無限・有限の魔弾

七騎集会 Ⅱ

 ミーリ・ウートガルドは起床した。普段から眠そうな目をこすって、そのままうんと背筋を伸ばし、大口を開けてあくびする。そしてふと右を見ると、そこには小さな少女の顔があった。

 害なす魔剣レーヴァテインの少女、レーギャルンだ。

 普段は長い茶髪を結び、二つの長い尻尾を頭に作っているが、眠っている今はリボンを外し、ストレートに伸ばしている。ミーリはその中の一塊を指に絡ませて、クイクイ引っ張って遊んでみた。

 するとちょっと痛かったのか、レーギャルンはミーリの方によってきて、さらに腕に抱き着いてきた。

 思わぬ反撃に、ミーリは髪を指から離して左に助けを求める。するとそこには紫髪の女性の顔があった。

 死後流血ロンギヌスの槍、ロンゴミアント。

 彼女の銀色に光を反射させる槍脚が、ミーリの腹に乗っかる。そしてほんの少し転がって、ミーリの脇腹に胸を押し付けてきた。

 左右双方から挟まれて、完全に動けなくなる。だがこれはどうしようもなくて、ミーリはそのまま再び寝息を立てた。

「……」

 そこが夢の中だと、すぐにわかった。

 いつの間にか立っていたそこは全面に水が張られていて、上空の星空を鮮明に映している。周囲には何もなくて、水平線ばかりが広がっている。こんな幻想的な場所は、現実にはない。

 そして目の前には、一人の少女が立っていた。

 レーギャルンよりも小さくて、白のワンピースと大きなツバがついた帽子を被った、自分の背丈よりもずっと長い黒髪を持つ少女。顔が見えない状態でもその子が女の子だとわかったのは、その雰囲気に覚えがあったからである。

「君、は……」

 少女が水面に波紋を作りながら歩いてくる。軽い足取り。まるでスキップをするかのよう。そしてミーリに近付くと、胸元を唯一飾っていた花のアクセサリーを、ミーリに手渡した。

「あげる。大事に持っててね、ミーリ」

 有無も言わさず、少女は一歩跳んで下がる。そしてその場でクルリと回ると唐突に風が吹いて、少女は風に溶けて消えていってしまった。

「ミーリ、ミーリ、ミーリ!」

 現実に戻ると自分は全身汗でグッショリ濡れていて、ロンゴミアントとレーギャルンに心配そうに見つめられていた。体を起こすと激しくダルい。だが不思議と気分の方は悪くなくて、むしろスッキリとさえしていた。

「マスター!」

 目に涙を溜めたレーギャルンが抱き着く。ロンゴミアントも頭をミーリの胸座につけて、よかったと吐息した。二人の頭に手を置いて、おもむろに撫でる。

「なんか心配させちゃったみたいだね、ごめん」

「本当よ。あなたいくら呼んでも起きなくて、息だってしなくなるんだもの。このまま死ぬんじゃないかって思っちゃったじゃない」

「でも心配です……病院に行った方がいいんじゃ……」

「そうかも。でも今日はダメだね、集会がある。さすがに出ないとみんなうるさいし」

「そうね。集会は遅くなるでしょうから、明日にでもしましょう」

 ロンゴミアントの言う通り、七騎しちき集会の開始は放課後に決定した。今回は定期的に集まる集会ではなく、緊急時における不定期の集会だ。こういうときは大体放課後になることが多い。

 何せ七騎は全員学生だし、学園長が出てこないからだ。もし学園長が出席するなら、仕事の少ない朝になる。

 だが放課後というのはミーリのような人間にとってはとても気ダルくて、面倒だった。故に集会が決まった時点で、ミーリのあくびが止まらなくなる。結局それは集会前の食堂でも止まらなかった。

「ミーリ殿、余程集会が面倒なのだな。私としては七騎が集まる集会など、興味がありすぎて覗きたいくらいなのだが」

 食堂で茶をすする、一年後輩の時蒼燕ときそうえんとその神霊武装ティア・フォリマ巌流がんりゅう。その目の前で、ミーリはまたあくびした。

「べつに覗きたいなら覗けばいいじゃん。まぁロー先輩に見つかったら、キツいお仕置きが待ってるけど」

「そうね。七騎の武器ですら、集会に集まることは禁止されてるもの。扱う事項が機密過ぎて」

「なるほど。では大人しくしていよう」

「じゃあそんなわけだからあおくん、ロンとレーちゃんのことお願いね」

「構わんが……二人なら大丈夫では?」

「蒼くんといてくれた方がすぐ連絡つくからさ。じゃあ頼むわぁ」

 二人を蒼燕に任せて、ミーリはトボトボと億劫から来る歩幅の狭さで集会場を目指す。面倒だ面倒だと考えていては当然遅れてしまうもので、その場に到着したのはミーリが最後であった。

