黒き邂逅
一行の目的である苦薬虫とは、主に草木の蜜や花粉を主食とするコガネムシやカナブンにあたる昆虫だ。
これらは昼行性で昼に動きを活発化させるということで、彼らが好む花を探し出せば簡単に見つけられることが出来る。
なので、採集方法は簡単。
「テテレテン♪ 苦薬虫を入手しました──、テテレテン♪ 苦薬虫×2を入手しました──」
「何かそれ懐かしいな。俺、それの通知切ってたわ」
林間に生じる隙間、そこから陽光を浴びて育つ野花の群生でマニ子は自作の虫網を振っていた。
目的の物を採集する度に、口頭で入手の通知をSE付きで伝える。それはまさに、アイテムを入手すると自動的に通知されるシステムのセルフ再現だ。
一方で花の蜜を啜ることに夢中の苦薬虫を瓶の中に落とすアノスは、虫の苦手なスメラギの補助という形で採集している。
そんな同郷出身のみにしか分からないネタに懐かしさを感じる中、ふと目にした先にミラが明後日の方向を凝視していたのが見えた。
「ミラ? 何かあった?」
「……ん? あぁ、いや、何にもないよ。一応は、ね」
「一応は?」
その怪しげな言葉を気にしないことなど出来る訳もなく、アノスはその「一応」の真意を問いてみる。
「うん。浅部とはいえ前回のこともあるから、念のためにここら一帯を視てみたんだよ。そしたら何故かこの先に点々と生き物の死体が転がってるんだ」
「えっ、それマジ?」
出された答えに、心臓の鼓動が一瞬強くなってしまった。
ミラの千里眼が見つけたのは、まさかの死体発見。おまけに一つではなく、いくつもの死体があるという。
「何々? 何かあったん?」
「また霞蜘蛛ですか……?」
ここで、昆虫採集に勤しんでいた他の二人もミラの話に乱入する。
前回、この森で起きた霞蜘蛛事変の被害者でもあるスメラギは、この異変に何やら不穏を感じている様だ。
「……う~ん、大体六、七体くらいかな。ゴブリンみたいな小型からこの時期じゃ珍しくデスディアーまで居るし、おまけに倒し切れてないのも少なくない。間違いなく、何か起きてるね」
「まさか、また他地域から亜種とか迷い込んできたのでしょうか……?」
「可能性としてならそれも十分あるね。でも、多分違うかも」
肯定からの否定。ミラはスメラギの憶測を一蹴すると、額を隠すバンダナを解く。
露わにされるのは第三の眼。紫の水晶にも見えるそれは、内部の虹彩を巡るましく動かし、千里の力を解放する。
数十秒。森の自然が奏でる環境音をBGMに、四人の間に沈黙を作らせた。
二つの目で見ない別の眼で視る世界。ミラのもう一つの視点がこの事変の種を探りだす。
「……これは」
そして、それは案の定発見された。
「何か見つけたのか、ミラ?」
「えっ、もしかしてお宝!?」
「流石にそれは無いかと……」
新人一同がこぞって千里眼の結果に耳を傾けると、数秒の無言の後に答えが出る。だが、それは意外過ぎる物だった。
「分からない……」
「えっ、何それ。怖いんだけど」
「何かあるってのは分かるんだけど、どうやらそれの周囲に強い魔力の乱れが起きてるみたい。それが僕の視界を歪ませてくるから、上手く視れないんだ」
ミラの千里眼が上手く発動しない理由は、どうやら見つけた物の周りに発生している魔力の乱れなる現象がジャミングを起こしているからだという。
ちなみに、魔力の乱れというのは読んで字の如く魔法の力が乱れている状態のことである。何かしらの影響で魔力が過剰放出されるなどが原因で起きる現象だと講習会で教えられている。
毎度のことながら嫌な予感が凄まじい。関わるべきか、関わらずにいるべきか。その二つがこれからの運命の分かれ道となる。
「……どうする? 直接見に言ってみる?」
「ええー、本気かよ」
「いやだって僕の眼を妨害出来るくらいの魔力の乱れって相当な物だよ!? 気になるじゃん!」
以前の出来事に引き続き、またも波乱を予感させる提案をするミラ。アノスは否応無く否定の意を示した。
もっとも、彼の言い分が分からない訳ではない。付与士であるミラの魔力量はギルド登録者の中でも随一と聞いている。それを妨害出来てしまう程の乱れの発生原因を知りたくなるのは当然だ。
アノスとて、こう否定はしているものの、内心は少しだけ気になっていたりもする。
「はいはーい! 私も行きたーい!」
「わ、私も……。少し怖いですけど……」
女性組も同じ様にこの原因が気になるらしい。これで、多数決なら三対一の可決である。アノスの内心も含めれば、満場一致だ。
そんなこんなで、謎の現象が発生している場所へと向かうこととなった一行。千里眼が指し示した場所へと歩を進めて行く。
しばらく林の中を進んで行くと、急に空気が変貌する。正確には臭いが劇的に変化した。
「これは……」
先頭を歩いていたミラがある物を発見する。他の新人三人もそれを見て、ぎょっと顔をしかめた。
一行の前にあるのは灰色の汚い皮膚を持つ巨大なミミズ。一度話にも上がった《腐毒龍 ヴェノムドラゴンワーム》だ。ぴくりとも動かず、ハエの様な小昆虫が飛んでいるのを見ると、おそらくは死骸と思われる。
