萎えた戦い

 身体能力が向上している今でしか出せないスピードで、雑魚が湧き出る巣穴の前へと駆ける。ここで、ようやく剣としてのルナ&ソルを使用した。


 素早い動きで稲妻の刃を軟体に当てていく。僅かにでも触れた瞬間、その個体は刃に帯電する雷エネルギーによって感電し、瞬時に絶命。

 それを出てくる数だけ繰り返していく。


 ヒット&アウェイ。リズミカルに攻撃を当て続けていくと、マニ子という存在に脅威を感じ始めたのか、ナメクジ達は徐々に巣穴から姿を現さなくなっていた。


 恐らくは最初の雷撃による衝撃に本能が危険を察知し、今巣を出るのは得策せは無いとでも察したのだろう。このことから、巣に籠もるのを選んだ様である。


「来なよナメクジ! 逃げてなんかないで掛かってこい!」


 それを理解しているマニ子は、わざと効くはずのない挑発をして自身の余裕を見せつけている。


 尤も、相手をここまで押し留めることが出来たのであれば、作戦はほぼ成功と言える。しかし、それとは別に不安要素は多く残っている。


 まずは今の状況。自身の覚醒と雷の力によって、ナメクジの夜逃げ部隊は巣に籠もる選択を選び取らせた。だが、同時にこれ以上敵を倒すことが出来ないことの証明となってしまう。

 巣の中へ突っ込んで行く選択肢もあるが、同時に九百匹は流石に難しいのは明白。


 おまけに、マニ子らはいずれここから立ち去らなければならない。居なくなった時を見計らって逃走する群が出てくる以上、この殲滅行為はほぼ無意味となる。


「陸貝のくせに賢いとは、生意気ね」


 何も出来なくなったマニ子は、皮肉めいた言葉で姿の見えなくなったモンスターを罵る。すると、それは背後から唐突に聞こえてきた。


「おーい、マニ子ぉ~!」

「この声……アノス!?」


 振り返ると、塩撒き班を下げさせている辺りに幾つものランタンが浮かんでいるのを目撃した。それらはこちらへと向かってきており、その内の一つが名前を呼びながら我先にと近付いてくる。


「あー! そこ、ストップ!」

「えっ、何で……ぶへぇっ!」


 急な制止の呼び掛けに止まれなかった男は、闇夜を掛ける脚を塩水の沼で滑らせてしまう。


 そのまま勢い良く滑ってしまい、不幸にもべちゃりと泥沼と口づけをしてしまう結果となってしまった。


「あちゃー、大丈夫?」

「うっわ、この水しょっぺぇ! え、マジで塩溶かしたの!? しょっぱ!」


 起き上がったのはアノス。彼は真っ先に口に入った泥水の感想で驚きを現す。


 アノスの様な塩散布班以外の班には、この辺り一帯の沼に塩を溶かす作戦を伝えなかったはずなのだが、誰がバラしたのか今は作戦の内容は知っているらしい。


 そんな同胞の心配をしていると、後からやってきた者達がこの場に集合する。


「マニ子さん!」

「スピネル!」

「マニ子君!」

「テリヤキちゃん、ナーディル氏、それにおじーちゃんまで! 皆来たの!?」


 次々と名前を呼ばれ、その度に発言者を特定を完了させる。


 どうやら自分と特に親しい者は、ここに来てしまった様だ。若干嬉しいながらも、少しだけ困った顔をマニ子を浮かべる。


「この辺は危なくなるから、近付けないでってバルゼンに言っておいたんだけどなぁ……」


 そう、念のためにプランCの発動の際、もし後衛が到着した場合は終わるまで近付けさせない様にバルゼンに頼んでいたのだ。


 ここの四人が集まってしまったということは、反対を押し切って来たか、あるいは裏切られたかのどちらかとなってしまったのだろう。しっかりと仕事をして欲しいとそこはかとなく思う。


「そんなことよりもだ、マニ子君。作戦は、土蛞蝓はどうなった?」


 到着して早々、ムゲンは作戦の結果を要求してきた。


 口調こそ静かではあるが、恐らく内心では大慌てなのだろう。何せ救援弾を撃ったのだ。それに気付いて馬車を飛ばさせたに違いない。


「実は、ナメクジは巣穴に籠もって出てこなくなっちゃったから、もうこれ以上私に出来ることは無いかもしれない。……ごめんなさい。結局、何も出来なかったみたいな結果になっちゃった……」

「そうか……。だが、君が無事で良かった。向かっている途中で何度も稲妻の様な光が現場から見えたのでな、かなり心配していたぞ」


 現状の報告をすると、ムゲンはきつくなっていた表情を若干軟化させた。大っぴろげにはしていないものの、心底では安心したのだと思われる。


 天候の変化や落雷といった要素もあったので、こうして無事だということだけでも、彼からすれば十分な結果だったのだろう。


 しかし、それとは別に、マニ子は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。何せ自分が提案した作戦を、こうして何十人もの手伝いを経たのにも関わらず、これ以上手の施しようの無い事態にしてしまったからだ。


