少女脱走?

「ん~、これも似合いそうかな……。あ、これも良いなぁ」


 雑貨店の前にて小物を漁るマニ子。目に入った物をすかさず手に取り、査定するかの如く鋭い視線を商品に向ける。

 その側には露店の商人や周囲の人波から身を隠すように居座るローブの少女、ヘルが一言も言葉を発することなくマニ子の買い物が終わるのを待っていた。


「うーん、じゃあこれくださいな」

「あいよ」


 そこそこの時間をかけて選び終え、ようやく購入に踏み切る。手にしたのは淡い赤色の飾りがついた髪留めだ。

 それを持って、今度は背後に引っ付くヘルの前に屈み込み、頭を隠すフードを外す。


「また今度は何を……」

「いいからいいから。はい、うしろ向いてー」


 言われるがままにヘルはマニ子に背を向ける。するとマニ子は襟の下に隠れていた長い髪を掴み出し、今し方購入した髪留めで一本結びにする。

 その出来に満足気な表情を浮かべ、髪束を肩にかけるように垂らした。


「ストレートもいいけど、こうしたヘアースタイルも似合うじゃん」

「髪を気にするなど無意味な。どう変えたところで同じだろう」

「んもう、分かってないわね。それでも女の子? 髪の毛は顔と体型スタイルに次いで大事な要素なのに」


 ヘルは一つの束になった自身の髪に興味無さげな視線を送る。そのあまりの無関心さに髪型の重要さを説くも、無言を返されてしまった。

 後頭部を掻きながらうーんと唸るマニ子。しかし、素っ気のない態度をされても関係ないのが彼女、スピカ・マニ・スピネルである。

 心なしか不満げな表情を浮かべるヘルのか細い手を取り、移動を始める。


「ま、いいか。それじゃあ、おめかしも済んだし、行こっか」

「行く? どこへ……」

「ふっふ~ん。♪」


 先行きを誤魔化しつつ不敵な笑みを返すと、人混みの中を縫うように進んで行く。

 当然、今の彼女が異世界人以外のヒトに臆しているのをマニ子は知っている上での移動である。


 この雑貨を取り扱う露店が軒を連ねる通りを抜け、次に向かうのはもう一つ先に並ぶ露店街。そこから風に乗って流れてくる甘い香りがマニ子の胃を活性化させてくる。

 そう、屋台である。今は昼下がりで一番人が少なくなる時間帯。この時が今のヘルにとっても最適なタイミングなのだ。


「あー、でもやっぱり店を閉める所も多いなぁ」


 誰に問いているわけでもないが、マニ子は商品の並んでいない屋台を見流しながら営業中の屋台を探す。

 しばらく進んでようやく営業中の屋台を見つけ、そこの品物をいくつか購入。再びヘルを連れてどこかへと移動を再開させた。


「お前は……一体何をしたいのだ? 私を連れ、そんな物まで持って」

「さぁ? 何がしたいんだろうねぇ。ま、もう少しだけ待ってよ」


 何を目的にこのような行動を起こしたのかをヘルから問われるが、これも再び曖昧な回答を返すだけで済ます。マニ子にしか分からない次の行き先は、露店街から抜けた先にあるようで、裏道を進んで別の通りへと出る。

 そこの通りは先ほどの露店街よりも人が多く流れ、喧噪とした世界となっていた。


 案の定それにたじろいでこれ以上進むのを拒むヘル。それを見たマニ子は彼女の目線と同じ位置になるように体を屈め、「大丈夫」と声をかけると、その手を取って人波の中へと入った。


 驚くのも厭わず、人との隙間を縫うように進む。そして人波を抜けた先にあったのは人の住む街の中にあるとは考えられない自然的な空間。ここはミズガルズにある自然公園と呼ばれる場所であった。


「前にアノスが教えてくれてさ。ここはあんまり人が来ないんだって。ここなら心おきなく言いにくいことも話せるかなーって」


 マニ子の目的、それはヘルとの対話だった。

 異世界出身であるアノス、スメラギ、そしてマニ子の三名だけしかまともなコミュニケーションが取れない。しかし、スメラギは人見知りであるが故にそもそも難しく、アノスに関しては異性であることもさることながら性癖に異常性がある──当然個人的主観での判断だが──という観点で下手な接触を避けさせていた。