「ほぉ、今回は珍しく来たじゃないか。ウートガルド」

「さぁさぁ、座ってくださいな。早速集会を始めましょう」

 滅多に来ない言わば珍客に、ヘインダイツ・ローとアンドロシウスは優しく迎える。だがリスカル・ボルストとウィンフィル・ウィンの二人は黙って俯いたままで、荒野空虚あらやうつろとリエン・クーヴォの二人も一瞥するだけだった。

 丸テーブルを囲うように、七人が座る。ミーリの席はアンドロシウスとウィンの隣で、ローの正面であった。真面目と不真面目に挟まれ、真面目に睨まれている構図となっている。

「では今回の集会の議題だが、例の討伐メンバー選抜中の神についてだ」

 話を進行するのは、いつも生徒会長ヘインダイツ・ローの役割だ。かけている眼鏡の奥で、鋭い眼光を光らせている。

「今回学内生徒での討伐となったため、それを選抜する試験が行われている。みんなももう五戦程度は消費しただろう。予定通りなら、あと五戦。そしてその結果で、メンバーを選抜する予定だったが……」

「何か変更が?」

 ローの話に一番に反応するのが、アンドロシウス。博識なうえ容姿端麗でもあり、男子女子から人気のある生徒だ。

「一昨日の夜、眠っていたとされた神がまた動き始めた。まだ起きてはいないが、予定より早い目覚めになると考えられる」

「それで、こちらの対応は?」

「うん、選抜メンバーの半分を早急に現地へ向かわせる。さらに予定より早まった場合の、足止め係だ。後にこちらでさらに選抜した討伐メンバーを合流させて、神を叩く」

「その足止め係はどうやって決める?」

 リスカル・ボルスト。筋肉隆々の黒い巨体を持っており、通称“雷王らいおう”と呼ばれる男だ。

「ここまでの五戦の結果で選ぶ。ただし神霊武装ティア・フォリマの能力が束縛系統だったり、スピード自慢だったりした方がいいな。単に強い人はとっておきたい」

「ではおまえが行くのか、ロー」

「そうだね。七騎では僕とアンが行く。束縛系だし、スピードにもそれなりに自信あるし。まぁ妥当だな」

「そうですね。一応ここまで全戦全勝、勝ち進んでいるわけですし」

「すでにここまでで全勝している生徒で、討伐してしまうのはダメなのでしょうか」

 意見したのは、荒野空虚。唯一東方の国出身の七騎であり、ミーリと同じく現在二人の神霊武装をパートナーにしている。ミーリと同級生だ。

「先に何人か行かせるのは、神の特性や情報を収集する狙いもある。ノープランで突っ込むより、ずっとマシだろうさ」

「なるほど」

「そういうわけだからウートガルド、クーヴォ。君達の出番はまだ先になる。このまま試験を続行して、全勝の記録を途絶えないようにしてくれ」

 学園内女性最強、リエン・クーヴォが頷く。鎧をまとった銀髪の聖女、通称“戦姫いくさひめ”は、いついかなるときでも冷静だ。

 そして同じく男子の中では最強のミーリも、あくびを我慢しながら頷く。見た感じやる気ゼロの態度に、全員が頭を悩ませていた。正直この男の本気を、見たことがない。

「じゃあいいかな。リスカル、僕がいない間学園を――」

「納得できない」

 集会終了に待ったをかけたのは、ずっと生徒証でゲームをしていたウィンフィル・ウィン。机に脚を乗せる彼女の素行の悪さも、七騎の中ではかなりの問題であった。

「今標的は寝てるんだろ? なんで殺しにいかない。寝顔に一発ぶっ放せば、楽に処理できるじゃねぇか」

「落ち着きな、ウィン。眠りについてる神を襲えば、仕留められなかった場合に暴走しかねない。そうなれば起きたとき以上に厄介だ。そうしないためにも――」

「そんな弱音聞きたくない。それでもてめぇは七騎なのかよ、会長」

「ウィン、先輩に対して口が過ぎるぞ」

「うるせぇ、負け組。大体なんで試験で黒星ついた奴がこんなとこいるんだ」

 止めようとした空虚に、ウィンは帽子の下で眼光を光らせ睨む。そして絶対的な事実までもが突き付けられて、空虚は言葉を無くした。

「七騎は学園最強なんだろ? だったら負けた奴がいること自体おかしいじゃねぇか。よくもまぁノコノコ来れたもんだなぁ、え? しかも俺に説教する気とか、何様だよてめぇ」