 国のために、何より自身が受けた恩を返すために起こした行動。こうも納得のいかない結末を迎えてしまっては、事実上の成功でも素直に喜ぶことが出来ないでいた。


「大丈夫だ。君はもうすでに必要以上の活躍をしてくれている。だから、そう気を落とさんでもいいさ」


 そんな、珍しく落ち込むマニ子に対し、ムゲンの態度は柔らかな物だった。


 作戦の詰めの甘さを責めることなどせず、ただ勝手に背負い込んでしまっている責任に押し潰されそうになっているマニ子に励ましの言葉を掛ける。


 本人が理想とする作戦成功図はどうであれ、彼女はきちんと最低限の役目を達成出来ている。それだけでも、ムゲンらにとっては十分にありがたいことだ。


「では、後は我々後衛部隊の出番だ。マニ子君は下がっていなさい」

「……分かった。後は、よろしく」


 ムゲンら後衛部隊が来たということは、マニ子がここで頑張る必要性が無くなったことと同義。残りの殲滅作業は彼らに任されることとなる。


 短かくも長かった強襲と迎撃の連戦。それに最も活躍をした今回の主役は、自身の無能さに悔やみながら、後方へと大人しく撤退する。


 落ち込んだというのが原因なのか、この時既にマニ子の体を支配していた例の現象は完全に萎えていた。雷のパルスを帯びていたソル&ルナも、今はすっかり消沈している。


「所詮は学生身分の私が考えた即興作戦。ゲームみたいにいかないのは当然、か……」


 とぼとぼと馬車までの帰路歩いていると、後衛部隊に配属されている冒険者達が次々に前線へと向かって行った。これ程の数を集められれば、巣穴に籠もる敵もどうにかなるだろう。


 後衛の配置もマニ子自身が指示した物だ。本来はプランAの発動後、罠に掛かったナメクジの群を掃討するのが彼らの仕事。


 作戦こそ若干変わってしまってはいるものの、討伐するということ自体に変更はない。それなのに、何故これ程まで憎く思えてしまうのか、自分自身不思議でならなかった。


 心底、自身の身勝手さに失望をする。どれもこれも、自分の指示で行っている行為。それにすら嫉妬にも似た感情を催すとは我ながらに最低といえよう。


 そこはかとなく国に戻るのが億劫に感じる。この案を作り、実行に移させた自分を手伝ってくれた人達はどう思うのだろうか。それを考えるとますます気が落ち込んでいく。


「どうした。来た時と比べると、ずいぶんと落ち込んでいるな」


 すると、俯き加減で歩いていたため、その存在に気付くのに少し時間を有してしまう。


 視線を声の先に向けると、そこには馬車の荷台に背を凭らせるバルゼンがこちらに目を向けていた。どうやら最初との様子が変化したことに気付いた様だ。


「確かにそうだね。うん、ちょっと悔しくなってさ」

「悔しい? それまた意外な感情だな。遠くから見ていたが、作戦は成功だったじゃないか」

「作戦自体は成功してる。だけど、この悔しさは私の個人的な理由からだから、気にしないで」


 掛けてくれる心配をあしらいながら、マニ子は帰路の続きへと戻る。


 悔しさの訳を訊ねることはせず、バルゼンは「そうか」と短い返事をした。余計な穿鑿せんさくをしてこないのはありがたい。


 しかし、それでもマニ子の理由というのは気になったらしく、通り過ぎ去って行こうとする異世界人に対し、バルゼンは言葉を続ける。


「これでも俺は人の話を聞くのが得意なんだ。何か言えないことがあるなら相談に乗るぞ? ……まぁ、お前が良ければの話だがな」


 独り言の様に語り掛けてきた言葉を耳にすると、マニ子は帰路を辿る足を止めた。

 相談に乗る──その言葉に、強く反応を示す。


「何でもすぐに答えてくる?」

「俺の知っている範囲までという制限付きだがな」


 聞き直すかの様に問い返すと、答えは直ちに返された。


 その回答を耳にしたマニ子は、くるりと回れ右をして体の向きを後方へと修正。そのまま詰め寄るかの如く早足で接近する。


「じゃあ、一つ。相談っていうか、お願いがあるんだけど、いいかな?」


 そう言うと、相談の数だけ人差し指を立てるマニ子。視線は眼前の男の姿を捉えている。


 その相談者の瞳に確固たる決意を察したバルゼンは、凭れる荷台から背を離して、傍聴の姿勢を改めた。

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