「ずっと待っていてくれたの?」

 僕の向かい側に腰掛けて、小首を傾げるフミ。

 寝起きの僕は、フミと気まずい状況下にいたことを失念していて、うん。なんて眠そうな返事をした。

「お茶の準備もしてくれてるのね」

 キッチンへ一度視線をやり、フミがもう一度僕をみた。

「帰ってきたら、一緒にケーキを食べようと思って買ってきたんだ」

 ぼんやりとした頭のまま椅子から立ち上がり、お茶の用意をするために僕はキッチンへ向かった。コンロに火をつけてから、あっと気づく。

 ……謝らなきゃ。

 そう思った瞬間に気まずさが胸の中を占めて、フミの顔を見られなくなってしまった。

「明日、仕事だよね? 平気?」

 気遣うように訊ねるフミへ、うん、まぁ。多分……。なんて、曖昧な返事をしてしまう。

 謝るという行為に僕が躊躇していると、フミがそばにやってきた。

「淳平……」

 躊躇うように、フミが僕の名前を呼んだ。

「この前は、ごめんね……。その……携帯の事は、とてもプライベートなことだったから……」

 とてもプライベート……。

 その言葉に、フミにとっての僕のしめる割合が、なんだかとても少ない物に感じて寂しくなっていった。

 僕にとって、フミは全てだから。

 僕にどんなプライベートなことがあったとしても、きっと何から何まで打ち明け話していたと思う。

 なのに、フミは僕にも話せないことがあるという。とても頼りない男と思われている気がして悔しくなった。あとには、とてつもない寂しさが募ってくる。

 寂しさの波に飲み込まれそうになりながら、僕は黙ってフミの話す続きを待っていた。だけど、フミはそれ以上何も言わなかったんだ。

 ただ、お茶を淹れるのを手伝ってくれて、僕が買ってきたケーキを“美味しい”と言って一緒に食べただけだった。

 恋人同士だからといって、全てを曝け出す必要なんてないのかもしれない。

 だけど、僕は僕の全部をフミに知っていて欲しいし。フミの全部を知りたい。

 僕もフミと同じだけ年を重ねたら、恋人にも話せないと思うことが出てきたりするのだろうか。僕よりもたった四年多く生きてきただけで、大切な恋人にプライベートなことだから、と話せないことができてしまうのだろうか。

 だけど、僕に話せないなんていうのは、どうしても疚しいこと以外思いつかない。こんな風に考えてしまうのは、僕がまだまだ子供だということなのだろうか。

 結局、僕はフミに謝る事もないまま、その夜はフミのマンションに泊まった。

 小さなベッドでフミに寄り添いながら温かさを感じ、同時に寂しさで心が寒さを噛みしめていた。

 ねぇ、フミ。

 僕は、フミが大切に思うことを打ち明けることもできないような、頼りない男なんだろうね。

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