vs 円卓の聖騎士《ラウンドテーブル・ナイト》
首を回し、手首を回す。そして二度の屈伸運動をしてから、ミーリは片脚を引いた。
「まずは一分。行くよ、リエン」
「それでは運命の決戦! 開始!」
ミーリの――人間の疾走がフィールドを
だがその一撃は寸止めで、リエンとの隙間は文字通り紙一重。すさまじい拳圧が吹き
すぐに元に戻ったものの、その一撃は観客席を一瞬で静める。リエンもまたその光景を、見ただけで呼吸を乱された。
すぐさま前を向くと、今の寸止めパンチを繰り出した手で、ミーリが裏拳を繰り出そうとしていた。
鎧を付けた両腕を並べ、ガードしようと出す。だが繰り出された裏拳は軽々とリエンの体を吹き飛ばし、観客席を覆う結界に叩きつけた。あとから追いかける風が、フィールド全体を撫でる。
たった一撃で、リエンの両腕と両脚、胸部を覆う鎧が粉砕される。だが体は無事で、リエンはすぐさま結界を蹴り飛ばした。そして全速で回し蹴りを繰り出す。
ミーリに片手で受け止められたが、その風圧はミーリの正拳と同じく向かいの結界を軽く歪ませた。
地面に手をつき、脚を払う。その倒立状態のまま回り、再度回し蹴りを繰り出し、それを受け止められても脚を曲げて腕の力だけで跳び、ミーリの顔面目掛けて蹴りを決めた。
ミーリはこれも受け止めたものの、両脚での蹴りは威力があって吹き飛ばされる。地面から少し浮いたミーリを、リエンは
地面を跳ねたミーリは手がつくと、その一点で体を支える。そしてその腕の筋力だけで高く跳び、リエンの頭上を取った。
そして放たれる拳の雨。まったくもって終わりが見えない連打を、リエンは必死にガードする。その腕は一撃を受けるごとに赤くなり、最後の一撃が繰り出される頃には、腕だけ日焼けしたかのように真っ赤になっていた。
最後の一撃を受け、片膝をつく。フィールドが凹んだその中心で、リエンは拳を握り締めた。
未だ空中にいるミーリに、リエンは跳ぶ。そして思い切り拳を振り抜き、ミーリの胴体を射抜いた。霊力も込められた拳圧が、空高く吹き抜ける。
その一撃をまともに受けたミーリだがまったく応えていなくて、リエンの腕を捕まえる。そして宙を蹴って突進し、その胸部に肘鉄を叩き込んだ。
リエンがフィールドに叩きつけられる。背中を強く打ち付けて、気絶してしまいそうなのを必死に堪えたリエンは、腕の力と腹筋を使って起き上がった。
「“
再び現れた時計盤と針。短針が二時を指すと同時、ミーリの霊力がまた跳ね上がる。それは大気の揺れを引き起こし、闘技場全体に力の上昇を知らしめた。
「耐えたね。じゃあ次、また一分……行くよ」
時計盤と針が消えると同時、ミーリはフィールドを駆け抜ける。リエンの周囲を駆け回って翻弄すると、前方から殴りかかった。
前後左右、頭上からも、拳の連打を浴びせる。あまりの攻撃速度に目が追いついていないリエンに容赦なく攻撃を続けたミーリはその背を掴み、大きく振り回して投げ飛ばした。
再び結界にぶつかる。全身の痛みで、もうギブアップしてしまいそう。だがそれはずっとまえの、初戦を戦ったときのリエン・クーヴォならの話。
諦められない諦めるわけにはいかない。この遥か高い壁を乗り越えてこそ、最強の座を手に入れられるのだ。
リエンが結界を蹴る。全速力で加速した突進はミーリの腹部に激突し、踏ん張っているミーリを押し続けた。
ミーリは両拳を繋ぎ、リエンの脳天に叩き落す。だがリエンは再度頭突きし、ミーリの顎を大きく揺らした。
脳を揺らされ、行動が一段階遅くなったミーリにチャンスとリエンは猛攻をかける。霊力で強化した拳で連打を叩き込み、ミーリの上半身を大きく揺らし続けた。
休む暇なんて与えない。呼吸する暇も与えない。目を開く暇も、口を開く暇も与えない。
だが今さっきまで受けた攻撃のせいで、腕が痛む。霊力強化に耐え切れなくなっている。だがそれでも、この高い壁を打ち砕く勢いと力で、リエンは殴り続けた。
そして思い切り殴り飛ばし、ミーリの体が浮く。そこに追いついたリエンはミーリの手を掴み取り、背負い投げで反対方向に高く投げ飛ばした。
空中を折り返して落下してきたミーリに向かって、リエンは跳ぶ。そして落下してきたミーリに脚を持ち上げ、思い切り蹴り上げた。ミーリが闘技場を超えてはるか空中に追い出される。
先に着地したリエンは再び跳び、また落下を始めているミーリのところに着いた。そして思い切り振り下ろした踵落としで叩き落とす。このまま落ちれば大ダメージである。
だがミーリは途中で体勢を立て直し、フィールドに拳を突き立てて着地した。フィールドが大きくクレーターのごとく凹む。
着地したリエンは、そのあまりにも角度のある急勾配に脚を取られ、転んでしまった。
「“
ミーリの背後に現れた時計盤が、また鐘を鳴らす。その音は空気を揺らし、闘技場どころかシティ全体に響き渡った。
「そろそろ剣、取った方がいいんじゃない」
「おまえが槍を持ったなら」
そうは言っても、ここまででもう限界である。体は悲鳴し、霊力も底をつきそうだ。霊力は剣を取ってパスを繋げば大丈夫だが、体ばかりは結界を出ないことにはどうしようもない。とにかく限界だった。
だがこの限界を超えなければ、勝利などない。今までだって、超えてきた。今回も超える、それだけのことだ。
