マニ子

 お互いの視線が合わさって数十秒。その碧い瞳と黄の瞳、二人の虹彩に映るのは見覚えのあるような無いような姿。


 少なくとも、『グロース・レコード』の中では三頭身のデフォルメキャラとはいえ、それに近い姿をしたプレイヤーと知り合いだった記憶はある。だが、そちらはあくまでもゲームの中の話。


 まさか、この異世界でその記憶にあるキャラとほとんど同じ姿をした人物と出会うなど、夢にも思わないだろう。


 そんな奇跡と例えても差し支えのない邂逅を果たしてしまった二人。その間に流れる沈黙を最初に破ったのは、黄色の女性からだ。


「えー、っと……。君はアノスとかいう名前で合ってるのかな……?」

「う、うん。俺はアノス……。そっちはもしかして、マニ子……?」

「マニ子。うん、私はマニ子……」


 お互いに自分の名前を教えあい、この出会いが夢で無いことを再認識する。


 そして、アノスはマニ子と名乗った女性の手に握られている二丁の銃と短剣を合成させたかのような武器に目を動かした。

 その武器は『機剣銃 ソル&ルナ』。このファンタジー世界に不吊り合いなSF的サイバースリッドが特徴の二丁剣銃は、明らかにゲームの中のマニ子が愛用していた特殊武器である。


 記憶の中にある『マニ子』という人物は、かつてのチームの中でもずば抜けてテンションの高いムードメーカーで、『銃』系統武器においてゲーム内随一の実力を持つ女性プレイヤーだ。


 ゲームに飽きたことを理由に『グロース・レコード』を離れ、その最終日にログインした唯一の親友フレンド。

 言葉遣いもどことなく本人に似ていることから、目の前に居るマニ子と思われる人物は、本物のマニ子である可能性が十二分に高いと考えられる。


「ん、あれ? グロレコって、いつからVRMMOになったんだっけ? え? あの時って、もしかしてゲームのサービス終了の日じゃなくてゲームシステムがVRに変わった日だったっけ?」


 どうやらマニ子は目の前に居る人物アノスがゲーム時代の友人と断定した上で、今の状況を再び理解したようだ。そのせいで、ここが異世界ではなく『グロース・レコード』の世界を模した仮想空間だと考察し直している。

 もの凄い目の瞬き加減から、本気で混乱しているのが理解に容易い。


 確かにステータスもメニュー画面が無くては、ここがゲーム世界の中とは普通思わないだろう。アノス自身も転生したての頃はそれに戸惑ったのだ。

 おそらく二度目のパニックに陥っているであろうマニ子を、同郷の人物として宥めなければならない。


「ま、マニ子。とりあえず一旦落ち着こう。な?」

「分かった。落ち着く」

「早っ!」

「え? ちょっと待って下さい。マニ子さんが落ち着いても私が逆に混乱してるんですけど」


 変わり身の早さに驚いていると、アノスとマニ子の間に存在を忘れかけていたテリアが割って入って来た。

 彼女も彼女で今の状況に理解が及んでいないらしい。こめかみを指で押さえて悩みに苦しむポーズまでしている。


 確かに、深く考えなくともこの事態を一番飲み込めないのは現地人であるテリアだけだろう。この世界に現れた三人の異世界人の内二人が、お互いに知り合いなら困惑の原因になるのも訳無い。


「えーと、まず少しだけ整理させて下さい。他に気になることはありますが、お二方はもしかしてお知り合いなのですか……?」

「うん」

「そーよ。多分同じ世界で生まれた元パーティーメンバーよん」


 求められた説明に短い肯定を返すと、マニ子は追記の説明を加える。

 今の台詞からマニ子もゲーム時代の記憶があるようなので、本人であることは間違いないだろう。


 そんな答えが返ってきてしまい、テリアは沈黙する。おそらく事態を飲み込むために落ち着きを取り戻そうとしているのだろう。

 しばらくの間、各層の生活音を聴いていると、一度咳払いをしたテリアが冷静さを取り戻し、異世界人組を見遣る。


「と、とりあえず、お二方はここに待機していて下さい。これは上に報告しないといけない位の情報なので、私はちょっと離れます。いいですか、最低でもスバルトヘイムからは絶対に出ないで下さいね!」


 そう言って、少しずつ後退しながらテリアは最下層に続く橋へ方向を変え、一直線に下って行った。

 道先案内人が完全に最下層へと消えていくのを見送り、取り残された異世界人達は中央広場に取り残される。

 しかし、テリアに釘を刺されたにも関わらず、言うことを聞かない者がアノスの隣に居た。


「よっし、それじゃあアノス……。この場合は君付けとかした方が良いのかな?」

「個人的にはどっちでも良いけど……」

「じゃ、呼び捨てで。今からどっか行こう」

「は?」


 その堂々と約束を守ろうとしない提案に、アノスは当然何言ってんだと言わんばかりの視線をマニ子に向ける。


「いやいや、たった今ここで待ってろって言ったじゃん」

「ちっちっち、アノス君。約束は破るためにあるんだよ」

「暴論中の暴論過ぎて言葉も出ねぇや」


 謎持論に呆れるアノスを気に留めることなく、マニ子は同郷の異世界人の裾を取って第一階層へと駈け上がっていく。

 石橋を渡りきり、色々な店が建ち並ぶ最上層へと到着。やはり、先ほど大声を出したせいなのか、周囲の人々の視線が痛いが、マニ子はそんなことを一切気にすること無くまっすぐどこかへと進んでいく。


