第七話 臨時職員として

 公立大学を卒業して、どうにか市の臨時職員として小学校の図書館で働けることになった。1日6時間拘束の45分休憩、時給制で交通費支給なし。公立大の新卒がいく就職先としては、あまりいい条件とはいえない。しかし就職氷河期とよばれているこのご時世。贅沢は言っていられない。


 私は幸運にも、希望する地区で辞退する人がいたおかげで、やりたかった仕事を希望の勤務地で働けることになったのだ。

リーマンショックの余波を受けていた時代。

 臨時とはいえ、準公務員という立場で、自分の好きな仕事につけるというのは幸せなことだ。

 手取りの給料はパートをしている妹よりも少ないが、計算してみると他にも家庭教師や単発のアルバイトをすればなんとかなるくらいだったので、私は大学時代から継続して実家で生活することにした。

「4年制大学まで行ったのに8万!?」

 これは、父親に給料や待遇を聞かれたため、それに答えたときに返された言葉だ。確かに私自身も給料が低いと思っていたし、できれば臨時ではなく正社員で働きたいとも思っていた。しかし、司書の募集がなかなかないのも事実だ。

「いいの!私がやりたい仕事なんだから」

 それで私は、こう言って強がった。自分に学力等の実力がないのは自分が一番よく分かっている。それでも小学校で頑張ろうと決めたからには、一生懸命小学生のために働いて、いつか正職として司書になろうと目標を立てていた。



 新社会人で初任ということもあり、引き継ぎは春休み中に前任者の先生から丁寧に行ってもらった。

 次年度に図書の担当になる司書教諭の先生や、事務室の先生、一緒に給食を食べることになるであろう音楽の先生などを紹介して頂いた。図書室の場所や1年間の流れ、小学校職員の一員として、前任者はどう動いたかについても教えてもらった。おかげで、先生方とも比較的早く仲良くなれたし、学校の雰囲気も掴めたと思う。また、業務内容や仕事内容を細かく聞いていたので、大丈夫かなとある程度安心していた。しかし、私が実際に仕事を始めてから感じたことは何事もやってみないと分からないということだった。聞いてわかっているつもりになっているのと実際にやってみて分かるのとでは雲泥の差があったのだ。

 児童との関わり方や先生方とのコミュニケーション、各教科の授業との連携など考えることはたくさんあったが、本に囲まれた仕事は本好きな私にとっては天国のようだった。1つだけ問題があったとすれば、私自身元々子供が苦手だったということだ。しかしそれも、時を経るにつれて解消されていった。

 お昼ご飯は、担当クラスのない先生たちと一緒に食べた。せっかくだからということで給食もお願いした。


      *     *       *      *

 日本の戦後まもなく、学校が始まり子どもの食糧事情の悪化や栄養不足を防ぐために始まったという給食は素晴らしいと思う。たった数百円で、一食分の栄養が摂れるのだ。ワンコイン弁当もびっくりである。最近はネグレクトや虐待されている家庭の子どもが給食で生き延びているという話や、貧困家庭の給食費滞納の話を聞くことがある。そういう家庭や子供を守るためにも、きちんと給食費を払っていかなければならないと思った。

      *     *       *      *



 給食は栄養が考えられているだけではない。温かいものは温かい状態で、冷たいものは冷たい状態で食べられる。

「この学校の給食、すごく美味しいですね」

 これが、私が給食を食べて初めて口にした言葉だ。一緒に食べていた先生は一瞬「えっ」という顔をしたが、その後には「でしょう?」と自慢げな表情に変わった。やはり給食は、この小学校の自慢の1つでもあるようだ。

 校長先生は女性で明るく優しい先生で、積極的に図書館を利用するよう呼びかけたり、校長先生自らが図書館に足を運んでくれたりと何かと学校図書館を気にかけてくれた。事務の先生や教頭先生も、何もわからなかった私に、細かくマナーや学校でのルールなどを教えてくれた。このことは、職場が変わった今でも生かされているように感じる。

 入学式から始まり歓迎遠足、運動会、学期ごとのレクレーション、お別れ遠足そして卒業式とほとんどの行事に参加させてもらえたのも、校長先生や優しい先生方のおかげだろう。学校によっては業務外ということで参加できないところもあると聞く。小学生の時、いい思い出がほとんどなかった私は、この小学校で学校は楽しいところだということを思い知らされた。それに、仕事というよりもこの小学校で学校生活をやり直しているような感覚になることもあった。

 年齢も近いこともあり、児童は私という存在にすぐ馴染んでくれたようだった。その上毎週1時間は図書の時間を設けてあるためか、児童は積極的に学校図書館に足を運んでくれる。

 もちろん、外遊びが好きな子もいるし、話に来るだけの子もいる。しかし私は話に来るだけも子も、静かに本を読みたいという子と平等に扱うようにした。愚痴や学校で起きた話したいことを話せる人に話せるだけ話すこと。これが児童同士のトラブルを防ぐことにも繋がると思っていたからだ。


 仕事では、片付けが苦手なために資料や物を整理することが出来なかった。どこに何をどう仕舞うのが良いのか分からない。だからよく、資料を無くしかけていた。すごく困った。

 1つのことをやっていたはずなのに、別のことが気になってそちらをやってしまう。そういうこともあった。

「前の先生は~~~」「去年は~~~」といわれると、ショックを受けることもあった。比較されている気がした。新米だから当たり前なのだが、「ダメ人間」だといわれている気がしていた。

