vs 白い悪魔

 銃声と硝煙と、白煙が上がる。サクラの屋敷から遥か二キロ。そこから、無数の白煙が上がっている。ミーリの目から見ればそれはまるで狼煙のようで、何かの信号と見て取れた。そんな打ち合わせは、していないのだが。

 銃弾騒ぎを聞きつけて、リエンと玲音れおんが出てくる。さすがに空虚うつろは出てこない。おそらく、てんいくさが止めているのだろう。ありがたいことである。ここで怪我人に無理をされてはいけない。

「ミーリ、大丈夫か」

「……リエン。ちょっとお願いなんだけど、いいかな」

 二五。まずは小手調べだとウィンが出した、銃口の数だ。それだけあれば、大抵の敵に傷を負わせられる。

 だが今回は違った。相手はすべてを躱していた――いや、実際に躱したのは十発程度だ。あとはすべて、撃っていた。銃弾を放ち、ぶつけて軌道を変えていた。攻撃を躱しながらである。普通、狙撃できる体勢にもない。

 だが彼は躱しきり、結果、無傷で立っていた。彼の周囲が、外れた銃弾で焼かれている。

 そして躱せば、今度は彼の番だった。

 ライフル銃を手から消し、ゆっくりと助走をつける。そして徐々に徐々に速度を上げ、最高速で肉薄した。

 拳を振り上げ、ウィンの顔面に叩き込む。だがウィンもその拳をガードすると、代わりに男の顔面に蹴りを繰り出した。しかし体勢を低くして躱される。

 さらに男は立ち上がる勢いで、アッパーを繰り出した。ウィンはわざと当たるまえに上を向き、これを回避する。その場を跳んで脚を振り上げ、代わりに男の顎を蹴り上げた。

 だが男もただ蹴られるだけではない。わざと大きく吹き飛ぶと距離を取り、その距離でまたかそくして肉薄、着地したばかりのウィンの腹に、拳を叩き込んだ。その威力で、ウィンは腹の底から上がってきた胃液を吐く。

 さらに男は追撃する。ウィンの胸座を掴み上げると連続で拳を顔面に叩き込み、さらに背負い投げで投げ飛ばした。倒れたウィンの顔を踏みつけようと、脚を振るう。

 だがそのまえにウィンが腹筋を使って脚を持ち上げ、下を向いていた男の顔面を先に踏みつけ、蹴り上げた。さらに腕だけで立ち上がり、体全体を回して蹴り飛ばす。

 蹴られた男は後方に回転し、何事もなかったかのように着地して顎を拭った。

 腕の力で飛び上がったウィンは、踵落としを繰り出す。

 だがその一撃を、男は両腕で受けきった。さらにその踵を捕まえて、腕一本の腕力で投げ飛ばす。着地したウィンに向かって肉薄すると、鋭く構えた拳を連打で放った。

 ウィンはそれを、見切りで躱す。空気を裂く音を鳴らす拳をギリギリで躱し、その腕を抱え込んだ。本来曲がる方とは別の方に捻じ曲げようとする。

 が、男はその場で上に跳ぶと、ウィンの上を取って全体重をかけて頭突きした。頭を揺らされ、ウィンも思わず手を離す。

 男が着地するタイミングで拳を振るったウィンだったが、逆に着地したばかりの男に顔面を殴り飛ばされた。

 神霊武装ティア・フォリマとはいえ、女子の顔を平気で殴る辺り紳士ではない。いや、ウィンの場合女子扱いされるのもムカつくのだが、まるで何も感じず殴っている男の顔が、本当にムカついた。

 絶対あの顔面凹ませてやる。その思いで立ち上がり、拳を握り締める。

 だが男の方は、もう肉弾戦をやるつもりはないようだった。すでに消したはずのライフルを持ち、狙いを定めている。そしてウィンの頭部に狙いをつけ、引き金を引いた。

 ウィンは即座、卒倒する。地面を背で跳ねて銃弾を躱すと、その勢いで立ち上がり、二丁の拳銃を手に取った。そして放つ。

 だが男は地面を蹴って肉薄し、銃弾の間と間を縫って接近した。そして胸倉を掴み、再び投げ飛ばす。

 だが投げられながらもウィンは銃を撃ち、ついに男の頬を掠め切った。が、それが男の闘争心を掻き立てる。

 地面を抉って一瞬で肉薄すると、肩で着地したウィンの腹を蹴り飛ばし、持ち上がったウィンの顔面に鋭い拳を叩き込み吹き飛ばした。

 ぶつかった木から雪が落ち、ウィンにかかる。だがウィンは霊力でその雪を吹き飛ばし、周囲の雪も蹴散らして立ち上がった。完全に頭に来ている。絶対に一撃叩き込む、その意思だ。

