アノニマスRPG ~ありふれた世界は突飛に満ちている~

角鹿冬斗

プロローグ

本日を以て、サービスは終了致しました。

 MMORPG『グロース・レコード』。マイナーなゲームではあるものの、知る人ぞ知る隠れた名作として存在していた。


 総プレイヤー数は他の名の知れたゲームと比べ、やや少ない二十七万人程度だが、その異世界を渡り歩いて冒険するというコンセプト、他に類を見ない独自のシステムや年に四回行われる超大型レイドバトル等が人気となり、根強いファンを多く持っていた。


 だが、それでも時代の流れに逆らうことが出来ず、『グロース・レコード』はサービス開始から六年目の八月、惜しむらしくもサービスを終了することとなった。





 午前十一時半。時計の針はもうすぐ午前を越え、昼間の時間帯を示そうとしていた。

 薄暗い部屋の窓から射し込む日差しの光量はとても強く、今の季節が夏なのだと改めて理解させられる。近くの電柱に留まっているのだろうか、窓の向こうからアブラゼミの喧しい鳴き声が鳴り止まない。


 そんな夏の日常の中、浅間瀬維あさませつなはいつも通り遅い起床からすぐに自室のパソコンを立ち上げ、日課のオンラインゲームを起動していた。


「あと三十分か……。本当に終わるんだな」


 一人、キーボードの前で寂しく呟くと、画面の右下に表示されているデジタル時計の数字が一つ増えた。時刻は十一時半丁度から十一時三十一分となる。

 瀬維は刻一刻と迫る『グロース・レコード』のサービス終了の時刻である午後十二時を待っていた。


「でも、まだ時間はあるしな、どっかのステージにでも行こうかな」


 そう呟きながら、画面の左側に表示されているインベントリのメニューから『転移の羽』と銘打たれたアイテムを選択する。すると、様々なステージの名前が書かれたメニューバーが表示された。


 サリサス、オリンポス、ニチホ……。これまでの『グロース・レコード』の歴史で行われた数多のアップデートで追加された異世界をまじまじと見つめ、瀬維は一つの世界を選択する。


「イグドラジルでいいか」


 瀬維が選んだのは北欧神話をモチーフとした異世界『イグドラジル』。昨年の超大型レイドバトルの舞台となった場所で、そのスカンジナビアな雰囲気の街並みは一部のプレイヤーの間で人気を博している。


 瀬維はこの世界が好きだ。特別好きな理由としては、かつてのレイドバトルで行われた戦いが一番印象に残っているからだ。

 四つの季節に一週間だけ開催される超大型レイドバトル。それにゲーム内で特に仲の良かった『親友フレンド』に登録していたプレイヤーだけで構成されたレイドパーティー『アノニマス』で挑み、戦い、そして勝利した。


 レイドバトルに参加したパーティーの中で最も高い成績を叩き出した瀬維のパーティーは、運営から勝利の証として六年目のオープニングに登場する権利を得たのだ。それが、一番の思い出として残っている。


「それにしても、あの時は本当に楽しかったな」


 またぼそりと呟いた。

 今の瀬維ことアノスは一人。当時、仲の良かったフレンド達は皆、様々な理由で『グロース・レコード』を卒業してしまった。


 受験が、就職が、家の都合で、飽きた等、様々である。


 そんな彼らを引き留める権利をアノスというプレイヤーキャラには無い。瀬維は画面越しに永遠の別れを悲しむ挨拶をする他、出来ることは無かった。


「皆、今頃何をしてるんだろ……?」


 ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎる。高校生になって四ヶ月程度の自分には分からないことだらけだ。


 レイドの前線でアノスと共に活躍していた剣士はどこの学校に入れたのだろうか。


 パーティーの後方で補助に専念していることの多かった付与師は無事に就職出来たのだろうか。


 よく戦闘中にモンスターからアイテムを分捕っていた盗剣士はの家の都合はどうなったのだろうか。


 特殊な二丁剣銃でモンスターを蜂の巣にしていたガンナーは再びゲームに興味を抱いているのだろうか。


 ──いや、そんなことは絶対に無い。


「もう、居ない奴らのことを考えても仕方ないよな……」


 小さく溜め息をつく。フレンドリストを見ても、ログインしているのはいつ登録したのかも分からない見知らぬプレイヤーのみ。仲の良いプレイヤーは誰一人としてログインしていなかった。


