vs 自由なる魔弾《フライ・クーゲル》
神話、伝説、人の歴史に名を
言ってしまえば、神霊武装は誰だろうと、どんな能力を持っていようと、結局のところは武器である。言ってはならないタブーであるが。
――あなたは私の神霊武装でしょ?! だったら黙って言うこと聞いてよ!!
かつてそれを言ってしまい、絆を断ち切ったパートナーがいたことを、ウィンフィル・ウィンは知っている。
かつて長かった自分の髪をバッサリ切ったあの夕暮れ、ウィンは知った。
所詮人間は
だから見捨てた。見限った。
学園を去っていく主人など捨てて、たった一人で戦った。その結果今いるのは、学園最強の一角の座。
やっぱり人間なんて弱い。強いも弱いも、結局は武器の性能次第だ。歴史に名を遺した武器を召喚できた人間が強者。それが限界だ。
結局人間は、神霊武装には勝てない。それが、現実だ。
その日は車のクラクションで起きた。少し臭いその日の寝床から跳ね起きて、軽く霊力を溜めて脚力を強化し、ビルの屋上まで跳んだ。
着地したビルの横にはもっと高いビルがあって、全面ガラス張りになっている。ウィンはそのガラスに映る自分を見ながら、軽く身だしなみを整えた。
靴はまだ履けるか。ニーズソックスは破れてないか。ショートパンツは伸びてないか。シャツは汚れてないか。帽子の下は乱れてないか。帽子自体は大丈夫か。
とにかく色々確認して、最後に白黒のキャップを被る。ツバに付けている髑髏のバッジが、高く上る日の光を反射して光った。
吹き付けるビル風が、ウィンの後頭部の小さな尻尾をプルプル震わせる。だがそんなことはどうでもよくて、ウィンは生徒証で今日の日付と時間を見た。まだ余裕があるとわかると、口角を持ち上げる。
「逃げるなよ、ミーリ・ウートガルド!」
その頃、調度ミーリは起きたところだった。ベッドの側ではようやく起床のマスターに、レーギャルンが頬を膨らませている。
「レーちゃんおはよぉ」
「遅いです、マスター。何度も起こしたのに」
「だって今日は試験だもん。体力温存しなきゃさぁ」
「もう……朝ごはん、冷めちゃいました」
「作ってくれたの? さすがレーちゃん家庭的ぃ……ってあれ、ロンは?」
「先輩なら先に出て行きましたよ。なんか用があるからって」
「用? ……レーちゃん、朝ごはん俺の口に突っ込んで」
「え、え?」
「はい、あぁぁ――」
ミーリが大口を開けている頃から軽く数十分。
学園に到着したウィンはその門前で、槍脚の女性に待ち受けられていた。紫の長髪が風で乱れ、紫の虹彩をチラチラ見え隠れさせる。
その目が何やら自信に満ち溢れていることが、ウィンは気に入らなかった。
「なんだ、先にやられに来たのか、てめぇ」
「色々他にも考えられると思うけど、あなたの回答はそれ? 喧嘩腰の頭だと、大変ね。安心しなさい。私はただ、あなたに忠告しに来ただけよ」
「忠告?」
おもむろに、しっかりピンと立てた指で差す。その際一瞬だけ、演出がかかったように強風が吹いて、ロンゴミアントの長髪が凛として舞った。
「ミーリをあまり怒らせない方がいいわ。滅多に怒らない人を怒らせると、怖いんだから」
一瞬だけポカンとなったかと思えば、ウィンは笑った。腹を抱えて、呼吸に困るくらいに笑った。そしてそれが治まると、背後の歪んだ空間から銃口を現出させ、一発撃った。
弾はロンゴミアントの顔の側を通過して横髪を撫で、校門に被弾した。威嚇射撃にしても、ギリギリの弾道である。
だがロンゴミアントは怯まなかった。むしろより自信に満ちた表情を見せる。
今のでビビりはせずとも臆しはするだろうと思っていたウィンの、思惑が外れた。警戒など、もはやされていなかったことに気付く。
「あなたがミーリにどれだけ食い下がれるか、楽しみね」
ロンゴミアントは先に学園へと向かう。
その背中を撃ち抜いてしまうのはおそらく簡単なことなのだろうが、ウィンは銃口を消した。単に撃つ気にならないからだ。
撃ち抜くなら、正面からがいい。
自分のこだわりから生まれるプライドを、あのときだって守り切った。一人になった、あのときでさえ。