 同じく地面が抉れるほど強く踏みしめ、肉薄する。そして回避不可能なゼロ距離で、引き金を引いた。

 が、躱される。男はウィンが引き金を引くまえに腕をどけ、銃身そのものをどけていた。さらに今度は自らが拳銃を持ち、ウィンの頭部に狙いを定める。

 だが今度はウィンがその腕を弾き、引き金が引かれるまえに軌道を変える。そしてそのまま体を回転させ、今度こそ眉間に引き金を引いた。しかし当たらない。今度は蹴り上げで軌道を変えられた。

 そんな手順をお互いに繰り返す。銃を向けては弾かれる腕は徐々に赤くなり、痛みを訴え始めた。だが怯んでいる暇はない。すかさず銃口を突きつけ、また弾かれる。

 そんな攻防を続けていると、男は戦法を変えてきた。

 手榴弾を投げつけて距離を取ると、背を向けて走り出した。爆発に巻き込まれまいと逃げたウィンも、すぐさま追いかける。だが真っ白な男の姿は白銀の雪の世界で、すぐに見失ってしまった。

 視覚、聴覚、霊力探知。あらゆる探索機能を使って探す。だが恐ろしいことに、男の姿どころか気配も霊力もまるで感じ取れなかった。

 狙撃手として、敵の狙撃手の気配がまるで感じ取れないとは絶望的だ。いや、憧れると言った方が正しいか。

 敵を陰から撃ち抜き、大将をサポートする。それが狙撃手の仕事とするのなら、霊力までシャットアウトできる気配遮断は、喉から手が出るほど欲しい能力と言える。

 だがウィンは違う。ウィンは単なる狙撃手ではなく、一人の戦士だ。陰からコソコソなんて真似は、プライドにかけてしない。だから気配遮断などいらないのだが、これに憧れを感じざるを得ない。

 それはたとえ戦士であっても、ウィンが拳銃使いであるからに他ならない。さらに言えば、そんな能力があれば、あいつの役にもっと立てるだろうなという希望的観測もあった。

 だが今はそんなことを言っている場合ではない。相手は根っからの狙撃手。ウィンのように正面から堂々となどやりはしないだろう。何せ気配遮断なんてものを持っているのだから、そのスタイルの方が向いている。

 まったくもって嫌な相手だ。自分とはまるで性格が合わない。そんな相手の一撃を、ウィンはまず右太ももで受けた。

 次に雪についた左手の甲。次に右肩を撃ち抜かれる。急所を狙われないようにしているからなのだが、それでも確実に射抜いてくる男の狙撃手としての腕が恐ろしかった。スナイプスタイルに関しては、男の方がはるかに上だ。

 撃たれた太ももから血を噴き出し、ウィンは走る。動き回る標的に対しても的確に撃ってくる男に対して、ウィンも撃った。銃弾を躱し、その弾道から位置を予測、放つ。

 だが男も決してジッとしているわけではない。動き回りながら、銃身の長いライフルを握り締めて撃つ。

 敵を認識できている男と、位置を予測しているウィンとでは、明らかにズレが生じる。はずだが、ウィンの弾丸は男の側ギリギリを通過していた。

 それは、ウィンがすごいということを言っているのではない。ウィンの持ちうる感覚のすべてがそこまで鋭く研ぎ澄まされるまで、男が追い詰めているという証拠だった。

 ついに走り回っていたウィンの脛を、銃弾が貫通する。転んだウィンはその勢いで片膝をつき、自身の周りに数十の銃口を現出した。

 それを見た男は銃撃を止める。今の状態ではどこから撃っても、弾丸の軌道を変えられるのがオチだと見抜いていた。しかし手がないわけではない。その手に三つの手榴弾を用意し、スキを窺う。

