vs カミラ・エル・ブラド Ⅳ

 ブラドという男がいたのは、今から約五〇〇年ほどまえの話。

 貴族の家に生まれた彼は、後に八つもの戦争で策をろうした名軍師にして、自らも三度戦場に出向いた、腕のある軍人となった。

 そして戦争に勝てばその褒美として土地を与えられ、ブラドの家は彼の代で、著しく大きな名家へと成長した。

 だが家はブラドの代で潰れることとなる。

 彼はまったくもって、女性に興味がなかった。

 すべての民は非力であり、すべての貴族は脆弱ぜいじゃくである。そんな考えを持っていたがために、女性は守る対象にはなれど、愛する対象にはならなかった。

 結果ブラドは最期、戦争の途中で策だけを残し、病に沈んだ。

 全盛期に彼が成した串刺しの所業は伝説化され、彼が戦場に行くとき愛用した槍が血をすするような赤だったがため、二次元の創作物語に吸血鬼として登場した。

 それが、ブラドの吸血鬼としての所以ゆえんである。

 だが実際、彼は伝説に記されているほど、残虐な性格ではない。人のことをえさだと思うような考えの持ち主でもない。

 それどころか、彼は人を愛していた。民を愛していた。故に死ぬ間際まで、彼には多くの人々が訪問し、彼を励ましに行った。彼は生涯の最初から最後まで、人々に愛される人だった。

