栗髪の猫魔女
魔女メディア
東の山脈、アザー・キング。高さ約三六〇〇メートル。東の大陸の中で、二番目に高い山だ。
とくに危険地域と指定されているわけでもなく、登山家や探検家にとっては第一に登る山として有名なのだが。
とある冬を境に、行方不明者が続出。救助隊も帰って来ず、ミイラ取りがミイラになる現象が発生している。
そこで神の類が関係している可能性もあるため、対神学園・ラグナロクとエデンにアザー・キングの調査依頼が届けられた。ラグナロクとエデンは合同で依頼を受諾。山の気候も比較的安定する春先に、アザー・キングへと向かっていた。
対神学園・ラグナロク五年、ミーリ・ウートガルド。今回の依頼で隊長を任された彼は、今最高速度で滑走していた。武装、
理由は無論、追走だ。連続行方不明事件の犯人を追っている。
『エデンからラグナロクへ。
「こっちも見えたよ。追うけど、相手また転移するかもだから、出てきたとこを狙い撃ちできるように待機しててね、どうぞ」
『了解』
「だってさ、ロン。これから洞窟に来てくれないかな」
『わかったわ。そこで仕留めるのね』
「できれば捕まえたいけどね。そう大人しくしてくれないだろうから、全力で討つよ」
『えぇ!』
通信を切り、標的を追うことに全力を注ぐ。罠があるかもしれないなか、ミーリは一直線に標的が入った洞窟へと突っ込んだ。そのまま霊力探知を頼りに、標的へと剣を飛ばす。
すると突如、悲鳴が聞こえた。奥で何かしらの動きがあったようだ。霊力探知でも、二つの反応がある。仲間がやられているといけない。剣を加速させた。
辿り着くと、そこは調度滝の上。滝の上に被さるように岩があって、その上だった。故にそこを飛び降りれば、滝壺へ真っ逆さまである。
そこに
メディアは空虚に矢を向けられ、あと一歩引けば滝壺へというところまで追い詰められていた。
ここまでメディアは逃げてきたが、戦闘能力はほぼ皆無だ。だからこそここまで追い詰められたと言える。空虚一人でも、軽くねじ伏せられるほどだ。
だが一般人では話は別。故に彼女は人のスキを窺っては捕らえ、霊術によって意識を奪って人体実験を繰り返していたわけだが。
「速かったね、ウッチー」
「魔剣に乗るからだ。足でなら、お前の方が速かった」
「そんなことないって――って、そんな場合じゃないか」
ミーリの背後の空間が切れる。そこから現れたのはミーリの相棒である聖槍、ロンゴミアント率いる四人の武装達だった。
山中での移動が全員で行くと時間がかかるので、数人を待機させていたのだ。ロンゴミアントを連れて行きたかったが、移動用にレーギャルンと、手軽に持っていけるウィンフィル・ウィンを選んだ。だから実際、ロンゴミアントが結構拗ねていたりするのだが。
「さてとメディさん、君の工房はもう押さえたよ。今頃エデンの人達が片っ端から壊してるはずだ。だからもう諦めてさ、捕まってくれないかな」
赤紫の瞳で、ミーリと空虚を順に睨む。そしてさらにミーリの背後に来たロンゴミアント達を視界に入れると、たった今空虚に斬られたのだろう流血した腕を押さえながら歯を食いしばっていた。
「結局、私の研究は失敗だったというわけね……こんなところで終わるだなんて。わかったわ、出頭——」
前に一歩踏み出した——と思った次の瞬間、メディアはバックステップで後退した。そこは滝壺へと真っ逆さまの落下コース。
彼女は自決を決心したのだ。それも一瞬で。その一瞬が速すぎて、ミーリも矢を構えていた空虚も、ロンゴミアント達もまるで反応できなかった。
とっさに空虚が矢を捨てて走り、手を伸ばすがギリギリ届かず、掴み損ねてしまった。メディアの細い体が、轟音と暗闇の彼方へと消えていく。
「クソっ!」
今までだって何度かあった、標的を逃がしてしまったことは。その度にとても悔しくて、切なくて、虚しいのだ。同じ死でも、仕留められたのと逃がしたのではわけが違う。
ミーリも空虚も、標的を逃がしたのは久し振りで、その虚脱感はとても大きかった。故に今、頭の中では反省会が行われている。逃がしてしまった要因、油断、あらゆることを想定して、何がいけなかったのかを模索する。
二人共もう対神学園の学生となって五年目のいわゆるベテランだが、この癖だけは抜けない。失敗したときの脳内反省会は、やめることができなかった。
だからこそ隙ができる。それはまだこの現状が、依頼中だと思えてない証拠だ。言ってしまえば油断である。だからこそ次の瞬間、突然訪れたアクシデントに、対応しきれなかった。
「ミーリ!」
突如、ヘレンが叫ぶ。彼女が叫ぶだなんてよほどの事態だ。故にすぐさま彼女の方を振り返って、次に彼女が指差す方を見た。
「何、あれ……」
それは、言うなれば穴。もしくは光の空洞。向こう側の岩壁に光る、とても大きな渦だった。徐々に大きくなっている。
霊術の類か。だがいくら探知しようとしても、光から霊力を感じない。これは感覚だが、霊力ではない別の力を感じる。冥府の女神、エレシュキガルを石に封じ込めていた、ブラッドレッドのような。そんな感覚。
だが今、自分の中のエレシュキガルは何も言ってこない。いやそもそも、最近自分の中の神様とまるで交流できてないのだ。
故に今、ミーリは何かを感じながら何も感じていないという不思議な感覚の中にあった。
そんな感覚の中だったからというわけではない。わけではないのだが、完全に気が
突如として渦が光だし、影が長い尾を引いて伸びる。突如現れた光源は熱もなく、ただただ眩しい。目を開けていることもままならない。
その中で、ミーリはとっさに隣にいたロンゴミアントだけでも守ろうと、頭を包み込むように抱き締めた。そして光源に向けて背を向ける。
そして光が影を呑み込み、洞窟の中全体を包み込む。そしてその光と渦が消え失せると、洞窟はまた光のない空間を取り戻す。そして同時、生物の居住をも許さない静かな姿を、取り戻した。
ミーリも、空虚も、ロンゴミアント達も、誰もいない。光の消失と共に、その存在が消え失せた。
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