指名依頼

 その姿、どこか見たことがある。

 輝くような金髪を右肩にまとめてかけ、服の間から少しだけ見える白肌がまた綺麗な女性。女神と帽子で極力顔を隠し、今まで会ったときとはまったく違う姿だったため、最初誰だかわからなかった。

 だが、女性陣が気付く。ミーリもロンゴミアントに耳打ちされて、ようやく気が付いた。

「久し振りですね、ミーリ・ウートガルド様」

「あぁ……お姫様?」

 ナツメ・アンドレッサ・グスリカ。

 北東に位置するグスリカ王国第一皇女。近く、どこかの対神学園に入学することが決まっている武闘系の姫様だ。

 だがつい先日、ユキナの対処を巡ってミーリと決別した。以来会ってはいなかったが、まさか会いに来るとは意外である。

「なんの用? ユキナのことなら、譲るつもりはないよ」

「ユキナ・イス・リースフィルトの件については、もう諦めました。あなたはあなたで、私達は私達で追いましょう。どちらが先に仕留めようとも、恨みっこなしです」

「可愛いこと言うなぁ。じゃあなんの用なの?」

「ユキナではないのですが、まぁ、リースフィルト関連であなたに依頼をしに来ました」

「俺に?」

 学園長、帝鳳龍みかどほうりゅうの武器である少女がトコトコとまえを通る。そしてカーテンを開け、呼びつけてきた癖して寝ている学園長を揺すり起こした。

 熟睡していたようで、ちょっと寝癖がついている。

「おぉ、来たか」

「来たかじゃないですよ、学園長」

「ごめんごめん。じゃあ早速、依頼内容を説明しようか」

 鳳龍のパートナーが小さな背を伸ばしてスクリーンを出し、映像を点ける。

 せっせと忙しそうに準備するその様は可愛かったが、さすがに手伝いたくなってしまう。だがあまりにも子供扱いすると、彼女が機嫌を損ねることをミーリ達は知っていた。

 映し出されるのは、王国グスリカの地図。いくつかの地域が色別されているが、地方で分かれているわけではない。現時点、グスリカにいる一三人の貴族が治めている領地を、判別するための区分だ。だから大きさは、その年ごとに変わってくる。

 だが今見せられた中に一つだけ、見たことがないくらいに小さい領地があった。これではこの領地の貴族は、月に一度国に納めなければいけない金額を納められないだろう。元貴族であるミーリと現貴族であるリエンは、そのことにすぐ気が付いた。

 そして話は、そのとても小さな領地の貴族の話になる。

「この領地、名前をジェイルというんだけどね。今回はその領地を治める貴族の護衛依頼だ。君達には三週間ほど、領主の命を守ってほしい」

「何故、命を狙われているのですか?」

「……この地の領主の姓は、リースフィルト。あのユキナ・イス・リースフィルトの実の妹に当たる方です」

「リース、フィルト……?」

 リエンと空虚うつろ――左右からの視線がミーリに一時的に集まる。いつものミーリなら何々と茶化すところだろうが、さすがに話題が話題。驚いた様子で固まっていた。

 ロンゴミアントとレーギャルンも、かける言葉を探す。

「姉のユキナ・イス・リースフィルトのせいで、彼女に対する領民の信頼は地まで落ちました。今では醜態を晒す者アポストロフィと噂され、王族貴族からも忌み嫌われる存在。絶えず正体のわからない何者かから、命を狙われる身になってしまいました」

「その彼女が、今回公務のためにグスリカの城に外出する。君達には、その警護も頼みたい」

「三週間という期間は何故ですか」

「外出公務は一週間行われる。その準備期間と後始末期間でそれぞれ約四日程度、彼女は表に出なければならない。だからだよ」

「何故私達に? 貴族の護衛となれば、王国兵士の方が適任かと思われます。姫様が命じられれば、嫌々でも動くのでは?」

「嫌々では万が一が生じます。彼女は私にとって大切な友人……決して失うわけにはいかないのです。そのためにも実力的に折り紙付きであり、なおかつリースフィルト家に因縁あるミーリ・ウートガルドに、依頼をした次第です」

「……わかった。その依頼受けるよ」

 王族の依頼とあって空虚も、貴族であるはずのリエンも少し緊張気味。だがミーリ一人はいつもの調子を取り戻していて、むしろ堂々としたものだった。

 リースフィルトの名前が出たことなど、忘れてしまったようである。その堂々たる姿は、最高位貴族の面影を感じさせる。もっともミーリが貴族だったのは、たった十年の話であるが。

「しかしこの依頼、君には相手の名前を出した方がよかったみたいだね、ミーリくん」

「はい?」

「前からずっと言ってただろ? 君には護衛依頼が来てるんだ。その依頼主が、リースフィルト家の当主なんだよ」

 なるほど、それなら確かに依頼を受けた。面倒なんて言わず、迷いもしなかった。

 しかし未だ驚きである。

 ユキナの妹、そんな人が生きていたなんて。

 あの日、リースフィルト家はユキナによって皆殺しにされたと思っていた。妹の存在自体聞いたこともないし、見たこともない。存在すら知らなかった。

 だが果たして、本物だろうか。従妹とかならまだ疑いもしないのだが、実の妹となると少し胡散うさん臭い。最高位貴族であるリースフィルト家の財産目当てに現れた、偽物ではないだろうか。

