vs マレフィセント
かつて女性は、戦場に生きていた。
人間達の起こす戦争に何度も一人で、どちらの国にも軍にも属さず、ただ強い人間と戦うために出て行った。
だが彼女より強い人間はいなかった。ときに戦車や飛行軍船まで相手にしたが、彼女に敵う者はいなかった。
だからだ。彼女は神や悪魔を敵に回した。三〇年前の戦争で、十二億もの敵を
故に今度は、育てようと思った。自分を超える逸材を、自らの手で。故に全世界を渡り歩き、そして見つけたのだった。ようやく、三人の弟子達を。
だが何故、彼女が自分を超える逸材として選んだのが、武術も何も知らない子供達だったのかは誰にもわからない。七〇〇人を超える志願者を蹴った彼女が、子供達のどこを見出したのかは、誰にも、わからないのであった。
「ホラホラ、かかってこないか」
指を数度曲げて挑発する。およそ三〇年ぶりの戦闘が、楽しみで仕方ない。しかもその敵が、この世の中で上位に立つだろう名のある神と同等であるとなれば、彼女としては高まらざるをえなかった。
一方で、マレフィセントは吐息する。今まで彼女が戦ってこなかったのは何を隠すつもりもなく、ただ戦いが億劫だからであった。
何せ彼女の一撃一撃が、世界の地形を変えてしまう。
「“
大地から伸びる無数の巨大な荊が、スカーレットを襲う。だがそれらを一撃で切り裂いた槍の一振りは、同時、ミーリ達を押さえつけていた圧力をも切り裂いて、その拘束を解いた。
「“
より大量で巨大な荊が伸びる。そしてスカーレットを取り囲み、収縮して捕まえた。荊についた毒針が、スカーレットに刺さる――というのが狙いだったのだが、スカーレットはまたしてもたった一振りでその拘束を解いてしまった。
斬られた荊が落ちる。それが現スカーレットの城にぶつからないように、エリエステルと
同時、対処しきれない荊が城に向かって落ちる。だがそれを吹き飛ばしたのは、唯一城にいたレジェンダの鉄拳だった。遠い山の向こうまで、荊が飛んでいく。
だが斬られたそばから、荊は再生して伸びる。そして再び勢いよく伸びて、スカーレットを捕まえた。
「“
荊の棘から出る毒が霧状になり、散布される。それは童話通りなら、千年もの間眠りから覚めない永眠の毒。だがそれを至近距離で食らったスカーレットは平然として、再び荊を切り裂いて出てきた。しかもその一振りで、地上に降りようとしていた霧まで吹き飛ばす。
毒を喰らったものの、スカーレットの体は即時自身の霊力で毒を押さえつけ、すぐさま抗体を作ってしまったのである。もはやその体、人間ではない。
そんなスカーレットに容赦はない。荊は今度は
数十数百の連撃が襲う。だがどれ一つとしてスカーレットには届かず、すべて斬り刻まれた。
落ちていく荊から、ウィン達は逃げる。オルアを背負うウィンを押して、レーギャルンもまた一生懸命に走っていた。走らないのは、目の見えないネキ一人。
「おいネキ! 何してる!」
「ネキさん早く!」
「そう慌てることはありませんよ。スカーレット様とお弟子さん二人なら、すべて残らず切ってくださるはずです」
そんなことを言っている間に、ネキの頭上に振ってくる。だがそれはエリエステルによって細かく斬り刻まれ、欠片がネキの頭に落ちてきた。
「ホラ。ですから焦らずとも、大丈夫ですよ」
その言葉通り、エリエステルと樟葉は師匠がぶつ切りにした荊を次から次へと細かく斬り刻み、小さい粒にしていく。城に落ちる荊も、レジェンダが殴り飛ばしている。
弟子と友に周囲のことを任せて、スカーレットは遠慮なく斬り続ける。槍を掌で回すミーリと同じスタイルで、襲い掛かってくる荊を次々に切り落としていった。
荊は前方からだけでなく、背後からも襲う。だがその攻撃も、スカーレットには届かない。だがそれは囮で、マレフィセントは荊を頭上で束ね、大きな薔薇の花を開かせた。
「“
花の中央から、光の束が放たれる。花びらを散らしながら放たれた光線は徐々に膨らみ、最後には大爆発を巻き起こした。周囲の木々も走っていたウィン達もみんな吹き飛ぶ。