 実質的に一人となってしまった瀬維は、画面に映る三等身のデフォルメキャラを見遣る。

 四年という時間を掛けて育ててきた『アノス』というキャラクターは、『グロース・レコード』でも指折りの実力者として有名だ。


 青い頭髪のキャラクターを包む装備は神器級の最強装備。武器もイグドラジルの世界で集めた稀少なアイテムを集めて作り上げた業物だ。

 レベルは最大。ステータスも伸ばせる所は全て伸ばしきり、オールカンスト済みである。

 ゲーム内の所持金も億の桁を越えていれば、アイテムボックスには限定品等の今では手に入らない物以外は全て揃っている。


 完璧、完全、最強。そんなありきたりな称号を瀬維はアノスという分身に宿してしまっているのだ。そのせいで、今の瀬維にはほとんどのクエストは緩く感じるようになっている。


「正直、止め時だったんだよな。ほぼ全クリ同然だし」


 また溜め息をつく。

 ゲームをクリアし、出来ることを全て終えた後、そのゲームのプレイヤーが行き着く先は何か。それは倦厭けんえん。何もかもつまらなくなり、飽きて辞めてしまう。フレンドの多くはその道を辿ったのだ。


 今日で『グロース・レコード』は終わってしまうが、仮にもう半年続くとなったら自分はその間に辞めてしまうかもしれなかった。ある意味、この日にサービスを終了させるというのは正解なのかもしれない。


「おっと、まだ移動してなかったや」


 移動先のメニューが開きっぱなしだったことに気づいた瀬維は、物思いから意識をゲームに戻し、『イグドラジル』の文字をクリックする。

 すると、十個あるストックの内一つが消えると、ゲーム内のアノスの周囲に光のパーティクルが纏わり始める。ものの数秒でプレイヤーキャラは光の塊になると、そのまま画面はフェードアウトした。





 九国の世界『イグドラジル』。そんな異名を持つここは、『グロース・レコード』のサービス開始から実装されている異世界の一つだ。


 このステージでは初心者向けの下界、中級者向けの天界、そして上級者向けの地獄と三つのゾーンに分かれている。

 今は下界にスポーンし、様々なプレイヤーやNPCが集まる『ミズガルズ街』に居た。


「イグドラジルに来たからには、やっぱあそこに行くべきだろ」


 そう言いながら、瀬維は到着して早々に街を抜け、モンスターが現れる草原へとアノスを動かした。


 緑が生い茂る草原には初心者と思われるランクの低いプレイヤーが幾数人か存在していた。もうすぐでゲームが終わるというのにレベリングを頑張る姿を見ると、その手伝いをしたくなってしまう。


 だが、高ランクプレイヤーは彼らを無視し、周りに出没する弱小モンスターに避けられながら目的の場所へと向かっていた。


 これから行くのはゲーム内でもあまり知られていないポイントだ。その場所はかつての仲間との待ち合わせ場所にしたり、ただボーッとしたい時に訪れる瀬維のお気に入りの場所である。


「グロレコの最後だからな、もしかしたら先客が居るかもな」


 そんな一抹の不安を覚えつつ、アノスはその場所の近道である小さな洞窟へと入る。この洞窟は短く、モンスターエンカウント無し、移動先のリーディング等のラグを計算に入れないでダッシュすると、最短十五秒という距離である。


 そんな近道トンネルを抜け、今度は植物に覆われた坂が現れると、それをさっさと越えて遂に目的の場所に到着する。


「着いたー……」


 パソコンの前で大きく息を吸う。

 どうやら先客は居なかったようだ。自分以外誰一人としてキャラクターは居ない。


 そこから見えるのは先のミズガルズ街、初心者が戦っていた草原、ミズガルズの先のステージであるアルフヘイムの一部を一望出来る絶景だ。まるで、この画面が本物の世界を映しているかのような鮮明さは、あたかもドット絵とは思えない精密さだ。


 公式サイトの情報によると、このような世界の一部を一望出来る絶景が見られるポイントは各異世界に一つから二つあると書かれていた。だが、その場所はゲーム終了の今でも明らかにされておらず、未だに見つかっていない所が多い。


