湖の騎士《ランスロット》

 ミーリは控室にいた。次の試合は、自分の番だからだ。

 そしてそこには、後輩であり弟子でもある獅子谷玲音ししやれおんもいた。全学園最強と戦うにあたり、師匠にエールを送るためだ。

 とはいえ、ミーリとしては負けるつもりはない。無論油断はしてないし、相手を軽視しているつもりもないが、絶対的な自信を持っていた。持っておいていた。どんなことでも自信を持っておくのが、ミーリの持論である。

 だがそんな主人とは裏腹に、今回パートナーに選ばれたレーギャルンはかなり緊張していた。

 相手の霊力はすでに探知済み。すさまじい量と質に、圧倒される。そして何より怖いのは、あの群を抜いての好戦的な性格。戦いとなれば喜んで戦場を駆ける、そんな生まれ持っての戦士の素質に、一番臆していた。

 緊張で、手汗まで掻いてきた。

 そんな彼女の頭に手を置き、撫でる。レーギャルンの緊張が伝わってきて、むしろそっちの理由で、ミーリは落ち着かなかった。

 そして同時、玲音も落ち着きがない。相手がディアナ・クロスだと思うと、何故か戦うミーリ以上に緊張していた。パートナーのウォルワナがいたら、ツッコまれているところだ。

 だが彼がいなくても、今ミーリにツッコまれた。

「なんでレオくんが緊張してるの」

「せ、先輩が緊張しなさすぎなんです。なんでそう落ち着いてるんですか?」

「まぁ苦戦はするかもだけど、勝つのは俺だしねぇ。べつに緊張する理由がないというか、なんというか」

「すごいですね、先輩……相手、ディアナさんですよ? 全学園最強ですよ?」

「じゃあレオくんは、俺が負けるって思ってるの?」

「……いえ。私は、先輩が勝つと信じています」

「なら、落ち着いて見てればいいんだよ。今日のニュースを見るくらいの感覚で、へぇって感じで見てればいいんだよ」

「はい」

 控室の扉がノックされる。数秒遅れで入ってきたのは、金陽日きんようひとスキロス・ヘラクレス・ジュニア、ミーリと戦った、二人だった。

「どしたの、先輩方」

「応援、しにきた」

「応援?」

「一応、あなたとは戦った仲だから。それに相手も相手だし、応援くらいさせて」

「はぁ、どうも」

「もう、そろそろか」

 そう、もうそろそろ始まる。自分の試合より先に、友達の試合が。

「レディース、エェンド、ジェントルメーン! 大変お待たせしました! 全学園対抗戦・ケイオスもいよいよ十日目! トーナメントはいよいよ準決勝! ここまで勝ち抜いてきたのはまさかまさかの東の四人! 一位の座を取るのは果たして楽園か、それとも終焉かぁ! 実況は本日も私、等々力三島とどろきみしま! そして本日の解説は、今回の優勝賞品である神霊武装ティア・フォリマを献上してくださったグスリカ王家の第一皇女、ナツメ様でぇす!」