 人に聞くことも苦手で、失敗したり、時間がかかったりすることも多かった。


 それから……


 私が県庁の募集要項を見つけたのは、学校が夏休みに入って、小学校での仕事がない時期のことだ。仕事がないので、給料も支給されない。そのため私は、家庭教師のアルバイトや短期バイトをして、どうにか年金くらいは稼いでいた。お金がないので、遊びに行けるはずもなく、いつものように図書館司書のサイトを見ているときだった。8月末まで県庁が学校図書館事務職員として公務員を募集していることを知った。早速県庁のホームページにアクセスして、よくよく読んでみると【高卒・短大卒程度】の公務員募集らしい。道理で遅い求人だと思った。



〔最近では、図書司書は4年制大学を卒業しないと資格は取ることができない。規定では4年制大学卒業時に、司書資格認定となっている。

 しかしその一方で、公務員の募集要項には短大卒程度で大丈夫だと書いてあるのだ。多分、これは制度や法律の遅れが招いているズレだろう。

 そもそも図書館司書は国家資格であり、日本以外の先進国ではかなり優遇され、地位的にも上の方にある。これは日本人がいかに書籍や情報を蔑ろにしてきたかが分かることだ。せめて、公務員募集だけでも大卒程度まで上げてもらえないかと考える今日この頃である。〕




 私はそれから筆記試験が行われる日まで、独学で司書の勉強をした。

 正式な司書試験勉強のための問題集などなかったので、通信制大学に通っていた頃の教科書を読んだり、インターネットに載せてある司書試験の過去問を解いたり、分からない専門用語を近くの図書館で調べて書き留めたりした。

 また、教養試験に備えるために公務員教養試験の問題集を何回も繰り返し解いた。夏休みが終わると仕事が15時30分まである。仕事やアルバイトのある日は、それが終わってから勉強漬けの日々を送った。大変だったのかもしれないが、自分がやりたいことのために頑張るのは苦痛ではなかった。

しかし、今年の採用枠はたったの1人。

 何度解いても同じところで引っ掛かったり間違えたりしていた。正直言って受からないだろうと思っていた。しかし、やれることはやろうと決めていた。


 夏休みも終わり、9月の追い込みの時期。

 最後の方は半泣きになりながら勉強していたのを、たまに思い出す。

 


 私立の大学で行われた筆記試験(教養・図書専門)にはなんとか合格することができた。それだけでも奇跡だ。

 フタを開けてみたら、面接試験に残れたのは、80人中6人だったのだから、奇跡としかいいようがない。


 それから面接試験と小論文試験が2週間に渡って行われた。

 面接は集団と個人が1日で行なわれる。同じ面接官相手に、集団面接後、個人面接をしてもらうのだ。ちょっと面白かった。

 他の受験生が優秀に見えてとても緊張したが、今まで小学校でやってきたことや自分の思いのたけをぶつけるだけだと思った。

「小学校では、児童が図書室で走ったり暴れたりしていたらどうしていますか?」

「そういうときは、止めてから怒ります」

「では、僕が生徒だと思って怒ってみて下さい」

 個人面接の時だったと思うのだが、びっくりした。

「えっ、今ですか?」

「はい」

 言われた通りにやったと思う。


 小論文は司書や図書に関する資料を熟読し、自分で時間を計りながら少し練習していたので、特に緊張もすることなく書けたと思う。

 ここで落ちても悔いはないというくらいにはやった。

 


 そして私は、奇跡的に合格していた。

 嬉しくて、信じられなくて、何度も受験番号とパソコンを見直した。

 すぐに美夏に連絡して、合格の報告をした。

「お母さんには言った?」

「え?ううん、まだ。もうすぐ帰ってこらすけん良いかなって。だけん、美夏が最初だねー」

「私は彼氏か(笑)てか、いやいや良くないでしょ!絶対ドキドキしとらすって」

 母が帰ってくると、美夏の言う通りかなり緊張していたらしい。


 卒業以来、ずっと交友関係が続いているのは美夏くらいだったので、ついすぐに連絡したのだが、冷静に考えると家族が先だなと思う。

「受かってたよー」

 母が帰るなりそう言うと、やはり落ちていたと思っていたようで、「えっ?」と言われた。信じられない母をパソコンの前に連れていって証拠をみせた。

「すごいね!実は嘘でしたーとかないよね」

 不思議な喜びかたをされた。



 それから、契約更新を止めてもらうのをお願いするために、小学校の校長先生にも報告した。するととても喜んでくれたと同時に、残念がってもくれた。

 私を必要としてくれていたことが、とても嬉しく有難かった。

 次の人への引継ぎのための資料作りや、卒業生への贈り物を作ることで、残りの時間は過ぎていったように思う。

 卒業生への贈り物は、一人一人の個性や本を読むスタンスに合わせた50冊のおすすめ本リストだ。私が、生徒の性格や本好き度合いを聞いて、おすすめの本をリストアップし、本の形にして渡した。本のあらすじやおすすめポイントも合わせて書いた。在校生には、学年ごとに、読んでほしい50冊の本作をリストを印刷して図書室に掲示した。

 私がここにいたことを、すこしでも覚えておいてほしかった。


 内定者を集めて、面接があった。勤務地を決めるものだと思う。県営住宅として使われていたであろう建物に連れていかれて、一人一人呼ばれて面接が行われた。志望動機や自動車免許の有無。勤務地を選べるなら、どこに行きたいかなど。

 この面接が、のちにどう影響しているのかいまだに謎だ。


 そしてお別れの日。

 先生や児童からかけられたあたたかい言葉や笑顔は今でも忘れられない。本当にいい経験をさせてもらった1年間だった。

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