 もし、自分が制作者側ならば、この場所の存在を公表することはないだろう。この美しい秘境をプレイヤーキャラで溢れたギルドや街のような猥雑とした場所したくないからだ。

 それに、この場所で一人、世界の終わりを迎えるのも悪くはない。


「ここで独り、グロレコの終わりでも迎えることにしますか」


 瀬維はアノスを画面端にある切り株に座らせようと操作する。この場所はキャラクターの動きに合わせて移動するカメラが固定になるため、画面の中央にいるはずのアノスは外れ、切り株の上に座り込んだ。


「あー、このゲームを初めて四年かー……。長かったような短かったような」


 瀬維は、これまでの『グロース・レコード』の思い出を振り返る。

 このゲームを始めた切っ掛けは、叔父の誘いを受けたことだ。中学一年生だった当時は、すぐにオンラインゲームに嵌まっていった。


 クリアしたクエストは数知れず。討伐したモンスターは数多く。共闘したプレイヤーは何万人。四年間、ただひたすら夢中になってやり込んでいた。

 仲間が増え、強くなって、名の知れたプレイヤーとなった。もうこのゲームでやり残したことはほとんど無い。あるとすれば『アノニマス』のメンバーと今の時間を分かち合え無いことだけだ。


「あと十分か」


 画面の右端にある時計が十一時五十分を示していた。『グロース・レコード』の終わりがいよいよ近付いてきている。


「あと五分……!」


 時間の流れが早く感じる。緊張で顔が締まり、心臓の鼓動が加速する。

 きっとギルドやNPC街はゲームが終わる悲しみに暮れているだろう。プレイヤー達はパーティー内のチャットをしたり、闘技場などの戦闘施設で戦っていたりして時が来るのを待っているだろう。


「あと三分……!」


 時が迫る。ゲーム内の草木を風が撫でる環境音からクラシック調のBGMに変わり、同時に昼間の明るさからオレンジ色の光に空が黄昏始めてくる。


「二分……!」


 残り百二十秒。夕刻の日光が世界を照らす。ここから見える景色からは街や森が陰に隠れて暗くなっていくのが見えた。


 これまでに無い演出、瀬維は刻一刻と迫る終演を待っていると、突如として雰囲気に似合わない軽い電子音が空気を読まずに鳴った。それは、『親友フレンド』に選択したプレイヤーがゲームにログオンしたことを知らせる着信音。


 左上に『マニ子』の名前が表示される。


「マニ子!? えっ、ちょっまっ……えぇ!?」


 画面越しに瀬維は慌てふためく。それは無理もない。何故なら、マニ子という人物は『アノニマス』の一員にして職業『ガンナー』の女性プレイヤー。そして、ゲームに飽きたことを理由に卒業した一番復帰しないと思われていた人物だったからだ。


「マジかよ! マニ子がログインしたぞおい!」


 誰に投げ掛けた言葉でもなく、少し興奮してしまう。独りでゲームの終わりを過ごすかと思っていたが、『親友フレンド』であるマニ子が来たことによって、独りぼっちで迎えるはずだった最後を回避出来るからだ。


 早速メッセージを送ろうとチャットメニューを開いてキーボードに手を乗せる。だが、ふと目にしてしまった時計に表示されていた時刻を見て体が固まってしまった。


 AM11:59:37


「もう時間ねーじゃねーかッ!!」


 そう叫んでいる間にも秒は進む。最高速でメッセージを打ち込もうと指先でキーを叩くが、どうにも間に合いそうになかった。


「もう少し早くログインしろよ! マニ子のやつ!」


 果てにはメッセージを送ろうとしている相手にまで悪態をついてしまう。

 ダダダダダ、とキーを叩くとは程遠い殴る勢いで内容文を書き連ねる。今なら文章検定の一級を取れそうな気がするが、そんな冗談を考えている余裕など今の彼には無かった。


「ちょちょちょ、あー! 運営待ってー!」


 そんな悲痛な叫びもどこ吹く風。午後十二時まで残り五秒となっていた。

 焦りの籠もった声は薄暗い部屋の中に響く。キーボードを殴打するかのような激しい打ち込みにも関わらず、文章作成のスピードは上がらない。


 サービス終了のカウントが脳内で開始される。すでに四秒は過ぎ去り、残りの三つの秒だけが残っていた。

 三秒、二秒、一秒──。


『現時刻を以て、グロース・レコードのサービスを終了致します。このゲームを楽しんで頂いた全てのプレイヤーに感謝申し上げます。六年間、ありがとうございました』


 瞬間、目の前が真っ暗に染まった。

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