リエン・クーヴォ

 青い空、青い海、白い砂浜、眩しすぎる太陽、涼しい潮風、そびえる山々、豊かな緑、そして人で賑わうテーマパーク。

 孤神島こがみじまの魅力を一気に語ろうと思えば、これくらいだろう。

 二泊の長い船旅を終えて、全五〇組の修学旅行生達は島に上陸していた。

「じゃあおまえら! こっから先、七泊八日間自由行動だ。だが! 人に迷惑をかける行為をした奴や、大病を患ってこの島で処置ができないレベルになった奴は即! 島から出てってもらうからな! そこんとこしっかり自覚して、健康管理もしっかり行うように! では、解散!」

 自称優しい先生が解散宣言すると、生徒達は一斉にバラけた。

 早速テーマパークに行こうというグループもいれば、海で泳ごうというグループもいる。ホテルに行って休もうというグループもいるようだ。

 さて、そんな中でミーリはどうするのかというと――

「ミーリ、ホテル行かない? 私疲れたわ」

「ま、マスター……私、街を見てみたい、です」

「腹減ったぁ。飯行こうぜぇ、飯ぃ」

 パートナー三人の意見がまったく合わず、困惑していた。初めてパートナーが三人いることの不便さを感じる。

 どうしようかとふと周囲を見回すと、時蒼燕ときそうえんの姿が目に入った。

 何やら一人の女子生徒に言い寄られている。その雰囲気はまるで、告白されているよう――いや、まさしくその通りか? 顔を真っ赤にしている彼女の態度といい言葉を聞いただろう蒼燕の反応といい、それに近いものを感じる。

 青春だなぁ、とまるで数十年前に青春期を終えた老人のような目で見守った。

 さて、べつの方に目をやると、今度は荒野空虚あらやうつろグループが目に入った。

 二人のパートナーいくさてん――主に遊ぶことが大好きな戦にわがままを言われ、こちらも困惑している模様。思わず、頑張れ、と心の中で思ってしまった。いや、思って全然いいのだが。

 オルア・ファブニルは数人の女子と一緒に、テーマパークに行くようだ。早速なんのアトラクションにするか、相談しているのが聞こえる。だが彼女はいわゆる絶叫系に苦手意識を持っているようだ。他の女子がノリノリのようだが、大丈夫だろうか。

「ミーリ・ウートガルド」

 自分のことを唯一フルネームで呼んでくるのはただ一人で、そうでなくとも、その声を聞けば誰か想像することができた。

 結果、振り返ったそこにいたのは想像通りリエン・クーヴォとそのパートナーで、さすがに暑いからなのか、いつも身に着けている部分部分の鎧をすべて脱ぎ、ごく普通の女子が着るだろう服に身を包んでいた。

 リエンのそんな姿は、初めて見た。

 というか本当に初めてだ。彼女が女子らしい格好をしているところから、まず初めてだ。

 まるで暗黙の了解であったかのように彼女は鎧を脱がなかったが、ここでは様々な警戒を解いたということなのだろうか。何せ真夏ですら熱を持つ鎧を脱がなかったほどだ。よほどリラックスできているのだろう。そう思うとこちらも気が楽だ。

 ――だが待て。では暑いから脱いでるのではないのか。

 でも暑いのが理由でないのなら、他に何が理由として挙げられる? 警戒態勢を解いているからとしか、理由として考えられない。というか思いつかない。

 その理由が、単にミーリという異性に自分だって女子っぽい服を着るのだというところを見せたかったという可愛げなものだという結論には、ミーリでは至らなかった。

 後ろの三人は、女子の勘で至ったようだが。

「どうした」

「いんや、べつに。ただそういう格好もするんだって思って。いつも重い鎧着て、窮屈そうだから」

「そうだな。今は開放的な気分だ……それで、どうだろうか」

 ワンピースの裾を揺らし、ティアラ型の髪飾りを光らせ、ほんの少し上目遣いでミーリを見つめる。

 そんな行動をするときが昔ユキナにもあって、それが何を求めているのかはさんざん言われていた。

 だから改めて、今度は色々な目線で足から頭まで見回し、色んな角度から見渡して、ふぅんと顎に手を添えた。

「見直したっていうと変だけど、でもそういう服も似合うんだね。うん、綺麗だよ、リエン」

「そうか」

 リエンは嬉しそうにはにかみ、頬を紅潮させる。後ろの彼女のパートナーも、そんな主人を見て嬉しそうだった。

 よかった、間違ってはいなかったようだ。

「あれ、そういえば妹は?」

 そう訊くと、リエンは少し思いつめた顔になってしまった。

 いけない、これはまだするべき質問ではなかったらしい。

「すまない。今も私達のことを遠くから見ているのだと思うのだが、おまえと話すことはないと一点張りでな……」

「そっか」

 まぁたしかに、ずっと自分達を見ている視線が一つあることには気付いている。ここから約三〇メートル先の、おそらく自由解放でもされているのだろうホテルの屋上庭園から。

 まったく。そんな殺気を出していたら、すぐバレるだろうに。

 そんなことをまだ一年では習っていないエリアは、何故ミーリがこの二つのレンズを見ているのかわからず、見つかっているということにただ驚愕した。とっさに視線を外し、庭園に植えられている木の後ろに隠れる。

