病院に通いだした

第五話 高校

 私は周囲の説得もあって地元の進学校である于手野うての高校に入学した。

いつか、小学校の図書館の先生のようになりたい。そう思い、司書になる夢を叶えるために、大学に行くために入った高校。

 最初はしぶしぶだったのだが、今では行って良かったと思う。なぜならこの高校で私は、いろんなことに挑戦し成長することができたからだ。



 1年生になってすぐに、オリエンテーションがある。まだクラスに馴染めていない頃に、委員会や係決めが行われるのだ。私は図書委員に入りたかったが、じゃんけんで負けて体育祭の応援団に入った。応援団に入ると委員会や係が免除されるので、その点は「ラッキー」と思った。でも、運動音痴な私がやって大丈夫かという不安もあった。

 私がかよった于手野高校の応援団は体育祭の時だけ編成されるもので、各クラスから男女2名ずつ選出される。1学年9クラスから4人で36人。これが3学年あるので全員で144人。この144人を3つの団に分ける。さらに3年生からは団長や副団長を出すので、40名ほどが1つの応援団を構成することになる。

 運動が苦手な私は、最初応援団をすることがかなり憂鬱だった。さらに同じ中学からの同級生が同じクラスには男の子しかいなかったことも憂鬱の原因の1つだった。


「ねぇ、一緒にご飯食べない?」

「えっうん。いいよ」

 それでも私は最初が肝心と、後ろの女の子に思い切って声を掛けた。その子もクラスに知り合いがいないらしく1人だったのだ。

 それから、私はその子と2人でご飯を食べるようになった。初めはなかなか会話が弾まなかったが、だんだん学校の話や地元の話をするうちに、親しくなっていった。

 帰りは中学校で仲良くなった圭織と一緒に帰っていた。圭織は私の隣のクラスで、帰りが一緒になることが増えたからだ。話す機会が増えた影響か、私は圭織と同じ華道部に入部した。週に1回だけの部活であったが、勉強が大変だということを聞いていたので放課後の部活動はそれくらいで十分だと思っていた。


「学校やめたーい!」

「勉強大変ー!」

 圭織と一緒に帰るときに農道で2人、自転車を漕ぎながら叫んだり愚痴を言ったりしていた。多分、2人ともクラスの雰囲気やクラスメートになかなか馴染めなくてジタバタしていたのだと思う。


 それからしばらくすると、私は、放課後に応援団の練習に参加することになって、1人で帰ることが多くなった。

 応援団でおくれを取りたくないと思い、毎日家に帰ると演舞の練習をした。運動が苦手だという劣等感がある私は、団員の人たちの足を引っ張りたくないと思っていた。応援団の練習は平日だけでなく、土日や祝日も行われた。卒業した先輩からの差し入れや、団員からの差し入れがたまにあり、皆で和気あいあいと練習に励んだ。


 そんな私には、ひそかに想っている人がいた。3年生の応援団の先輩だ。友達の協力もあって、先輩とメールをしたり、朝課外の前に手作りのクッキーを持っていったりした。それは、応援団に差し入れとして持っていったときに、誉めて貰ったものだ。朝に二人で会うときに少しだけ話をすることもできて、ドキドキしながらも楽しかった。隣の3年生の棟まで行くのは勇気が要ったはずだが、その時は先輩しか見えていなかった。応援団が終わり、先輩と繋がりが切れる前に先輩と遊びに出掛けることもできた。その時に告白したが、受験勉強を理由に断られて、玉砕してしまった。しかし、その時の思い出は私の青春時代の良い思い出だ。


 高校の体育祭は楽しいものであった。生徒会を中心にプログラムが作られ、応援団がそれぞれの演舞を決める。生徒全員で行うパネルもパネル係になった生徒たちがパネルづくりから構成まですべてを決めるのだ。ほとんど生徒だけで作る体育祭は、それだけで達成感を感じることができた。

(来年も応援団やろうかな)

 私は先生が買ってきてくれたお菓子やジュースで打ち上げをしている時に、なんとなくそう思った。



 学校の授業はほとんど予習していることが前提で進んでいた。体育祭が終わるまで1年生は朝課外を免除されていたので、それは助かったが予習や宿題は毎日のようにあった。


 少し遡って、体育祭前のことである。一度、国語で出された漢字の宿題を忘れてしまったことがあった。授業前に忘れたことを言いに行かなければ、ますます怒られることになると友達に言われて、私は1年生の教室からは一番遠い職員室に向かった。職員室内を覗くと、次の授業準備をしていた担当の先生の姿が見える。先生に許可を貰って、目的の先生がいる机にとぼとぼと歩いて行った。

