神を討つ軍《シントロフォス》vs 七大天使
ユキナを取り囲む、数千の天使達。それらを回し蹴りで薙ぎ払い、さらに上を取る。
脚が白い血塗れでよく滑るため、よく回る。
「ミーリ!」
ミーリもまた、ルシフェルが差し向ける天使達と戦っていた。次々に斬り裂き、貫き、薙ぎ払う。だがルシフェルの指示に従って突っ込んでくる天使の数もまた多く、なかなか彼女へと進めない。
時間もない。すでに霊術の効果時間は、一分を切った。ミーリはすかさず後退し、すべてを一撃に賭けた。槍を紅色に変え、大きく腕を引く。肩の噴出口をブースターにして、大きく踏み込んだ一撃を放った。
「“
紅色の閃光が弾け、天使達を消し飛ばす。投擲された槍は一直線に何体もの天使を貫き、ルシフェルに向かう。ルシフェルは翼を折り曲げて自らの前に出し、その結界で盾とした。
天使としての位が高ければ高いほど、強度を増す翼の結界。最高位天使である彼女のものとなれば、その強度は計り知れない。
だがそんな結界に、ヒビが入る。最大まで血を貯めて霊力を極限まで高めた槍の一撃は、いわばミーリの最大攻撃。それが最高位天使の最大防御をも打ち破り、貫こうとしている。
結界が崩壊し始める。槍の切っ先が、今にもその翼を貫き喉を掻っ切ろうとしている。あともう少し。もう数センチ。その距離まで迫る。
だが次の瞬間、槍が弾き飛ばされる。だが吹き飛ばしたのはルシフェルではなく、そこにやってきた七体もの天使達だった。
明らかに、その姿は他の天使とは異なった彼ら。翼はそれぞれ三対六枚。それは、ルシフェルに続く高位天使、
「ウィーハー!!! イェー!!!」
「うるさいよ、ウリエル。頭に響くから、やめてくれるかな」
「仕方ない、仕方ないのです、イェグディエル。興奮するのは仕方がない。これも崇拝すべき神の決定ならば、我々は興奮するほかないのです」
「君と一緒にしないでくれるかなぁ、ガブリエル。あんまり神様を崇拝だのなんだのと、そう
「ぼ、僕はその……どうでもいいっていうか、早く帰りたくて……」
「やめてあげなってセアルティエル。ラファエルが可哀想じゃん?」
口が達者な天使が六体。そして、何も喋ることのない全身機械の天使が一体。目の前に立ちはだかる。弾かれた槍は力尽きたミーリのまえまで転がって、その色を紫に戻した。
タイムアップ、限界。霊術による強化の限界時間を、迎えてしまった。ミーリの霊力が、体力が、著しく低下する。そんなミーリに、機械の天使は肉薄する。その鋼の脚でミーリを蹴り上げ、さらに蹴り飛ばした。
「ミーリ! ……?!」
槍から戻ったロンゴミアントにも、鋼の脚は襲う。その脚はロンゴミアントの脇腹に減り込み、その骨を真っ二つに折ってしまった。フィールドを転げ、観客席との間の壁に叩きつけられる。
さらにそこに踵落としが決まり、ロンゴミアントは大量に吐血した。折れた骨が腹を突き破り、突きだす。
さらに鋼の天使が追撃を加えようとしたそのとき、数十発の銃弾がその体にぶつかる。そうして距離を取らせると、さらに熱を持った剣が追撃した。生憎それは躱されたが、距離を取らせるには充分だった。
「ロンゴミアント!」
「ロンゴミアント先輩!」
ウィンフィル・ウィン、レーギャルン、ネキの三人が到着する。ネキはロンゴミアントをツルで包み込むと、治癒をすべく霊力を送り込んだ。
ロンゴミアントの状態は、見るからに悪い。生きているのが不思議なくらいで、その腹を突き破っている骨がとくに酷かった。思わず嘔吐しそうに、レーギャルンはなる。
「ミーリは……そこか! ミーリ!」
ミーリの元に、ウィンは行く。試合はTVの生放送で見ていたから、ミーリが霊術を使ったことは知っている。そして今の状態を見て、その効果時間が切れたこともすぐに察した。
