対神学園
対神学園・アンデルス。
図書館の別名を持つ学園の学園長室には、世界で二つとない古代書物ばかりが並べられている。その価値はもはや、金額にすることはできないだろう。
そんな書物に囲まれながら、クリス・ハンスは電話で会談していた。相手は、ラグナロクの学園長
会談の内容は、もう一週間もまえの
「死者、四五人。怪我、六九人。予想していたよりかは少ない被害で済んだかと」
「それでも、死んでしまった生徒達の遺族には、謝罪するしかないよクリス学園長。神と違って、人にはその死を悲しむ人達がいる」
「そうですね……私の学園がもっとも多くの生徒達を死なせてしまった。その
大半は、クリスと鳳龍の二人が喋る。グリムの学園長が言葉を発するのはときどきで、故に謎の多い人物と言われていた。
そんなグリムの学園長が、溜め息する。言葉以上に出てこないものが電話から聞こえて、二人は思わずそちらに耳を澄ませた。
「どうしたんだい? 君が溜め息なんて、珍しいじゃないか」
「そんなことはない。私はいつもついている……ただ、気になるだけ。今回アンデルスが投入した、対抗策について。クリス学園長、説明を求めたい」
「説明、ですか」
「目撃したグリムの生徒達によると、それは人型で、背に翼を宿していた。さらに霊術まで使ってみせた。となると、機械仕掛けの産物ではない。クリス学園長、アンデルスは、一体何を飼っているのか」
クリスはしばらく黙る。
開口一番、出てくるのはとぼけるための一言か、言い訳のための一言か。どのような言葉が出てきても、真実を語らなければ逃すつもりはない。
そんな雰囲気が、電話の向こうから伝わってくる。
だが所詮は顔も見えない電話。グリムの学園長も鳳龍も、クリスが口角を持ち上げたことには気付けない。
「ご安心ください。先日我々が発掘した遺跡にあった文献を元に創造した、一種の人工生命のようなものです。未だ正常稼働には至っておりませんが、できればこれまでにない戦力になるでしょう」
「……なら、いい」
「でもクリス学園長、そんなものを作ったのなら、僕達にも教えて欲しかったな」
「申し訳ない。何しろまだ未完成のようなもの。実戦でも一分が限界でしたし、先に教えていても大した役には立たなかったでしょう」
「それでも、死なない生徒がいたかもしれない。そう思えばよかったのでは?」
「……そうですね。重ね重ね、申し訳ないです」
電話会談を終えたクリスは、学園長室からエレベーターで地下へと降りる。
蒸気を発して動く機会が数台と、気泡を立てている液体を入れたカプセルを持った機械数台。そのほか様々な機械機器が並び、一つの管で繋がっていた。
その先は最深部――巨大な氷の柱へと続く。
凍っているのは表面だけの柱の中は液体で、無数の気泡がその中で眠っている白と黒の混じった長髪を持つ少女にぶつかって弾けていた。
相も変わらないその姿を見上げ、クリスは吐息する。
「学園長、回収した死体はいかがしますか」
教員兼科学者の人間が訊く。その後ろには人間を遥かに超えた大きさの男がいて、数十の人間の死体を抱えていた。
「体に余った霊力を、すべて吸い取ってしまいなさい。その後、体は焼却炉に。遺族の方々には、神に喰われたとでも言っておきなさい。
「はい」
科学者と男が部屋を出て行き、クリスは一人見上げる。柱の中に液体が追加されて、その流れに少女が揺らぐと、おもむろに、その口角を持ち上げた。
今回の出撃で、データは取れた。半永久稼働に必要な霊力量も、いずれ算出できる。そうなれば、神々を滅亡することができる。神を超えた、魔の力で!