 決して吸血鬼として、人々に恐れられていたなんてことはない。

 そんな彼の優しい面は、残念ながら資料として残っているものはない。戦争中の資料に、彼個人の一面を残す空白など、なかったのだ。

 故に彼は吸血鬼として伝わった。残酷無慈悲な吸血鬼として歴史に名を遺した。たとえそれが空想でも、それが後世に残った、ブラドという男の姿だった。

 誰も、ブラドという人間のことを知る者は、いない。いなかった。

「あれが吸血鬼ブラド……間近で見るとなんと禍々しい」

 自分達を見上げる吸血鬼を見返して、アスタは構える。ブラドがいつ飛んできても、対応できる態勢だ。

 一方で、陽日ようひは構えない――いや実際は構えてるのかもしれないが、構えているようには見えなかった。

 というか実際、顔も見えないほど伸びた前髪の下で、彼女はブラドを視覚できているのだろうか。そこが気になる。

 オルアは霊力を溜め始めて、結界を始める準備をしていた。集中している。邪魔はしない方がいいだろう。

「さて、じゃあ行くよ。俺がまた先行するから、オルさん以外はついて来てね」

「かしこまりました」

 陽日も頷く。

 ブラドの霊力が波を打って、四人に鎌首を持ち上げたその瞬間、ミーリとアスタ、陽日の三人は跳んだ。

 それぞれの武器を構えて、ブラドに肉薄する。

 そして先行したミーリの剣がブラドの槍とぶつかった瞬間に、オルアは詠唱した。

「あぁ人の生のなんと残酷なものか。泣けるものだ、嘆くものだ、酷いものだ。だが人々よ迷うな、振り返るな、立ち止まるな。我が旗を見上げよ。神はここにいる!」 

「“裏切りの厄災レイヴォルト”!!!」

「“聖守護領域セイクリッド・ガーディアン”!!!」

 今までのと比にならない規模で、光の結界が張られる。それと同時に降り注がれたつるぎの雨を、ブラドは直感的に避けた。

 結界がブラドの不死を無効化していると、察知したか。 

 だが逃げた先にはすでにアスタがいた。灰色の脇グラーシーザを構えて、跳んでくるブラドを待ち構える。

 だが飛行ができるブラドは空中で停止し、そのまま上空に飛び上がった。槍で結界を貫こうと、試みる。

 だが今までの比ではないのは大きさだけでなく、ブラドの槍は貫くどころか先から砕け散った。

「どこ行くの、ミラさん」  

 害なす魔剣レーヴァテインに乗って、ブラドの背後を取る。オリジナルの魔剣を手に斬りかかり、地上に落とす。

 落ちたブラドにアスタと陽日が斬りかかり、双方槍に止められた。が、足止めにはなった。

 頭上から、剣の雨が降り注ぐ。

 だがブラドは瞬間に転移していて、剣を跳んでよけたアスタの背後を取っていた。霊力込の拳が、アスタを貫かんと振られる。

 その拳を背後に槍を回して防いだアスタだったが、槍と共に背が曲げられ、反らされ、吹き飛ばされた。地面を転がり、結界を出て、大木に穴を開けた。

 着地したブラドに、陽日が斬りかかる。短刀では槍とのリーチの差に苦しむ展開だが、陽日はうまいこと体を動かして差を埋めていた。

 が、ブラドを斬るまでにはいかない。

 ブラドが警戒しているからだ。陽日の神霊武装ティア・フォリマ化血神刀かけつしんとうの赤い刀身に染み込んだ、得体のしれない毒を。

 結界が張られる前のブラドなら警戒しなかっただろうが、今は本能的にすべて避ける。正常な状態でも、そうしただろう。

「大丈夫かい、アンデルスの人」

 飛ばされたアスタが戻ってくる。正直全身ボロボロで、無事とは言い難かったが、彼自身はケロッとしていた。ミーリ同様、それなりの怪物らしい。

「入れますか」

「結界は僕が仲間認識してる人なら、自由に出入りできるよ。重力負荷の方は、敵味方関係ないけど」

「では、行きましょう」

 結界を抜けて、アスタは駆け抜ける。そして陽日の刀を躱し、一撃与えようとしたブラドを横から槍で押し出した。

 一撃は霊力を全身にまとわれて防がれたが、元々この一撃で決めるつもりはない。ここからだ。

 ブラドと距離を取ったアスタは槍を突き立て、そして自らの両手を伸ばした。正面から見ると、影が十字の形になる。

「カミラ・エル・ブラド……吸血鬼のあなたは、ご存知でしょうか。人間の戦いの中での進化を。そう、人は戦いの中でこそ、強くなれる。私も、そうです」

 アスタを取り巻く霊力の質が変わる。それがアスタの槍の能力の発動の兆候であり、アスタが本気を出す前触れであった。

「“絶対勝利の決闘ホールムガンガ”!!!」

 放たれた霊力が直後にアスタへと収束し、中へと消える。槍を持ったアスタは大きく吐息して、独特の構えを見せた。

「見てなさい」

 アスタが地面を蹴り飛ばし、肉薄して槍を振るう。

 それをブラドは防御したが、その防御の間を縫って、アスタの蹴りが脇腹に入った。それも、ほぼ同時に。

 数歩分蹴り飛ばされたブラドは肉薄する。繰り出す槍の連撃はすべて躱され、さらにアスタの槍に殴り飛ばされてしまった。

 宙を飛んだブラドに、アスタはすかさず跳躍して追いつく。そして槍を振るい、ブラドを受けた槍ごと薙ぎ払った。

 ブラドは片腕で跳ね、そして着地する。その顔はどこか腑に落ちないという様子で、アスタは口角を持ち上げた。

 まだ、まだブラドは能力に気付いていない。否、気付けるはずがない。今までこの能力に気付けた敵などいない。故にバレない。

 そんな自信が、アスタにはあった。

 対するブラドは混乱の中にあった。血を吸うことしか考えられない頭で、今自分が感じている不思議の正体を探る。

 蹴られた脇腹をさすり、槍を凝視して、ふと疑問に首を傾げる。

 それは二人の今の攻防を見ていたミーリも一緒で、ふとアスタを疑問視した。

 何故こんなにも弱い?