だがその一撃をまともに喰らってもなお、スカーレットは無傷だった。むしろピンピンしている。その平然とした態度にマレフィセントは目を見開いたが、スカーレットはまた指を数度曲げて誘った。
花をつけた荊が襲い掛かる。その先は槍のように鋭く尖って、次から次に貫いてきた。それらをことごとく薙ぎ払い、打ち払い、切り裂き舞う。どれ一つとして、スカーレットには届かない。故にマレフィセントは、次なる一撃を用意した。
杖から手を離し、それを浮かせる。杖はやがて光を得て、先についた瞳のような宝玉から無数の光線を放射した。
「“
無差別に広範囲を襲う光の猛襲。スカーレットは喰らっても何ともないが、他はそうはいかない。庇いに行かせるのが狙いのこの攻撃。だがスカーレットはまったくその場から動こうとせず、自分のところに来た光線のみを打ち払った。
先の光線で吹き飛ばされ、反応が遅れたウィン達を光線が襲う。だがあと数メートルというところで飛んできた影達が、ウィン達を持ち上げ運んでいった。
一二人のリングフィンガーだ。ミーリ達のところにも跳び、速やかに運んでいく。槍の脚を持つロンゴミアントや旗を持つオルアが重いのだが、彼女達はなんの苦にもせず霊力で強化した体で城まで跳んでいった。
「おまえら……!」
「動かないでください」
「全速力で行きますから」
彼女達が出て行ったのに気付けなかったマレフィセントは、狙いが外れて眉間にシワを寄せる。だがもっと気に喰わなかったのは、霊力探知で気付いていたスカーレットのいわゆるドヤ顔だった。
怒りの沸点が少し低くなったマレフィセントが、攻撃に移る。数十本の荊を伸ばし、鋭利な先で貫かんと突進させた。
無限に襲い掛かる連撃を、スカーレットは槍一本で
「しまった……!」
今ここで斬り落としている暇はない。助けに行く暇もない。さすがのスカーレットも焦る。
だが次の瞬間。ミーリは突然跳ね起きて、霊装である二本の槍を手に跳び、襲い掛かってきた荊を切り裂いた。
直後、手から槍を消してまた眠りにつく。受け止めたリングフィンガーは訳がわからなかったが、一目散に駆け出した。
すべての攻撃を受けきって、無事でいるミーリを見たスカーレットは安堵する。そしてそのスキをついて襲ってきた荊を掌打の一撃で粉砕すると、緋色の眼光で睨みつけた。
今の攻撃に関して言うならば、捌き損ねた自身のミス。弘法にも筆の誤り。猿が木から落ちただけのこと。だがスカーレットの怒りは、そんな自身と同時に、攻撃したマレフィセントに対しても抱いていた。
再び杖から無差別に光を放つ。そして同時、その光と光の間を縫うように、荊の槍がスカーレットに襲い掛かった。
逃げ場はない。だからこそ、逃げる素振りも回避しようとする動きもせず、光も荊もすべて槍で掻っ切った。槍を走る緋色の霊力が、電光となって大気を叩く。
無限に伸びる荊の槍がスカーレットをその場に留めている間に、再び巨大な薔薇の花がスカーレットの頭上で咲く。だが今度は一つではなく、三つもの花がその光をスカーレットに向けていた。
同時、三方向から放たれる。その光はねじれて一つにまとまり、大きな光の柱となって降り注いだ。
その場一帯の地面は捲り上がり、木々は消し飛ぶ。地震か天災か、何かしらの災害を思わせる地球の怒号そのもののような爆音に、全員踏ん張りながら耳を塞いだ。
三点同時光線発射。
これで確実に仕留めたはず。
だがその思惑は外れる。
煙が晴れるとそこにいたのは、槍を持っていない方の手を広げた状態で上げていた、無傷のスカーレットだった。彼女は素手で――片手一つで、降り注がれた光の集中豪雨を受けきって、防いでしまったのである。
その力は、もはやただの人間とは誰も思わない。まさしく神か、それに最も近いだろう存在。それが何かはわからないが、確実なのは、彼女がもう人間でありながら、人間をやめているということだった。
光を受けきったスカーレットは、まるで手を伸ばした先に壁があってぶつけてしまった程度のリアクションで、手首を振る。
さらにもはや焼け野原となっている自身の足元の地面に関しては、地面に書かれたチョークの落書きを見る程度の少ない動きで、一瞥した。