クリスは笑う。笑い声が響く。
その声は柱の中まで響き、液体となった霊力を浴びた少女は半分目を開き、そして老人を
老人の考えなど、知ったことではない。霊力さえ与えれば思い通りに動く。その思い上がりに、少女は気泡を立てて吐息した。
「ミ……リ……」
対神学園・ラグナロク。
「遅いな……会長」
いつもは一番に来ているローだが、今回はアンドロシウスの見舞いもあって遅れてくるそう。
だがそれでも遅い。重体と聞いてるだけあって、ミーリも空虚も、戦場に出ていないリエンとリスカルの二人も、心配の面持ち。だが誰一人して、その部屋から出ようとはしなかった。
そこに、待ってましたと足音が近づいてくる。走ってはないようだが急ぎ足のそれは、扉を勢いよく開けて入ってきた。
「遅れて申し訳ない……さて、始めようか」
「ロー、アンドロシウスの容体は」
座ったローはシャツの襟をつかんで
「一命は取り止めた。が、もう戦場に立つことは叶わないそうだ。今日本人にも会ってきたが、学園長と話し合って、学園を去ることを決定したらしい」
助かってよかったという喜びと、もう学園で会うことはないだろうという寂しさが、同時に来る。だがどちらかというと寂しさの方が大きい。
リスカルは頭を抱え、リエンは腕を組んだまま吐息する。空虚も肘をついた手の甲に額を乗せてうなだれて、ミーリは一瞬だけ目を閉じた。
そして、襲って来そうな沈黙を察して、口を開く。
「よかったじゃん、死ななくて。ね? 助かったんだから喜ぼうよ。アン先輩とは、また会えるんだし」
「……そうだね。ウートガルドの言う通りだ」
全員気持ちを切り替える。こういうときのミーリの機転は、よく効く方であった。
さて、とローも気持ちと話題を切り替える。
「現在僕らは七騎と名乗っているけれど、ウィンがウートガルドの武器になって、アンも退席。今や僕らは五人だ。だから、
「何、改名?」
「いや、これからも僕らは七騎だ。そのため、新しい二人の仲間を紹介しようと思う」
四人はそれぞれの反応を見せる。
ミーリ一人が、誰かなという中身の知らない箱を開けるまえのような心情でいる中、他三人はその話自体を疑問視した。
一体いつ、七騎としてふさわしいかを見極めたのだろうか。本来なら、そのためのテストをするはずだ。だがここ数日は吸血伯爵討伐の件で、半数以上が忙しかった。テストなど、する暇はなかったはずだ。
そんな中で、二人も選び出したというのだろうか。そんな例、おそらくすべてを辿っても、結成当時以外ないだろう。
「じゃあ二人共、入ってきてくれ」
扉を開け、二人が入ってくる。
入ってきた二人を見たミーリは、思わずおぉと言ってしまった。
「ども! 対神学園・ラグナロク四年! オルア・ファブニル! 今日からよろしくお願いします!」
「同じく三年、
「二人は吸血伯爵討伐の件で、七騎には充分といえる活躍をした。故に、僕が推薦したんだ。みんな、よろしく頼む」
「オルさん、蒼くん、よろしくぅ」
二人とタッチして、早くも歓迎ムード。そんなミーリに続いて、空虚も握手する。実際に同じ場にいた二人が認めていることもあって、リスカルとリエンの二人も承諾した。
その場が一転、明るい雰囲気に変わる。そのまま集会は歓迎会へと代わり、二時間ばかり談笑した。
「でもオルさん、よく七騎なんて承諾したね。神様ってバレない?」
オルアに耳打ちする。すると彼女は笑って、そしてミーリにウインクした。
「大丈夫、君が知ってくれてるしね。それに言ったじゃん。僕は君が好きだ。君を守る。そう、僕が決めたんだ」
「ならいいけど」
そのとき、オルアの生徒証が鳴る。電話の相手は学園長で、呼び出しのメールだった。報告書にサインがないんだそう。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「いってらぁ」
行こうとして、ドアノブに手をかけて止まる。オルアはステップするような足運びで近付くと、ミーリの肩を叩いた。
「ミーリくん」
「ん――」
不意打ちで、ミーリの頬に口づけする。それは人間の時代まで遡ってもしたことなくて、少し恥ずかしかったが、でもイヤではなかった。
その一瞬を見ていた空虚とリエンに、オルアは指を伸ばす。そして手首を傾げて、銃で撃つ真似をした。
そのままオルアは部屋を出て行く。
「ミーリ……」
「ミーリ・ウートガルド……」
空虚とリエンの威圧的視線が痛い。だが何故そんな視線が送られているのかは、ミーリはずっと理解できないままだった。
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