終日式典
シティでの戦いから一ヶ月程度経った頃、王国グスリカに東西南北八つの対神学園の生徒達が集められていた。
主に招待されたのは、今回のケイオスに参加した一六人。本来ケイオス決勝が終わったその日一日をかけて行われる終日祭を、城でやるためだ。対神学園を応援するナツメ第一皇女のご厚意だと言う。
しかしながら大陸有数の王国とはいえ、八つの対神学園の生徒達全員を招待するとは誰も思わなかった。その数は軽く三千を超えるというのに、国は当然のように全員を招待したのだ。
太っ腹といえば太っ腹だが、数ある実力者は同時に思う。この催しが密会か何かの場であり、自分達に何か頼むのが狙いなのではないかと予測した。
だがほとんどの生徒達は、滅多に行けない王国に行くチャンスと喜んで招待された。結果、当日は招待された生徒のほとんどがグスリカに向かっていた。
そして当然、ケイオス優勝者であるミーリもまた招待されていた。家までわざわざ王家御用達の馬車が迎えに来て、それに揺られている次第である。
ミーリを含めて五人も乗ると狭いかと思われたが、実際は大きな馬車だったので広すぎるくらいだった。
「ロン、酔い止めいるぅ?」
「いいわ、ありがとうミーリ」
馬車に揺られながら、ロンゴミアントは小説を読む。前回の修学旅行で買った本の新作で、今作でずっとあやふやになっていた主人公の正体が判明すると評判である。
だがはっきり言って、この小説はあまりパッとしない二流小説だ。主人公が戦う動機も性格も、何もかもパッとしない。作者の世界観を押し付けているだけの作品だ。
だがそれでもロンゴミアントが愛読するのは、この主人公と自分の主が重なってしまうからに違いない。
この主人公は孤独だった。仲間もいる、友達もいる、恋人もいる。なのに一人だった。
自分の闇をずっと一人で抱えたままで、憎しみも苦しみも、負の感情のすべてをしまいこんだまま、敵に立ち向かっていく。一人で、誰の力も借りずに戦いに出る。
その姿は、まるでミーリそのもの。
他人には軽くて、適当で、少し砕けた態度。その胸の内に闇があるとは、まるで感じさせない。
だが彼には宿敵がいる。それは自分の彼女。将来愛すると誓った、自分で決めた運命の人。実の家族――妹を殺した人。
その過去を、ミーリは話してくれたことはない。ただそういう敵がいると、教えてくれただけだ。
パートナーとしては、この先その彼女と戦うことになるのだ。過去の因縁も愛の一部も、すべて教えてほしいし話してほしい。抱え込んでいるものすべて、吐き出してほしかった。
だがミーリは話さない。多分これからもきっと、話してくれないだろう。
だが待つことにした。いつかきっと話してくれる。その心の内を、闇の部分をいつかきっと話すときが来てくれる。それを願って、ロンゴミアントは何も言わないのだった。
だがそのときは覚悟しなくてはならない。きっとそのとき、ミーリはこの小説の主人公のように、自らの闇に押し潰されそうになるはずだから。
そのときは、支えなければならない。自分は、ミーリ・ウートガルドの一番のパートナーなのだから。
「なぁミーリ、ところであの盾はどうした?」
ウィンの問い通り、ヘレンはこの場にはいない。数日ばかり一緒にいたが、先日王国の人が迎えに来た。それ以降、帰ってきていない。
「なんかちゃんと贈呈式やりたいんだって、お姫様。あの騒ぎで、俺成り行きで契約しちゃったからさ」
「はぁぁん。しかしミーリ、おまえまだ
「俺だって、ここまで増やす気はなかったけどねぇ。ま、成り行きだよ成り行き。増えるなら増えるし、このままならこのままなんだよ」
「ま、いいけどよ」
ミーリ達の住む場所から、王国まで馬車で半日かかる。長旅だが、何日間も夜汽車で遠くへ行くミーリ達からしてみれば、短い方だった。
