神に愛される青年
かつてブラドという軍人貴族が治めていた、一つの農村地。
そこが一番ブラドの好きな土地であったが故、村には彼が生前使っていた屋敷がある。彼はそこで、最後の生涯を過ごしたのだとか。
その屋敷の中に一つだけあるゆったりとした椅子に、ユキナは脚を組んで座っていた。手にはどこからか盗んできた、ブラドに関する資料。それらを黙読しながら、おもむろにあくびした。
「ブラドは敗れたのか」
そんなユキナに声を掛ける、ユキナと同じ黒髪の女性。
だがその背丈はユキナより一回り大きくて、体つきも大人びていた。そして腰には、四本の日本刀。
「えぇ。でも彼女は約束を果たしてくれた。ミーリを強くしてくれた。もう感謝しかないわ。彼女の
そうは言うが、結局のところユキナの頭の中には、ミーリのことしか頭にない。
今はただ、ミーリがブラドを倒したことでより強くなり、さらに自分を殺してくれる可能性が増えたことが――自分をより愛してくれるだろうことが、ただただ嬉しいだけだ。
それしか頭にない。他のことといえば、次はどうしようかなくらいだ。
そんなユキナに、彼女は溜め息を漏らす。
「よくもまぁ、そこまで一人の異性に執着できるものだな」
「あなたも恋をすればわかるわ。その人に愛されたい。その人のカッコいい姿を見たい。その人に蹂躙されたい。その人にすべてを受け入れてほしいし、受け入れたい。これこそ恋よ。愛よ。これが乙女心というものよ、スサノオ」
「いや、おまえの恋愛観を押し付けられても困る」
スサノオと呼ばれた彼女は首を振る。
だがユキナはそんなことはお構いなしで、興奮した様子で資料をグチャグチャに丸め、適当に放り投げてしまった。
「とにかく恋をしなさい、スサノオ。そうすればわかるわ。あ、でもミーリはダメよ? 彼は私のものだもの。彼は私だけが、
「今絶対に文章にしたら無理矢理なルビの振り方しただろう」
「何を言ってるの? まぁいいわ。とにかく、ミーリにはもっと強くなってもらわなきゃ。私を
そのミーリはというと、昼寝から調度目を覚ましていた。ちょっと寝るつもりだったのが、結構な時間寝てしまったらしい。
寝るまえには読書をしていたロンゴミアントが、ミーリの隣で寝息を立てていた。ミーリの腕に抱き着いて、柔らかな谷間に挟み込んでいる。
その手をそっと、本当にそっと抜き出すと、ミーリは起き上がろうとした。
が、何やら腹部にも重みを感じる。シーツをどけると、レーギャルンがコタツの上の猫のように丸くなって、スースー言っていた。
これはどかしようがない。レーギャルンの頬を指先で軽く叩いて起こす。
「マス、ター……? ……! ごめんなさい!」
すぐにどいてくれたレーギャルンに、いいよいいよと頭を撫でる。そうすると真っ赤な少女は俯いて、嬉しそうにはにかんだ。
そんな少女を、見ていたウィンが持ち上げどかす。
「ったく、イチャイチャしてる場合かよ。ホラ、もうすぐ時間だぞ?」
「オー、ボーイッシュ、ナイス。ありがとね」
「……あ、あぁ」
ウィンとタッチして、上着を肩にかける。そして思い出したようにロンゴミアントを一撫でして、外に出て行った。
もうここ最近はよく来ている、植物園前の公園。とくに何か遊具があるわけでもなく、あるのは噴水だけなのだが、何か噂でもあるのかカップル達が夜には集う。
そんなところに来たミーリと
まるでもう、カップルの中の一組である。
「来てくれてありがとう。すまなかったな、手間をかけて」
「いいよ、約束だもん。討伐依頼が終わったら、話聞いてあげるって約束だったもんね」
「その話なんだがな……今回は、いい」
「なんで?」
「私は、おまえを守ると言った。約束したつもりだ。だが結果は今回なんの活躍もできなかった。
「じゃあ約束しようよ」
「約束?」
そ、と、ミーリは小指を出す。そして空虚の手を持ち上げて小指を出させ、自分のと繋げた。約束の指切りである。
「東洋だとこうやって約束するんでしょ? あれ、違った?」
「あ、あぁいや。合っているよ、うん。合ってる」
「じゃあ約束ね。ウッチーがもし俺のことを守ってくれたら、話を聞いてあげる。そのジャッジは、ウッチーに任せるよ。ウッチーがこれならスッキリできるなってときに話して」
「……その、いいのか? おまえは、私のわがままに付き合っても」
「いいよ。友達のわがままの一つくらい、聞くのが普通でしょ? そんな無理難題じゃないし、全然いいよ」
「……ありがとう、ミーリ」
その後、空虚と別れたミーリは、稲成神社の側にある墓地に足を運ぶ。手には、植物園で買ってきた花束が一つ。
まだ墓石が置いてない、いわゆる空き地に花束を置いたミーリは、その場で手を合わせて拝んだ。
――我が貴様のものになるのはいいか?
彼女はそう訊いて、自分はイエスと答えた。
一個人を自分のものというのはなんとなく気が引けるが、だがそれでも、彼女はもう自分のもの。
ならばこうして花を添え、冥福を祈ったところで、彼女自身も他の誰も、文句は言わないだろう。彼女は、自分のものなのだから。
カミラ・エル・ブラド。
彼女と過ごした短い時間を、忘れることはない。戦いの全てを、忘れることはない。忘れたくはない。こんな神様もいたなと思い出して、懐かしむ日も来るだろうから。
彼女は自分のもの。彼女との思い出を大事にするのも、自分の勝手だ。誰にも文句など言わせない。
彼女のことをどう思っていようとも、誰にも文句は言わせない。
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