 剣撃が、蹴撃が、とても弱い。蹴り飛ばす力も薙ぎ払う力もあれどそれ止まりで、ダメージを与えるまでの力がない。

 それが彼の限界なのか。にしても、力がなさすぎる。

 そんな疑問を吹き飛ばすがごとく、アスタはその場で槍を回す。見た目ではわからない能力が、そこにはあった。

 未来視。

 文字通り先の未来を見る能力。それで相手が次にどうするか、それを前もって見ることができる。

 その代償として、能力発動中は膂力りょりょくの約六割の力を失う。故に力比べはできない。が、必要ない。

 未来がわかっていれば、事前に対処する方法がわかっていれば、力比べなどする必要はない。的確に、確実に、敵がスキを見せる未来を見た次の瞬間には、もう勝っている。

 これが灰色の脇の能力にして最大の技。“絶対勝利の決闘”。

 今まで破れたことはない。

 アスタは肉薄し、突撃する。

 対するブラドは槍を水平に構え、突き崩そうとする。

 だがそれはもうわかっていることで、アスタはそれを少し体を傾けて回避し、そのまま突っ込んだ。

 またもブラドの霊力が鎧のように守ったが、あと一歩踏み込めば貫ける。そこまで追いつめていた。

 その現状に、ブラドはイラつく。早く血を吸いたいがため、時間のかかりそうな勝負に咆哮した。

「もう少し付き合っていただきますよ、吸血鬼さん。あともう少しで、私の槍はあなたに届く」

 牙をむいて、ブラドは地面のすぐ上を滑空する。槍を投げつけ、振り払ったアスタの首筋目掛けて腕を伸ばし、そして斬り落とされた。

 槍から二つの双剣になった、灰色の脇に。

「ほら、届きましたよ」

 再生を始めない腕を見て、ブラドは学習する。結界の能力を。そして理解する。アスタの実力を。

 飛び上がったブラドは槍を現出し、自分と水平に構える。

 だがそんな動きをすることはアスタには見えていて、その後右に飛んで双剣を回避することも見えていた。

 跳び上がった直後に槍で突き、その後右に払えばいい。アスタは跳び、槍で突き払った。

 が――

「“吸血衝動ドラキュリオン”」

 ブラドの姿が消える。しかしそれは間違いで、実際は高速で右に移動しただけであった。

 だが速過ぎる。これでは捉えられない。

 槍が振られてもまだ先にいて、ブラドの足がアスタの頭部を踏みつけ、叩き落とした。

 次にブラドが何をしてくるか見ようと、首を持ち上げる。だが次の瞬間、視界が暗くなった。

 ブラドが血を飛ばしたのだ。血が目にかかり、視界を奪う。

 そうなってしまえば、もはや未来どころか何も見えない。

 ブラドはアスタの頭部を再び踏みしめ、地中に埋める。その反動で持ち上がった背に跳び蹴りを食らわせて吹き飛ばすとそれに追いつき、腹部を拳で殴打して上空に放り出した。

 ドーム状になっている結界の天井部分まで飛ぶ。

 それにブラドは飛びあがって再び追いつくと、拳を叩き込み一気に地面へと叩き落した。

 血を浴びせてからここまでの動作、凝縮もせずにわずか一五秒。高速の連撃を叩き込まれたアスタは、吐血するとそのまま動かなくなった。

 アンデルス最強が、沈黙する。

「ありゃりゃ……」

 結局能力はわからず終い。いくつかの仮説は立てたが、これかと決めるまえに終わってしまった。

 彼がブラドに勝つなど思ってはいなかったが、ちょっとショックである。期待できるのは、西の最強学園グリムの最強、金陽日きんようひの方。

 彼女もアスタとブラドの戦いを見ていたが、アスタがやられておもむろに歩き始めた。

 ブラドも陽日に気付き、アスタから離れる。血を吸うには彼女が邪魔だと思ったのか、女性の血の方が好みなのか、それはわからない。

 だがもうアスタに興味はないようで、そのまま放っていた。

 牙をむき、槍を持ち、唸りながら歩み寄る。そんなブラドに対して陽日は短刀を構え、何か一言呟いた。

 ミーリからは聞こえなかったが、何か言ったのはわかった。

 彼女はその一言を呟くと、短刀を持って肉薄した。

 逆手持ちが基本となるようで、独特の構えから短刀を振るう。ときに手の中で短刀を回して普通に持つが、切り払うとまた回して、逆手に持ち替えた。

 それより気になるのは、短刀の能力。おそらく度々落ちている滴から、毒を扱うのだろうことは初見のミーリでもブラドでも想像がつく。

 ただわからないのはその毒の種類と能力で、どの程度の危険度があるのかによって期待値は大きく変わる。この戦いを任せていいのかもだ。

 アスタが戦ってる間に訊いてもよかったが、どう見ても答えそうにないので仕方ない。