 ドクドクと血を流す脚を一瞥し、ウィンは舌を打つ。そして拳銃を消し、両の手をしっかり新雪の積もった地面に突き立てて、霊力を込めた。

 銃口の数が倍、さらに倍に増えていく。そうして増えた銃口はウィンを中心にドーム状に広がり、すべての銃口が内側―—ウィンの方を向いた。だがその軌道は、少しウィンからずれている。

 そして男がスキを見つけて手榴弾を投げつけてきたその瞬間、位置を捉えたウィンはすべての銃口の引き金を引いた。

 するとどうだろう。すべての銃弾がべつの銃弾とぶつかり、弾かれ、軌道を変える。その軌道は、もしドーム状に並んでいる銃口がすべて外側を向いていて、それで放ったときではありえない軌道を描き、無造作に、そして無差別に周囲のすべてに向かって行った。

 周囲の木々を撃ち抜き、雪を焼き、投げつけられた手榴弾すべてを貫通する。そして、不規則な動きをする弾道を男は予測できず、その右頬と右肩にかすり傷を負い、左脇腹と右ひざを撃ち抜かれた。

 だが痛みからの声は上げない。代わりに一瞬だけ、気配遮断が解かれる。その一瞬を見つけたウィンはまだ撃たれていないもう片方の脚で地面を蹴り飛ばして跳躍し、見つけ出した男の上に馬乗りになった。

 そして殴る。全身全霊で、霊力を込めて殴る。制止しようとする腕も払い除け、ずっと無表情な顔面を殴り続けた。殺すつもりはない。意識だけ奪って、あとで情報を抜き取る算段だ。

 だから徹底的に痛めつける。もう抵抗の意思すら持てないように、情報がより抜き出しやすくするために。

 だが、男は変わらず無表情だった。殴られ、顔が腫れても、目の色一つ変えやしない。それどころか唐突に腹筋で起き上がり、に頭突きを喰らわす。さらに起き上がるとウィンの顔面を蹴り飛ばし、距離を取った。

「んのっ……!!」

 銃声が響く。両脚の腱が切られ、ウィンは立てずに膝をついた。さらに追撃で、肉薄したウィンの顔面に膝蹴りが入る。それが決定打で、ウィンはその一撃で完全に力尽きてしまった。

 帽子を捨て、男はウィンの髪の毛を握り締めて持ち上げる。酷く歪んでしまったウィンの顔をまた無表情で見下ろし、その眉間に銃口を向けた。

「一つ問う。おまえはミーリ・ウートガルドの武器か」

 その問いで、ウィンは悟る。

 こいつはミーリを狙ってる。そのために、ミーリの武装を削いでいくつもりだと。だとしたら、ここは嘘でもいいえと言うのが妥当だろう。しかし、性分として嘘は言えない。言うわけにはいかない。

「だとしたら……どうだってんだ……」

「始末しなければならない。ミーリ・ウートガルドの他の武装の情報を吐け」

 腹のど真ん中に拳を突き立て、ウィンに血反吐を吐かせる。それは脅しだった。男にはその気になれば、銃器もある。答えなければ死ぬぞと、脅しているのだ。

「吐け。今すぐに」

 再び拳を突き立て、吐血させる。それを繰り返し、ウィンを徹底的に痛めつけた。情報のまえに、血反吐ばかりを吐かせる。

「吐け。ミーリ・ウートガルドの情報、すべて」

「……吐くかよ、馬鹿野郎!」

 渾身の力で銃口を出し、引き金を引く。それは男の腹を撃ち抜き、赤い鮮血を撒き散らした。

「貴様……!!」

「ハッ、ざまぁね――?!」

 銃声が轟く。それはゼロ距離でウィンの腹を撃ち抜き、ウィンにさらに血反吐を吐かせた。さらに引き金を引き、ウィンの腹に撃ち込む。ついに背と腹が繋がったウィンは、そのまま気を失った。

