未来その先
vs ニコラ・テスラ
そこが夢の中だと、すぐに気付くことができた。
何せ知らない部屋で立っていたし、その部屋に一緒にいる男性はこちらに気付いていない様子だったし、窓の外は夏の緑色だったからだ。
男性は机に突っ伏すように背を曲げて、せっせと何かを書き記している。覗き込んでよく見てみれば、それは誰かに宛てた手紙のようだった。読む方も疲れてしまうような長文がズラっと並んでいる。
それを書き終えると、男性は手紙を封して机にあったベルを鳴らす。するとメイドが一人やってきて、その手紙を出すよう言われて飛んでいった。
そしてそれと入れ替わりに、とても小さな少女が扉の側にやってきた。男性の顔色を、子供ながら
――どうした、ルイ。ミーリとへブルと、遊んでいたんじゃないのか?
――ごめんなさい、お父様。今二人とかくれんぼをしているのです。失礼ですが、二人を見ませんでしたか?
――いや、見ていないよ
――匿っていませんよね?
――あぁ
――……そうですか。それは失礼しました。では私は、二人を探してまいります
そう言って、ルイと呼ばれたその少女は頭を下げてから部屋を出て行く。するとまるで見計らったようなタイミングで、男性の部屋のクローゼットが少しだけ空いた。中から外を覗き込んでいるのは、これまた青い髪の小さな男の子だ。
――ありがとう父様
――なんだへブル、そんなところに隠れていたのか?
――父様が、ここに隠れていいと言ったんですよ?
――そうだったかな。よく憶えていないな
――もう……バラさないでくださいよ?
――わかった、わかった
わかったと言った父親だったが、さてどうしたものかと再び隠れる息子を見ながら思う。娘には匿っていないと言った手前、バラすわけにはいかないし、かと言って長く居座られるのも仕事の都合上困る様子だった。
どうしようかと、なんとなく部屋の外を見回す。すると下の階のロビーをコソコソしながら歩く子供の姿を見て、一つ思いついたようだった。
――ミーリ
――父さん
――ちょっと頼みがあるんだが……
――何? 今ルイ達とかくれんぼしてるんだけど……
――へブルが私の部屋に隠れているんだが、仕事に差し
――えぇぇ……わかったよ……もう
不服そうな子供に、それに対してすまんと詫びる父親。どこにでもいる、普通の親子だ。そう感想を抱く。彼に聞いた話よりもずっとまともで、ずっと普通の様子だ。そう思った。
そして同時、あれが彼かと思う。不服そうにしながら、わざと見つかりやすい位置に隠れるその子供が彼かと、そう思った。
見た感じ、大人しそうな少年だ。雰囲気も落ち着いているし、弟と妹に付き合ういい兄という感じである。とても今の適当で面倒くさがりな最強の槍使いに成長するとは思えない。
――あ、お兄様見ぃっけた!
兄を見つけて、はしゃぐ
――ねぇお兄様、へブルが見つからないのです。一緒に探してくれませんか?
この数ヶ月後かそれとも数年後か。この兄妹は死に別れる。そんな運命が待ち受けていることが、酷く寂しかった。こんなにも温かく明るい家庭に、惨劇の予兆などできただろうか。
――ミーリ!
誰かが駆け寄ってくる。その姿を見たときのミーリの表情がパッと晴れて、明るくなったのを見届けたところで、その夢から覚めた。
目を開ければ、見知らぬ天井。右に視線を向ければ窓があり、左に視線を向ければ、隣のベッドで眠る全身に包帯が巻かれた人。燃えるように熱い体を無理矢理起こし、リエンは頭を抱えた。
頭が割れるように痛い。酷い風邪を引いたかのようだ。耳鳴りまでしてきた。まるで、耳元のすぐ側で雷が鳴っているよう。しかしそれは間違いではなかった。実際に本物の雷が、窓の外に落ちたのだ。
その雷鳴が轟いてすぐ、ドタバタと足音が鳴り響く。カラルドと
「マスター!」
「主、無事ですか」
「おまえ達、静かにしないか。空虚が……って――」
隣で寝ている全身包帯に包まれた誰かが、
容態を聞けば、首と背骨、肋骨を除くすべての骨に亀裂が入り、四肢は折れ、雷撃によって内臓にダメージを受け、前回のミカエル戦で片方だけになってしまった肺が弱くなってしまったという。体の外側も内側も、もうボロボロだった。
対してリエンは、格好に救われた。体の至るところを金属の鎧で覆っていたため、雷が内臓にまで到達するより速く体から流れ出たのだ。故に予想以上にダメージが少なかった。偶然とはいえ、助かったとリエンは思った。