「先生、あの、漢字の宿題を忘れてきました」

 下手に言い訳をしてはいけないと思い、事実だけを述べた。それを聞いた先生は、静かに私を見返した。

「そうか。やってはいるんだろう」

「…はい。家の机に置いてきました」

 怒鳴ることもなく、冷静に聞き返した先生に、私はとりあえず素直に答えた。

「うん、お前がちゃんとしてる人間だということは知っている。でも、忘れることはよくない。別に宿題を忘れたから怒っているんじゃないんだ。これから社会人になっていって、書類を忘れるとお前の責任になる。俺はお前がちゃんとした人間だと知っているが、社会はそんなこと見てくれない。高校は、そういうことを学ぶ場なんだ。今、入学したてで大変なんだろう」

 先生は終始静かな声で私に言った。なぜ宿題を出すのか、なぜ忘れることが悪いのかを滔々と話した。先生が話している途中から、私はいつの間にか涙を流していた。自分の頑張りを認めてくれた上で、なぜ悪いかをきちんと説明してくれる先生の言葉を聞いて心の底から反省した。

「今、応援団に入っていて、練習したり、学校の予習とか宿題とかして、いっぱいいっぱいになってて」

 理由を述べようと泣きながらも懸命に話した。ちゃんとした日本語になっていなかったと思う。それでも、その先生は真剣に聞いて、最後には笑顔で戻って良いとくれた。

 応援団の練習や授業で疲れていたが、だんんだん高校生活が楽しくなっていった。自分を差別したりいじめたりしない友達ができ、授業もなんとかついていけている。元々、勉強することが好きな私にとって、この高校は最高の環境であった。


 持久走大会がないのも魅力だった。競歩大会という、歩いて山越えをして、学校に帰ってくるというものなのだが、休憩地点ではその土地で育てられた農家の蜜柑が配られた。山越えで疲れている体には最高のご褒美だ。

「もう無理。きつい」

 私が死にそうな声でそう言うと、一緒に歩いていた友達が頑張れー!と応援してくれた。自分達もきついだろうに、人のことを気遣えるなんてすごいなと思った。

 彼女たちのおかげで、どうにか制限時間内に学校に帰ってくることができた。学校に帰ると、保護者の方がだご汁とぜんざいを作って待っていてくれた。私は迷わずぜんざいを選んだ。甘くて美味しかった。



 友達関係はいたって良好だった。

 2年生になると、私は再び応援団に入った。入りたいという生徒が何人かいて、少し揉めたが最終的には入団することができた。2年目ということもあり、私は応援団内で後輩に教える係を任された。2年目も相変らず楽しかった。

 それから秋になると私は、生徒会長に立候補する予定の友人に誘われて生徒会に入った。私が通っていた頃、生徒会は部活動のように比較的自由に入ることができた。役員といっても雑用係なのだが、同じ部活の圭織や圭織を通して仲良くなった子たちも一緒で、すごく心強かった。

 生徒会に入って半年経つと、生徒会内で好きな人ができた。自分から告白し、彼氏彼女という関係になった。

私にとって生まれて初めての彼氏だ。


 なにもかも順調に進んだように思っていた。

 でも、人生そううまくはいかなかった。



 ある日の昼休み、中学時代の友人であった真子が事故で亡くなったという知らせがきたのだ。

「嘘でしょ」

 地元の友達は皆、そう思っただろう。確認するためにメールしたり、電話したりする子達がいた。信じたくなかったが事実だった。真子と一番仲の良かった麻衣は、衝撃過ぎて泣けない様子だったのを覚えている。


 喪失感が心にあり、気力がなくなっていくのを私は感じた。

 もちろん、お通夜とお葬式に参列させてもらった。お葬式の後、学校の課外に行ったのだが、涙が溢れて全く授業を聞くことができなかった。


 友人が亡くなったことがショックだったのか、私はまた学校に行けなくなった。とにかく夜寝ることができない。そして当然だが、朝起きることができない。朝は体が鉛のように重くて、動けなかった。そんな自分が嫌になり、自傷行為も再発した。腕まで範囲が広がり、左腕は傷だらけになっていた。


 そんな私を周りの友達は気遣ってくれた。

「巴ちゃん、顔色悪いよ?」

「なんか少し痩せた?」

「そうかな。体重は変わってないんだけど」

 実際、私の体重は、ちゃんと食べているにも関わらず5キロ位減少していた。

 ある朝、私を起こしにきた母親が私の表情の異変に気付いて、精神科に連れて行ってくれた。話によると、起こしても死んだように寝ており、起きたとしても目が虚ろで光がなく、目に力や感情が全く見えなかったらしい。今までは頼んでも、精神科に連れていかなかった母が、連れていく程だから、相当酷かったのだろう。

