断魔の聖剣《ガラティーン》

 霊術。

 神や魔神、天使に悪魔といった存在が使う霊力を元として発動する術。霊力の質も構造も異なる人間では基本、使用することはできない。

 だが稀に、神と近い霊力を持つ人間が生まれる。彼らは神と同様に霊術を操り、ときに自身のみの霊術すら持つという。

 そんな人間が生まれる確率は、数字にすると一〇億分の一。実に希少と言える。だがそんな希少な人間でなくとも――一般人であっても、使える霊術が一つだけある。

 それが神霊武装ティア・フォリマの召喚術だ。神が霊装を召喚するようにスムーズかつ、詠唱まで破棄して召喚することはできないが、それでも人間は、唯一この霊術を使うことを許された。

 誰にと訊かれると、誰なのかは知らないが。強いて言えば、神だろう。

 とにかく、神霊武装の召喚は霊術の一種である。それを解明し、最初に使ってみせたのが、スカーレットというわけだ。

 ちなみに余談ではあるが、ミーリは召喚のとき必須であるはずの詠唱をしないで召喚した。理由としては、一年生の授業で冒頭からずっと習ってきたというのに、それをど忘れしたからである。

 それでもロンゴミアントを召喚できてしまったのは、なんというか、例外だ。

 だから今回はちゃんと、詠唱もやって召喚を行う。詠唱は霊力に術としての力を与える、呪文というかパスワードのようなものだ。本当、何故ミーリが詠唱なしで召喚できたのか、不思議でしょうがないのだが。

「では玲音、早速詠唱を始めてくれ。ミーリはそこにいるだけでいい」

「はい」

「リョーカイ」

 玲音の霊力が、元々庭園に描かれていた五芒星とそれを囲む三重の円に流れる。霊力が電光と突風に変わって、青白く輝く陣から漏れ出した。

「我は神格の代行者! 両の天秤を司る者、星の行く末を見届ける者! 隻腕の鉄の女王よ、隻眼の鋼の女王よ。熱を抱く大地を削り、我の手となる煌星を!」

 電光と突風が収束し、弾ける。すべてが消えさり、庭園の花々を散らして現れたのは、全身隙間なく純白の甲冑で覆った、剣を持つ騎士だった。片膝をついているから目線が合うが、おそらく立つとかなり背丈が大きい。

 背中に開いた三つの穴から蒸気を噴き出すと立ち上がり、持っていた剣をその場に突き刺した。しかし本当に大きかった。身長は二メートル近い。

「どちらか……私を召喚したのは、どちらであるか」

 そう言いつつも、彼はずっと玲音れおんを見ていた。自分を呼び出した霊力の質を辿れば、わからないということはない。

 しかし彼の声は、甲冑の中だからだろうか。こもっているような、何重にも響いているような、加工されたような声だった。それだけ低くてカッコいいという意味合いもあるし、他の神霊武装とは違うものだと感じさせるという意味でもある。確実に、そこらの名のない武器とは違う自信のようなものが、その声にはあった。

 絶えず甲冑と甲冑の隙間から蒸気を出し、熱を持つ彼はジッと玲音を見つめていた。

「あ、わ、私、です……」

其方そなたか」

 立ち上がる玲音をジッと見下ろし、甲冑は黙る。それはまるで、何かを待っているようだった。数秒、数十秒、待ち続ける。

 だが召喚が初めてである玲音はどうしたらいいのかわからず、何もできない。

 そんな戸惑う玲音を見下ろし続けて、彼はようやく口を開いた。

「名を、なんと言う」

「し、獅子谷玲音ししやれおん……です」

「獅子谷、玲音……私は聖剣の神霊武装、人格の名をウォルワナと言う。其方、私を召喚するということは、神に挑もうという意思があってのことか」

 聖剣。まずその言葉に周囲は安心する。ミーリの霊力の影響もあって、狂気の神霊武装を呼ぶことはなかったようだ。

 だが玲音としては、どちらにせよ初めて自らの手で召喚した神霊武装。狂気があろうとなかろうと緊張はするし、まず御し切る自信がなかった。

 自分より遥かに強そうで、頼りになりそうな存在が、果たして自分の言うことを聞いて一緒に戦ってくれるのか。不安と緊張が、唇を震えさせる。

 そんなとき、一瞬ミーリの霊力が玲音の背中を撫でた。あまりにも一瞬のことで、玲音は最初わけがわからず振り返ろうとする。だが首を数ミリ動かしたとき、再びミーリの霊力が、今度は威圧する形で襲ってきた。

