魔法世界の戦姫
魔法戦争第三陣。
新たな七九人の中にクンシーが選ばれ、その試合を見に来ないかというメールがケットシーに送られた。
だが未だ、ケットシーは自室に籠ったまま。外に出る気配はない。さらにメールを返している様子もないので、ミーリはレーギャルンとリストを連れて、クンシーに会いに学校に向かった。
ウィンとネキ、ヘレンは家に待機させている。ネキとヘレンには、ケットシーが部屋から出るよう看ていて欲しいとお願いし、ウィンには襲撃に備えて欲しいと言っておいた。
今頃ネキは、その聖母のような心でケットシーを説得し、ウィンは魔弾の生成に集中しているだろう。ヘレンがどうしているかは、わからないが。
ロンゴミアントには、少し自由を与えた。といっても、読書家の彼女のことだ。図書館でも探して読書に
本来ならばネキやヘレンのケットシー説得に助力してもらうか、ウィンと共に霊力温存に時間を費やしてほしいところだが、生憎とそんな気分ではないらしい。
気分屋ではないはずの彼女だが、今回は目を瞑ることにした。現在の状況に一番戸惑っているのは、彼女のはずなのだ。だから、整理する時間が必要なら与えなければならない。
それが今の彼女の主である、自分の役目の一つだ。そう思ったからこそ、ミーリはロンゴミアントに暇を与えた。無論、敵には気を付けてと念を押したが。
まぁ彼女はパートナーの中でも一番しっかりしている。心配はいらないだろう。
レーギャルンとリストを連れて行ったのは、主に二つの理由から。
まず第一陣で実力を発揮したレーギャルンを連れて行けば、メディアを含む彼女の手先に牽制できるからだ。さらに未だ実力を見せていないリストの存在も、かなりの牽制になる。
第二に、二人を置いておくと心配だからだ。
レーギャルンは基本、寂しがりなのに誰にも迷惑をかけずにいたい性格なので、放っておくと放っておいただけ一人で過ごしてしまう。
それが苦ではないのならいいのだが、彼女の場合それがストレスになってしまうのだから放っておけない。故にこうして、連れて来た次第だ。
そして、リストは何をするかわからない。退屈を埋めるためなら豪遊してしまう性格だ。
以前にも格安とキャッチコピーが打たれたゲームセンターで、何十万という請求書を持ってきてしまったくらいだ。そのときはミーリがなんとか払って事なきを得たが、あまり金のないこの世界でそんな豪遊されたらとても払えない。
リストの無自覚豪遊癖は最近発覚したのだが、未だ治る気配がないのでとても心配である。故に連れて来た次第だ。
学校に行くと、やはりまだミーリ達を警戒しているらしい。魔法学校の生徒達が、ミーリ達の行く道を恐れながら開ける。
彼らの開けた道を行くと、そこにはカフェテリアでお茶をするクンシーがいた。
その側には、背中に無数の武装を背負った鎧の女性が一人。顔は甲冑の下に隠れていたが、背格好と長い金髪が最上位契約時のリエン・クーヴォによく似ているのだ。
まさかリエンまでこの世界に来てしまったのかと思ったが、彼女の反応を見る限り人違いらしい。
「やぁ、来てくれたのか」
「どぉもぉ」
クンシーのところに相席する。
彼女の背後に鎧女性が立っているのを真似して、リストは座ったミーリの後ろに立つ。そして甲冑の下でわからない彼女の素顔を覗き込むように、空白の目で微笑した。
鎧女性はなんの反応も示さなかったが、甲冑の下では何かしらを思っているかもしれない。その証拠に今、ミーリしか気づかなかったが、彼女は右手を一度握りしめ、開き、また握り締めた。
「ケットシーは……どこに?」
「あぁ、それがねぇ……」
ケットシーが部屋に籠ってしまっていることを話すと、クンシーはそうかと困った様子でお茶を飲む。彼女も一向にケットシーからの連絡がないことを、心配していたようだ。
「正直なところ、私もあなたの戦い方には驚いた。基本この儀式は、魔法使いへの攻撃を皆避けている。要るのは召喚獣の命と魔力だけであって、
「だから俺、避けられてるのか……」
ただケットちゃんが甘いだけかと思ってたけど……。暗黙の了解ってわけね。