ヤなことを思い出したと、記憶を飛ばさんとばかりに頭を振る。だがそんなことでは記憶が飛ぶやわな頭じゃなくて、ウィンは苦悩した。
あの日もそうだったからだ。学園の校門前で喧嘩して、あいつは先に学園へ走っていった。あいつとは、自分を召喚した主のことだ。
そいつはミーリ・ウートガルドや荒野空虚と同級生で、頭のキレる頭脳派な学生だった。クラスの仲間からもそれなりの人気で、いじめや孤立とも縁遠い生徒だった。
ウィンフィル・ウィンを召喚するまでは。
銃という比較的近代武器の召喚に当初は喜んだが、すぐに自分と彼女の間にある決定的違いに気が付いた。
理想とする戦闘スタイルだ。
ウィンは正面から真っ向勝負で、逃げ隠れなどはしない。
だがそいつは影に隠れて敵を撃ち抜く、スナイプスタイルを軸に戦闘を組み立てるタイプだった。
そのスタイルの違いは徐々に二人の間に亀裂を生み、そして崩壊させた。結果そいつは神どころか誰にも勝てなくなり、学園を去ってしまった。
だがウィンは残った。逃げるも隠れるもしたくなかった。学園長に直談判し、特別に通学を許されてまで学園に残った。
その結果得たのだ、最強の一角を。
「負けられるかよ……あいつの二の舞なんざ、踏んでたまるか……!」
ウィンはその足で、試験会場である第二闘技場へと真っすぐ向かった。
試験まではまだ時間があるが、どこかへ寄る気はなかった。ヤなことを思い出したせいで、闘志とやる気で満ちている今、他のことなど見たくもなかったししたくもなかった。
だから控室にも入らず、螺旋の観客席に囲まれた天井の高いフィールドへと入った。
無論、そこにはまだ誰もいない――はずだった。
誰かいる。向こうの入場口で、フィールドを見る形で座っているのが一人。その姿を凝らして見ると、そこにいるのが誰かわかって驚いた。
ミーリだ。遅刻と早退、さらには出席不足の常習犯が、決められた時間より早く来ているなんて。
そして向こうも気付いたようで、あくびしながらフィールド中央まで歩いてきた。そしてまた、おもむろに座る。
「早いねぇ、ボーイッシュ。俺も早く来たつもりだけどさ、何、やる気満々なの?」
掻いたあぐらの上で頬杖をつき、あくびする。余裕そのものの態度に、ウィンは誘われるようにフィールド中央に歩いていった。
「ハッ、てめぇはどうなんだよ。遅刻魔が随分早いご到着じゃねぇか」
「まぁ君と話したいこともあったしね」
「なんだ、命乞いか?」
「まっさかぁ」
首を回してうんと背筋を伸ばす。そしてまたあくびすると、首筋をポリポリと掻いた。
「ねぇボーイッシュ、俺と賭けしない?」
「賭け? てめぇがそういうこと言うとはな。いいぜ、何を賭けるんだ? 学園最強」
「ボーイッシュが勝ったら、ボーイッシュがこれから言うことすること黙っててあげる。もし学園長から言われても、君の邪魔はしない。ウッチーのことだって、好きにすればいいよ」
「ふぅん……まぁ悪くねぇな。で、おまえが勝ったら?」
「ウッチーが
「ハッ! まぁそうなるよな。さすが、愛人思いだねぇ最強さんよ」
「愛人? 何の話」
「だってそうなんだろ? 見ちまったからなぁ、あの医務室で。思えばてめぇはあいつを推薦したり、随分と肩持ってたしな。今回は愛人のピンチに、助け船ってわけか。仲が良いこったねぇ」
「ちょい待ちぃ。なんかすごい誤解が混じってるんだけど。大体友達なら助けるでしょ、普通」
「じゃあてめぇはただの友達にキスして抱き締めるのか。ハッ、最低だなこの野郎。そんな奴誰も恋人になんかしねぇなぁ!」
「ちょっ……君――」
「つぅかてめぇみたいな適当野郎に恋なんて無理か! 無理無理! てめぇは一生友達と仲良くしてな。もっともその友達すら、てめぇら人間には守れねぇだろうがなぁ!」
このときウィンは気付けなかった。ミーリの異変を。確かな変化を。
あぐらする膝を掴むミーリの指先には力が入っていて、目には鋭い光が差し込んでいた。
「結局てめぇらは
「ねぇ、ちょっと聞いてる……?」
「てめぇらの力なんて弱いクセに!
