到着
慣れない馬車での移動からおおよそ七十時間。二度の夜を越え、特に賊やモンスターの類いに襲撃されることなく一行は目的地へと到着していた。
「ここが目的の地、スバルトヘイムだ──って、大丈夫か」
「やっとついたのかー……。ははっ」
馬車から顔を覗かせ、スバルトヘイムの門が見えたのを確認して一行の先導をしようとしたバルゼンだが、メンバーの一人の様子がおかしいことに気付く。
そのメンバーとは、三日間という長い移動時間と不慣れな馬車の乗り心地に
やっとの到着に乾いた笑いを延々出し続けるその姿は、まさに生ける屍と形容しても過言ではない。
「乗り心地の悪さから来るストレスか。よっぽど慣れてなかったんだな」
冷静にアノスの状態を分析するバルゼン。一方の本人はもはや「ははは」と心なく笑うだけとなっている。
今の様子を重傷と判断し、やれやれと肩を竦めると、他の研究員達も仕方無いと思ったのか若干困り顔だ。
「仕方ない。宿泊場所に到着次第休ませよう」
そう指示を下し、薄暗い門前を一行の馬車は進む。
トンネル状の門の先は暗く、最奥にぽつんとした光が見えていた。
†
アノスが旅疲れによって朦朧としていた意識が覚醒したのは、それからしばらく時間が経ってからのことである。
木製のベッドに薄いシーツ。ミズガルズのギルド二階にある物とほとんど変わりのない触り心地の寝台で、ようやく自意識を立ち直らせていた。
「はぁ……。何か、そこはかとなくつらい」
ここで目覚めてから最初の発言がそれである。
スバルトヘイムまでの道のりは、特にこれといった障害もなかったが、馬車の乗り心地は最悪そのものだった。
二日目の昼頃からここで目覚めるまでの記憶はかなり曖昧だ。事実、この国に到着した時の室長の言葉と、その時に発した自分の発言すら覚えていない。
かなり疲れていたんだな、と自分を労りながら、もう一度ベッドに横たわるアノス。
すると、この部屋と廊下を隔てるドアからノック音が鳴った。
「失礼しまーす。あ、お目覚めになられましたか?」
「え……、あ、うん。一応」
「良かった~。ここに来た時は本当に精神崩壊した人みたいに疲れ切っていたので少しだけ心配していたんですよ。流石異世界人」
そう明るい口調でアノスの許可無く室内に立ち入って来たのは一人の少女。
年齢はおそらくスメラギと同じくらいだろうか、黒い頭髪と相対を成すかのような白い肌が薄暗い室内に栄える。だが、スメラギとは違って活発そうなイメージだ。
アノスはいきなり現れた彼女が何者なのかと考えていると、その少女は何の遠慮や警戒を一切することなく使用中のベッドへと接近して来た。
思わず横たわらせていた上体を起こす。
「えーと、アノスさん。早速ですがこの後の予定なんですけど……」
「ちょちょちょ……、ちょっと待って。その前に君誰?」
「あーっと、これは失礼しました。私としたことが初対面の方に対してずけずけと申し訳ありません」
そんな誰何の問いに、少女は自身の行動に反省の色を表した。そして、一歩後退し謝罪の言葉と共に一礼。
「申し遅れました。私は歪み研究所スバルトヘイム支部所属の広報担当テリア・キリスと言います。以後、お見知り置きを」
「あ、ど、どうも……」
礼儀正しい言葉と態度でこのスバルトヘイムの異世界研究所の者と名乗った少女、テリアは垂らす頭を上げてミディアムロングの頭髪を正す。
それに対し、アノスも遅れながらに一礼を返すと、テリアは近場の椅子に座した。
「では、改めて。アノスさんはこの後どうされますか?」
「え、えーと……どうと言われましても……」
彼女が何者なのかという疑問は晴れたのはいいが、アノスは少しばかり頭を悩ます。
この後の予定と言われても、旅疲れで早々にダウンしてしまっているので、この後の計画なんてこれっぽっちも考えていない。
そもそもここに来たのは三人目の異世界人とコンタクトを取るためなのだ。観光目的でもないのでスバルトヘイムの地理など当然無知。
一人では何も出来ない。それが今のアノスの現状だ。
「特に決めてないからなぁ……。バルゼンもどっかに行ってるし」
「そうですか、でしたらスバルトヘイムを見て回りませんか? 初めて来たでしょうし、私でよければ案内しますよ?」
そんな素朴な呟きを聞いたテリアは一つ提案する。
どうやらスバルトヘイムを案内をしてくれるらしい。初めて来た上にメンバーとも離れてしまったアノスにとって、この提案は嬉しい物だ。
「え、いいの?」
「当然です! 今日限りですけど私はアノスさんの案内を任されているんですから!」
薄い胸を反らせ、ふんすと大きな鼻息を出してしたり顔を浮かべるテリア。地元の人であろう彼女なら道案内も安心だ。
そんな少女に妙な頼もしさを感じつつ、アノスは鈍くなった体をベッドから離し、その下に置いてあったサンダル型の履き物に足を入れた。
少しサイズが小さかったのか、窮屈さに違和感を感じるものの仕方無しと諦める。
「では、行きましょうか」
テリアに退室を促され、アノスは初めてのスバルトヘイムの散策を開始することになった。
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