 そして双眼鏡をしまいながら、もう片方の手で折りたたんでいた資料を広げた。

 ミーリ・ウートガルド。

 対神学園・ラグナロクの現四年生。

 身長一七四センチ。体重五七キロ。

 神霊武装ティア・フォリマ死後流血ロンギヌスの槍、害なす魔剣レーヴァテイン自由なる魔弾フライ・クーゲルの、現時点三種。

 師匠は人類最後の三柱が一人、スカーレット・アッシュベル。

 ラグナロク最強の七騎しちきにして、現最強。その実力は他七つの学園でも知られており、全学園最強であるラグナロク同様東の学園、エデンの現主席の生徒と実力を同等とされている。

 ここまでが、独自の調べでわかったことだ。

 大したことがわかったわけではないが、これだけの情報でもわかるのは、ミーリが相当な実力者であるということだ。

 故にミーリが彼氏となった女子は、とても鼻が高いだろう。卒業後はきっと、対神専門の軍で重宝されることになるだろうから。

 だがその本人はといえば、女子なら誰にだって優しいチャラけた男。女性陣からの人気を総取りして、いい気になっているに違いない。そんな男に、大事な姉をやるわけにはいかない。

 だからこそ、一番本性が出るだろうこの修学旅行で、姉にあの男の素顔を見せてやる。そのつもりだった。

 その手始めとしての監視は早速標的にバレてしまったが、まだまだ根気よく続けていくつもりだ。

 待っていろ、必ず化けの皮を剥がしてやる。

 と、まぁそんな気でいるのだろう。

 姉リエンはお見通しであった。でもだからこそ、見ているのなら、見せつけてやるべきだ。この男がどういう人なのかを。

「ミーリ・ウートガルド、少しいいだろうか」

「何々?」

 手招きしたミーリの腕を、そっと抱き寄せる。そのまま少し背伸びして、ミーリの耳元に口を近づけた。

「明日、私に付き合ってくれ」

「いいけど、いいの? 君の妹、きっと監視してくるよ?」

「構わん。むしろ見せつけてやりたいんだ。おまえという男が、どんな奴なのか」

「そう。じゃあ明日はデートね」

「デート……デート、か……そうだな。うん、そうだ」

 腕を離したリエンは、そのままパートナーを連れてホテルへと歩いていった。その姿は堂々としていて、いつもの鎧を着た銀髪の聖女だった。

 最近妹のことで参ってる姿を見てるだけあって、その堂々たる姿を見れたのは安心できた。

 参ってたのは、初対面のあのときくらいか。

 初対面は、二年の春。

 ミーリは七騎――当時は九人だったので九騎きゅうきと呼ばれていたが――に入ったばかりで、同学年から噂になっていた。

 さらに二年から神様討伐の依頼に行けるようになり、神霊武装も召喚できるようになったため、ミーリは同学年から一緒に行かないか、いや来てくれと誘われた。

 一年の頃から例外として神霊武装を召喚していたミーリは、まだ召喚したばかりで使いこなせていない同級生からしてみれば、身近でいい手本だったのである。

 ただ指導された経験はあってもした経験はなかったため、ミーリはひたすらに使い方を見させて盗ませようとした。が、自身の実力と他の生徒達とでは差がありすぎて、結果彼らは自ら慣れるまで相当の時間を要したのだった。

 そんなミーリが、また同級生から一緒に討伐をしてくれないかと誘われた。ただし初めてだったのは、誘ってきたのが手紙でということだった。

 これでは受けるにしても断るにしても、わざわざ会わなければならないではないか。

「面倒だなぁ……」

「そんなこと言わないの。ホラ、行くわよ」

 呼び出された場所は、第一闘技場・リブルの裏口。普段から誰も出入りしないせいでほとんど開くことのないその扉の前で、彼女達は待っていた。

 鎧を着た銀髪の聖女と、青髪の聖女。

 彼女達二人をどちらともだと表現したのは、彼女達からにじみ出る雰囲気がそう見えるからという感想からくるものだった。故に初見、どちらが主人で神霊武装なのか、ミーリにはわからなかった。

