休憩
「早くしなさい。亜種に追いつかれるわよ」
「見かけ通り、あんまり優しくはないんだな……」
「ん、何か言った?」
「あー……、何でも無いでーす……」
林間の踏破に遅れるアノスを、ファスティスはスメラギと共に数メートル先の場所に待機し、男子組の鈍歩を急かしていた。
ミラを負ぶって数十分。流石のアノスも顔に疲れの色を濃くしている。
「はははー、頑張れアノスくぅーん」
そして、背に寄生する橙色の頭髪をした男は、アノスの心境を知ってか知らずか、暢気に応援なんかをしている。
「この野郎……!」
「ほらほら、そんな悪い口言ってちゃあ前に進まないよ? 歩く歩く!」
背中に負われている者の台詞とは思えない偉そうな言葉に、アノスは今一度背中から振り落とそうかと考えるが、ぐっと我慢する。
ここで振り落としてしまえば、もう二度と彼を背に乗せようとする気になれないだろう。
しかし、この霞蜘蛛騒動のトリガーを引いてしまった張本人とはいえ、一応は二度も危機から逃してくれた人物であることには変わりない。街につくまでの辛抱である。
「あ、アノスさん!」
そして三人目。スメラギがファスティスの隣で青髪の新人冒険者の名を呼ぶ。
「な、何……?」
「が、頑張って下さい。しっかり、です!」
「他人事かよ……」
決して悪気があって発言した物ではないのは分かっている。だが、その無垢なる意図が余計に今のアノスの心を余計虚しく締め付ける。
とほほ、と泣き言を言い吐き出しながら、アノスは身に降りかかる地味な不幸に小さく嘆いていた。
「全く、男のくせにだらしない……」
女子組との距離が十メートル程に縮まった頃、ファスティスは一際大きな溜め息をつく。
そして、どこからか拝借したのか三十センチ程度の枝で足下の一点を指す。
「ほら、ここまで歩いて来れたら休憩にするから。早くしなさい」
人は明確な目標を決めると効率良く物事を進めることが出来る。その目標との距離が近ければ近い程、その効率は格段に上昇する。
それは当然、異世界でも通用することとなる。
「ぬぐぅおおおおおっ!!」
一歩を大きく。歩幅を限界までに広げ、アノスは十メートルの距離を飛び跳ねるかな如く一気に踏破。
そして、ファスティスの指した場所に滑り込むように倒れ込んだ。
「ぐぅえ!?」
倒れた衝撃によって、背に負ぶられていたミラはレーヴァテインごと慣性の法則によって投げ飛ばされ、地面から覗かせる根に背をぶつける。
その距離、おおよそ三メートル。ほぼ霞蜘蛛の通常種の全長と同じくらいの空間を滑空した。
「はぁー……。ほんっと、だらしない……」
足下で息を切らすアノス、その少し先の地面で痛みに伸びるミラ。その哀れな二人の姿にファスティスは、今日一の溜め息を吐き出してしまった。
†
「ところで……」
宣言通り、アノスが指定された場所までの踏破に成功し、一行は剥き出しの木の根に腰掛けて疲労の回復に専念していた。
因みに、ミラは地面に両腕を枕にうつ伏せとなって休息を取っている。理由として、アノスが意図せず投げ飛ばしたことによって背中をそこそこ強く打ち、おまけに先の怪我もあって自力では動けない状態になっているからだ。
さらに、ファスティスがその背に応急処置をして悲鳴を強制発声させたため、色んな意味で瀕死状態に陥っているのである。
「あ、はい」
ファスティスはスメラギを挟んで背に凭れるアノスに問いを投げ掛ける。
「貴方の武器、随分と禍々しい見た目をしているけど、どこで作られた武器なのかしら?」
質問の中身は、アノスの武器についてだった。
少し前にミラからも同じような言葉で問われたな、と心の片隅で思い出しながら、アノスは木の幹に立て掛けていた愛剣を手に取る。