 振り向くな。無言の制止が、玲音を振り向かせない。そして同時、玲音は最初の霊力が、促しであったことを悟った。

 大丈夫、君なら大丈夫。

 そう言われた気になった。そう思うと、落ち着きを取り戻せた。たとえ本当に意味は違くても、今は落ち着ければそれでよかったのだ。

 今なら、唇も震えない。

「私は、私は自分自身が今大切だと思えるものを守りたい。自分の力で、守ってみたい。私は一度狂気に身を落として、たくさんの人を傷付けた。だからその倍、数十倍、色んなものを守りたい。人も、神様も、守れるものは全部守りたいんです、だから……あなたの力を貸してほしい」

 言葉はつたなくて、全然足りてないのかもしれない。自分の気持ちを伝えるには、言葉が足りなかったかもしれない。

 だけど、だけど今のが自分の正直な気持ち。獅子谷玲音の、心の底からの願い。

 多くの人をかつて傷付けた自分だからこそ、多くのものを守ってみたい。それも、自分の力で。それが今、獅子谷玲音の抱く願いすべてだった。まるで戦争がなくなりますようになんて言う、聖女のような願いに等しいものだった。

 そんな願いを抱く少女に、ウォルワナはまた黙る。そして背中からまた勢いよく蒸気を噴き出すと、甲冑の中で吐息した。

「つまり其方は神と対するためではなく、すべてを守るために私と契約したいと申すのか、獅子谷玲音」

「……はい」

 数秒、数十秒、時が流れる。本来なら人見知りを発揮する玲音であるが、このときばかりは、ウォルワナから目を離さなかった。

 ウォルワナもまた、目を離さない。そうして二人の間に突き刺さっている剣の刀身に花びらが触れて切られたとき、ウォルワナが言葉を発した。

「剣を取れ、獅子谷玲音」

「……」

「掴むのだ」

 おもむろに、玲音は剣を取る。久し振りに握る神霊武装の真剣に、ほんの少しトラウマが蘇ったが、それでも手の震えを抑え込んで抜き取り、高く掲げた。

 すると剣は風に溶けるように消え、それは霊力の粒となって、玲音の右手に収束した。剣の形をした刻印が、手の甲に現れる。

「これ、は……?」

「私はこの通り甲冑に身を包んだ姿。訳あって脱ぐことはできない。故にその刻印でもって、下位契約の証とする。私を求めるときは、その刻印に霊力を込めよ」

「……ありがとう、ウォルワナ」

「これから私は其方の剣だ、獅子谷玲音。聖剣、断魔の聖剣ガラティーン。聖騎士王と同じ理想を追う其方を、私は支援しよう」

 無事契約が済み、当人二人を覗く周囲もまた安堵する。だがミーリとしては一つ出てきた疑問に、首を傾げた。

「異性同士なら口づけしなきゃじゃないんだ……あぁいう方法もあるんだなぁ」

「ミーリ、私を召喚するまえに習ってたんじゃないの?」

「習ったような、習ってないような……」

「ようは憶えてないのね。まぁ、あなたらしいけど」

「ってかロンは、どうして刻印にしなかったの?」

「そんなの、決まってるじゃない」

 腕を引っ張り、頬に口づけをする。誰の目のまえでも堂々とできるロンゴミアントのことが、正直レーギャルンとウィンは羨ましかったりもした。無論、そんなことは口に出さないが。

