vs イェグディエル
そこは星空の下。全面水で満たされた、どことは知らない場所。そこで彼女は脚を組み、たった一つだけある玉座に座っていた。
「あなたに与えた霊術は一二。それぞれ能力も効果時間も違う。しかも半分使っちゃうと、最後まで使いきらないといけない。面倒だし使いにくいけど、これが私の力なの。だからちゃんと使いこなしてね、大好きなミーリ」
ミーリは吹き飛ばされていた。建物に激突し、シャッターを破壊して中に入ってしまう。その腕には
「ミーリ! 大丈夫か?!」
「イテテ……急に強くなったよ、あの天使……もう……何?」
遥か先で翼を広げているミカエルが視覚に入る。その翼は灼熱をまとい、より強く大きく燃えていた。その温度は今までの比ではない。
『おいミーリ、なんかあいつヤバくなってねぇか』
「うん、霊力増した感じ。でもなんだろ……いきなり過ぎる。何かきっかけでもあったのかな」
「……! ミーリ! 来るぞ!」
ミカエルが突進してくる。だがあともう少しという距離で、光の柱がミカエルを呑み込んだ。周囲の建物が、真っ二つに両断される。その光を放った
「先輩! 大丈夫ですか!」
「レオくん、ナイスアシスト。今のはちょっと危なかったよ」
光の柱に呑まれたミカエルだったが、その姿は健全。機械の体はどこも傷付いておらず、絶えず炎を宿していた。三人の姿を捕捉して、次の動きを計算する。
そして遥か後方でも、倒したはずのイェグディエルが立ち上がろうとしているのが目に見えた。しかも、消し去ったはずの翼を復活させて。
「レオくん、ウッチー、二人はここから離れてくれる? できればレーちゃんを連れて来て、代わりにロンを看てくれると嬉しいんだけどな」
「私は、構いませんが……」
戦っていた空虚にとって、酷いことを言っているのはわかっている。何せ今、彼女に戦力外通告をしたようなものだ。力不足だとはっきり言っている。
それは他者から見れば酷いことで、しかもはっきりと言葉にしていないことが尚更酷く聞こえる。ここはいいから他行って、は、この場合戦士にとって最大の侮辱だった。
だが空虚はわかったと首を縦に振った。何も言わない。反論もしない。返って言ってくれてありがとうくらいの顔をする。自分の力不足は自分が一番わかってるくらいの顔をして、深く頷いた。
「ロン、今重傷でさ。ネッキーが治療してるから、守ってあげて。闘技場にいるから」
「わかった。ロンゴミアントが回復し次第、私達が連れてくる。槍さえ持てば、あいつらを一掃できるだろう?」
『おいてめぇ、さりげなく俺じゃあ戦力不足だって言ってんじゃねぇよ。槍脚が復活するどころか、レーギャルンが来るよりもまえに二体とも俺が撃ち抜いてやるっての』
「そうか。それは失礼した。ではウィン、ミーリを頼んだぞ」
『へ! 言われるまでもねぇよ、さっさと行け!』
空虚は玲音を連れて行く。それを追おうとしたミカエルに銃弾を浴びせ、行かせない。だが次の瞬間、連射していたすべての銃弾が止められ、完全に停止させられた。
イェグディエルの能力だ。
彼は復活した翼を羽ばたかせ、突進してくる。それを躱したミーリだったが、ミーリが背にしていた建物がダルマ落としのように崩れて崩壊していった。
瓦礫が停止し、そして動く。光の速度で動き回って竜巻を作ると、その中にミーリを閉じ込めた。
「……! “
回転数が段違いの銃弾で、竜巻を撃ち抜こうとする。だが銃弾はことごとく砕かれ、ミーリは踏ん張らされた。次に撃とうとするも、銃口がうまく撃ちたい方向を向かない。
そんなミーリに、イェグディエルは自らの移動速度を光のそれにまで昇華して襲い掛かる。上下左右、あらゆる角度から襲い掛かり、殴りつける。そして攻撃を与え続け、空いた懐に飛び込むと、その腹を抉る拳を叩き込んで殴り飛ばした。
竜巻にも吹き飛ばされ、上へ上へと飛ばされる。そこにイェグディエルは追いついて竜巻を消し去ると、拳を叩き込んで地面に叩きつけた。光の速度で叩きつけられ、ミーリは吐血する。
さらに叩きつけた直後に、竜巻を作っていた瓦礫を飛ばす。光の速度で放つ瓦礫はもはや凶器で、集中豪雨は絶えず土煙を上げてミーリを襲う。動けないミーリは数十の直撃を喰らい、全身から血を噴いた。
攻撃が止み、土煙も晴れると、ミーリは息を切らしていた。