 そんなことを考えている間に、ブラドは高く飛び上がり距離を取ってしまった。短刀でリーチの短い陽日は、上空のブラドを見上げて構える。

 だがブラドはそこから槍を落とし、地面の中に溶け込ませた。

「“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”」

 湧き出る杭の群れが、フィールドを満たす。陽日は高く跳ぶと杭の一つの上に着地して、再び短刀を構えた。

 “串刺し狂乱”で捉えきれなかった陽日に、ブラドは飛びかかる。

 だがそれこそ陽日の狙いで、接近してきたところを振り抜く。だがその一撃は躱され、叩き込まれた肘鉄の突進に吹き飛ばされた。

 杭の出ていない地面に叩きつけられる。

 ブラドは陽日が動かないのを確認するとゆっくり降りて、顔を首筋に近付けた。舌で舐め、唇で吸い、そしてかぶりつこうと大口を開ける。

 だがまたそれこそ陽日の狙いで、気絶したフリから素早く短刀を持ち上げると、素早く、ブラドの肩に刺した。

 痛みでもがくブラドが首筋に噛みつこうとするも、陽日は転がって避ける。

 イラだったブラドは陽日を蹴り飛ばすと、肩を押さえてうめき始めた。

 即効性のある毒のようだ。だが見たことのない毒だ。

 短刀の先が刺さった傷口から、霊力の塊でできた蛇のようなものが皮膚の上を這いずり、それが通った場所から赤く変色していく。

 結果残った左腕は真っ赤に染まり、一切動かなくなった。

「……今のは、麻痺毒……そのうち全身動かなくなる。痛みもなくなる」

 立ち上がった陽日はまた、短刀を構える。

 ブラドは犬歯を見せて唸ったが、直に体全体が霊力の蛇に縛られて、動けなくなってしまった。無理に動こうとして倒れる。

 陽日はその様を見届けると、とどめもささずに帰ってきてしまった。ミーリのところに来て、そしてブラドを指差す。

「自分でとどめさせばいいじゃん。勝ったの、自分でしょ?」

 陽日は静かに首を振る。しばらく自分の袖をつまんでクシャクシャに丸めていたが、手を広げるとミーリの側を横切った。

「私の短刀は、死ぬまで長く苦しめる。だからダメ。神様でも、痛いのはヤだと、思うから」

 垣間かいま見えた彼女の瞳は、なんというかつぶらだった。見えたのはほんの一瞬だったが、幼子のような目をしている印象で映る。

 一見怖い外見からは想像つかない瞳と優しい性格に、ミーリは思わず吐息した。

「名前、なんて言ったっけ」

「……金、陽日」

 東洋人、か……ウッチーと一緒の。

「ヨーちゃんは優しいんだね」

「よ、ヨー……ちゃん?」

「執事くんを頼んだわぁ」

 ブラドへとゆっくり歩み寄り、剣を握る。もがくブラドの首筋に剣を当てて、寂し気に笑みを浮かべた。

「ミラさんとは、もっと色々話したかったな……バイバイ」

 振りかぶり、振り下ろす。それでブラドの首が飛ぶ、はずだった。

 剣がブラドの首を切れない。彼女の肌の一歩手前で止まり、動こうとしない。

 その理由はすぐにわかった。

 ブラドの体から、厖大ぼうだいな霊力が溢れ出ている。それが剣を弾き、肌に触れさせない。

 こちらは万全の状態で、しかも上位契約までしている。霊力の量にも力にも、問題はないはずだ。なのに斬れない。

 ミーリは体中から霊力を振り絞り、発する。全身から汗が出るくらいに力んだが、剣は全く通らない。

 ブラドの出す霊力の量が異常なのだ。

 まるで死ぬ気で何かを成し遂げようと――血を飲もうとしているかのように。必死に見える。

 もう吸血衝動のせいで、血を吸いたいという考え以外持ててないのかもしれない。そうなれば、もはや獣だ。

 ブラドは獣のように唸りながら、立ち上がり始めた。体を縛っていた蛇が、霊力の塵となって弾け消えていく。そしてまともに動くようになった三本の手足を大地に突き立て、牙をむけた。

 そして一瞬で、姿を消す。

 ミーリはとっさに剣を構えたが、そこにブラドの腕が伸びてきた。そのまま弾き飛ばされ、結界にぶつかる。

 もしオルアが今結界の出入りを制限していなければ、ミーリは地の果てまで飛んで行っただろう。故に結界に背を付けたミーリは、オルアに親指を立てた。

「さて、俺も本気でやらなきゃね」

 剣を持ったミーリと唸るブラドから、すさまじい量の霊力が溢れ出す。その圧は大気を揺らし、結界を振るえさせ、地面を削った。

 そして同時、肉薄した。

 剣と槍が、閃光を弾けさせてぶつかる。

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