第八話 正規の図書館司書

 念願の正社員として図書館で働けることになった。

 場所は市内にある高校の図書館。

 私が高校の図書館でやって行けるだろうかと不安に感じながら、3月末、引継ぎを行うために高校に行った。時間を間違えてギリギリになってしまったが、なんとか遅刻せずに行くことができた。

 転任先での引き継ぎのための説明会が、春休みに各学校で行われるのだ。新任採用もその説明会に加わる。

 立派な校門をくぐり、部活動生の挨拶に圧倒されながら事務室に行くと、中会議室に通された。すでに新任や転任してきた先生が座っている。資料や今後についての説明を受けて、それぞれの場所で引継ぎや説明を受けることになった。

 副校長に案内されてついていった図書館は3階にあり、階段を上がってすぐのところにあった。まだ新校舎になって日が浅いためか、校舎自体も図書館内もとても綺麗だ。

 図書館内で仕事をしていた前任司書の先生に案内されて中に入ると、次の委員長・副委員長(当時はまだ2年生)が製本の手伝いのために学校に来ていた。

 この3人に私はとても助けてもらった。でもこの時はまだ名前も知らず、仲良くなれるか不安でいっぱいだった。


 高校図書館の学校司書として覚えることやすることはたくさんあるようだった。その上、図書費の会計や図書館内の管理だけでなく、図書委員会の運営など図書館内の書籍管理以外にもやることは尽きないらしい。

「とりあえず、やってみて。パソコンとかもいろいろ触ってみて。そんな簡単に壊れないから。それで、もし分からないことがあったら、私か隣の高校の司書の先生に聞くと良いからね」

「はい。ありがとうございます」

 引継ぎはその日だけでは終わらず、3日間程に渡って行ってもらった。それでも、最初の1年は何度も前任の先生や知り合った先輩司書の先生に連絡をすることが多かった。



 仕事をする上で私が困ったのは、人見知りする性格からか、プライドが高いせいなのか人に聞くということができないことだった。

 他の先生に聞いたり話をしに行くまでに何時間もかかることがあった。業務上ギリギリまで延ばすことが難しいものは特に、「どうしよう」「どう話しかけよう」と悩みながら歩くことがしばしばあった。

 この悩みは今でも続いているが、昔よりは改善されたと思う。


 校務分掌で、私は当然ではあるが図書部と事務部になった。部長は新しく部長になった先生で、前から図書部にいる先生に聞きながら、互いに相談しながら、手探りで仕事を進めた。でも、かなり仕事が出来る方で、2年間ずっと助けてもらった。



 秋になると、文化発表会といわれる所謂文化祭が行なわれる。

 当日の午前中は委員会や部活動、課題研究班の発表を全校生徒で見る。午後は展示の部と言って、昼休みを挟んで各文化部の展示を見る時間となる。体育館では、個人発表と言ってギター部だけでなく、有志のバンドやダンスをする生徒が舞台に立ち、かなりの盛り上がりを見せる。

 そんな中、図書委員会の見せ場の1つである文化発表会で、初の試みとして行ったのが展示の部の「古本市」である。

 これは当時の図書委員長が、他校との交流会の際に持ち帰ったアイディアで、実際に古本を売るわけではなく、生徒や教職員から集めた本や図書館内にある古雑誌を希望者に配布するというものだ。この試みは本好きな生徒だけでなく、雑誌を目当てに来る生徒にも好評で、次年度も継続することが決定した。



 文化発表会が終わると、新刊の選書や未返却者への督促や他の図書館業務に追われていた。それに加えて図書館報という年に一回発行する刊行物をつくる。忘れっぽい私は、先生方にお願いするのを忘れていて、バタバタと図書部で寄稿して頂く人を決めて、年内に原稿をあげてもらえるようにお願いした。当時の図書部の先生方の協力がなかったらどうなっていたことか。

 それでもどうにか先生として1年間過ごすことができたのは、当時の三役のおかげだと思っている。彼女たちが私に学校のことをいろいろ教え、一緒に考えてくれたからこそ図書館運営を無事に終えられたのだ。