もう虫の息だ。次の一撃で確実に死ぬくらいに、もう限界だった。体力も霊力も、決勝戦で全力を出し切った後だからという言い訳をするしかないくらいに限界だった。
事実、本当なら決勝で戦った後は、長くしっかりと休むべきだったのである。だがそれでも戦うしかない。しかないから、こうして出てきた。なのにこのザマとは、情けない限りである。
すでにミカエルは空虚達を追って、いない。イェグディエルはまだ生きているミーリを目にして、これまでの仕返しをヤル気で満々の様子。
もう絶体絶命もいいところだった。絶えず呼びかけてくれているウィンの声も、もう遠くからしか聞こえない。
もうここで死ぬのかと、そんなことすら思う深い闇に沈みそうになっている中で、ミーリは見る。
それは光景。
水面に映っていた夜空が、青空に変わっていく。徐々にゆっくりと、蒼から青に変わっていく。その空と水面との間に立つ彼女は、自らの両耳の代わりにある歯車を回転させて、そして手を伸ばした。
「朝が来たわ……ホラ、起きなさい! 負けられないんでしょ?」
その言葉で思い出す。絶対に負けられないことを。あいつが待っているということを。こんなところで負けたら、あいつに失望されることを。
彼女の手を取り、起き上がる。そして彼女から受け取った霊力を爆発させ、銃を捨てて霊装を現出した。
片方が進み、片方が戻る。瞳の中の時計が動く。そしてその背には針のない時計盤を出し、そのときを自らの持つ霊装で刻んだ。
「“
鐘の音が響く。その音はまるで天使達の動きを鈍らせる効力でもあるのか、何かしらの効果があるのか、その場一帯の天使の動きが鈍る。
一番近くにいたイェグディエルに至っては耳を塞ぎ、頭痛でもするのか苦しみ始めた。なんだかよくはわからないが。
霊装を消し、手放していた銃を拾い上げる。片手で大きく振り回すと、その銃口をイェグディエルに向けた。
「さて、じゃあもう一ラウンド行こうか。名前の長い天使くん」
「あ、あぁぁぁ……!!!」
「何、さっきは色々喋ってたじゃん。なんかよくわかんないけど、まぁ……いっか、べつに」
「あぁぁぁ!!」
瓦礫を浮かせ、光の速度で降らせる。だがどういうことか、ミーリはそれ以上の速度で躱し、イェグディエルの眉間に撃ち込んだ。貫通はしないものの、吹き飛ばされる。
イェグディエルは再度瓦礫を浮かせ、再び光の速度で放つ。だがそれもまた、ミーリには当たらない。目にも留まらないどころか映らない速度で迫り、再びイェグディエルの体に銃弾を叩き込んだ。
再び吹き飛ばされたイェグディエルは、理解が追いついていなかった。何よりも最速であるはずの光に近い速度で攻撃しているのだ。攻撃が当たらないはずはない。
なのに何故躱されているのだろうか。もう意味不明である。
そんな状態のイェグディエルに、ミーリは容赦なく迫る。そして数発の銃弾を連射した。が、その弾は遅い。回転している様子がわかるほどに、銃弾は超絶スローで迫っている。
だがそんなもの、怖くもなんともない。銃弾のことは無視して、瓦礫を浮かせようとする。
が、浮かせようとした次の瞬間に、まだずっと遠くに位置しているはずの銃弾は到達していた。イェグディエルの全身を殴り、さらに追撃の銃弾が吹き飛ばした。
再び理解できない現象に、イェグディエルは混乱する。ミーリにとってその混乱は狙い通りで、このまま済めば上々である。
これが
認識している時間と、実際の時間がずれている。つまり視認しているものの速度は、実際とは違っているということだ。
しかも遅くなっているだけだったり、速くなっているだけと一定ではない。常に変化する。故に対象から見れば、ミーリの攻撃は速くなったり遅くなったりしているわけである。これでは回避など不能だ。
そして今回の対象は、認識したものの速度を操る熾天使イェグディエル。彼にとって、認識している速度が異なるのだから、これは能力を封じられたに近い。
できればまた大幅に霊力を消費するために使いたくはなかったのだが、仕方ない。それにここまで効果が出るのなら、使って無駄ではないはずである。
しかしこの霊術、半分以上使うと使い切らなくてはならなくなる。そのまえに決める。
「ボーイッシュ、下位契約」
『下位じゃあ力不足だろうがよ』
「大丈夫だって」
『ハ! そうかよ!』
ウィンの武装を一度解き、手の甲に口づけさせて下位契約で武装する。そしてイェグディエルを全方向から囲うように銃口を出す。