「皆はあなたを召喚獣だと思っている。だから先日のあの攻撃も、すべて主であるケットの指示だと思っているんだ。だからこそ皆、あなたとケットを恐れている。それはあの子の願望からは、かけ離れる現実だ」
確かに、周囲からの認定欲を持っている彼女からしてみれば、この現状は願わない結果だろう。むしろ彼女の願望から、より遠ざかっていると見える。
だから塞ぎ込んでいるのかと、ミーリは初めてケットシーが引きこもっている理由を知る。
彼女が塞ぎ込んでいるのは自分が強く言い過ぎたからだと思っていたが、そうではないと知った今、ますます面倒になった。
自分が強く言ったのが原因なら、謝れば済む話だ。だが戦闘に関しての意識と戦法を、変えるわけにはいかない。
召喚獣のみを攻撃し、倒せばいいなんて考えに同意はできない。偽りの謝罪をしたところで、魔法使いをも標的とすることには変わりないのだ。
ミーリは自分にまで嘘をついて、自分が嫌う戦法を取る性格ではない。もしそんな戦闘ができたとしても、本意ではない戦闘など体が動かないものだ。それこそ負ける。
「ま、あれが俺の世界の戦闘なんでねぇ」
ケットシーにも今後言うであろう一言を、クンシーに言う。融通が利かないと思われても仕方ないと思っていたが、クンシーの反応は違っていた。
あぁそうだろうなと、その言葉を聞いて納得した様子で微笑したのだ。それには少し驚いた。
「見ていてわかるさ。あれは、自分の中での戦闘スタイルが確立している人間の動きだ。召喚獣のように指示されていたり、魔法使いのように召喚獣に頼っていてはできない。あなたが元の世界で、どれだけの数戦ってきたのかわかる」
「……それがわかる君も、相当だと思うけどね」
戦闘スタイルが確立されているかどうかなんて、そんな細かいところはミーリでもなかなか計れない。
相手の戦闘スタイルの確立を見切るには、そのスタイルそのものを知っていなければならないし、さらにその確立されたスタイルを見切らなくてはならない。
それができるのは相当の戦闘マニアか、自らが数多くの戦場に赴いた手練れの戦士くらいのものだ。
クンシー・ドロンの戦闘は一部しか見ていないし、その一回切りだ。だから今まで、魔法学校で最強と呼ばれている彼女の実力はまだ底がわからなかった。
だが今の言葉で、まだまだ底が見えないことがわかった。
おそらくだが、完全にミーリの個人見解だが、この魔法学校において彼女に敵う人間はいないと思う。今の言葉だけで、彼女の実力は裏付けされた。
ミーリ達の世界で計るのなら、リエンと同等かそれ以上かもしれない。さすがにディアナ・クロスは越えられないだろうが、だがそれに近い実力を持っていることは確かだった。
面白い。今日の儀式で、彼女の実力は鮮明になる。来て正解だったと、ミーリは思わざるを得なかった。
ミーリも一人の戦士であるが、同時に学生。強者に対する興味と好奇心は、それなりに持ち合わせている。
それが自分に向くと面倒なのが勝ってしまって溜め息ばかりだが、純粋に強い人の戦いを見て興奮はするのだ。
少年時代の話だが、ミーリは師匠であるスカーレット・アッシュベルの槍捌きを初めて見たとき、それは興奮したものだ。その頃の興奮度は、今でも体が覚えている。
「ん、そろそろ時間だ。行かないと……」
「もうそんな時間? じゃ、ま、見させてもらおうかな。次に戦うわけだしね」
そう言うと、クンシーは嬉しそうにはにかむ。普段は凛々しい彼女だが、そうやって微笑むその顔は、女性らしさに満ち溢れていた。
簡単に言うと、可愛らしいのだ。
「あぁ、あなたと戦えることを、楽しみにしている」
それから五分後、第三陣に集められた七九人が戦場に転移させられる。
昨日は見に行かなかったので知らなかったが、転移させられる戦場は度々変わるらしい。ミーリが戦ったのは霧の深い針葉樹林だったが、クンシーが飛ばされたのは海の上に浮かぶ巨大要塞だった。
その中で、クンシーはまるで要塞の主であるかのように敵対する魔法使いや召喚獣を
召喚獣である鎧女性の背中にある武装を自ら取り、召喚獣へと向かって行く。
