自己紹介と緊急事態
「では、マニ子君。前に出て挨拶をしてもらえるかな?」
「はーい、おっけー」
話し合いが始まって早々、ムゲンがそう指示を送ると、マニ子は颯爽と席を立ってアイドルさながらの笑顔を浮かべながら総勢二十数名の前に躍り出た。
いつの間にか用意されていたお立ち台の上に立ち、その場で一回転。上半身を前に少し屈ませつつ、左手を腰にピースサインの右手は目元に当て、ぱっちりウインク。
そのお洒落さを重視したサバゲープレイヤーの様な姿で決める見覚えのあるポージングに、アノスは思わず吹き出しそうになるのを表情をしかめさせながら堪える。
「ハァーイ! 言葉の弾は一撃必殺、開いた距離感修復不可! その法則に従い、愛よりも友情を優先する私こそ、この世界に舞い降りし三人目の来訪者! スピカ・マニ・スピネル……、デスッ!!」
そんな突っ込みどころ満載過ぎる自己紹介を目に、これには同郷出身のアノスも思わず。
「これは酷い」
「聞こえてるわよ!」
地獄耳が遠くの席にいるアノスの呟きを捉え、ずびしと人差し指の先を向けた。
無論、会場内もその変に気合いの入りすぎた自己紹介文に沈黙の嵐となる。あまりの静けさに工事中の場所から石を削り出す音が聞こえるくらいだ。
そんな圧倒的しらけに包まれる空間でも、マニ子の心はへこたれない。
「ちょっとー! 人がせっかく一日掛けて考えたアピールを無駄にする気? 他にするべき反応があるでしょ!? ほら、もっとこう……」
「という訳だ。彼女がこのイグドラジルに現れた三人目の異世界人、マニ子君だ」
「私まだ話してるんだけど!?」
そんな無駄にハイテンションな彼女を見ていた堪れなくなったのか、ムゲンは白い顔に気恥ずかしそうな表情を浮かべながら強引に紹介時間を終了させる。
最初の掴みに失敗したマニ子は、両頬を膨らませながらしぶしぶお立ち台から降りる。今の自己紹介文に対する反応の薄さが相当気に食わなかった様だ。
そして、空いたお立ち台には代わりにムゲンが立ち、片手に持った資料数枚を見ている。
「ふむ……、まぁこの通りだ。我々の国に現れた異世界人は他と違うというか……、言葉の選択に多少困るような性格をしている」
「それ逆に酷くない? おじーちゃんさん」
遠回しにマニ子を貶したムゲンに、舞台脇の本人はどこか儚げに反応を示す。
その気持ちも分からない訳ではない。あの性格を表す言葉は『頭おかしい』や『気違い』等の悪口ばかりで、そうではない言葉が思い浮かぶのはごく僅かだ。語彙力が豊富な人でなければ真の意味での正確な表現は至難の技だろう。
そんなことはともかく、三人目の紹介はこれで終わりの様だ。マニ子を元の席に戻したムゲンは、そのままこちらの席にまで近付いていき、バルゼンに耳打ちをする。
「……どうだね。うちの若いのにも教えてやってくれないだろうか」
「わかりました。本人に交渉してみましょう」
話の最後辺りが聞こえた。どうやら誰かにマニ子と同じことをやらせようとしているらしい。
一体誰が舞台に立つのだろうか、という考えは頭の隅に寄せる。アノスはその話し合いにどんな意図があるのかをすでに察していた。
隣に座っているバルゼンはムゲンに向けていた仏頂面をアノスの居る方へ変更させ、一言。
「アノス。突然ですまないが、お前もやってみないか?」
「えぇー……」
予想と寸分の狂いも無い言葉がやって来る。想像通り、アノス自身がマニ子と同じ様にミズガルズ代表の異世界人として自己紹介をしろとの内容だった。
その提案に、アノスは酷く面倒臭そうな表情を浮かべて嫌悪を表現する。
特別コミュ障という訳では無いが、大勢の人物の前で一行も考えていない自己アピールを求められるのは、流石に無理があるからだ。
「……必ずやらなきゃダメ?」
と言ってみると、バルゼンはどこか残念そうな顔で「うむ……」と唸り出す。
「そうか、嫌なら仕方ないか。ここの研究員にお前の良い印象を付けさせたかったんだがな……」
酷く落胆した様子でバルゼンはスバルトヘイムの室長との耳打ちを再開。アノスが挨拶をしない旨を伝えると、提案をした本人も少しばかり残念そうな顔をした。
そんな二人の室長を目にしたアノスに謎の罪悪感が募る。