そんな長旅――改め、短い旅を終えたミーリ達は王国に着く。巨大な鉄の門をくぐって城の敷地内に入ると、綺麗にカットされた植木のアートに囲まれた庭に降りた。まったく何人の庭師がいるのだろうというくらい、綺麗な庭だ。
他の学園の生徒達も、続々と到着する馬車から降りる。その中に、ミーリは知っている顔を見つけた。対神学園・エデンの
「エデンの二番手くんじゃん」
「あ、ミーリさん……どうもこんにちは」
「君がいるってことは、最強先輩もやっぱり来るの?」
「ディアナさんなら、僕より先に到着されているはずですよ。この国の近くで暴走した神様がいるという話で、それを討伐しに行かれましたから」
「そっかそっかぁ……ところでさ、なぁんで同じ馬車に乗ってきたの? 位置全然違うよね」
南の対神学園とは呼ばれているが、グリムの位置はわかっていない。だが一応、南に存在していることはわかっている。
そんなグリムの生徒である凛々が、東のシティにあるエデンの白夜と同じ馬車から降りてきたのが解せなかった。
凛々は少々頬を赤らめて、白夜も返答に困る。だがすぐさまいい言い訳を思いついたようで、白夜は凛々のまえに出た。
「彼女とは、途中で会ったんです。この近くで依頼に出ていたみたいなので、僕がそれを見つけて拾ったわけで……べ、べつに深い意味は」
「ふぅん、そっか」
白夜と凛々の二人が幼馴染であることを、ミーリは知らない。故に真実には辿り着けなかったが、ちょっと嘘をついているのはわかった。
事実、凛々がこの近くで依頼をしていたのは本当のことだったが、それは白夜も知っていたこと。偶然に拾った、という部分はちょっとした嘘だった。
ちなみにこの二人、シティでの戦いの後に交際し始めたことは、エデンの生徒も知らないことである。戦いの後に白夜からたどたどしい告白をし、交際に至ったのだった。
誰にも言っていないのは、べつに学園が恋愛を禁止しているからとかそういうわけではなく、単に恥ずかしいからである。
凛々としては堂々と付き会いたいものだが、白夜は交際しているということをツッコまれたときに対処できないと、防御に回ったのだった。
だからツッコまれまいと、白夜は凛々の腕を引いていく。おかげでミーリにそれ以上ツッコまれなかったが、勘づかれてしまった。
その後も、知っている顔と会う。北の対神学園・ミョルニルのフィースリルト姉妹。姉のミストはミーリを見つけると、なんだか気まずそうな顔をした。
そこに、ミーリは構わず行く。焼肉屋での一件は、正直酒が入っていたせいでうろ覚えだった。
「どもぉ、氷の先輩方。お久し振りですね」
「……えぇ」
相変わらず冷たい態度。だがそこに、軽蔑の眼差しはなかった。焼肉屋での一件を、彼女はちゃんと覚えていた。自分にリエンが勝てば、ラグナロクの実力を認めると。
「……オルアは元気?」
「元気元気、このまえも一緒に依頼した。強くなったよ、先輩といたときより」
「……そう」
どこか安心したようだった。言動のほとんどが冷たいことでも氷の女王と呼ばれるミストだったが、その姿はただ普通に後輩を心配する一人の優しい先輩だった。
「……じゃあ、先に行くわ」
「はいはい、ではまたあとで」
「……一つ、忠告させてもらうわ。あのときは両手に華だったようだけれど、女性を片手で扱えるだなんて思わないことね」
「それってオルさんのことですか」
「女性全般のことを言ったの」
それを言い残して、ミストは妹を連れて先に行ってしまった。
とくにほかに言うことがあったわけではなかったが、あまりにもそっけないのでちょっと寂しかった。氷の女王は、まだまだ健在のようだ。
「マスター、そろそろ行きましょう」
時刻もすでに夕方。季節も季節だ。この時期日が沈むと肌寒い。レーギャルン自身は炎をまとう魔剣なので寒くはないだろうが、ほかの人のことを思ってのことだろう。
「そだね。じゃあ行こうか」
庭から城の入り口までは、ほんの少しの距離を歩く。