「もう論点ズレてるんですけど――」
「だから意見すんな! てめぇらはありがたく
「あのさぁ――」
「はっきり言ってやるよ、てめぇの力じゃ俺には勝てねぇ! てめぇには、誰も守ることができねぇんだよ!」
槍で貫かれたのだと思った。あまりにもリアルで、痛みまで感じた。だからそれが霊力による圧から生まれた幻覚なのだとわかるのに、数秒の時間がかかった。
その霊力の出どころは間違いなく目の前の男からで、幻覚が槍だったのも、彼の殺気が一番具現しやすいものだったからなのだと理解できた。
だがどちらにせよ驚いた。霊力と殺気だけで、痛覚まで訴えてくる幻覚を作り出すなんて芸当を、今まで誰かがやっているのを見たことがなかったからだ。それよりまず、前例を聞いたことがない。前代未聞だった。
「俺には、誰も守れないって……?」
幻覚を生んだ物理的要因が霊力と殺意だというのは想像がついた。だがそれらを生み出している源が、心底から湧く怒りであったことは、ウィンにはわからなかった。
何故なら一度も、ミーリ・ウートガルドの怒りを目にしたことがなかったからだ。
言い返しもする。ムッとなりもする。機嫌も悪くなる。だが決して怒らない。そんなミーリの怒りの表情を、見たことがなかった。ましてや殺意をも呼び起こす激怒など、もってのほかである。
「そりゃあ俺が学園最強とか呼ばれてるのも、八割くらいはロン達のおかげだけどさ……誰も守れない? 人間の力じゃ、誰も? 思い上がらないでよボーイッシュ。俺は君よりはるかに強い。君の守れないものすら、守り抜いてみせるよ? 俺」
笑っていた。笑ってはいたが、目の奥は決して笑っていなかった。眼光は鋭く、強く光っていて、今にもそれで刺し
ウィンは臆した。
相手の戦意を削ぎ、自分の闘志を高めるための言葉の弾丸だった。だがそれが、まったく逆の結果をもたらしてしまったことに、後悔を感じざるを得ない。
――ミーリをあまり怒らせない方がいいわ
まったくもってその通りであった。ミーリ・ウートガルドは怒らせてはいけなかった。まったくもってパンドラの箱だった。
「さて、じゃあボーイッシュがやる気ならもうやろうか。ロンもレーちゃんも来てないし、観客席にだんれもいないけど。べつにいいよね? お互い自分の戦いを見られて士気高揚するタイプじゃないし。もう始めちゃおうよ」
溢れる霊力と殺気。鋭い眼光。今までにないほどやる気に満ちた闘志。完全に、目覚めさせてはいけないものを目覚めさせた。そう、重ね重ね思う。
だが引くことはない。
相手は所詮人間。
そうだ、臆することなど何もない。
「いいぜ、やってやるよ! じゃあちょいと早いが試合開始と行くか!」
後方に跳び、距離を取る。両のポケットに手を突っ込んで、背後の空間を歪ませる。二つの銃口が空間から飛び出て、ミーリに狙いを定めた。
「行くぜぇ、ミーリ・ウートガルド! 相手はこの
二発の銃弾が、同時に放たれる。空気をねじまいて進み、ミーリの体を目指す。一発は肩、もう一発は太ももを、撃ち抜くために。だがそれらが届くことはなかった。
直前でミーリが手を伸ばす。そしてあろうことか、二つの銃弾を超人以上の反射神経で掴み取り、握り潰した。
ウィンもこれには驚愕の目しか出ない。
「自由なる魔弾、か……じゃあいいよ、存分に飛べば? でも一発たりとも、俺には当たらないから」
砕け散った弾丸が、ミーリの足元で小さな金属音を立てて消えていった。
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