これは戦争

 魔法戦争の様子は、用意された巨大な映像で確認できる。

 第一陣に選ばれなかった生徒達は、これから自分が戦うかもしれない相手を見て言葉をなくしていた。

 この儀式のために選ばれた精鋭が、わずか四〇秒でほぼ掃討されたことに驚きを禁じ得ない。

 主よりも肉体的なスペックは勝る召喚獣だが、頭脳は魔法使いのそれよりも大きく劣る。故に召喚獣とされているミーリが、なんの指示もなくここまでの頭脳プレイをしたことが驚きだった。

 異世界からの転移者ではなく、召喚獣として知られているのだから当然だ。真実を知る者は、ごくわずかしかいない。

 そのごくわずかが、名のある実力者ばかりというのはちょっとした運命か。

 その一人であるクンシーは、精鋭を瞬殺したミーリの戦い方に、悪寒と高揚感を同時に感じていた。

 以前の試験でも感じた、ミーリに対する好奇心。異世界の戦士という、異次元の存在に対して向けられているこの心は、治まることを知らない。

 現在の魔法学校最強は、異世界の学園の最強と戦いたくて仕方がない。それもまた、湧き上がる好奇心から生まれていることは、言わずもがなだ。

 戦いたい。

 この世界の魔法使いとして、異世界の戦士と戦いたい。クンシー・ドロンとして、ミーリ・ウートガルドと戦ってみたい。

 彼がどのような意図でこの戦争に参加したのかは知るところではないが、だが参加してくれてとても嬉しい。

 ケットシーのことはもちろんだが、一なる魔法のためという大人の都合だけではない。純粋なる闘争心と好奇心が、クンシーに楽しみを与えてくれる。この魔法戦争が、クンシーにとって楽しみに変わっていた。

 あぁ、彼と戦いたい。今すぐにでも、あの戦場に乱入してしまいたいほどに。

 自分がここまで好戦的な生き物だと、ようやく今になって自覚した気がする。いやでも、それも違うのか。クンシー・ドロンは本能に忠実だったというだけだ。ただ単に、今は戦いたいという衝動が勝っているだけである。

 そしてそんなクンシーを見て、メディアは口角を持ち上げた。

 明らかにミーリ・ウートガルドを見る目が他と違う彼女。彼に対して、他より勝る好奇心と興味を持っていることは確実である。

 ならば価値がある。他でもない、利用する価値が。彼女を手玉に取っても全然いい。今この手の中にある戦力では、少し足りないと思っていたところだ。学校最強の魔法使い。戦力として、充分すぎるほどだろう。

「明日、彼女を捕まえなさい」

 背後に呟くと、瘴気くんがおもむろに頷く。声を出すことはなかったが、メディアは振り返ることなく命令の受諾を確認した。

 その瘴気くんは、メディアの命令を受諾すると同時、上空に映っている映像を見入っていた。

 映っているのは、四〇秒で七五組を打倒した、ミーリとケットシーの組。映像では彼らが何を言っているのかはわからなかったが、何やら口論しているようだった。

 他の皆にもそう映っているようだったが、実際はミーリはケットシーに一方的に文句を言われていた。

「もう、ミーリさん!」

 彼女の文句はただ一つ。魔剣の攻撃範囲が広すぎて、魔法使いにまで攻撃したことだ。倒すべきは召喚獣のみ。つまりは、やり過ぎだと怒っているのである。

 だが、ミーリに反省する様子はない。ずっと耳の中を掻いて、人の姿に戻ったレーギャルンを撫でている。

 それを見たケットシーの怒りは、違う方向に膨らみつつあった。

「もう……! 聞いているんですか?!」

「聞いてるって。でも魔法使いって、召喚獣の強化とか回復ができるんでしょ? せっかく奇襲仕掛けたのに、回復されちゃ困るからさ」

「ですが、やり過ぎです!」

「やり過ぎはないでしょう。これは戦争なんでしょ? 戦争って名前が付けば、例え儀式でもこれは戦争。命を取られるか取られないかの戦いだ。だからやり過ぎなんてないんだよ。むしろ、やり過ぎなくらいやらなきゃ勝てない」