職人が手入れしただろう植木に囲まれた庭園を抜け、囲むように流れる水路を橋で渡る。さらに城を覆う砲台の置かれた外壁をくぐり、ようやく城へと辿り着く。
そこまで歩かなければいけないのは、単に庭以降馬車を止める場所がないからだった。橋に関しては、馬車が三台通れない幅だ。
そんな道を通って城の中に入ると、数十人――数百人のメイド達が出迎える。通路の両端に並び、生徒達に頭を下げる。彼女達の列が誘導になっていて、生徒達は大きな部屋に入れられた。
衣裳部屋だ。ここで衣装を借りることもできるらしい。大半の生徒――主に女子は、綺麗な装飾が施されたドレスを見て早速試着を始める。そうして普段は着ることのない服装に身を包み、会場であるさらに大きな部屋に向かうのだった。
だがミーリはいつもの服装でそのまま向かう。シャツとズボンの上から、形見である青の上着。このお決まりの服装でも、充分貴族に見えるのだった。
というより、おしゃれに興味が極端に薄いだけなのだが。
ロンゴミアント達神霊武装も、服は自分の霊力で編むものなので、わざわざ着替えることはない。ミーリについて、衣裳部屋を素通りして行った。
衣裳部屋を出ると、入るのは会場である大部屋。学園の闘技場三つ分はあると感じるほどの大きさで、すべての対神学園の生徒を入れられると納得した。
天井に描かれた絵画と、そこから垂らされているシャンデリアが上から部屋を飾る。
さらに部屋の四隅にはそれぞれ違う形の鎧を着た騎士の像があって、それぞれ聖剣か魔剣を握り締めていた。さすがは、神霊武装召喚の国である。
会場にはすでに招待された生徒達の大多数が入っているようで、ミーリ達に気付くと、是非優勝者にお近づきになりたいと大勢迫ってきた。それはもう大波のよう。どうやら今まではディアナが連続で優勝していたため、近付き難かったようだ。
まぁ彼女に近付こうにも、強さが必要だろう。それも彼女を楽しませられるだけの強さとくれば、数は少ない。
故にミーリという基本軽くて緩い人間が優勝したことは、彼らにとってチャンスであった。
だがミーリはそういう人気は得意ではない。迫ってくる生徒達を躱すと、一目散に並べられている料理に走っていった。
だがその手を、寸でのところで止められる。止めたのはアンデルスの、アスタ・リスガルズだ。隣には、同じくケイオスに出場したフロウラ・ミッシェルもいる。
「料理に手を付けるのは、まだ早いかと。ミーリ様」
「あれ、執事くんにお嬢様。アンデルスの生徒はしばらく謹慎だって聞いてたけど、もういいの?」
「えぇ。この一ヶ月、ありとあらゆる尋問を受けましたが、我々生徒には何も知らされていなかったと証明されました。まだ新たな学園長が決まっていないので、討伐依頼等はできませんがね」
「そっかぁ、大変だね」
「えぇ。ですがまぁ、しばらくは勉強の方に勤しみたいと思います。一か月間、我々はまともに勉強できませんでしたから」
「そっか。まぁ落ち着いたらさ、また一緒に頑張ろうよ。なんなら手合わせでもする? まぁ勝つのは俺だろうけど」
「手合わせはご遠慮させていただきます。ただ、いつかご教授ください。あなたの槍使いは、とても学びが多い」
「そんなにすごい槍の使い方はしてた憶えないけど……ま、いいよ」
部屋にいる全員の注意がまえに向く。部屋の最奥に当たるステージの幕が開き、数人のボディーガードに守られたナツメ姫が姿を現した。ケイオスに来たときよりも華やかで、美しいドレスに身を包んでいる。
「皆様、大変長らくお待たせしています。まだこちらに向かっている生徒の方々がいらっしゃるようなので、もうしばらくお待ちくださいますよう、お願いします。まもなく、ケイオス終日式典を開催いたします」
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