第65話 相談相手を間違えた

 個展は、残り三日となっていた。

 フミからは幾度となくメールや電話が来ていたけれど、根性無しの僕は未だにごめんの一言が言えずにウジウジとした毎日を送っていた。

 いや。一度謝ろうと、仕事で外に出たのをいいことに、意を決して個展会場には向かったんだ。けれど、そこで再び目撃した現実に、僕の足はあっさりと後退してしまった。

 何を見たのかを説明しようとすれば、嫌でもまた思い出して落ち込んでいくから、できれば二度と口にしたくはない。

 ただ、それを敢えて口にし、誰かに聞いてもらいたいと思う脆弱な自分がいた。

「で?」

 あっさりと、というか。それほど関心もなく、というか。西森という男は、僕の顔を見もせずに問いかける。

 やつの手には携帯。その画面が忙しなく変わっている。

「要するに、二人が親密そうに話しているのを見て、逃げてきたってことだろ?」

 無碍もなくとは、このことだろう。しかし、当たっているだけに何も言い返すことができないが、できれば優しい言葉の一つも欲しかったと、傷心の僕は思ったりするわけだ。

 まぁ、奴に通じるはずもないが。

「昔の恩師なんだから、親密そうに話してたって普通じゃね? 寧ろ険悪なムードの方が、おいおい何があったんだよって思うじゃん」

 ごもっとも。でも、嫉妬の塊が体の大方を締めている今の僕にとって、二人が仲良く話しているシーンというものには、できれば出逢いたくなかったのだ。

 そもそも、謝りに行ったのに親密なところを見せ付けられたら、せっかく真っ直ぐ素直になっていた心も、簡単にひん曲がってしまうじゃないか。

「別に、淳平に見せ付けるために仲良くしてたわけじゃないだろ?」

 僕の心が読めるのか、西森はそんなことを言ってのける。

「だいたい、お前のタイミングの問題だろ? そんな場面に出くわしたのは不運だと思うけど、謝ることをやめる理由にはなんねぇよ」

 二度目のごもっとも。

 頭では解っているんだ。だけど、気持ちがそれに追いつかないのだから仕方ない。

「仕方ないとか、思ってねぇよな?」

「えっ?!」

 こいつ、マジで僕の心を読んでいるんじゃ……。

「さっさと謝っちまえよ。時間を置くほど謝りにくくなんだろ?」

「解ってるさ……」

「なんなら、同伴してやろうか?」

 西森は、イタズラな顔でわざとそんなことを言ってくる。

「子供じゃねーし」

「だったらタラタラしてねぇで、さっさと土下座でも何でもしてこいよ」

 手にした携帯画面をスクロールさせながら、西森は投げやりな言い方をする。

「迷惑そうだな」

 さっきから携帯を手放さずに居る西森にいうと、無表情で顔を上げてから、よく解ったなと呟いた。

「俺がお前の恋話を面白おかしく世界に呟かないうちに、謝りに行ってこい」

 命令口調で言われて、なぜか負け犬のようにすごすごと引き下がった。

 相談する相手を間違えたようだ。

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