「これは召喚獣の戦争です! 魔法使いは――」

「関係ない? 違うよ」

 レーギャルンを優しく撫でていた手が、ケットシーの頭を押さえつける。強いその手に、思わず頭蓋を握り潰されるかと思ったケットシーは、想像しただけでゾッとした。

「君達は自分達の戦争に、他の命を巻き込んだんだ。これは君達の戦争だ。自分達の勝手で、他を巻き込んで戦争するんだ。なのに自分達は安全圏だと思ってるの? 勝手すぎるよ」

「それは……」

「……残りもそう多くないと思うけど、今ので残ってるってことは運がいいのかそれとも強いか。運がいいだけならいいんだけど、強い人もいるだろうからねぇ……」

 とくにあの蛇の目をした先生とか……。

「とにかく、殺しはしないつもりだけど全力でやるから」

「ですけど、けど……」

「それに、もう来てるし」

 ミーリはケットシーを抱き寄せる。槍の一撃で撃たれた刃をはじくと、ヘレンを自分の前に出して数歩後退した。

「そこにいるのはわかってるよ。出てきたら?」

 相手に出てくる様子はない。魔剣の雨を躱した相手だ。防御能力か回避能力に長けているのだと思うが、生憎と正面から来るタイプではないらしい。ウィンがいたらイライラしていそうだ。

「出てくればいいのに。なんだったらハンデをあげようか? 真正面からならいくらでも付けてあげるよ」

 返答の代わりに、再び刃が飛んでくる。それを再び槍で叩き落し、ミーリはケットシーを解放した。

「出てくる気はないのねぇ……ま、いいけどさぁ……」

 槍から弓矢へと武器を変える。濃い霧で埋め尽くされている針葉樹の一本に狙いを定め、一撃を解き放った。

 すると、落ちてきたのは腰に十数本の刃を差した女性。だがその格好は露出が多く、学校の制服ではない。召喚獣だ。

 そしてまた、ミーリは弓矢を放つ。今度は少し離れた木を貫通し、悲鳴を上げさせた。

 木の後ろに隠れていたのだろう女子生徒が、肩から血を噴き出して倒れる。召喚獣はそれに駆け寄ろうとしたが、いつの間にか伸びたツルに脚を絡め取られ、その場で倒れてしまった。

「全然隠れられてないよ。もう、バレバレ」

 ミーリはおもむろに歩み寄り、武器を今度は剣に変える。そしてもがく女性型召喚獣の首に、刃を突き付けた。

「さて、と……降参する?」

 召喚獣は反抗的な眼差しを向ける。その目は闘志むき出しで、殺意と怨恨が込められていることは想像できた。

 これから自分を殺す相手に向ける、最後の目だ。これが彼女にできる、最後の抵抗なのだ。その目に、降参の色はない。

「……そっか……じゃ――お疲れ様」

 ケットシーは一部始終を見て、その場に座り込む。そして斬り落とされた首が転がってその目が自分の方を向いたとき、込み上げる恐怖心に耐え切れずにその場で嘔吐した。

 首と胴体が分かれ、死を迎えた召喚獣の姿はその場で消える。溜まっていた大量の血も、その赤みを残すことなく消え去った。

 だがケットシーはまだ吐いている。彼女の中に、どれだけ咀嚼物が入っていたのかと思うくらい、彼女は吐き続けていた。

 その背を、ヘレンが優しく撫で下ろす。一方のミーリは今倒した女性型の主人へと、歩み寄っていた。肩を斬られて負傷している女子生徒は、涙目でミーリを仰ぎ見る。

「あれ、肩だった? 脚狙ったつもりだったんだけどな……しゃがんでたのかな?」

「どうして、私がここにいるって……」

「君にはわからない方法、でね」

 ――そこまで!――

 突如空間に響く機械的な声。魔法世界にも、機械があるのだなとミーリが思っていると、強制的に転移された。元の学校前へと戻ってくる。

「第一陣の勝者が決定した! ケットシー・クロニカ! そして、スネーク・スターズ!」

 どうやらミーリ達が戦っている間に、スネークが他の誰かを倒したようだ。だが転移で戻ってきたスネークには、召喚獣がついていない。周囲を見渡しても、どこにも見当たらなかった。