「そっか……じゃあ、さっさと剣を持たせないとね。このまま終わるのは、俺も寂しいから」
一瞬。天地が引っ繰り返る。
だがそれはリエンの視点が、本当に逆さまになっただけのことだった。頬がヒリヒリ痛むことに気付いたのは、そのことに気付いたあと。リエンの体は遥か上空に殴り飛ばされていて、地上ではミーリが拳を高々と掲げていた。
自分が殴り飛ばされたんだということに、気付けたのはそのときだった。
とにかく、態勢を立て直そうと四肢を動かす。だが激しい落下速度と風圧で、うまく体が動かない。しかも地上では、ミーリがまだ手を掲げたまま待っている。そこにリエンが着地して、腹部に拳が減り込むという算段だ。
リエンはなんとか体勢を自分のものに持っていく。そして落下の速度と霊力強化とを合わせた拳を、掲げられている拳に叩き込んだ。
二つの力の衝突が、闘技場全体に吹き荒ぶ。乾いたフィールドを風が駆け抜けて砂を巻き上げ、観客席から見えなくした。
たった数秒の砂嵐の中で、二人の攻防は続く。拳と拳はぶつかり、脚は回る。蹴って殴って受け止めて、投げ飛ばして突っ込んで、抉って躱して踏みつけて、再び拳と拳を衝突させる。
二つの力の交錯は絶えず衝突し、二人の霊力と
その結果、ミーリの裏拳がリエンを吹き飛ばす。ガードしたリエンはフィールドを転げると、その勢いで立ち上がった。
「その力、おまえの力を底上げするのか」
「うん? うん、そだよ。“
霊術。
神のみが使うことを許された、霊力を媒体として発動する特別な力。人間では、神と同じ霊力回路を持つ数億人に一人というわずかな人だけが使うことができる。
もっとも例外として、全人類誰でも使えるのが、
おまえは、神に近付いているというのか……ミーリ・ウートガルド。
壁の高さを、改めて実感する。
普通に戦っているのでも強いというのに、神に近付いているだなんて。元々の霊力量も名のある神と同等。となれば、神になるミーリの力はどれほどのものか。
全学園最強などという枠では、役不足だ。全人類最強になる男。それくらいでなければ、ミーリに相応しい枠はない。
だがだからこそ、リエンは勝ちたかった。
いずれこの男は名のある神さえも、人類最後の三柱でさえ超えていく。ならば今、この一度だけでも勝ちたい。勝利を刻み、自らの力を認めさせたい。
普段は生じない、リエン・クーヴォの我欲。勝利への執着心。誇りと志はそれらを巻き込み、今更に高くなった壁に挑ませようとしていた。
そしてそれらは、リエンに剣を取らせる。二つの剣のまえまで跳ぶと、リエンは聖剣と魔剣を順に抜いた。
そして霊力を高める。それは砂嵐を吹き飛ばし、闘技場上空を漂っていた雲の群れすら消し去った。
聖剣を持つ右腕に、白の鎧がまとわれる。その鎧は胸部を覆い、腰に二つの銀筒をぶら下げさせた。
魔剣を持つ左腕に、黒の鎧がまとわれる。その鎧は背中を覆い、左頬に蜘蛛の脚を思わせる刻印を浮かばせた。
銀髪は金色に変わって風にたなびき、瞳は黒く鋭くなってまえを睨む。聖邪の二つをまとった騎士は二本の剣を突き刺し、銀筒から光を撒き散らした。
上位契約・
上位契約・
二つの上位契約を同時に展開し、二つの力を同時にその身にまとったその姿を、人々は伝説に語られる勇者や騎士と重ねるだろう。その名を――
「最上位契約・
二重の上位契約。それを見たミーリは驚愕から、言葉を失った。自分には、それができないからである。
ミーリの場合、一つの上位契約にかける霊力が多すぎて、もう一つの方を維持できないのだ。故に悔しかった。何せ今使っているこの力は、二重の上位契約ができないが故の、手段だったのだから。
霊力で体力を爆発的に回復させたリエンは、拳を構える。すると銀筒から出ている光がその手に集中し、拳を光で満たしていった。
対するミーリも構える。時間がきたのだ。背後に時計盤を出し、針を現出する。
「“
霊力と膂力の二つが、さらに底上げされる。だが今はそれよりも、リエンが拳に宿している霊力が大きすぎて、ミーリは一歩引いた。
「“
正拳と共に繰り出された一撃が、フィールドを焼き尽くす。光は闘技場全体に満ち、天上高く光の柱を作り上げた。
剣の神霊武装の中でも、最強とされるリエンの神霊武装、
霊力の消費は激しいし、スキも大きいが、それを差し引いても、光の一撃が放つ爆発的攻撃力は、他の神霊武装と比べても群を抜いている。故に、最強の神霊武装と呼ぶ者も少なくない。
そしてその一撃は、上位契約で得た鎧もまた然り。一撃に吹き飛ばされたミーリは結界にヒビを入れて減り込み、おもむろにうなだれた。
攻撃をギリギリ回避したロンゴミアントは、その様を見て吐息する。
「そろそろいいんじゃない? ミーリ」
結界から抜け出し、更地に戻ったフィールドに立つ。そして自分の頭を押さえ、高らかに声を張って笑った。
師匠やディアナと違って、この戦いが楽しいわけではない。笑ったのは、嬉しいからだ。
これだけ強いなら、実力を発揮できる。本気を出しても構わない。本気でこの力を試せることが、嬉しかった。
「……ロン」
「えぇ」
紫の聖槍、
「行くよ」
ミーリがフィールドを蹴り、肉薄する。
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