「あーはい、これね。これは『破壊剣レーヴァテイン』。どこで作られた──かと訊かれれば、俺も分かんないって答えるしかない」
と発言する。
だが、この発言は半分嘘だ。実物を何故異世界転生した時に手にしていた理由こそ謎だが、ちゃんとゲーム時代に手に入れた経緯ははっきりと覚えている。
まさか超大型レイドバトルのボスドロップアイテムを組み合わせて作った武器などとは口が裂けても言えない。この言葉を発するということは、この世界がゲームの中であることを密かに肯定することになるからだ。
当然、この言葉を彼女らはおろか、この異世界に住む全ての住人に言っても狂言者扱いされてしまうだろう。
それに、この世界が本当にゲームの中だとは決まった訳ではない。ゲームとの共通点をいくらか確認しているとはいえ、逆に全く未知な点も存在している。決めつけるにはまだ早すぎる事案だ。
「ふーん……。ドワーフ辺りに見せたら物凄い勢いで集られそうね」
自分から訊いてきたくせに、興味があるのか無いのか曖昧な態度をとるファスティス。そして、その口からまた既知なる種族名が発せられた。
「ドワーフ……。やっぱこの世界にも居るんだな」
そう自分の無知で異世界人だと悟られないように呟く。
いくら異世界を研究しているグループの存在が合法であったとしても、それを認めない人々が居てもおかしくはない──と、ここまでの思考が脳内に巡った時、アノスは気付く。
(あれ、何で俺、異世界人だってことをこんなにも隠してるんだろ……?)
思い返すと、バルゼン以外にも異世界を研究している人物と接触している。それだけでなく、アノスとは別の異世界から迷い込んで来た者もいる。
比較的異世界人という存在に友好的なこの世界の住人に、自分が異世界から来たことを隠す必要性は無いはず。
だとしたら、何故にこれ程までに正体を秘匿にするのだろうか。流石にもう正体を明言しても良いのではないのだろうか。
またも深く考え込んでしまうと、隣でスメラギが疑問を口にした。
「そういえば、亜種と戦った時、アノスさんの武器で切った箇所が爆発? したような気がしたんですけど……。あれは一体……?」
この答えを知るのはただ一人。アノスはその疑問を耳にし、先の考えを仕舞って考え込む。
考えているのは、その『爆破』の特性スキルをどう異世界風に説明をするかだ。当然ゲームの設定そのままに伝えても、理解してくれないどころか不審がられてしまう。
うーん、と長く唸りながら考えを捻り出した結果、
「これには異世界の力が宿ってるらしくてさ、何でも地獄の神、破壊の狼、終末の大蛇、そして暗黒神の力が封印された魔剣で、封印された恨みを爆発能力に変換してる──らしい」
と、アノスは一際真面目っぽい口調で話した。
冗談であることには変わりないが、この説明はあながち間違いではない。
設定上、第五次超大型レイドバトルの舞台となったイグドラジルにて、先の二つ名を持つ超大型ボス達から入手したアイテムを合成して作り上げた物がレーヴァテインなのである。
とはいえ、あくまでもゲームの話であるため、封印や恨みなどは実際の物と全く関係は無い。中ニ乙、という一言で片付けられる安価で稚拙な説明だ。
しかし、ファンタジー感覚が常識として存在しているこの世界の住人が、この説明をどう捉えるかまでは分からない。その反応を知りたい気持ちも僅かばかり含まれていた。
「──なーんて、冗だ……」
そう言って、女性二人組の反応を確認するために右横に首を回す。
「…………」
だが、その姿はアノスの遙か遠くにあった。
スメラギは普段通りの困り顔だが、ファスティスに至ってはそのきつい顔をさらにしかめてこちらを睨んでいる。
その顔はまるで指名手配犯を目の前にした警官の浮かべるような顔。隠す気など一切無いその表情にアノスは──、
(何か俺、超引かれてる──!?)