「皆様、ごきげんよう」

 グスリカ王家第一皇女、ナツメ・アンドレッサ・グスリカ。

 国を代表する王家の長女で、現在一三歳。だがその若さで武芸を学び、近々対神学園への入学が見込まれている。超バトルマニアだ。故に今回の解説役に選ばれた。

 といっても彼女の場合、解説というよりはただの観戦なのだが。

「ナツメ様、本日は来ていただきありがとうございます! 注目している試合などはありますか?」

「そうですねぇ。どれも見逃せないものですが、やはり全学園最強、ディアナさんの試合が一番見たいです」

「なるほどなるほど。ナツメ様も注目の一戦はまもなく! そのまえにこちらの試合に、注目しましょう! 選手、入場!」

 左右のゲートに二酸化炭素ガスが噴かれる。ここまでずっとこの登場の仕方だが皆、きることはない。むしろ興奮を刺激されて、ますます声を上げていた。

 そして二人、同時のタイミングで入場する。生憎とまだ声援の量はリエンが少なかったが、それでも彼女に声援を送ってくれる人がチラホラと復活した。

 ミスト戦での聖剣の一撃が、効果あったらしい。

「まずはエデンの雪白白夜ゆきしろびゃくやぁぁ! 最強に次ぐその力で、この戦いも制するか! 妖刀紅桜くれないざくらが今日も光る!」

 そんな大げさな……。

 引っ込み思案の白夜は、場を盛り上げる実況に一人テンションが下がっていた。

「対するは終焉のラグナロク! リエン・クーヴォ! 聖剣と魔剣、二つの力を操る戦姫いくさひめ! 最強の神霊武装でもって、勝利を掴み取れるか!」

 リエンの手には聖剣と魔剣、二つの剣が握られている。フィールドに立つとそのうち聖剣の方をフィールドに突き立て、魔剣の霧を振り払った。

「さぁそして、神聖帝国イエラ・アフトクラトリアで、フィールドの地形が変わります!」

 今回の場所は、なんと墓地。大小様々な墓石が並ぶ、ジメジメとした湿気の漂う場所だった。しかも少し霧がかっている。

 リエンは魔剣をも自分の足元に刺すと、腕を組んで大きく深呼吸した。緊張はもちろんする。相手はエデンのナンバーⅡだ。

「そんな、緊張することないですよ。僕は弱いですから、あなた本来の実力が出せれば、きっと勝てる」

「何を言う、雪白白夜。おまえの強さは、このケイオスで証明されているようなものだろう。おまえは強い、ここまで勝ち上がってきたほどに」

 白夜は首を横に振る。

「僕は弱いですよ。自分の意見も気持ちも誓いも、何もかもを通せない。他人の言うことばかり聞いて、自分がない。そんな人は、どれだけ腕っぷしが強くても、結局弱いんだ。結局は……」

「おまえに何があったのかは知らん。相当なことがあったことは察しよう。だが、それに甘えるな。腕っぷしが強いなら、それに応じる責任を持て。何か一つ自身の強みを見つけたなら、その強みで生きていく誓いを立てろ。それ以外の何もできないと、自分は弱いからと駄々をこねるのは、ただの責任逃れだ」

「……厳しい人ですね。まぁ、僕にとってはですけど」

 白夜は刀を握り締める。すでに上位契約は済んでいて、刀身から出る妖気のようなもので、白夜の姿はみるみるうちに変わっていった。

 肩から背中まで髪が伸び、白から紅色に変わる。眼鏡の奥の瞳孔の色も青から真っ赤になって、怪しく鋭い眼光を光らせだした。

 紅色の光を反射させる刀身から、紅色の桜が噴き出し舞い散る。霧が濃くフィールドを埋め尽くす中で、桜はヒラヒラと舞い始めた。

「では、試合、開始!!」

 刀を水平に持ち、突進する。そして勢いよく切り払ったが、態勢を低くしたリエンに躱された。しかも腹に一発、拳を喰らう。そしてもう一発で殴り飛ばされ、墓石に頭をぶつけられた。

「リエン選手! 先制攻撃した雪白選手を殴り飛ばしたぁ! 格闘スキルも兼ね備えています!」

 当たり前だ。

 スラッシュの元で修業すると決まって、最初にやったのは体術の修行だった。東洋武術から西洋古武術から王宮体術まで、なんでもやってきたのだ。これくらいやって当然だ。

「行くぞ、エレイン」

『眠い……眠たいよ』

 持ち上げると同時、魔剣は刀身に霧をまとわせる。そしてその霧を剣撃に乗せ、大きく振りかぶって放った。

 地を這う剣閃が、白夜に襲い掛かる。白夜はそれをとっさに地面を蹴って転がり、躱す。四つもの墓石を粉砕したその一撃を、リエンはまた繰り出す。その剣閃の名を――

「“狂気の霧インサニティ・ブレイヴ”!!!」

 霧をまとった斬撃の塊が、フィールドを駆け巡る。墓石という墓石を破壊し、白夜を追い詰めた。

 魔剣を水平に持ち、そして駆ける。だがそれに応じて、白夜も走った。二人の剣撃が、交差する。

「“愛に生きる湖の剣グェネヴィア”!!!」

「“かばねべに暁桜あかつきざくら”」

 一撃の剣撃と連続の剣撃がぶつかる。数の上でいけば、連撃の方が勝ることは必至であるが、しかし一撃に込められた力で言えば、それは連撃よりも一撃の方がはるかに上であった。

