第三話‐② 小学校

 私は女子特有の「一緒」という行動に疑問を抱き、なかなか馴染むことができなかった。みんなが同じ話題について盛り上がっていることが分からなかった。

【みんなと一緒のテレビ番組を見る。みんなと一緒にトイレに行く。みんなと一緒の芸能人にハマる。みんなと一緒のことを話す。みんなと…みんなと…。】

 私は好きなテレビ番組が他の友達とは違っていたし、話題もほとんど合わなかった。皆が共通して思っていることや興味を持っている話題に興味がなかった。無理に話を合わせようとテレビ番組を見て学校に行っても、何故か私だけテストされて答えられないと「嘘つき!」と言われた。常にその中心にいたのは冬花だった。

 私は保育園のときに仲の良かった美鈴とは離れて冬花のグループと一緒にいることが多かった。地区が同じで、子供会や一斉下校で同じになることが多かったからだ。彼女の母親はPTAをずっとやっていて、とても怖いという印象があった。また彼女には兄がいて、何かあるとすぐに「お兄ちゃんに言うよ!」とか「お母さんに言って、教育委員会に言ってもらうから」と言っていた。そのせいか、誰も彼女のすることに口を出すことができなかった。

 本当に話が合うのは、一緒に図書館に行く友達の麻衣と真子くらい。数人でもいただけまだマシだったが。

 3年生のとき、転入生が来てクラスが2クラスになったことがある。そのとき担任が新任の先生で、見た目にも若い不良教師という具合だった。教室に私物を持ち込んで遊び、勉強なんかほとんど教えてもらえなかった。私を始めとした勉強したい子どもは自分たちでプリントを進めたり、教えあいをして学力を上げた。

 冬花とも同じクラスで、悪口を強制されることもあった。言わないと、クラスメートだけでなく、先生までも私を笑い者にした。真面目だとかいって、いつも私は笑われていた。真面目の何が悪いのか、私には分からなかったが、彼らに合わせられない自分が悪いのだと思った。

 担任の先生や、冬花が学校を休んだというだけですごく気が楽だった。


 4年生のときに、私は部活動に入った。ほとんどの児童が入る部活で、女子はバスケしかなかった。運動は苦手だったが、みんな入るし、入らないと仲間外れにされることは分かっていた。現に、違う外のクラブに入った子は、クラスのリーダー的グループから外されてしまった。

 でもその子とは、私の友人と話が合ったらしく、その子を含めて四人で図書室にいつも一緒にいくようになって、共に行動することが多くなった。


 それでも部活が同じだと、一緒に帰ることも増える。帰る方向も同じ冬花とその取り巻きとは、よく一緒に帰っていた。冬花と美鈴はお互いに合わないというのが分かりはじめたのがこの頃だ。互いの悪口をすれ違い様に言ったり、互いのグループの子を自分のところに入れようとしたり。まるで会社の派閥争いのようなことをしていた。私はフラフラしていたので、言われるままに冬花のところと美鈴のところを行ったり来たりしていた。冬花のところでは、好きでもないアイドルグループの真似をさせられたり、踊らされたりした。美鈴のところでは、美鈴の行くところにずっとついていかなければならなかった。どっちに行っても、不快な思いだけが残る。本当は、休み時間は自分の好きなことをしていたかった。

そんなある日。

 家庭訪問で何を出すかという話になった。今までは、買ったケーキやお菓子を出していた。しかしその当時は、妹の家庭訪問もあることや、母親が調理師をしていたこともあって、手作りのお菓子を出すことにしていた。その事を皆に話すと冬花はふいっと前を向いて含み笑いをしながら言った。

「えー!手作りとか、形悪そうだし、不味まずかったら嫌じゃない!?(笑)」

 冬花は、私の前を歩きながら笑っている。

すると、「分かる!」「うんうん」と他の子も言った。

 私は手作りを出すうちが貧乏みたいで恥ずかしくなって、次の年からは既製品を買ってくれるよう母に頼んだ。

 母は不思議そうにしながらも、その通りにしてくれた。しかし今考えると、そう考える私自身が貧しい心の人間だったと思う。それに、母の作るものが一番美味しいと思っていた自分に嘘をついた罪悪感が、自分に対する恥ずかしさを帯びて残っている。

 今だからいうが、私は冬花のことを、死んで欲しいと何度も願った。冬花が学校を休むとすごく嬉しかった。一週間位休んだらいいのにと思った。きっとそれは、みんな同じだったと思う。


 この頃の私の癒しは保健室になっていた。保健の先生が変わって、すごく優しい先生になったからだ。(仮病だったのだが)頭痛がすると言って行くと、いつもベッドで休ませてくれたり話を聞いてくれたりした。そんな先生だから、児童に人気で、ゆっくり話せることは少なかった。