「私達が倒れてから、どれだけ経った? 状況は、どうなった」
リエンが訊くと、カラルドは部屋の隅に積まれていた椅子をベッドの横に持ってきた。普段なら立ったまま続ける彼女だが、顔色を見る限り少ししんどそうだ。
霊力が足りないのだ。このままでは、実体を維持できずに消えてしまう。そう気付いたリエンは即座、カラルドの手を取った。自身の回復に回していた霊力をカラルドへと流し、安定させる。
同性同士だと、こうして直接触れるだけで霊力パスが繋がるから楽である。
「それで、現状は」
「はい。マスターが倒られてから五日が経過し、敵の主力は健在。サクラ様を連れ去ってしまいました。半日ほどまえに復活したミーリ様が救出に向かわれましたが……どうやら、決着はしていないかと」
「そうか……ところで、何故おまえたちの霊力がそこまで不足していた? まさか、私達の回復に費やしたのか?」
「いえ、ミーリ様が出るまえに、私達自らあの方に霊力を託したのです。彼もまた大怪我を負っていたので……まぁ、予想よりだいぶ搾り取られてしまいましたが」
「そうか……ミーリは、大丈夫なのか?」
「今は信じるしかありません。ミーリ様の勝利を。そして、空虚様の回復も」
空虚の呼吸が一瞬だけ深くなったその瞬間、同時刻。ミーリの斬撃はニコラの頭上を横切っていた。
体勢を低くして躱したニコラは片脚のバネで後方に跳躍すると雷電の剣を両手に握り締め、今までの倍の速度で肉薄、斬りかかった。
鎌とぶつかる度、雷電が轟く。本来なら鋼の刃に電流が流れ、痺れているところだが、生憎と死神の鎌は
故にミーリは鎌でしっかりと雷電の剣を受け止め、流し、斬りつけた。臆することなく攻撃も防御もできるのは大きい。ロンゴミアントはまた拗ねるだろうが、リストがいてくれてよかったと、戦いの中で思っていた。
しかしそう思えるというのは、ミーリの余裕の表れでもある。実際博士であって剣士でないニコラの剣撃は大したことはない。リエンと戦ったこともあるミーリにとって、受け流すのは難しい話ではない。
「“
全身を使って右から左から、斬りかかる。それを受けたニコラは右に左に軽くなった体を振り回され、ついに剣を弾き飛ばされた。そこに襲い掛かってきた斬撃を、後方に跳躍して再び躱す。
「“
「“
漆黒の霊力を脚にまとって、電光石火の速度に挑む。青白い閃光と黒の疾走が交錯し、地下室全体に衝突の弾ける音と、駆け抜ける大気との摩擦音とが響き続けた。
その音だけを聞き、戦況を察したウィンは拳銃の引き金に指をかける。その側で両手を上げて大人しくしているファウストが今、指を一本動かしたからだった。
「動くなよ。てめぇだって死にたくはねぇだろ? 神様よ」
「一度死んだ身としては、たしかに二度目の死など遠慮願いたいがの……まさか神になってまで、こうして人間のように命乞いをする羽目になるとは……」
「神も人間も死ねば同じだからな。転生するチャンスがあるか、ないかくらいの違いだろうよ」
「違いない。じゃが奴は、神も人間も同じものと思っているぞ? 故に躊躇いがない。加勢しなくていいのか?」
「加勢? いらねぇよ。生憎と、俺の主は最強でな。やられたところでやり返す力を持ってる。一度負けたなら、次は絶対に勝つ。俺の主はそういう奴だ」
「そうかえ? 偉い信頼しとるなぁ……眩しいわい。そこの電気よりな」
地下に続く穴から、度々ニコラの雷電が漏れ出る。その明かりはとてつもなく眩しかったが、ファウストは瞬き一つせず凝視していた。
今が命乞いをしなければ生かしてもらえない状況にも関わらず、この戦いの結末が、やけに気になるのである。果たして世界は変わるのか。それともこのまま変わらぬのか。博士と言う人種の性か、気になって仕方なかった。
雷撃を帯びた突進と、音もなく疾走する鎌の斬撃とがぶつかる。お互い相手に傷を付けられず、後方に跳んでなんなく着地した。
「“
雷撃を地面に叩きつける。すると床を高速で這いずった雷撃が津波のように荒ぶり、上から覆い被さるように襲い掛かってきた。
漆黒をまとったミーリの脚は、その波に乗るように跳ぶ。そして波の中にあるわずかな綻びに刃を通し、一撃で両断した。