否、むしろこれを死骸と呼ばずに何と言うのだろうか。
「うっわ、何だコレ。きっしょ!」
目に入った光景に女性らしからぬ声を上げるマニ子。
それもそのはずである。何故ならば、その腐毒龍は本来繋がっているはずの体の半分以上が消失していたのだ。
周囲にぶち撒けられた内蔵には腐臭に釣られて無数の小虫が集っている。
「本当に臭いな。死んでどれくらい経ってんだ、コレ?」
「断面が少しだけ腐敗してるのをみると、三日くらいは経ってるかも。……おや」
おそらくは例の現象と関係しているであろう死骸の鑑識をしていると、ミラはあることに気付く。
「ねぇ、この辺に
「体のもう半分? ……あるって訊かれても、何も無いぞ」
そう問われ、アノスは周囲を見渡す。うっすらと暗い雑木林の中、目を凝らして見ても、それらしき物は見当たらない。普遍の林だ。
「おかしいなぁ。じゃあ、何でこれだけここにあるんだ?」
新たに出来た謎に頭を悩ませ始めるミラ。少しだけ時間をおいてから、アノスもその疑問の真意を察する。
ここに横たわる巨大な亡骸。優に三メートル近くあるであろうドラゴンワームの半身だが、どこを見渡してももう半身の痕跡すら見当たらないのだ。
まるで、
「ふむ……。よく見ると周りに木の枝が何個かあるね。折れ方から予想するに、何か外から強い衝撃を受けて折れた感じかも」
「つまり、この死骸が空から落ちてきたってか。いやいや、絶対にありえないだろ」
周囲に点在する物的証拠を鑑識しながら練られる推測に、アノスはあり得ないとばかりに否定を顕わにする。
ここが転移魔法が存在する異世界とはいえ、こんな森の中で人ではなくモンスターの一部、よりにもよって素材として使える部分が少ない腐毒龍の半身を移送させるとは考えられないからだ。
「いや、これはあくまでも僕の推測さ。それにしても本当に不自然過ぎるね。帰ったらギルドに報告しておこうか」
いつの間にか出していたメモ帳に現状の謎を纏め終えたミラは、本来の目的地への道へと歩みを再開させた。
腐毒龍の謎の死は気になるが、それはギルドの派遣者が後々に解決してくれると信じてアノスら新人三人もこの場を後にする。
林が少しずつ森へとなって行く一方、ミラが察知した死骸も増えていく。
言葉の通りゴブリンなどの小型モンスターから、初めて見るデスディアーなる巨鹿まで多種多様なモンスターの死屍を通り過ぎる中、ある一つの共通点があることに気付く。
それは、倒れているモンスター全てが体の一部を抉り取られたが如き外傷を負っていたのである。備考を付け加えると、ただ抉り取られていたのではなく、円あるいは球に近い形状で削がれたかの様に無くなっているのだ。
それが剣などの武器で再現させるのは不可能だと理解に容易い。謎は深まっていくばかりである。
「もうすぐだ。もうここから先は眼が使えないくらいの乱れが起きてる」
先を進むミラが、目的地到着間近を告げると同時にジャミングの範囲内である旨を伝えた。第三の眼が使えない以上、無闇な行動は控えるべきである。
「あ、何か見えてきたよ」
「あれは……もしかして、腐毒龍か?」
しばらく歩くと、遠くに巨大な何かが転がっているのを発見。目を凝らして見ると、表面の汚れや色からしてまたもや腐毒龍だと考えられる。
しかし、それもまた不自然極まりない形をしていた。
「……うん、間違いないね。さっきの半身はこの腐毒龍の物で間違いは無い」
「マジかよ……。じゃあ、どうやってあそこまで飛んできたんだ?」
再び現れた腐毒龍の亡骸。今度は頭部に当たる部分が存在しない下半身だけの不自然な死体だった。先ほどの死骸のもう半分と考えられるだろう。
強烈な腐臭を周囲にまき散らしながら、もはや深部と形容してもおかしくはない森の中に鎮座している。異様な光景とはまさにこのことだ。
「うーん、本当に怪奇ね。流石は異世界」
ようやく死骸の下へと到着した一行。改めて近くで見る腐毒龍の亡骸を前に、珍しくマニ子もまともな感想を口にする。
ここまで来るにいくつもの変死を迎えたモンスター達を見てきた。それのどれもが似た様な再現不可な外傷を負っている。
この森でまた何が起き始めたというのだろうか。その原因は一体何なのか。その全ての答えは、おそらくこの魔力の乱れが起きているここにあるはず。
そして、それは到着から程なくして彼の目に飛び込んでくる。
「……えっ!?」
「ど、どうしたんだい、アノス君!? 急に驚き出して……」
「そ、そこ……。あれ……!」
突如として狼狽をする青髪。彼が指さす先に他の三人は注目を寄せ、先んじたアノスが一体何を目にしたのかを三人は目撃することとなる。
横たわる腐毒龍の遺骸の奥に、黒色の布切れにも見える塊があった。陰の様にも見えるそれを最初は何かと思ったが、すぐにそれがただの布塊では無いことを理解する。
布切れどころか
それが何かを概ね察した時、一行の間には緊張が走った。スメラギは口を両手で塞ぎ、今にも叫びそうになっている。
「人が──小さな子が倒れてる……!?」
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