 ロンゴミアントははにかんで、そのままミーリの腕に抱き着いた。

「こうやって、あなたとチュッチュするためよ」

「そっか。それは光栄だな……」

 ミーリの視線が他三人に移る。三人はなんで刻印にしなかったのか、その疑問が今投げかけられていることを察して、レーギャルンとウィンは顔を逸らした。目の見えないネキは、そのままだったが。

「まぁ、いっか」

 答えてもらえないなと察して、その場は置いておく。それより今はやることがあったと、ミーリはロンゴミアントの手を握った。

 ロンゴミアントは言葉もなく察し、槍になる。

 死後流血ロンギヌスの槍を握ったミーリは宙を裂き、地面を引っ掻き、玲音とウォルワナのまえに立った。

「さてレオくん。無事に契約もできたことだし、早速始めようか。構えなよ。師匠直伝の剣術を、俺がみっちり叩き込んであげる」

 今はとにかく時間がない。戦力を増やすためにも、玲音にはここでウォルワナの使い方を憶えてもらわなくては困る。どんなに強い神霊武装を手に入れたとしても、その使い方や能力を知らないのでは、無力でしかない。

 玲音は早速、刻印に霊力を注ぐ。刻印を通じて送られた命令に従って、ウォルワナはその姿を剣に変えた。

 刀身の長い、光を放つ大剣。玲音が振り回すにはやや大きすぎるかもしれないが、契約さえしてしまえば持てないことはない。

 だがまだ初めてで慣れてないため、玲音はまだ剣に振り回されている状態だった。

 ここからどこまで玲音を鍛えられるか。それが課題である。

「行くよ、ロン」

『えぇ』

 ミーリが一歩踏み出す。

 それと同時だった。膨大な霊力を感じられたのは。見上げるとそこには四人の人型の影があって、それが神であることは、まだまだ霊力探知に関して未熟であるミーリや玲音でさえ、直感した。

 それだけ膨大で、濃く重い霊力だった。玲音は震え、半歩後ずさる。だがミーリが動じなかったのも、側に親しんでいるスカーレットの霊力があるからだった。もしそうでなければ、唾くらいは飲み込んでいたかもしれない。

 敵の突然の来訪に、スカーレットは首筋を掻く。正直敵がすぐさま転移してくることは、想定していなかった。ただそれでも、余裕ではあったが。

「ミーリ、ティアを連れてここを出て行け。なるだけ遠く、遠くへだ。ここを壊されると、私の寝床がなくなる」

「師匠は……まさかと思うけど――」

「あぁ、ちょっと話してくる。この凄まじい霊力を放ってる奴なら、少しは……」

 その先は言わなかったが、言いたいことはわかった。その笑みを見れば、誰でも想像はつく。

 この女性が何故三柱と呼ばれるほどに強いのかと言えば、その性格も理由の一つとしてあげられることを、ミーリは弟子ながらに知っていた。

 故に思う。絶対に話だけでは終わらない、と。

 ミーリは一度吐息すると、ティアの手を引っ張って城の中に入っていった。

 それを見届け、スカーレットは跳ぶ。人外のそれと思える脚力で三人の上を取ると、霊力で作った足場に乗り、見る限りでは、宙に立つ形で一番上にいた魔神と対峙した。

「おまえか、ティアマトを狙う魔神というのは。随分早かったな、驚いたぞ」

「……あなたは?」

「スカーレット・アッシュベル。人間だ。そちらの名前も聞こうか? 魔神」

 隻眼の黒尽くめの魔神は吐息する。そして城をものすごい速さで出て行ったティアマトと他数人を見つけ、さらに大きく吐息した。

きよ、ラプンツェル、スノーホワイト、行ってください」

 三人の魔神が跳んでいく。だがスカーレットは追うどころかそうしようともせず、ただ黒尽くめの魔神の返答を待っていた。

 そんな彼女に、魔神は三度みたび吐息する。

「待っても名乗りませんよ。ティアマトさえ頂ければ、私はあなたに用はないのですから」

「……そうか。だがそうならば、余計に名乗ることを薦めよう。おまえのその野望は、ここでついえる。何せ、私達が阻むのだからな」

「……」

「さぁもう一度聞こうか、魔神。そちらの名前はなんというのかな」

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