 また、図書部の先生や事務の先生も優しく、何度もミスをする私に何度も教えて下さった。


 本当に、高校以来人に恵まれていると思う。




 後述になるが、私は6月から1人暮らしを始めた。大学時代から家を出たくて仕方がなかったのだが、金銭面の問題からずっと諦めていたのだ。ある程度の貯金も貯まり、これなら1人暮らしできるというところまで来ると、すぐに自分の住む物件探して親の了承を経て契約をした。


 1人暮らしは思っていた以上に大変だった。家事全般を1人でするというのが、家の手伝い程度しかしてこなかった私にとってはこんなに大変なものだとは想像できなかった。それでも1人の時間をとれるというのは幸せなことだった。

 親や祖母からは穏やかになったといわれる。




 年が明けて3年生が自由登校になった頃、私は自分の好きなバンドのライブに行った。


初の武道館ライブ。


初の1人旅。しかも東京。


 緊張したが、行きたいところも行けたし、新しい友達もできて楽しかった。

 東京から帰り、自分のアパートに戻って、郵便受けに入っていた広告を偶然見たことが私の運命をさらに変えていくことになった。

 それは自衛隊とのふれあいパーティーである。自衛隊が好きな私は、なんとなく応募して、なんとなく参加した。



――――パーティー当日――――

 私は仕事で飲み会に行くときに着ていく服装で出掛けた。これならパーティー的な感じでも、合コン的な感じでも大丈夫でしょと考えたからだ。

 しかし実際に行ってみると、女の子は可愛らしい服装の子ばかりで圧倒されてしまった。

(わぁ、可愛い子がいっぱい!まぁ、デザートと飲み物をたくさん食べれればいいかな)

 よくテレビで見るお見合い回転寿司が終わって、フリータイムになると、私は紅茶をもらって席についていた。

「あの、お話いいですか?」

「あぁ、はい」

 その時の私はデザートと飲み物を持って、自分の席に座りなんとなく周りを眺めていた。すると、婚活パーティーで「回転寿司」と言われる1分間の自己紹介タイムの時に話していなかった男性が話しかけてきた。

(あぁ、斜め前に座ってた人だー。確か、司会の人に高良健吾君に似てるって言われてた)

 少し緊張しつつも、立ち上がって挨拶した。


「さっき、お話できなかったので」

「あぁ、わざわざありがとうございます」

 私は、話していない人がいることは知っていたが、顔までは覚えていなかったので、その時話しかけてきてくれて驚いた。

 あらかじめ書くように言われていたプロフィールカードをお互いに見せあった。私が特に見ていたのは、趣味と出身地のところ、それから好きな女性のタイプだ。

「プラダを着た悪魔がお好きなんですね」

「はい。その映画が一番好きです」

「私も好きです。主人公の女性が素敵ですよね。あっギターされるんですか」

「そうなんですか。でも、自分はまだ始めたばかりなんですけど」

「へぇ。あぁそれで、ミスチルとかゆすが好きなんですか」

「それもあります。練習したりするので」

「そうなんですねー。私、ピアノしてたんですよー」

「そうなんですか。音楽やってる人っていいですよね。今度一緒に演奏とか出来たら楽しそうですね」

「あーそれ楽しそうですね」

 その彼とは映画や本の趣味が合い、意気投合した。話し方や雰囲気もいいなと感じた。その後、パーティーの決まりで、気になった相手を2人まで選ぶことになっていた。

「良かったら、自分書いてください」

 誰にしようかと番号を見ていると、先程の彼が声を掛けてきた。

「あぁはい」

(あの人も、私のこと良いって思ってくれたんだ。良かった)

 その時にお互いを選び、記念品として自衛隊の音楽祭のチケットと食事券をもらうことができた。彼曰く、音楽祭のチケットはかなり魅力的だったらしい。


 それから数回映画や食事に行き、告白してもらい付き合うことになった。

 ちなみに、高校時代に付き合っていた彼氏とは、大学在学中にあたる5年前に別れていた。

 彼はその次の日から出張に行くことが決まっており、それがなかったら告白しなかったかもしれないと後から聞いた。



本当に運命とは不思議なものである。

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