「こうして話すのは初めてだな、ミーリ・ウートガルド」

「えっと……名前は?」

「……リエン・クーヴォだ。こちらは私のパートナー、カラルド」

「じゃあリエとカラだね。よろしくぅ」

 ミーリは名前を憶えないわけではない。聞いた直後にニックネームを作ってそれで呼ぶのは、そうした方が親しみやすいし、呼びやすいからである。

 とはいえ、彼は正面から面と向かって名乗らないと憶えない。それは幼子からの性格というか性質で、事実ミーリは自己紹介などしない親の名前を憶えるのにかなりの年月を要していた。

 だが一度名乗られ、ニックネームをつけてしまえば、自然と本名も憶えられる。より有効的な関係を築くためのミーリの術であったが、リエンはそれが気に入らなかったようで、眉間に一瞬シワを作った。

「すまない、ミーリ・ウートガルド。その愛称はやめてほしい。私はリエン・クーヴォ以外の、何者でもないのだから」

「……そう? リエ、結構気に入ったのに」

 同級生ながら話すのは初めてとあって、リエンはここで第一印象を抱く。

 上着に袖を通さず肩にかけていることといい、軽々しい態度といい、人をまず愛称で呼ぼうとするところといい、あまりいい印象は抱かなかった。

 だがそれでも、ミーリは強い。

 一度ミーリと当時の他の九騎との戦いを見たことがあったが、余裕の勝利だった。おそらく相手の倍以上の戦闘経験があっただろうことは、戦いを見て想起できる。

 だからこそ、自分は彼を今回の討伐依頼に同行させようと思ったのだが……まったく何故彼と学園長といい、軽いキャラクターは実力の方は軽くないのだろうか。

 その理由がもし才能であるのなら、まったくもって不愉快である。真面目な人ほど、努力する人ほど、才能が与えられないだなんて。

「どしたの?」

「いや、なんでもない。さて、おまえを呼び出したのは、手紙にあった通り神討伐に協力してほしいからだ。行ってくれるだろうか」

「内容にもよるなぁ。あまりにも面倒だったら、俺は行かないよ? 俺はこの後ロンとゆっくり昼寝して、そのまま勢い余って明日の朝を迎えるつもりだったんだから。そういう予定があるんだから」

 それは予定、とは言わない。

「敵は下級天使の大群を引き連れた、中級天使だ。私一人では手が余る。是非おまえの力を借りたい、ミーリ・ウートガルド」

「数は?」

「不明」

「中級天使の階級は?」

能天使パワーズ

「君の神霊武装の能力は?」

「教えることはできない」

「よし、いいよ。行こうか」

 質問三つで即決定。しかも答えられたのはたった一つだというのに、何故のだろうか。

「どしたの? 早く行こうよ」

 依頼者はリエンだというのに、そこから先はミーリが先を行ってリエンを急かし、汽車に乗り、車の荷台に乗り、街についた。

 そして自ら街の人々に話を聞き、情報を収集し、そして天使の巣を見つけ出した。ここまで行動力のある人間とは思わず、つい驚いてしまう。

「どしたの?」

 天使の巣へと向かう途中、ミーリに訊かれた。だが包み隠すというのは性格的に苦手で、あまりやりたくはなかった。

「いや、ただここまで協力的だとは思わなかった。面倒なのはイヤなんだろう?」

「……いやだって、相手下級天使でしょ? 他の依頼と比べたら楽だもん、あの子達」

「下級とはいえ、天使は天使だ。神に最も近い存在だぞ。臆してもいい相手だ。私だって緊張している」

「大丈夫だよ。リエン見た感じ強そうだし、俺も下級天使なら、何度か相手したことあるから」

「何度も?」

 リエンは知らなかったが、ミーリは師匠の下で下級天使を相手にやり合ったことが何度もあった。

 一人で一三〇の軍勢に立ち向かったこともあるし、弟子三人で六〇〇の大軍勢に飛び込んだこともあった。故にもう、下級天使の群れは怖くなどなかったのである。

 たとえ今回の総数が、八〇〇を超えていたとしても。

「すごい数。よくもまぁこれだけを、あの一体が仕切ってるよね」

 廃村に集結している天使達の中に、ひと際大きくて翼の白い天使がいる。おそらくあれが、今回下級天使達をまとめている中級天使なのだろう。

 彼の周りには小さな翼を持った子供達――下級天使たちが集まっている。調度今、この周辺の街を襲撃して得たのだろう人間の魂をクッキーサイズに分けて、頬張っているところだった。