 私が部活をすることを、両親は応援してくれた。基本的に、子供がすることを否定しない人たちなのだ。

「頑張ることが大事だよ」

 そう言って励ましてくれた。私は母親のその言葉を信じて、先輩や同級生に何を言われても、何をされても一生懸命部活を頑張った。その結果、エースではないが、先生やチームメイトから信頼される存在となれたと思う。その一方で、そんな私の存在が邪魔だと思う人もいた。主に冬花なのだが、彼女に嫌がらせや嫌味を言われ続けた。

例えば、私はレイアップシュートが得意だったので、速攻の時は前に走っていることが多かった。しかし、冬花はそれを無視して自分で行こうとしたり、速攻を止めてしまったりすることがあった。それを注意されると「今度からぜーんぶ巴ちゃんにボール回そ」と私に聞こえるように言ったり、背番号を私が7をもらうと「あーぁ、私7ってすごく好きだったのに嫌いになった。最悪」と言ったりしていた。私は5年生の冬に部活を辞める決意をした。ちょうど新しく習い事を始めた時期でもあり、いろいろ忙しくなったこととも重なった。冬花に嫌がらせをされて、部長を辞退する児童もいたと聞いた。その子はバスケが上手く、とても優しい子だったが、大人しい性格だった。だから、冬花の嫌がらせに耐えられなかったのだと思う。代わりに違う子が部長になり、その子は副部長になった。

 私は辞めることを先生に話した。先生は当然止めたが、私は泣いて辞めたいと訴えた。私にとって今や部活は、苦痛の象徴でしかなかったのだ。先生はわざわざ家まで訪ねて来てくれて、辞めないでほしいと言って下さったが、私は玄関に座って、頭を下げて辞めさせてくれるよう頼んだ。

 なのにその後、冬花を初めとしてほとんどの人が部活を辞めたことには驚いた。そして同時に、続けていれば良かったと後悔した。彼女がいなければ、部活はきついこともあったが、すごく楽しかったのだ。

 しかし、妹がバスケ部に入ったことで、部活のチームメイトとの交流は途絶えなかった。バスケが好きだった私にとってこのことは、唯一の救いでもあった。



 塾やピアノ、習字教室に通い始めた私は、さらに成績を上げた。ピアノが弾けるおかげで、音楽も楽しくなった。しかし最悪なことに、冬花や美鈴までも習字教室に来るようになってしまったのだ。私は曜日を変えることの出来る塾の日を、敢えて彼女たちが習字教室に行く時間とダブらせた。そうすることで、接触を避けたかった。


 しかしこの頃から、私のクラスではヒエラルキーの崩壊が起こりつつあった。

 決定的になったのは、6年生の修学旅行後からである。ある日、ヒエラルキーの頂点であった冬花の靴が無くなったのだ。隠したのは私と同じ塾に通っていた女の子だ。それから、少しずつ冬花への嫌がらせというよりも、女子による仕返しが始まった。無視は当たり前として、仲間外しや陰口も公然と行われた。すべて、その少女が今までクラスメートにやってきたことだ。

 私はその状況を見て、なんとも思わなかった。むしろ、自業自得だと思っていた節もある。

 自分がいじめられていたから苛められる人の気持ちが分かるとか、人の痛みが分かるとかいう人もいる。しかし、自分を苦しめてきた人が苛められるのをみて、同じことを言える人が何人いるだろうか。


(自業自得だ。ざまあみろ)


 私は、どんどん暗くなふ冬花を見て、そう思っていた。

 そんなクラスの異変に先生が気付かないはずもなく、クラスの児童が1人ずつ先生に呼ばれて面談が行われた。

「うちのクラスの子が苛められていること知らないか?」

「何か知っていることはないか?」

 もちろん私も呼ばれた。

「特にありません。私は塾で一緒の友達と一緒にいるので、分かりません」

 私は、そう答えた。自分のときは何もしてくれなかった先生たちに対して、怒りを感じていたし、親が強く言えば従う学校に失望したからだ。

 それからもイジメは続いた。とうとう冬花はあまり学校に来なくなった。

 私は、そんな彼女に対して「こんなことですぐ休むとか意味不明。心弱すぎ」と思った。私は先生に言われて、仕方なく少女に電話をかけ、学校に来るよう促した。しかし来たとしても学校で話すわけはない。大嫌いだったのだから。


 結局、女子によるイジメは卒業まで続いた。そして、私は志望していた私立中学を諦め、ほとんどの同級生が行く地元の中学校に入学した。



 今振り返ると、私をいじめていたリーダー格の冬花を中心に、いじめられる対象が変わっていたのは異常だったのかもしれない。冬花は両親が共働きで、文武両道の兄と比較されて育ったのだろう。それで、私たちに意地悪をしていたのかもしれない。

 でもそれゆえに、私達は自分を守るために友達だと思っていた子に裏切られたり、裏切ったりしながら学校生活を送った。

 6年間、変わらなかったことがある。学校の机の引き出しとロッカーの片付け方だ。ずっと同じように、言われた通りにしまっていた。しかし家では、妹の机よりも、机の上が雑然としていた。


 私は今でも人が信じられない。

 そして、彼女を許すことができない。

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