別に強制では無かったから拒否した訳であって、アノスには何も悪いことはしていない。それなのにも関わらずにこの落胆ぶりに、傷つく理由のない良心も痛み始める。
そんな心まで図太く無いアノスは、落ち込む大人達の手によって折れそうになっていた。
「はぁ……」
「むぅ……」
そして、追い打ちの溜め息が二つ吐き出された。それに思わず目を反らすと、その次なる視線の先に居た人物が虹彩に映る。
アノスが向いた方向はスバルトヘイムの一席。そこに座る黄色の異世界人が明らかにこちらを見ながらジェスチャーを送ってきていた。
時折ステージの方へ指を差しながら、口の前に手の甲を当て、その手を広げては閉じるを繰り返す。これは、どこからどうみても「お前も自己アピールをしろ」と表現しているに理解が出来る。
ここまで言われては仕方がない。アノスは渋々室長二人の考えを飲み込むことにする。
「分かったよ……。皆の前で自己紹介すればいいんでしょ?」
「良く言ってくれた、アノス。信じていたぞ」
「いやはや、年寄りの言葉に頷いてくれてすまないな。では、台まで案内しよう」
そしてこの態度の急変である。
先ほどの落胆した姿など何処へやら。二人の室長はアノスの考えが改まるのを見計らっていた様だ。二人の口元が三日月の様に引き上がるのをアノスは見逃さない。
(くっ……。謀ったな、バルゼン……!)
気まずい空気になると、周りに流されてしまいがちになる癖を知られているとは予想だにしなかった。
あの落胆は間違いなく策略による偽装だったのだ。その前にしていた耳打ちも、この作戦をムゲンに伝えるための
肯定してしまった以上、もう引き返せない。二人の謀りに掛かってしまったアノスは、ムゲンによって席を移動させられる。
「さぁ、全員注目だ。ミズガルズの異世界人も挨拶をするそうだ。しっかりと聞いておくように」
と、ムゲンはわざとらしい大声で研究員全員の注目をお立ち台に立たされたアノスへと向けさせ、必要以上の緊張を催させる。
幾数十もの眼が自分に向けられ、内心「余計なことを……」と悪態を吐いてしまう。
「え、えーっと……。その……」
転生以前、この様な舞台に立つのをなるべく回避してきたアノスにとって、これはまさに苦行そのもの。小規模ながらも目の前に広がる人畑を前に、体を強ばらせていた。
緊張と乾き始める口内によって口が思うように動かず、中々に言葉を発しにくい。おまけにマイクも無いので、全員に聞こえるよう大きな声で話さなければならない。
もしかしたら自分はあがり症なのではないかと頭の隅で思っていると、それは突如として室内に鳴り響いた。
その音とは、このスバルトヘイム最下層にある施設でも耳を突く爆音。石で造られた壁であるために、その音は室内に反響する。
「えっ!? 何?」
「この音は一体……!?」
「
あまりにも突然な出来事に、普段は冷静なバルゼンも事態を飲み込めずに珍しく狼狽えている。
だが、一方でその音を耳に入れた途端に動く者達がいた。それは、ムゲンを筆頭に動き出したスバルトヘイムの研究員達である。
一部の研究員はすぐさま席から立ち上がると、何の迷いもなく部屋の出入り口を目指して走り始めた。
「中級以上の冒険者を兼ねている者は私に着いてギルドに向かうぞ。そうでない者は自警や衛兵の者と合同で住人の避難に向かえ!」
大声で指示をすると、冒険者でもある研究員達は一斉に扉を越えて姿を眩ませた。
何が起こったのか理解が追いついていないミズガルズの研究員達は呆然としており、居残った研究員達はムゲンからの指示通りに動きを活発化させ、てきぱきと行動に移る。
「ミズガルズの皆さん! 申し訳ありませんが、緊急事態が発生したので、避難をしていただきます!」
がら空きとなった室内に声を響かせて状況を説明するのはテリア。その小さな体で精一杯の声を上げている。
そして、彼女が伝えるその内容に、驚愕を示さずにはいられなかった。
「このスバルトヘイムにモンスターの大群が迫って来ました! なので、一般人及び他国他街籍の皆さんは隔離避難所へと案内しますので、私達についてきて下さい!」
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