一斉に銃弾を放つと、イェグディエルはそれぞれ攻撃速度の違う攻撃に戸惑い、防御することを忘れてしまった。結果、全方位同時攻撃を防ぎきれず、まともに喰らう。元々二方向までしか速度を操れない彼にとって、全方位攻撃ほど効くものはなかった。
そう考えれば、実は下位契約の
全方位攻撃を続けながら、ミーリは一丁の銃を取る。そしてそこに大量の霊力を溜め込んだ銃弾を装填し、狙いを定めた。
それは文字通りの一撃必殺。射抜いた相手を確実に殺す魔弾。死神の髑髏が刻まれた、黒い銃弾。
「“
時間が進む。一二時までだから、半分の八時までには蹴りをつけないと、また最後まで発動しなくてはならなくなる。時刻は一分ずつ進む。時間はあるようでない。
そして今から使うのは有限の魔弾。絶対に、外すことは許されない。六三の魔弾のうち、最後の三発は使ってはいけないのだから。
全方位攻撃で揺らいでいるイェグディエルに、銃口を向ける。だが感覚の鈍っているイェグディエルも、ミーリが構えているのに気付いた。
攻撃を広げた翼でガードしながら、周囲の瓦礫を浮かせる。そして再び竜巻を発生させ、狙いをつけにくくした。
突風と襲ってくる瓦礫を躱すので、狙いがうまく定まらない。攻撃はまだ続けているが、イェグディエルも翼を広げての防御に徹している。そしておそらく、結界の張られた翼に当てても意味がない。
確実に、体を射抜く。
ミーリはわざと吹き飛ばされ、全方位攻撃を止める。するとイェグディエルは翼をより大きく広げ、飛ばされたミーリに向かって肉薄してきた。
自身の速度を光の速度にまで上げる。そして拳を構え、今その心臓を貫き抉りだそうとした。
拳を繰り出す。だがそこに、ミーリの姿はない。光の速度の攻撃が、また回避された。と思っているのは、イェグディエルのみ。実際彼の速度は光どころか、音よりも遅かった。
ただ自らの感覚が、光の速度にまで達しただけ。そうなったと、感じただけ。ただの速いものに、ミーリが負けるはずもない。頭上から銃口を突きつける。
それに気付いたイェグディエルが振り返り、見上げた瞬間、銃弾は彼の眉間にぶつかり、弾き飛ばし、髑髏のアザを与える。そしてそのアザから全身に霊力が回り、イェグディエルの命を一瞬で絶った。
銃弾の名を、
その名のとおり、命中した相手を確実に射殺す魔悪。死角などあってない、縦横無尽。
その銃弾で撃たれたイェグディエルは絶叫と共に復活した翼から焼け落ち、灰となって消える。それを見た下級天使達はミーリを恐れ、違う相手を見つけようと飛んでいった。
が、ミーリは逃がさない。天使の眉間にぶつかる位置に銃口を出すと、一斉に射撃してすべて仕留めた。その数、およそ七〇。
『俺の前に出てきておいて、逃げられるとか思ってんじゃねぇよコラ』
「ボーイッシュ、もう一度上位契約ね。あの機械天使くんを倒しに行くよ」
『へいへい』
繋がっている霊力を膨らませて、口づけをせず上位契約をしてしまう。計九つの銃を現出して二丁を手に取り、その場から駆けだした。
イェグディエルの消失を、他の七大天使とルシフェルは察知する。それぞれ戦闘中でありながら、それぞれの反応を示した。
「さすが
「調子に乗らない方がいいじゃん? イェグディエルは七大天使の中でもチートみたいな能力を持ってたけど、一番弱いから。まぁ、ミカエルを倒したらすごいとは思うけどさ」
「ミカエル……神に近付き過ぎた故に、完全に機械化された火の熾天使。神も堕とすまいと、必死だった」
「何、妖怪の頂点が、僕たちのこと知ってるの」
「神に背くことを許されず、脳内に特殊な霊波を当てられたあなた達天使のことを、私は昔から可哀想に思っていましたの。命令に忠実な、まるで駒のようにされて」
「霊波? 駒? え、なんのこと? まるで身に覚えがないんだけど」
「……そうですか。記憶まで操作されているのですわね。可哀想、なんだか手加減してさしあげたくなってしまいましたわ」
「……やめてよ。なんだかよくわからないけどさ、そういう悲観的な見方するの。僕達は神様の忠実な
ルシフェルがすでに堕天したことすら、忘れているのですね。
玉藻は構える。霊装、
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