 男は撃たれた腹を押さえ、手榴弾を出す。未だしぶとく生きているウィンを殺すつもりだ。情報は二の次である。今はここで始末し、次の戦闘に向けて傷を癒やすべきだ。

 人と違って、神や魔神は霊力の付加で回復する。人間と違って、肉と骨も霊力でできているからだ。まぁ、同じ体の作りの神霊武装もまた、同じ原理で回復するのだが。

 男は大木に身を任せ、回復に専念する。元は人間とはいえ、神に近付いた身。安静にしていれば回復はそれなりに速い。だが腹に空いた傷ともなれば時間がかかる。二分くらいだ。

 回復が済めば、この虫の息の女を爆殺してしまえる。だから今は回復に専念だ。始末ならいつでもつけられる。

 だから気付かなかった。その油断がスキを生んだ。

 それはものすごい速度で、殺気と霊力を包み隠して迫っていた。時速にして約一二キロ。積もった雪が吹き飛ぶ速度で、周囲の木々を躱して走っていた。

 そして着く――いや、突く。

 男が寄り掛かっていた木の後ろから、槍で心臓を貫いた。一瞬過ぎて、男の理解が追いつかない。そしてまた理解ができない速度で、槍はその大木ごと男を真っ二つに斬り裂いた。

「ウィン! ウィン!!」

 急いでウィンに駆け寄り、抱き上げる。もはや息をしているだけのウィンに、ミーリは口づけする。二人の間とで繋がった霊力パスが互いに霊力を与え、本来主人であるミーリに大量に返ってくるところを、操作してウィンに流し込んだ。

 ネキと違って人の怪我は治せないが、神霊武装の怪我なら霊力を流し込めれば治せる。

 ミーリは文字通り全身全霊、口移しで霊力を移す。計七発撃たれたウィンの腹からは銃弾が抜け出し、傷口は瞬く間に塞がり始めた。ミーリの霊力量が多すぎるのだ。お陰でパンクしかかり、意識がなかったはずのウィンは悶え始めた。

「ミーリ、おまっ、落ち着け――?! 俺は、大丈夫――!!」

 完全に傷が塞がるまで、ミーリは口づけを続ける。比較的濃厚な口づけをされたウィンは、今度は恥ずかしさからもがいた。

 だが結果三〇秒ほど、ミーリの口づけから逃れられなかった。それで傷は塞がったし、命も繋いだが、ものすごい恥ずかしさばかりが残る。まぁ、決死の救出をしてくれた我が主を、咎めるつもりはないのだが。

「ってか……おまえ、ここまで来ちまって……離れてよかったのかよ」

「リエンもレオくんもいるし、一応キョーくんとかもいるから。それに、ボーイッシュは俺のパートナーだ。他の人に行かせられない」

「……ハッ。それは心配かけたな」

「でも戻るよ。ヤな予感がする。サクラちゃんも心配だし……それに――」

 ミーリのヤな予感。それは見事に的中した。現在地から後方に二キロ。今来たばかりの方向から、轟音が響く。間違いなく屋敷の方だった。

「来た? 来た? 嘘、予感的中? ヤだなぁ……なんでこう、悪い勘ばっかあたるかな」

『そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 今の衝撃、かなり重かった。急ぎましょう。あの子、殺されるわよ』

「それは穏やかじゃないね。行くよ、ボーイッシュ」

「おぉ」

 二つに裂かれた死体を一瞥し、ウィンはミーリに続いて走る。もう動き出すこともないし、心配はいらないのだが、ただ一つ心残りがあった。それは紛れもなく、自身の手で決着がつけられなかったことに限る。

 その眉間に銃口を突きつけ、勝利する。そんな瞬間を待ち望んでいただけに、それができなかった悔やみは、ずっと残るのだった。

 しかしまた、もう一つ。これは心残りでもなんでもなく、ただ単に、名前を聞いていなかったということだった。人か魔神か、戦闘中なので考えている暇もなかったが、おそらく魔神だろう。だがどこの英雄か、それとも反英雄か。それすらもわからなかった。

 彼について語るのなら、約九〇年という人生で一三度戦争に赴き、約七万もの敵をその銃の餌食としたスナイパー。

 彼の国特有の兵装の色と、何よりも命令に忠実に標的を殺す冷酷な様から、人はその時代、男のことを白い悪魔と呼んだ。

 男の真名をシモ・ヘイへ。歴史上最強のスナイパーと謳われた、魔神となってもなお戦場に生きる、根からの軍人であった。

 

 

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