だがそれはニコラも想定していた。接近してきたミーリの腕を捕まえ、雷電を走らせる。ミーリはそれを取ろうと必死にもがいたが、子供のそれとはいえ神の握力。振り払うことは叶わない。ならば鎌で払えばいいのかと言えば、至近距離すぎて、逆に大鎌では払えなかった。
「“
ゼロ距離での電圧。雷電に体が斬り裂かれ、絶叫と共に焼き尽くされる。だがそれは本来ならばの話。
ミーリの体から溢れる霊力が電光を弾き飛ばし、雷撃から身を守っていた。しかしこれは狙ってこうなったわけではない。偶然だ。
その効力は二つ。強化と狂化だ。自身の理性を一時的に崩壊させると同時、爆発的身体能力強化が得られる。
ただし理性が崩壊しているから、いつもしている手加減や駆け引きなんてものはできないし、しようとも思えない。さらに霊力は常に全開だ。霊術の効果で
故にこの霊術が切れた瞬間が最後だと思った方がいい。霊術の刻限は等しく
故に止まることは許されない。ミーリは雷撃を受けながらも、ニコラの機械の腕を握り締める。そして大きく一歩を踏み締めて振りかぶり、思い切り投げ飛ばした。
壁に脚をつき、立ったニコラ目掛けて肉薄する。斬撃は跳んだニコラの足元を通過し、空間を斬り裂く。すぐさま元に戻ろうとする空間の圧縮に引き寄せられ、ニコラが戻ってくる。ミーリはその頭を鷲掴み、再び投げ飛ばした。
ニコラの体が壁に叩きつけられるとそこに追撃し、鎌を降る。しかしニコラは鎌ではなくミーリの腕に雷電を流して磁石に変え、自身と反発させて斬撃をギリギリ回避した。
ミーリの顎を蹴飛ばし、間から抜け出る。雷電を蓄えた片手を掲げ、雷を高い天井に向けて放った。雷が龍の形となり、雷鳴と共に咆哮する。
「“
雷の龍が牙を剥き、ミーリに噛みつく。その牙を受け止めたミーリの全身に雷電が流れ、爆音と轟音が真っ白にその地下室全体を焼却した。
だが厖大な霊力をまとっているミーリに、雷は届かない。雷龍の牙を
ニコラは再びミーリの体と自身とを反発させるが、少しタイミングが遅れて刃が肩に浅く刺さる。だがニコラは逆にその刃を突き刺したまま、再び至近距離でミーリに雷電を喰らわせた。
ミーリは犬歯をむき出しにして唸る。そのまま雷電の中で力の限り、ニコラを殴り飛ばした。
「この俺を……人間ごときが! 許さんぞ!!!」
激しい雷電を走らせて、ニコラは咆哮する。そして両手で獣の牙を模すと、勢いよく両手を合わせて大気を噛み砕いた。それと同時、ミーリの足元と頭上から雷電が襲い掛かる。
“
雷の獣の強靭な
それに対してニコラもまた腕を引き、拳を作る。そして雷電をまとったその拳を、ミーリの拳に叩きつけた。
霊力の塊と雷電とがぶつかり、鼓膜も悲鳴を上げる爆音を上げる。その衝撃は二人の体を軽く吹き飛ばし、双方壁に叩きつけられる。しかしすぐさまにその壁が中央から変形する威力で蹴り飛ばして肉薄し、お互い一撃を繰り出した。
空間を斬り裂く斬撃と、空間を焼き斬る雷撃とがぶつかり、今さっきの衝撃とほぼ同じ衝撃が起こる。だが今度は二人共強く踏ん張り、次の一撃のために体を捻った。
再び、斬撃と雷撃とがぶつかる。その勝敗は、斬撃に軍配が上がった。霊力の塊であった斬撃は空間ごと雷を斬り裂き、ニコラの細くなった図体を両断した。
が、それで決着とはいかなかった。額の
「妖精石さえあれば俺は無敵! 不死身! 貴様如きに俺は倒せん! 勝負あった――」
敵がまだ健全であると視認したミーリの闘争本能が、勢いよくニコラへと肉薄させる。高速で敵の目前へと運ばれた体は大鎌を振り回し、ニコラの頭を両断した。
だが血が出ない。切り離された額についた妖精石が再び煌き、雷電と化した頭がくっ付いて修復される。
「無駄だ。てめぇの攻撃じゃ、俺を殺すことは――」
「“
黒い血色の十字が、ニコラの体を斬り付ける。同時に斬られた空間が圧縮され、ニコラの体を繋ぎ止めた。さらに追撃の十字が斬り付ける。二度の斬撃を喰らったニコラの体は、バラバラに切断された。
だがすぐさまその体は電光となり、一点に集まって元の体に戻る。ニコラは両腕に雷電を灯し、そして一撃を喰らわせてきた。その一撃を、ミーリは鎌で受ける。
「無駄だと言ってるだろうが!!! てめぇがどれだけ強かろうと、不死身となった俺には――」
「勝つ!!!」
「だから……勝てねぇって言ってんだろうが!!!」
雷撃と斬撃が、再び交錯する。
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