「ボーイッシュ……来てくれたの」
「ったりめぇだろ。おまえは俺のパートナーだ、来ないわけがねぇ」
「じゃあ悪いんだけど……霊力くれない? もう、限界でさ……」
「しょうがねぇご主人様だ」
ミーリの頭を抱き上げ、口づけを交わす。新たに繋がったパスから霊力を受け取り、ミーリは立ち上がった。細い銃身を持つ銀色の銃。そして周囲に浮かぶ八つの銃が、回転する。
ミーリはロンゴミアントの様を見つめると、強く唇を噛み締めた。
「レーちゃん、ネッキー、ロンを頼んだよ」
「は、はい!」
「主様、お気をつけて」
「わかってる、行くよボーイッシュ」
『あぁ、ぶちかましてやれ』
ミーリは跳ぶ。ルシフェルと、その周囲を固める七体の上を取る。そして全銃口を向け、威嚇した。まったくもって、意味はないようだが。
「君達誰? 天使みたいだけど」
「七大天使、って言えばわかるかい?」
七大天使。九つある天使の階級の中でも最高位に立ち、天使達を束ねる七体の存在。最高位天使ルシフェルに次ぐ高位天使であり実力者だ。これから激戦になることは、必至である。
そこにユキナが飛んでくる。彼女は全身機械の天使に蹴りかかったが躱され、その脚を掴まれ投げ飛ばされた。ミーリの隣に止まる。
「今までの天使とは違うわけ?」
「七大天使だってさ」
「そう」
七大天使、そう聞いても負ける気はしない。負ける気は微塵もしないのだが、強いて弱音を吐くなら状態が悪い。ミーリもユキナもここまでの戦闘での霊力と体力の消費が激しく、これから更なる強敵との戦いに臨める状態ではなかった。
だがだからといって、引くことはできない。ここで引けば、約束が果たせなくなる。何せ世界が滅ぶのだ。決着をつけるどころではない。
だから引けない。
「八体……四、四で行ける? ミーリ」
「正直言うとキツイね。そっちだってそうでしょ、ユキナ」
「あら、私は四体くらい余裕よ? なんだったら私がまとめて引き受けようか?」
「強がりはやめときなって。今のユキナじゃ、せいぜい二体が限界だよ」
「言っておくけどね、私には神性が高ければ高いほど効果を増す“
ユキナ、ちょっと膨れる。事実を突かれたことが、少し悔しいようだ。
「その“金星の輝き持つ天女王”がどういうのか知らないからさ、なんとも言えないけど、それでも今のユキナじゃ二体が限界だよ。だって相手は天使、下手すりゃ君の方が神様に近いもの」
ユキナはさらに
「よけないで!」
「無理言わないでよ。ユキナの蹴りは痛いんだから」
二人がイチャイチャとじゃれ合う様子を、天使達は見せつけられる。その様子は見てて微笑ましいものだったが、ちょっぴりイラッとした。
とくに反応したのが、ラファエルである。
両目が前髪の下に隠れた彼は、その前髪をどけて二人を見つめる。その目は徐々に血走り、六枚の翼を大きく広げて飛び掛かってきた。
「リア充! リア充! てめぇらみてぇのを見てると、ムカつくんだよぉ!」
手に暴風を宿して、突っ込んでくる。その一撃を躱し、一発ぶち込んでやろうと構えた二人の前に、黒布を被った彼女は現れた。
「“
繰り出される千の掌打。攻撃を弾かれ、全身に喰らったラファエルは吹き飛ばされ、フィールドに叩きつけられる。だがその様を見た他の天使達は、なんとも冷たい反応だった。半ギレで突っ込むからそうなるんだと、視線で軽蔑する。
その軽蔑を察したのか、ラファエルは元のオドオドとした状態になって戻ってきた。あまり効いてはいないようで、傷はほとんど見当たらない。その様子を見た黒布は、それを脱いで姿を晒した。
両肩から生えている腕と、背負っている亀の甲羅のような部分から伸びている左右四本ずつの機会の腕、計十本もの腕を持った、水色の短髪を持った女性。その容姿は端麗で、女性が見ても憧れる体つきであった。