心の中で叫ぶように現状に対する突っ込みを炸裂させる。
普通ここまで引くかと疑問に思う中、遠くでファスティスが口を開く。
「よくそんな危険な物を平気で扱えるわね」
と、聞こえる声で言ったのかどうか分からないが、そう聞き取れた。
先の通り、この世界の住人はファンタジー感覚が常識として通用しているためか、やはり地獄の神や暗黒神、封印等の中ニ的要素の部分に過剰反応してしまったようだ。
それにしても、まさかここまでレーヴァテインを忌避されるとは思わなかった。
確かに紅と黒の暗黒カラーに加えてこの禍々しいビジュアル。そして明らかに敵側である可能性の高い暗黒や地獄等の言葉を口にしたことが、彼女らの警戒度が高まった要因であると思われる。
そんな原因究明はともかく、今は二人との間に出来た誤解を何とかしなくてはならない。
「大丈夫だから! さっきの地獄の神様とか恨みは全部嘘! 変なこと言ったのは謝りますから、その警戒は解いて下さい!」
アノスは普段使わない敬語を駆使して決死の弁解を試みると「冗談よ」とあっさり離れていた距離を縮めて二人は何事も無かったかのように戻ってきた。
何とか失言の撤回に成功して安堵の溜め息を吐き出す。
「とはいえ、それが危険な物であることには変わりはないわね。刃とか剥き出しだし、スメラギの話では爆発もするんでしょう? だったらなおさらね」
木に背を預けるファスティスは冷静に分析をする。
その通り、アノスの武器『破壊剣レーヴァテイン』に鞘は無い。そもそも剣の刃部分が大きく波打った凹凸をしているので、入る鞘など特注で作らない限り存在しない。
ここで、アノスは改めて自分の愛剣を見遣った。
彼女の言うことは尤もで、霞蜘蛛の亜種の甲殻すら安易に切ることが出来る刃を裸のまま装備する訳にもいかない。装備中に足を切ったらそこが爆破されてお終いである。
だが、異世界転生時からレーヴァテインに巻かれていた布もどこかに置いてきてしまっており、さらには鞘代理になるような物すら持っていないのだ。
そうなると、この森を出るまでは剥き出しの刃で我慢するしかないだろう。
「言われて見ると確かにそうだなぁ……。今更それに気付くとか、俺馬鹿だな」
灯台下暗しとはまさにこのことを言うのだと、アノスは感慨深く思う。
何気に霞蜘蛛くらいに危ない物があることに遅々ながら気付く己の鈍重さに、思わず卑下する言葉を呟いた。
そんな男を余所に、ファスティスは凭れる幹から背中を離して立ち上がる。
脚に付いた苔や泥を叩き、軽いストレッチを行う。そして、未だに木に体を預けている新人二人の方向を向く。
「さあ、もう行くわよ」
「えぇー……、さっき休んだばっかりじゃん」
「馬鹿言わない。こうしてる間にも亜種は私達の後を追って来ているかも知れないのよ」
あまりにも早い休憩終了の宣言に文句を呟くアノス。それに叱咤を飛ばし、出発を急かすファスティスはてきぱきと準備を済ませると、地面に横たわる付与術士の下へと近付いた。
「ミラ、出発よ。早く起きなさい」
「…………」
「全く、どいつもこいつもだらしないわね」
呼びかけに無言の答えを返したミラにファスティスは罵倒混じりの溜め息を吐くと、後ろで準備を終わらせた新人冒険者らの方向を見遣り、顎を傾けて役割を示す。
そのサインに気付いたアノスは、一瞬嫌な表情を浮かべて渋々承諾。寝そべる上級冒険者の腕を掴み、その体を背に乗せた。
「準備はいいわね? さ、行きましょう」
再出発の準備を整えた一行は、ファスティスの掛け声で深部脱出への移動を再開させた。
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