魔法学校最強たる彼女には敵わないとわかっていつつ、逃げ切れないと悟った相手は召喚獣で迎え撃つが、窮鼠猫を嚙むということはなく、ネズミは猫になんの抵抗もできずに狩られてしまった。
しかしながら、驚くべきはクンシーの戦闘スタイル。
他の魔法使いが揃いも揃って自らの召喚獣を後方から支援するのに対し、クンシーは自ら向かって行く。鎧女性も無論背中の武装で戦うが、ほとんどは主クンシーの武装補充役だった。
ケットシーや他の魔法使いを見ると、召喚する存在はランダムで、必ずしも自らに合った召喚獣が出てくるとは限らないようだ。ミーリ達の世界での、
だがミーリがロンゴミアントを召喚したように、クンシーは召喚すべくして、あの鎧女性を召喚したように思える。二人の綺麗に整った戦闘を見れば、明瞭だった。
「先駆者よ……!」
隣でリストの声がしたと思えば、彼女は眼帯で覆っていない方の目を輝かせ、紅潮していた。その喜々とした声といい、憶えがある。
興奮しているときのユキナの顔だ。高鳴っているのだろう胸を自ら握り締め、興奮で熱を持った息を漏らす。
「私と其方の契約期間は、まだ短い。それに私は武装そのものだ、あのような戦闘は叶わない。が、憧れるな……あぁして、自らの主と共に戦場を駆け抜けるだなんて」
リストが事戦闘において、そのような欲を吐き出したのは初めてだった。
ウィンは真正面からの戦闘を好み、ヘレンは自身の性質から近距離戦を嫌う。
そのような戦闘の好みがあるミーリのパートナー達だが、リストは今まで、これと言ってそんな戦闘の好みを言ってこなかった。
特別ロンゴミアントのようにミーリの考えを主張するわけでもなく、レーギャルンのように自重するのでもない。リストには、好みの戦い方などないのだと思っていた。
だが今、初めて口にした。
しかし今思えば、彼女はずっと行動で表していたように思える。
死神の武器ではなく、死神の一番弟子と名乗っているのも、その表れかもしれない。
「先駆者よ。次の戦い、あの者が相手なのだろう? 不死身殺しの聖槍は、現在戦闘不能。どうする」
不死身殺しの聖槍。ロンゴミアントのことだろう。リストの懸念は当然だ。
事実、ミーリは今まで、ここぞという一戦にロンゴミアント以外を持ち出したことはない。決戦には必ず、不死身殺しの聖槍を持つ。
自身でそう決めたわけではないし、誰かに決められたわけでもない。いつの間にか、自然に決まっていただけだ。
何故かここぞという一戦には、彼女がいる。彼女を握り締めている。それだけなのだ。
だからきっと、この戦争の最終決戦にも、彼女はきっと側にいる。そんな気がした。
「大丈夫、クンちゃんは確かに強い。君を含めたどの武装でも、勝つだろうけど苦戦はすると思う。けど、結局は勝つよ。勝って帰る。だって、俺を殺せるのはあいつだけなんだから」
「……フム。まぁ、だろうな。其方は負けない。未来の其方は、今の其方がいつか孤独になると言った。が、其方は過去と決別し、未来を生きる。例え孤独になろうとも、それは決定している。我が主、ミーリ・ウートガルドはここでは死なん。我らがいるのだからな」
「……そゆこと」
「……ところであの犬魔法使い、
それって、確かラグナロクでのリエンの通り名じゃ……。
リエンと同じ通り名を持ち、召喚獣はリエンと同じ鎧女性。何故か変にリエンとの関係が濃いが、そこは気にしなくていいだろう。ってか、気にしてたらキリがない。
『そこまで! 通過者二名! ベアクロー・インデックス! クンシー・ドロン!』
何事もなく、魔法世界の戦姫が勝ち抜く。
残った彼女はその場で高々と剣を掲げ、画面越しにミーリに視線を向ける。戦う意欲に長けたその眼光は、獲物を見つけた猟犬のように鋭い。
そんな彼女に目を付けられたことに、一切気付いていないミーリだったが、だがそれでも、彼女の好戦的な目を見て口角を持ち上げる。
好戦的過ぎる女性と戦うのは、これで三度目。その経験が、胸の内から高鳴る鼓動となって、彼女を迎える歓迎の仕方を教えていた。
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