そんな彼女が思い出したかのように見つめたのは、なぎ倒された大木の下から出てきたリングフィンガーが運ぶミーリだった。その無事を確認し、安堵する。そうして横髪を背中へと流すと、槍を全身を使って振り回してまた、マレフィセントを挑発した。
ここまで無傷なスカーレットに、マレフィセントはさすがに歯を軋ませる。そして自身の厚いプライドの層がガタガタに崩壊するのに耐え切れず、杖を高く持ち上げた。
目玉のような宝玉が光り輝き、マレフィセントを包む。赤い光を浴びてその体を膨れ上がらせ、流動させ、そして、女性とはまったく異なるものへと変貌を遂げる。
それは左右に赤い三つずつの目玉を持った、黒い鱗を持つ巨大な龍だった。口いっぱいに並んだ牙を見せびらかすように大口を開け、咆哮する。
童話にも出てくる、名の由来ともなった龍魔女マレフィセントの真の姿。その姿になったことに、スカーレットは笑みを浮かべる。さらに高まった魔女の霊力が、戦いを求める彼女の欲を刺激した。
「人間などこの世界に不要! 何もできない、何も為しえない、何もやり遂げられない人間など、いるだけ無駄なのです!」
巨大な炎の弾を放つ。だがそれはスカーレットの一閃によって切り裂かれ、二つに分かれて空の彼方に消えていった。
六つの目が光ると、地上から荊が伸びる。人型の時よりもより太く大きく、棘も鋭い荊が多数襲い掛かったが、スカーレットはまた一撃で両断した。
だが切り裂いたばかりのスカーレットに、龍の尾が襲い掛かる。グルッと回って振られた黒い尾はスカーレットを吹き飛ばし、数百メートルの距離地面を転がさせた。
さらに彼女が行った先に、龍は光を咆哮する。黒い光線は地上を走ると、その一帯を燃え上がらせた。
勝利を確信し、龍はまた咆哮する。だが実際、スカーレットの敗北を信じていたのは、龍以外にいなかった。
事実、次の瞬間。スカーレットはまた無傷の姿で龍の前に現れ、開こうとした口を片手で押さえつけた。口が開かず、龍はもがく。
「もう終わりなのか? 世界を統べるとまで言ったんだ、もう少し頑張らないか」
巨大な龍をも、片手で押さえつける。スカーレットの力の底が、まるで見えない。城に到着した弟子の三人を除く全員が、その圧倒的強さに一歩引いた。次元が違い過ぎて、まったく届きそうにない。
そんなに引かれていることなど知らず、スカーレットは龍の眉間に槍を付ける。そしてそれを持つ手の指を一本立てて、ニンマリと口角を持ち上げた。
「そら、今度はこちらの番だ。一撃喰らわせてやるからそのまま歯を食いしばっていろ」
片手で龍を突き放す。槍におもむろに口づけすると、高く掲げるように持って振り回し始めた。
その音は天を進む神の声がごとく、その光は神の後光のごとく、その姿は武神のごとく、人間でありながらすべてが神々しく、より神に近く見える。
雷鳴のような轟音を轟かせ、スカーレットは構えた。それは彼女の名前の由来。対象を灰に変える一撃。
「“
緋色の槍が光となって、龍の胴体にぶつかる。スカーレットの十倍以上の大きさの巨体を軽々と押し、そして、貫いた。その後も光は止まらず、ついに数キロ先の山まで届く。その山はやがて光に呑み込まれ、跡形もなく消えて灰となった。
そして黒龍マレフィセントもまた、貫かれた胴体から崩れていく。彼女は何も、一言も残すことなく消えて、灰となった。
数キロ先から緋色の槍が戻ってきて、スカーレットの手に納まる。肩にかかった横髪を背中に回すと、灰になったマレフィセントを見下ろして吐息した。
「結局また、私は戦えなかったのだな……」
戦いではなかった。彼女にとって、マレフィセントとのやり取りは戦いではなかった。彼女にとって一方的な殲滅など、戦いではなかったのだ。
だがその物差しで測ると、彼女は生涯で一度だって戦っていない。彼女と接戦を繰り広げた生物は、彼女が戦い始めてからおよそ百年間、存在しなかったのだから。
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