 リエンの全身が切れる。だがそれは薄い。対して、白夜も切れる。その傷は、深かった。肩から腰にかけて、大きく斬れた。血が噴き出し、垂れる。

 負けた。そう思った。

 自分は今、致命傷の一撃を受けた。本物の戦場なら、この場で死んでいる。だから、もう終わりなのだ。終わったのだ。

「上位契約・湖の騎士ランスロット!!」

 湖の乙女の剣アロンダイトの上位契約。

 霧がリエンの体にまとわり、両腕と肩、背中に黒い鎧を付ける。そして顔にも霧がかかり、頬に蜘蛛の脚のような刻印をつけた。

 その目は黒く、漆黒よりも黒く光る。紅桜と同じく、狂化能力だった。

「そんな、必要はないのに……」

 下位契約のままでも、さらに一撃加えずとも、時間が経てば倒れる。勝敗はもう、決定している。なのに何故、彼女は上位契約までして、次なる一撃を用意しているのだろう。

 必要ないのに。もう、勝っているのに。

「どうした。構えろ、雪白白夜」

「……必要ないですよ。僕はもう……ここまで――」

「諦めるのか」

 リエンは突撃の構えを示す。白夜は構えない。そのことに、リエンは狂化されたこともあって牙を剥いて吠えた。

「何故構えない! 何故諦める! これがおまえの望まない戦いだからか?! これが他者によって決められた戦いだからか?! ならば何故勝ってきた! 他人に何か言われるのが怖かったからか?! ……本当にそれだけなのか、おまえは!」

 魔剣が霧をまとう。鎧をまとった腕を通り、肩を回り、顔の近くで漂う。

「おまえは本当に、それだけなのか? 本当に自分の感情は、思いは、何もないのか? 本当に、感じるものはないのか。ないのなら、おまえはただの人形だ。おまえは、人形なのか?!」

 フィールドの足元をすべて包み込む霧が、収束し、魔剣にまとう。それはやがて巨大で真っ黒な、霧の剣となった。大きく、それを振りかぶる。

「何も感じず、何も思わない! そんな状態で、様々な思いでこの大会に臨んだ者達を倒したのか! それは侮辱だ、雪白白夜! なんの思いも持たないで、勝利を目指すな! 勝利は敗北の、敗者の潰された思いの上に立っているんだ!」

 なんの思いもない。何も感じない。何も思わない。それはただの人形。ならば自分は、雪白白夜は人形か?

 問う。自問自答。

 答えなんて、出るはずもない。今までなんの思いもなく、考えもなく、感じていなかったのなら。自問などしたところで自答などできるはずもない。

 だが答えは、想像するよりも早く白夜の脳裏に思い浮かんだ。それと同時、理解する。雪白白夜にも、通したい意地がある。雪白白夜もまた、一人の人間。人形などではない。

「違う……違う! 違う、違う、違う、違う、違う! 僕は……僕は勝ちたい! 僕のような人間でも、勝てるんだって証明したい! もう遠慮なんてしない! 僕は……僕は勝つんだ! 僕は、対神学園・エデンの雪白白夜だ!」

 初めて。少なくともこの大会で初めて、白夜は大声を上げた。それは、彼の心の底からの咆哮。心の底から沸き起こる、感情。

 彼の――雪白白夜の声だった。

「“屍の紅・十六夜桜いざよいざくら”!!!」

「行くぞ!!」

 霧の塊をまとった剣と、桜を散らせる刀とがぶつかる。斬撃は黒と紅の二色に分かれ、激しく衝突した。

 斬撃が弾ける度、霧と桜が吹き荒れ、舞い散る。フィールドの至るところに血が吹き飛び、へばりつく。攻撃と攻撃が交錯し、お互いの体力と霊力を削っていく。そして二人の攻撃が止む頃、二人の体はズタズタに切り裂かれていた。

「“狂気の霧”!!!」

「“屍の紅・黄泉桜よみざくら”!!!」

 霧をまとった斬撃の突進と、桜を舞わせる紅の斬撃とがぶつかる。霧の一撃に押されるも、紅の刀はそれを斬り裂き相殺した。

「“屍の紅・千本桜せんぼんざくら”!!!」

 刀から吹き荒れる桜の花びらが、戦場で散る。紅色より濃い、血の色になった桜と共に散らせてやるまいと、繰り出すのは千にも及ぶ連撃。桜吹雪の中で、刀を振るう。

 対するリエンは肉薄してくる白夜に魔剣を向ける。そして高く掲げ、フィールドに散った霧を刀身に再び収束させた。そして振るう。黒く歪んだ一撃を。

「“愛に死に逝く湖の騎士ブラッド・オブ・ランスロット”!!!」

 二つの斬撃がぶつかる。フィールドの墓をすべて粉砕する交錯はとても短く、一瞬だった。だが逆に、その後の余韻は長い。数十秒。数分。数分半。時間が経つ。そして動いたのは、同時だった。