 そうなれば話は別だ。逆に後ろから突き刺すこともやぶさかではない。いやむしろ刺す。

 リースフィルト家はあいつの家だ。彼女達以外の存在など、ありえない。許したくもない。

 実際本当にあいつの妹なら、それでも言いたいことはある。今まで何をしていたのとか、あの日はどうしていたのとか、怒りも混じった色々なことを、聞いておきたかった。

 本当に、知っていたなら最初から受けていた。依頼主は受けるまで明かさないのが普通だが、ちょっと悔しい。

 依頼の受諾書に、ミーリが代表でサインする。いつもは面倒でロンゴミアントにさせるのだが、このときばかりはペンが滑った。

「お姫様、ちょっと話があるんで、時間くれる?」

「……いいでしょう」

「ロン、レーちゃん、ボーイッシュ、先帰ってて。ちょっと用済ませるから」

「マスター?」

「わかったわ。レーギャルン、ウィン、行きましょう」

 ロンゴミアントが二人を連れて行く。それを見た空虚一行とリエン一行も察し、部屋を出て行った。

 部屋には帝と、パートナーの少女が残る。この二人には聞いてもらうので、残ってもらったというのが正しいか。一学園の長として、是非知っておいてほしかったのだ。今から話すものの怖さを。

「なんでしょう。ユキナ・イス・リースフィルトの件に関しては、譲るつもりはありませんが」

「違うよ。ただお姫様知ってるのかなって思って」

「何をですか」

「ブラッドレッドって知ってる? リースフィルト家にあるいわゆる秘宝なんだけど」

 明らかに知っている。そんな反応を示す。あからさまにその名が出たことに驚いた姫様は、唾を呑み込んで一瞬だけ外に視線を逃がした。

 だが自分自身は逃げられないと悟り、首を縦に振る。

「あなたこそ、何故知っているのですか。あれはリースフィルト家の秘宝。そう情報が出回っている代物ではないはずですが」

「昔ユキナが見せてくれたんだよ。秘宝なんだよぉ、って」

「また彼女ですか……問題行動の多い人ですね、本当に」

「で、今それってどこにあるの」

「……さぁ、どうでしょう。とぼけているわけではありません。彼女は私に存在こそ明かしてくださいましたが、見せてくれたことはないのです。少なくとも彼女の家にあるとは思いますが、それが何か?」

「いぃや、なんでも。ただちょっと気になっただけだよ」

「それは恍けているのですか」

「恍けてるんだよ? じゃ」

 ミーリはそれだけ言い残して、部屋を出ていく。姫様の方はまだ何か言いたげだったが完全に無視して、頭はすでに過去を振り返っていた。

 昔一度だけ見せてもらった、秘宝ブラッドレッド。

 ユキナに見せてもらったとき、それは屋敷の中でも最奥で何重ものパスコードとキーロックがかけられた部屋の中で眠っていた。

 部屋の中にポツンと存在する、一台の女性マネキン人形。その部屋では彼女がメインであり、彼女だけがスポットライトを浴びている。

 だが事実、本当の主役は彼女じゃない。彼女の胸元で光っている、小さなハート型の宝石である。光を浴びて鮮血色に輝くそれは、この暗く小さな部屋の中で異様な存在感を放っていた。

 それは果たして色なのか、形なのか、小ささなのか。何が一番の理由なのかはわからない。ただその存在感が圧倒的であることだけは確かだった。

 怪しい魅力というのが正しいか。的確な表現が思いつかないが、とにかくそんな感じのものがあの石にはあった。

 だから当時、あの石を見たときは悪寒すらしたものである。ユキナは綺麗でしょなんて訊いてきたが、とんでもない。あれ以上に美しく、そして怖い宝石はその後の人生でも見たことがなかった。

 きっとあれも、どこかの神の一部を加工したものなんだろうというのが今の考えだが、会員である宝石店にもあの石に匹敵するものはない。どれだけ神々しく聖なる神の体を削ったのか、想像もつかなかった。

 学園長室を出た帰り道、冷蔵庫の中が寂しかったのを思い出す。近くの店で主婦の人々に混じって買い物を済ませると、人通りの多い表の道ではなく、人が少ない道を通ることにして深く屈みこんだ。

 買い物袋を抱え込んで、霊力で強化した脚で高く跳ぶ。一蹴りで五階建てマンションの屋上に跳び移ると、そのまま家の屋上を伝って自分の家を目指した。

 快調な足取りで、全身で風を切って跳んでいく。飛ぶ鳥も追い越すスピードで、人々の目を避けられた。

 だが途中、その足が止まる。到着したからではもちろんなく、そこに人が跳んできたからだ。だが生憎とそれは人ではなく、人から神へと転生した魔神だった。

 もっともこの人は元が人間ではない。そうわかるのは元から知っているからで、魔神だとわかっているのも同じ理由だった。

 名前をリングフィンガー。童話からその存在を神に昇華させた、一体の姫君である。同姓同名の一二人が存在し、一二で一の存在だ。だから目の前の彼女を一個体とするか一部とするのか、そこのところは定かではない。

 彼女はその場で片膝をつき、被っていたフードを脱ぐ。

「ミーリ様、至急お伝えしたいことがございます」

「何々? なんかヤな予感がするんだけど」

「リースフィルト家の所在が判明しました」

 ヤな予感的中である。

 まさかこうもタイミングが被るとは思わなかった。探してもらってなんだが、生憎と今さっき所在が判明したところだ、とは言えない。

「そっか。姫様が言ってたこと、本当だったんだ……オッケー、俺の依頼が落ち着いたら、早速行こうか。ドゥルさん達にもそう言っておいて」

「ですが、その……一つ困ったことがありまして」

「困ったこと?」

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