炎の魔剣
七騎入りの男
進級できた者も、落第した者も、等しく迎える新学期。朝会を終えた生徒達はみんな食堂に集まり、明日から始まる授業に関して意気込みや不安を語っていた。
だが遅れて来た生徒達の話題といえば、そこで繰り広げられていた衝撃の光景へと変わる。花畑の中に一か所荒野があるように、その場だけが別次元の空気に変わっていた。
「リエン、ソース取ってぇ。ん、ありがと」
これも神様の仕業なのか。学園内男子最強と女子最強――ミーリ・ウートガルド組みとリエン・クーヴォ組みが相席になるという史上初の展開となっていた。二人だけが一緒にいるところなど、誰も見たことがなかったのだ。そのせいかなんともいえない空気が、その場に満ちている。
「……ミーリ、ミーリ」
ロンゴミアントが肩を叩き、耳元に口を持っていく。いち早くこの空気に耐え切れず、ギブアップを宣言した。
「あんた、あの子と仲悪かったっけ?」
「そんなことはないんじゃない?」
「じゃあ何、この空気。因縁のライバル同士が一緒になっちゃったくらい気まずいんだけど」
「俺に言われてもなぁ」
二人のヒソヒソ話が聞こえたのか、それともただ調度食事を終えたからか、リエンはそっと箸を置く。代わりに手にしたお茶を一口啜ると、ずっと食事に徹していた口が声を出した。
「ミーリ・ウートガルド」
「何?」
「無事進級はできたのか?」
「うん、ギリギリ。レオくんとの
「そうか……」
ミーリはコロッケを、リエンは茶を口に入れる。ミーリの長い
「ミーリ・ウートガルド」
「何?」
「近頃の噂を知っているか? 私達
「知らなぁい。何それ」
「私達の一つ下の生徒が一人、七騎入りするかもしれんという噂だ」
「へぇ、誰か抜けるの?」
「そうではない。元々我々は、学園長に気に入っていただけた七人でしかない。今では七騎と呼ばれているが、昔は五人だったり十人だったりしたそうだからな。単に一人増えるだけだ」
「じゃあ
「まぁ、そういうことになるな……そいつの七騎加入は、次週から行われる大型の神討伐メンバー選抜試験での成績によって決定することになった。ミーリ・ウートガルド、おまえが昨日学園長に呼び出され、蹴ろうとしたあの話だ」
そういえばそんな試験の話されたなぁ……たしかどこかで大暴れしてた神様が眠っちゃって、それを退治するメンバーを選ぶとかなんとか……単位くれるっていうから思わずいいよって言っちゃったけど。
「試験は全十試合。そのどこかで、そいつと私達七騎の誰かが当たることになっている。ミーリ・ウートガルド、もしかしたらおまえになるかもしれない。心に留めておいてくれ」
「はいはぁい」
ずっと沈黙を続けていたリエンのパートナーである青髪の聖女は、リエンの腕をグイッと引っ張る。リエンはそれに頭を撫でて応え、おもむろに立ち上がった。
「すまない、ミーリ・ウートガルド。私達は先に失礼する」
「うん、またね」
食器を乗せたトレイを青髪の聖女に持たせたリエンは颯爽とその場から行こうとする。だが何か思い出したように立ち止まり、銀髪を揺らして振り返った。
「ミーリ・ウートガルド」
「何?」
「もしおまえがそいつと当たったら、絶対に勝ってほしい。わがままなのは承知しているのだが、聞いてくれないだろうか」
「いいよ。言われなくても勝つし。俺にはロンがいるし、リエンにはその子がいる。でしょ?」
「……そうだな、お互い努力しよう」
食堂からリエンがいなくなると、滞っていた空気は流れて消えていった。だが当の本人であるミーリは最初から気にしていなかったようで、変わらないペースで食べ続ける。結局二人はその後も一〇分くらいいて、食堂を出る頃には固い空気はさっぱりなくなっていた。
「ハァ……私、あの二人苦手だわ」
「なんで?」
「だってあの二人、武器までそろって聖女でしょう? 一応聖槍としては、聖女ほど扱いに難しい生き物はいないのよ」
「そういうもん?」
「そういうものよ。どこが苦手とか嫌いとかじゃない。生理的に苦手なの」
「ふぅん」
「まったく、同じ七騎なら
そんな話をしたからだろうか。それともまた神の仕業なのか、暇潰しに来た第一闘技場・リブルの客席で、
「ミーリ、おまえも見に来たのか」
「何を?」
「なんだ、違うのか。今からここで決闘が行われるんだ」
「なんで。選抜試験なら来週からでしょ?」
「それとは関係なく、単なるいざこざだ。決闘で決着させようという心意気は立派なものだが、よく生徒会は承認したな……まぁ申請した一人が例の奴だったから、実力を見ようという腹なのだろうが」