 ミーリはそれを視認して、よかったと思った。

 約八〇〇の軍勢だ。この中の誰を殺さないで誰を殺すなんていう手加減はできない。故に皆殺しが、一番楽だった。

「ロン」

「えぇ」

 ミーリが手を取って、ロンゴミアントは取ってくれたその手に口づけする。紫の聖槍、死後流血の槍が、ミーリの手に握られた。

「じゃあ俺が先行するから、リエン達は後から突っ込んでね」

「一人で行くつもりか」

「心配しないでいいよ。死後流血の槍は、むしろ多人数相手の方が実力発揮できるから。じゃ、行ってくる」

「おい……!」

 一人、森を抜けて跳び出す。天使の一体の上に着地して、そのままその一体を串刺しにした。

 ミーリの着地に、他の天使たちが距離を取り始める。だが中級天使は高く飛び上がり、翼を大きく広げて輝かせた。天使の間にしかわからない光の信号が、彼らに送られる。

「どうもぉ。早速で悪いけど、殺すから」

 槍を振り回し、突進する。

 対する天使達も自らの武器を持ち、一斉に襲い掛かった。

 そこから先は一騎当千。

 紫の槍が、白い光の海を泳ぐ。舞う。駆け抜ける。降りかかる攻撃ひのこを打ち払い、薙ぎ払い、叩き潰す。

 青い槍兵が紫の槍を手に、次々に敵を一掃していく姿は圧巻で、壮観で、絶句だった。もういつ、自分が入っていいのかわからない。パートナーにいつ、武器になれと言っていいのかわからない。

 言おうとすると言葉が詰まって、見入って動けなかった。

 白い天使の血を浴びて、自らも白濁の色に染まっていく。だがその白濁すら聖槍は吸い取り、やがて紅色になって海の中でただ一つの光となった。

 その様はまるで、たいようの光を浴びて光る天使達ほしぼし。天使達の体も、血も、周囲の全ては紅に染まる。

 その姿、戦う様、まさに光。

 紅色の槍はときに双剣ともなって天使を切り裂き、貫き、掻き切る。

「ロン!」

『えぇ!』

 高く。高く跳び上がり、そして構える。中級天使は翼を羽ばたかせ、それを阻止せんと滑空する。

 だがそれは遅く、投擲の一撃は中級の天使を貫き、地上の天使達を紅の閃光で包み、掻き消し、一掃した。

「“槍持つ者の投擲ロンギヌス・ランス”」

 総数八七九。軍勢と呼べる数を、ミーリは五分弱で掃討した。廃村は跡形もなく消え去り、一面荒野のような平面になってしまった。

 立っているのは、ミーリただ一人。這いつくばっているのは、死に損ねた下級天使が一体。

 ミーリが歩み寄ると、彼は体と声を震わせた。

「お願い……殺さないで……僕なんでもするから……なんでも、なんでもするから……」

「そっか」

 人間にしてみれば、まだ年端も行かない子供。ここで反省し、もう人の魂を食べないようになれば、もう殺す必要性はない。そんな彼が上級天使へと昇華すれば、きっと天使達は人間と手を取り、戦争の前のような時代を一緒に生きられるだろう。

「じゃあ死んで」

 だがそんな確率は無に等しい。

 一度人間の魂の味を覚えた天使は、麻薬中毒のように魂を求め、また人間を殺すだろう。それでは意味がない。

 それにここで殺さなければ、彼らに殺された人達が浮かばれない。それでは意味がない。

 喰われる者が喰う者に反逆するのだ。そんな命乞いを、聞くわけにはいかない。

 ミーリの槍は天使の喉を掻き切り、痛みを感じる暇も与えずに即死させた。それが、せめてもの情けだ。

 これで本当に、すべての天使を殺し終えた。

「終わったよ」

 結局、あとから出て行く時間も隙もなかった。思わず見入ってしまったことが、少し悔しい。

 森を出たリエンは、小さく吐息した。

「参った。私の出る幕がなかったよ、ミーリ・ウートガルド」

 そのとき以来、リエンは悔しさからか負けず嫌いな性格なのか、一度も参った顔もしなかったし、参ったということもなかった――いや、それは意味が違うのか?

 とにかくそれ以来、リエンとは仲良くしている。滅多に話すこともないが、話は合う方だろう。

 今は同じ七騎だし、これからも仲良くできればいいなと思う。

 ただ彼女が七騎に入る際、何かしら条件があったようだ。その条件の内容を、ミーリは知らない。いつか聞いてみたいなと、思うところだった。




 

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