「ミスターミーリ、ご無事ですか」
「無事だけど、べつに今のは大丈夫だったよ、ドゥルさん」
「そ、そうですか……それはとんだお節介を」
「でも助かったからさ、ありがとドゥルさん」
「は、はい」
頬を赤らめて、彼女は照れる。なんだかいい雰囲気にあるミーリと彼女がイヤで、ユキナはムッとなった。だがこれから、さらにそうなるとは思っていなかった。
「ダ・ア・リ・ン!!」
空から降ってきた、比較的小柄な少女。その背丈はユキナよりも小さく、頭に巻いたスカーフがウサギの耳のようになっていて、トランプの数字と記号が描かれたドレスを着ていた。
後ろからミーリに飛びつき、抱き着いたその脳天にチュッチュと口づけを連打する。
「もう! 会いたかった、会いたかったわ! ミーリ・ウートガルド! もう、僕は私は、あなたに会いたくて仕方なかったんだからね!」
「アリス、相変わらずキャラが定まってないみたいで安心したよ。でも最低、一人称くらいは統一させない? 私にしておいたら?」
「そう? お兄ちゃんがそう言うなら、アリスそうする!」
早速統一できてないし……。
仲がいい、というより、接触面積が大きいことにユキナはさらに拗ねる。だがそんなユキナの嫉妬をさらに招くように、アリスをどかしたティアマトことティアが擦りついた。
「ミーミー」
「よしよしティア。よくみんなを運んでくれたね、偉い偉い」
「うぅ! ティ! エーラァ!」
一番ミーリに懐いていて、そして一番ミーリに懐くことができる。そんなティアのことが、羨ましく映る。
そしてそんなティアとミーリのイチャつき具合がまた、ラファエルの気に障る。だがそんな彼を制止させたのは、全身機械の天使だった。その頭を鷲掴み、握りしめる。痛覚で無理矢理冷静にさせられたラファエルは、再び大人しくなった。
「ティア、オルさんは?」
ティアの指差す方向、闘技場のフィールドに入る入場ゲートに、オルア・ファブニルがいた。彼女は霊力を足場にして空中に立つという術がまだできないため、ティアがそこに下ろしたのだろう。
それを察して、ミーリは手を振った。オルアもまた、手を振り返す。今この時間に、四人もの女子と仲良くしているのが、ユキナとしては辛かった。というより、イヤだった。
「もしかして、その子達なの? あなたの
「今はね。今はこの四人が、君を倒すための俺の仲間。神を討つ軍」
「……そう」
「あれ、どこ行くの?」
ユキナが飛んでいこうとするのを、呼び止める。ユキナはどうやら完全に拗ねてしまったようで、ぷいとそっぽ向いてしまった。
「ミーリには頼もしいお仲間が一緒だから、私なんて必要ないでしょ? もう、神を討つ軍の人達と、せいぜい頑張りなさい」
「ちょ、待ってよユキナ。ちょっとぉ」
ユキナは飛んでいってしまった。それを追う様子は、天使達にはない。ここから戦力が離れるなら、万々歳というわけだ。
だがミーリとしてはユキナが抜けたのは痛い。利用であれなんであれ、今は彼女と共に戦うべきだった。だが抜けられてしまった今、このメンバーでやるしかない。
無数の下級天使はさておいて、相手は最高位天使とその従属天使の合計八体。対するこちらは全学園最強と、それに付いてきてくれる神様の一人と四体。
八対五。数だけで見れば、明らかこちらが不利。しかしそれは数の上だけでの話であり、しかも取る戦術が、
だがさらに言えば、それは双方一人一人の実力が同じならの話だ。生憎、そんな想定はしていない。こちらが上だという想定なら、いくらでもしている。その想定上ならば、相手などいくらでもしてやれるが。
「イェグディエル、バラキエル、
「了解」
「いいの? いいの? 僕達が行ったら、すぐに終わっちゃうじゃん?」
「どちらにせよ、霊術が発動すれば世界が終わります」