 これらのこともあって、三人の中でもっともコミュニケーション能力の高いマニ子が自ら行動に移ったというわけである。


「……話すことなどない。私は虚無。記憶はあれど過去は無い。話す理由もない」

「そっかぁ。んじゃあ、一つ私の話を聞いてくれるかな? 答えは聞いてないけど」


 案の定素直には話してはくれなかったが、それもまた想定内。話してくれないのであれば、おのずと話してくれるようになるよう誘うのみ。


「私とアノスがねー、生まれた世界のことなんだけどさ、とある女神様がいたの。その神様は所謂地獄とか冥界を司る神様でね、ある日急に人を滅ぼすみたいなことを言って襲いかかってきたの」

「…………!」


 マニ子が語り出したのはある意味では事実ではあるものの、世間一般からすれば架空に過ぎない話。『グロースレコード』のイベントである超大型レイドバトル戦、それもこの少女と同名の『ヘル』という敵に設定された物語であった。


 一字一句覚えているわけでは無いが故に所々オリジナルで補修しつつ、読み聞かせるかのように話を続ける。

 何故にこの話をヘルに言い聞かせたのかと問われれば、マニ子が知る限りではとても偶然とは思えない程に酷似した存在である彼女ならば、話してみれば何かしらの反応を得られると思ったからである。


「……で、何百人もの人達のおかげで地獄の女神は正気に戻って、その戦いは終わるの。後々その戦いの原因を作ったやつが出てくるんだけど、ここから先の話はアノスが詳しいから興味が湧いたら後で教えてもらえばいいよ。たぶん、喜んで話してくれるはずだから」

「そう、か……」


 覚えている範囲での物語を語り終えると、ヘルの様子がどことなく変化したことに気付く。

 例えるなら動揺、と言い表せば正しいか。とにかく、今の話をしたのは悪手ではなかったらしい。これが正解だと信じて次の手を打つ。


「あなたは神様。そうでしょ?」

「……何故そう思う?」

「確たる証拠はないけど、強いてあげるとすれば私の勘はよく当たるからかな。それに、過去を隠し続けて生きていくと後々後悔することになるからさ、吐ける時に吐いちゃった方がスッキリするよ」


 内心の思いを言葉にし終えると、マニ子は芝生の上に座り、先ほど屋台で買った物を口に頬張り始める。揚げパンのようなそれは、マニ子のミズガルズでのお気に入りだ。

 ヘルにも同じ物を渡してはいるが、当の本人はそれに一切手をつけていない。そんな様子を見たマニ子は残り僅かだった分を一口で胃に落とす。


「まぁー、その辺りはヘルちゃん次第だけどね。それ、美味しいよ。冷めきる前に食べないと」

「…………」


 食べることを薦めてようやくヘルは揚げパンを恐る恐る口にする。とても小さい一口は中身まで届くことなく生地止まりだが、しっかりと食べていた。


 おそらく目覚めてから初めてであろう固形物の触感に慣れないのか、非常にゆっくりとした咀嚼をするヘルに安心を覚えたマニ子。芝生の上に寝転がりながら何も言わずにヘルの食事風景を見守る。

 その時だった。この平穏な時間に割って入ってくる者達が。


「あっ、いた! バルゼーン! やっぱりマニ子と一緒にいた──!!」


 そんな大声にびくつくヘルを庇うように声の聞こえた方向に体を向ける。すると、そこには青髪の男とその後方から金髪のエルフが見えた。

 そういえば──と、マニ子はヘルを無断で病院から連れ出したことを今更ながらに思い出す。


 やはり何も言わずにこっそりと出たのはまずかったらしい。あの慌てようを見るに、他にも何人かの研究員をヘルの捜索に巻き込んだであろう。

 これは確実にしょっぴかれると、マニ子は分かり切った結末を予想して落胆のため息を軽く吐き出すのであった。

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