 拍手喝采が送られるが、スネークはまるで喜んでいない。本当に、この儀式に興味が無いようだ。

 だがケットシーもまた、喜んでいない。汚物を見てしまったばかりというのと、ミーリの戦闘方法が余りにも予想と違い過ぎて、そのギャップに心がやられてしまっていた。

 だがそれはケットシーだけではない。拍手はあくまでスネークに向けられていることに、今気付く。ミーリとケットシーの二人を見る目は、どこか冷たい。

 というか、おそらく冷たい視線を向けられているのはミーリだろう。ケットシー同様、吐き気を催した生徒達が、なんてものを見せてくれたんだという目で睨んでいる。頭と体がわかれた死体は、彼らにとって普通ではなかったのだ。

 そしてそれらの眼差しに耐え切れず、ケットシーはその場から走り去ってしまった。

「少々、少女には刺激が強かったのではないのかね?」

 スネークに話しかけられる。彼はまだ、眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔のままだ。正直、ちょっと怖い。

「君の世界では日常茶飯事かもしれないが、我々の世界では死骸などそう見るものではない。何せ基本、魔法は派手だ。敵の消滅など、色濃く見えなくしてくれる」

「生憎とねぇ、これが俺の戦い方だよ。この子達と一緒に、どんな相手だって倒してきた。今更君達のために合わせられないよ」

「血生臭い兵士か。まぁ仕方あるまい。我々も君に合わせてやるつもりはない。例え君を殺してでも、一なる魔法を手に入れる」

「蛇先生はその気じゃないように見えるんだけどな」

「そうか? だが、そうなのだろうな……本当に、私はこの儀式になんの興味もないのだから」

 そう言って、スネークはその場を去っていく。スネークの姿が完全にいなくなったところで、人波を掻き分けてきたロンゴミアントが抱き着いてきた。

「おかえり、ミーリ」

「うん、ただいまロン」

 ネキが武装を解き、人の姿になる。少し疲れた様子の彼女は、差し伸べられたミーリの手の甲に口づけした。

 霊力が足りなくなってしまったのだろう。“盲獄の花楽園ブラインド・ガーデン”はただでさえ霊力消費量が大きいうえ、今回は広大な範囲に展開した。消耗は当然である。

 ミーリはネキに霊力を与えると、肩を貸して立ち上がらせた。

「大丈夫? ネッキー」

「はい……やはり周囲に霊力がないと、いささか苦しいですね。少し、消耗が激しいようです」

 ネキの言うことは今、身に沁みてわかっている。

 今も必死に大気中の霊力を掻き集めているが、とても回復できない。戦闘で乱れる呼吸を整えるくらいだ。平静を保てる程度の回復しかできない。

 まるで高度の高い山で、必死に酸素を吸おうと過呼吸しているように、ミーリの肺は張り裂けそうだった。

 正直辛い。ネキに霊力を回したが、それすらも辛かった。無論、顔には出さないが。

「ミーリ、大丈夫? 顔色が少し悪いわ、休みましょう」

 ロンゴミアントにはバレバレだった。まるで隠せていない。これ以上隠そうとしても意味がないので、ミーリは素直に疲れた顔を浮かべた。

「そだね、疲れたよ。速く帰ろっか」

「えぇ」

 ロンゴミアント達を引き連れて、ミーリはその場を後にする。その姿を見ていた学校の生徒達の表情は、恐怖で引きっていた。

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