「例の奴?」
「噂の七騎入りしようとしている後輩だ。出て来たぞ」
空虚が顎で差した入場ゲートから、一組の男女が入ってくる。
男の方は堂々と腕を組みながらの登場で、少女の方は周囲に見られていることに緊張しているのか、オドオドとした登場だった。獅子谷玲音とドヴェルグの二人を思い出す。
ただ違うのは、今回は女性の方が
対して彼らの相手は総勢五組。それぞれが高い霊力を持っているようで、クラスでも上位の使い手であることは検討がつく。彼らはすぐさまパートナーを武器にして、それぞれの形で構えた。
対して男は構えない。籠手を巻いた腕を組んだままで、解く様子はまるでなかった。表情も余裕を崩さない。
「あれ、なんていうの? ウッチー」
「ギッシュ・スルト。私達から一年下の三年で、学年最強だそうだ。もっとも私からすれば、それはあのパートナーの能力に頼ったものだがな」
「あの小さい子? そんな強いの?」
「見てればわかるさ」
フィールドから声が上がる。それは五組いる多勢の内の一人で、いくら待っても構えないスルトへのイラだちであった。
「スルト! てめぇいつまで腕組んでやがる! いい加減構えやがれ!」
構えようとしない主に、パートナーである少女も戸惑っている。だが当の本人はまだ構える様子はなく、むしろより強く腕を組んだ。
「これはハンデだ、雑兵。相手が構えてから斬りかかるというその騎士道は認めるがな。それは相手が自分と対等か、それ以下のときに取っておけ。神と対するときと同じだ。構えさせるな、斬り殺しに来い。でなければ、お前たちは俺に触れることすら叶うまい」
「な、んだと……!」
スルトの言葉に、五人のブレーキが壊される。そして次の瞬間には全員頭に血を上らせて、声を荒げながら走り出していた。
対するスルトは、退屈そうに吐息する。
「レーギャルン」
「は、はい、マスター」
組んでいた腕を、ここにきてようやく解く。差し出した手の甲に少女――レーギャルンに口づけさせると、またすぐに腕を組んだ。
少女の姿はガラスが砕けるように消えて、その場に箱だけが残る。だがスルトは箱に手をつけることもなく、ただただ立ち尽くしていた。それでもう彼が構えているなどと、誰も思わなかった。
「さぁ、俺のところまで来てみせろ。そうすればお前たちの勝ちにしてやる」
足元の黒箱が、独りでに開く。それと同時にスルトの背後に現れたのは、美しい銀色の刃を持つ黒い剣の群れだった。
「行け、
スルトの命令と共に飛ぶ、剣の群れ。その一本一本が的確に相手の武器を弾き飛ばし、急所を射抜き、全身を切り刻んだ。
たった一瞬でフィールドは有数の剣が刺さる戦場跡のようになる。そこに倒れる五組――十人は、ピクリとも動かなかった。闘技場は特殊な結界が張られているので死にはしないが、本物の戦場で彼らの命はなかっただろう。
一瞬で決してしまった勝敗に、見に来た野次馬達は興奮する。だが対照的にスルト本人はつまらなかったようで、溜め息を一つだけ漏らして立ち去った。
「無限の剣の複製。それを打ち出し、蹂躙する。それが奴の神霊武装、害なす魔剣の能力だ。ミーリ、どう思う」
「たしかに一対一じゃ、まず相手にならないね。距離も全然関係ない。接近しようが遠距離に徹しようが即、剣の的になる。いいんじゃない? くじ運よかったってことで、七騎入り」
「……そうか」
リブルを出たスルトは屋上に上っていた。一番端のより景色が見える場所に、腕を組んで立つ。レーギャルンはそれよりもずっと後ろで、座り込んだまま震えていた。
「レーギャルン、今日の俺の戦いはどうだった」
「は、はい、敵一人寄せ付けない素晴らしい勝利だったと思います、マスター」
お世辞も冗談も混じってない、彼女なりの正直な言葉。だがそれを受け取ったスルトは満足するどころかむしろ不満そうに、腕を組んでいる手に力を入れた。
「そう、そうなのだ……俺は勝った。勝ったのだ。だがなんだ、この虚無感は。勝利以外何も得ていないこの現実は。これで満足なはずがない!」
突然荒げられた声に、レーギャルンは驚き縮こまる。吹き付ける風をも押し付ける霊力を放ち、スルトは激高した。
「やはり俺を楽しませられるのは、この学園最強のみ! 奴との戦いのみを今後の楽しみとしよう! ミーリ・ウートガルド」
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