「それもそうだねぇ! じゃ、行ってくるわぁ!」
元気
その二体に関しては、とくに止めもしなかった。向こうには、頼れる他学園の先輩方もいるし、頼れる同級生達だっている。二体の天使くらい倒してくれると信じていた。
「ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、セアルティエル、命令です。目の前の敵を各個撃破してください」
全員の目つきが変わり、臨戦態勢に切り替わる。
だが対して、ミーリにはあくびができるほどの余裕が戻っていた。共に戦ってくれる仲間達が集結してくれたことによる、心の余裕ができたからだ。まったくもって仲間とは心強いものだと、実感する。
全員に信頼の目を向けられていることが、とても嬉しかった。
「……ドゥルさん、アリス、ティア。天使一体、頼めるね」
「もちろんです」
「オッケー! アリスやるやるぅ!」
「うぅ! ミーミー、ティ、ブンブン!」
「じゃあ、それぞれ一体捕まえたら、各個撃破ってことでよろしくね……いっせぇのぉ……せっ!」
ミーリの合図で、一斉に出る。ミーリが放った銃弾はルシフェルに当たらず、その間に入った機械の天使にぶつかった。
「俺の相手は君がしてくれるの? ……って、言葉通じてる?」
天使はただ機械音を立て、殲滅対象を選ぶ。そして目の前のミーリをロックすると、鋼の翼を大きく開いてその隙間に光を通した。翼が夕暮れ色に光る。
「ミカエルはあいつか……なら私は神の示す道に従って、そこの毛虫から始末しましょう!」
唇から耳に伸びたチェーンを揺らし、長い舌につけた十字の水晶を光らせて、ガブリエルは指を差す。その先にいたオルアもまたガブリエルに相手を決めていて、指を数度曲げて挑発した。
対してラファエルは、オドオドと対戦相手を決めかねていた。唯一ムカつくリア充はミカエルが戦うし、極力面倒ごとは避けたかったのである。だからこのまま、戦わないなら戦わないでよかった。
だがそうはならなかった。
「“千手必勝”」
千の掌打が、再び繰り出される。それらすべてをくらったラファエルは吹き飛ばされ、闘技場からずっと離れたビルに叩きつけられた。割れたガラスに体を埋まらせ、掌打を繰り出した相手を睨む。
「てっめぇ……」
「あなたの相手はこの私、武神ドゥルガーが務めさせていただきます。どうぞ、ご覚悟を」
相手が決まったのはドゥルガーだけではない。その隣のアリスもまた同じ。だがその相手に、アリスはかなり引いていた。
相手の天使の名は、ウリエル。四大の力の一つ、地を司る天使なのだが、その姿はタンクトップを来た筋肉隆々の黒人で、あからさまに自分の筋肉を見せつけていた。
「ウィーハー! イェー!!」
「あわわ……アリスは、アリスは困ります……そんな、そんなキャラ見せられたら、見せられたら……殺したくなるじゃないですか」
「おまえに俺は殺せナイ。俺は絶対無敵のエンジェル! 見せてやるさ、この俺のエンジェルバスター! イェー!」
ティアは脚を持ち上げ、頭を掻いていた。その様はまるで犬のよう。そんなティアを相手にする天使セアルティエルは、確信していた。
これは勝てる、と。
「始めに宣言しておこう! このセアルティエル、君から一撃も喰らうことなく、勝ってみせると! そう! 何故ならこのセアルティエル、防御には絶対的な自信が――?!」
セアルティエルの左目の下に、切り傷が入る。そこにはティアの伸びた爪があって、その爪に滴る血を舐め取った。だがおいしいわけではないらしく、すぐさまペッと吐き出す。
防御力には絶対の自信があると公言しかけたセアルティエルが、固まる。
「ティ、ブンブン」
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