しかし最初に行った精神科で処方してもらった薬が合わなかったせいか、薬の副作用が酷く、見た目もかなりやつれていたようだ。

「痩せたというより、やつれてるよね」

 2年生になって仲良くなった江崎ちゃんは、私が席に戻ると近づいてきて苦笑交じりに言った。彼女は運動部で忙しく、ほとんど遊ぶことはなかったが、授業の移動や休み時間、昼休みは一緒にいて落ち着ける友人だった。適度な距離を保って接してくれており、私にとっては心地いい距離で話ができる存在だ。

「ホントはちょっと体重落ちた。薬の副作用もあるけど、OD(オーバードーズ(大量服薬))をしちゃったから、昨日あんまり寝れてない」

「ダメだよー。ホントに危ないからね。ほどほどに」

 私の彼氏は、メールや電話で私に異変があるのを感じるとすぐに止めろと感情的になってとめようとした。でも江崎ちゃんはそうじゃなかった。それがきっと良かったのだと思う。


 その頃、私はODのしすぎで一度意識を失ったことがある。風邪薬や痛み止め、処方されていた薬にホルモン剤などをおそらく50錠以上飲んだと思う。ODの量は日に日に増えていったが、その日が最高だっただろう。朝気付いたら、自分が吐いた物を処理していた後だけが残っていた。意識はなかったが、自分で片づけたらしい。

 その時のせいで、今でも痛み止めは通常の量では効かなくなったし、一度に3錠以上の薬を喉に流すことができなくなった。時には理由もなく吐き気を伴うこともある。薬の多量摂取はすべきではない行為だと思う。


 

―精神を病んでいる人に感情的になって止めたり、ダメだと規制したりすることはしては避けた方がいいやり方だと私は思う。これは私の経験談だが、感情に訴えられると精神を病んでいる人や弱っている人は、「構ってくれる」「心配してくれる」と思って余計に悪化してしまうことがある。また、「どうしてわかってくれないのか!」と悲しくなり、人に負担をかけてしまう自分が嫌になってますます状態が悪くなる。

 「構ってちゃん」というわけではない。ダメな自分を見てくれる人がいると、その人に依存し始めてしまうということだ。依存して、ますます病状が悪化する。―

 


 その点江崎ちゃんは、軽く流して注意だけはするというスタンスを保っていた。そういう性格が、私にとってはとても有難かった。2年生3学期の最後の方になると、私に合う病院が見つかって、症状も安定して無事に学校に行けるようになった。この時支えてくれた江崎ちゃんを始めとした友人達には、今でも感謝している。



 3年生になると、周りは中学時代とは比べものにならないくらいの受験モードに入った。もともと進学校なので、予習復習は当たり前の学校なのだが、受験モードになると、そこに毎週模試が加わってくる。

 私は文系の国公立大を目指していたので、2年生の時からそちらのコースを選択していた。しかし、1年時からずっと言われていたことだが、英語こ成績が伸び悩んでいた。数学よりも悪いときがあるくらいだ。先生からはしっかり予習復習するように言われ、やっていたのだが、全く頭に残らないのだ。文系としては国・社・英は高得点を取っておきたいところだったのだが、国語と社会しか点数が伸びなかった。


 司書免許を取れるならどこでも良かったのだが、私の地元では大学の選択肢が限られていた。また本を読むことや日本語が好きだったので、言語が勉強できる文学部に進みたいと考えていた。父親は県内の国立に行くように言っており、私自身も行きたいと望んでいたが、センター試験で失敗し合格圏には届かないことが分かった。

 そしてセンター試験後の最後の三者面談で、私は公立の大学を目指すことになった。そこは私の得意な国語だけが筆記試験としてあり、センター試験の結果も全部提出ではなかった。


 前期試験当日。

 そこは地元の大学ではあったが、大学見学すらも行ったことのない大学だったので、私は母親の運転する車で試験会場に向かった。1人で受験会場に行き、たくさんの人がいる中で受けた試験は緊張したが、解けたという手ごたえはあった。そして、私はどうにか合格することができた。


           *       *          *

 私が最初に希望していた大学とは違ったが、通信制大学で司書免許は取ることにして、現役で確実に行ける大学を選択したことは間違ってないと今となっては思っている。

 そうしてこの大学に受かったことが、私の人生をさらに明るいものにしていくのだ。

           *       *          *




 卒業式。私は教室で、1人ずつ最後の言葉を言うことになった。教壇に立って両親や友達の顔を見回したとき、涙が溢れてきた。

「いろいろあったけど、3年間ありがとうございました。両親や友達みんなのおかげで卒業することができました。楽しかったです」

 泣きながらも、私の感謝の言葉を伝えることができた。

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