「ウィンさん、もうその辺になさい。荒野さんの相手はクーヴォさんだったんです。どちらかが勝ちどちらかが負けるのは当然でしょう?」

「だが負けは負けだ。負けた方はすっぱり七騎を降りるだのなんだの、自分の立場を考える義務があるんじゃねぇのか?」

 アンドロシウスも止めようとするが、ウィンは止まらない。ローが止めても、リスカルが止めても、おそらく止まりはしないだろう。だが止めようとしなければ止まらない。ローが口を出そうとしたそのとき、ウィンの帽子が突然舞い上がり、ピンと立てていたミーリの指の上に着地した。

「はい、そこまでぇ」

 ウィンの帽子を回しながら、一番動かないだろうと思われていた男が止めに入った。それはその場の誰もが、ウィンまでもが驚くことだった。

「ボーイッシュ、言い過ぎ。誰だって負けることくらいあるでしょ。そのたんびに責任取るだの役職降りるだのしてたらキリがなくなるよ? そうは思わない?」

 常に帽子の下に隠れていた、ウィンの素顔が晒される。赤くてツヤのある髪をまとめて小さな尻尾を後ろでつくっており、その顔はかなり整っている。美人で有名なアンドロシウスと、いい勝負ができるかもしれない。

 だがウィンはかなり不機嫌な顔になると、机にかかとを落としてヒビを入れた。

「黙れ。最強って言われて調子に乗ってるだけの奴が、俺に説教か。いい身分だな、おい!」

「だってさボーイッシュ、君は自分より強い人の意見なら聞くんでしょ? だったら聞いてくれるよね。俺、君より強いもん」

 椅子を飛ばして机の上に立ちあがり、ミーリの胸座に手を伸ばす。しかしその手は掴まれて、ミーリの一つ手前で停止させられた。

「このっ!」

 ウィンの背後の空間が歪む。そこから出てきたのは銃口で、ミーリに狙いを定めていた。だがそれでも、ミーリはまったく動揺する気配がない。むしろ溜め息すら出す始末。しかしそれは当然で、すでに周囲が動いていた。

 発射直前になってウィンが押さえつけられる。押さえつけたリエンはその腰の剣を、ウィンの首に突き付けた。

「おまえこそ立場を理解しろ、ウィンフィル・ウィン」

「てめぇも何様だ? リエン・クーヴォ!」

 空間のところどころが歪み、現れるのは無数の銃口。そのすべてがリエンに向けられたが、リエンもそこまでの動揺を見せなかった。何故ならもう、ウィンが最初の標的のことを忘れているからである。

 ミーリは勢いよくウィンに帽子を被せると、その背中を強く叩いた。霊力をこめて放つ掌打だ、まともに喰らって平気な奴は神以外いない。ウィンはそのまま力尽きて、グッタリ机の上に寝転がってしまった。

「クソが……」

「意識はあるようだね。さすがは、人より頑丈だ」

 そう、ウィンフィル・ウィンは神霊武装である。

 彼女がどんな武器でどんな能力を持っているのかははっきりしていないが、無限の銃口を現出させ、そこから無数の銃弾を放つことができる。そんなチートのような力で、彼女はパートナーなしで七騎まで登りつめた、孤独な狙撃手である。

 まぁ能力の見た目は、害なす魔剣となんら変わりはないが。

「じゃあ今回の集会はここまでにしようか。ウィンはここに残って反省してること」

 ローが席を立つのは、集会終了の合図である。そこから先長引いたこともなければ、それより早く終わったこともない。みんなも次々に席に立ち、その場をあとにした。唯一テーブルの上で伸びている、ウィンを置いて行く。

「じゃあね、ボーイッシュ」

 最後にミーリが出て行く。なんとか上半身を持ち上げたウィンは、その背中を睨みつけた。

「覚えてやがれよ、ミーリ・ウートガルド」



 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る