 互いに受けた傷が開き、よろける。二人は自分の武器をフィールドに突き立て、持ち堪えた。

 お互い、相手はずっと向こうの後方にいる。振り向く体力はない。だがおそらく相手は倒れてない。ならば倒れてなるものかと、必死に脚に力を入れる。武器を握り締める手に力が入る。息が切れる。そうして必死に堪え続け、そして、決着した。

 白夜が、膝をつく。そして再び立ち上がろうとしたが、力尽きてそのまま倒れた。

 刀が人の姿を取る。白夜のパートナー、かばねは白夜の姿と表情を見つめ、そしておもむろに胸元にしまいこんでいた布タオルを投げた。

「あんたの勝ちや、リエン・クーヴォ。白夜を戦わせてくれて、ありがとな」

「試合終了! 勝者、リエン・クーヴォ! 決勝へと駒を進めたぁ!」

 魔剣を完全に制御し、勝利を治めたリエンに観客席は活気を取り戻す。リエンに送られる声援の量は一段と増えて、ついに大半がリエンに決勝進出を祝う歓声を上げた。

 だがリエンとしては、まだまだ湖の乙女の剣を御し切れたという感覚はない。この魔剣はまだ、半分以上。まだまだ、使いこなせていない証拠だ。故に剣は掲げず、何度か客席に頭を下げて声援を受け入れた。

 そうして戻っていくリエンを、姓は吐息交じりに見つめる。その膝には、虫の息を切らす白夜が眠っていた。

「大丈夫、あんさんはこれからや。これから強くなれる。白夜……これからなんやで」

「勝ったかぁ……」

 ミーリは立ち上がる。フィールドと結界の修復に数十分はかかるが、もう入場ゲートへと向かう体勢だ。レーギャルンも、それに合わせて立ち上がる。

「まだ早いのではないですか、先輩」

「リエンに一言言いたいし、もう行くよ。レオくん、そこで見ててね。師匠として、手本になるような剣を見せてあげるよ」

「……はい、勉強させていただきます、先輩」

「行くよ、レーちゃん」

「は、はい! マスター!」

 二人、控室を出て行く。そのとき扉のすぐ側にいたヘラクレスと陽日ようひの二人だけ、ミーリの小さな声を聞いた。

――あとで話があります。先輩方

 声のトーンから察することができるのは、今の心境と緊張感。そして、その話の内容の重さ。二人は何も言わなかったし動じなかったが、話の内容が気になった。

 が、今気になるのはそれよりも次の試合結果。相手は最強、ディアナ・クロス。自分を倒した後輩がどこまでやれるのか、さらには勝つのか。それが今は気になった。

 入場ゲートへ向かう途中、フラフラなリエンと対面する。結界のおかげで傷はすでに塞がっているが、相当なダメージを残していた。だがリエンの表情だけは、倒れる様子はない。体は震えているが。

「勝ったぞ、ミーリ・ウートガルド」

「勝ったね。次は俺の番だ」

「必ず勝て。約束、したの……だ……」

 倒れるリエンを受け止める。彼女はそのまま眠るように意識を失い、ミーリの腕の中で眠り始めた。

「勝つよ。勝つから、そこで見ててね、リエン」

 カラルドとエレインにリエンを任せる。まぁ介抱はカラルドしかしないだろうが、大丈夫だろう。無理をしただけだ。

 ミーリは立ち止まる。目の前の光を通れば、準決勝のフィールドだ。

 緊張はしない。昂りもしない。思うのは、負けるわけにはいかない。それだけだ。

「マスター……」

 レーギャルンの頭を撫でる。そして片膝をつき、おもむろに口づけした。だがまだ、彼女を武器にはしない。契約のパスを、繋げただけだ。

「それではお待たせいたしました! 準決勝第二試合、選手入場です!」

 二酸化炭素ガスが出る。そしてそれが晴れるとき、ミーリはレーギャルンを連れて同時に入場した。



 

 

 

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