「どこ行くつもりなんだよ……」

「お腹空いたからねー。ちょっとそこまで」


 人目をはばからない剛胆さに惑わされつつ、行き着いた先は鼻孔をくすぐる様々な芳香が漂う洞窟の中。

 どうやらここは食べ物系の店が軒を連ねる飲食店が並ぶ区間のようだ。やはり飲食をする所というだけあって、人通りは多い。


 そんな猥雑とする空間に何の躊躇いもなく入り、人波を避けながら進んで行くと、マニ子はその最奥に佇む店で足を止めた。

 その店は他の所と比べるとこじんまりとした面持ちで、如何にも地味というか売れてなさそうな雰囲気だ。何を売っているかの看板も無ければ人気もない。


「おーい、来たよー。はよー」


 マニ子はそんな店のドアを押し、まるで友人の家に入ったかのような軽率な態度で入店する。

 店内は狭めで、六畳程度の広さを厨房が半分以上を占めている。強いて言うとなれば、ラーメン店でいうカウンター席だけの空間が例えとしては近い。

 しばらくして、狭い店内の奥。マニ子の声を聞いてこの店の店員と思しき人物が厨房と客席を隔てるのれんを押して現れた。


「いらっしゃい、スピネル」

「や~もう、私のことは『マニ子』で呼んでって言ってるじゃん」

「そういえばそうだったわね。ごめんごめん」


 そんな仲良さげにやり取りを交わしたのは、女性のスプリガンだった。

 身長は一七〇はあるだろう。さらに汚れが付いた前掛けの胸部は大きく膨らんでおり、そのサイズがミズガルズの狂女医に勝るとも劣らない物だと理解する。

 こんな角隅にひっそりと佇む店に、これほどの美人が居るとは普通思わないだろう。


「……あら? そこの珍しい髪色の方は……もしかして彼氏?」

「やだなぁ、ナーディル氏。別の意味で今日初めて会った奴よ。彼氏な訳ないじゃん」


 ナーディルと呼ばれた女性は、アノスにその黒い瞳を向けて興味を示す。

 不意に視線が合ってしまい、アノスは恥ずかしさを誤魔化すために無言の会釈をした。


「それで、今日は何を買うの?」

「そんなの決まってんじゃん。い・つ・も・の」

「いつものね。かしこまりました。そこの席で待ってて」


 いつもの。それが何なのかは分からないが、ナーディルはマニ子の注文を受けると厨房の奥へ姿を隠し、その準備を始める。

 情報では三人目の異世界人……つまりマニ子が発見されたのはおよそ十日前。その間に『いつもの』なるオーダーで意図が通じるとなると、この店に通いきりになっているのは間違いないだろう。


 もしマニ子が自分アノスと同じ状況下になっているのであれば、彼女の現在の資金源や身元近辺の情報等が気になるところだ。


「……さて、アノス。頼んだ物が来るまでちょっと真地面な話をしていいかな?」

「お、おう……」


 そんなことを考えながら席に着いた途端、マニ子は声のトーンを一つ下げて言葉を口にする。

 今までのテンションから打って変わってシリアスな空気の流れになり、思わず困惑を隠せないアノス。とりあえず肯定の意を示して話を続かせる。


「今から約十日前、私はサービス終了の噂を聞いて久々にグロレコを起動したの」

「やっぱりマニ子もログインしたのか……」


 実質二人だけの空間で、マニ子が語り出したのは『グロース・レコード』最終日に起きた現象についてだった。

 ふと思い返すと、まだ一週間と三日した経過していないことに気付く。その間に色々なことがあったので、すっかり忘れていた。


「何が原因で私達はこの世界に来たと思う?」


 肘をついてまっすぐどこかを見据えるマニ子。その黄色い瞳にはこれまでのおちゃらけた雰囲気は無く、言葉通り真面目に今の状況について考えていると分かる。

 何せ、あの空想の中にしかないはずの現象が起こったのだ。マニ子はその原因が何なのか気になっているらしい。


「原因、か……」


 思えばどうやってここに来たのか考えたことが無かった。あまりにも急な出来事に、どうやって来たのではなく、何系の転生をしたのかしか想像しなかった気がする。


 ここに来て、アノスは初めてこの世界に来た原因に考えを巡らせた。

 アノスとマニ子。お互いに共通しているのは『グロース・レコード』最終日にログイン、そしてサービス終了を迎えたことだ。このことから、導き出される解答は──


「……もしかして、最終日にプレイした人全員が異世界転生したのかな」

「それは無いわ。グロレコの総プレイヤー数はおよそ二十七万人。それに対し、少なくともここスバルトヘイムの人口は一万人程度。他の国や街もそんなに多く人が住んでいないと考えられるから、二十万近くの転生者が来たら大混乱よ」

「そっか……、てかマニ子、この国の人口よく知ってるな」

「数えた」

「数えた!?」


 考え出た答えはあえなく却下され、さらに驚きの手法でスバルトヘイムの人口を把握していた事実も明らかとなる。

 そんなことはともかく、少なくともアノスの仮説は正しくないことが決まり、再び思考を巡らせることになった。

 考えに耽り込むアノスを見遣ると、マニ子は自分の考える予想を口にする。


「これは私の仮説だけど、多分あそこでゲーム終了を迎えたからだと思うの」

「あそこ?」


 その謎めいた場所にアノスは理解に多少苦しむが、すぐにそれが何なのかを思い出した。



「あの『絶景地点ポイント』が私達を異世界に招き入れた。私はそう思ってる」

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