第40話 愛おしい子


 リュシューリアはいつもの大岩に腰掛けて、青空を見上げながら思っていた。このような日々が永遠に続けばいいのに、と。青空を行く番の天使が歌を奏でる。それが潮風に乗って美しい調和となってリュシューリアの音声マイクに届き、彼女の鋼鉄の心を和ませる。


 あれから一度もダストとの紛争は起きていない。正確に言えば大規模な戦はではあるが、それでも十分だとリュシューリアは思っていた。少しずつ平和な時が長くなればいいのだ。


 一朝一夕で平和は来ない。だから少しずつ平和な時が長くなればいいとリュシューリアは考えている。何よりもカナンが嬉しそうに笑っているのだ。それだけで十分ではないか。


 そう穏やかな笑みを浮かべる視線の先では、カナンが水辺に降りて人魚達と戯れていた。人魚達はカナンが知らない遠くの話をしてはカナンを笑わせて、カナンはそれに興味津々に耳を傾けていた。やがて陽が傾き人魚達が去ってしまうと、カナンはリュシューリアの懐へと飛び込んで行く。そして笑いながら口早に彼女に向かって喋り始めるのだった。


「あのね、あのね! 遠い所には色んなものがあるんだって! ずっと遠くにはね――」


 そんなカナンの話を、リュシューリアは微笑みながら聞いていた。しかしカナンは途中で眠たげに眼を摩り始め、やがてリュシューリアの膝の上で丸まって眠り始めてしまう。


『…あらあら、眠ってしまいましたか。仕方の無い子ですね』


 リュシューリアはカナンが落ちないよう抱き寄せていって、遊び疲れて眠ってしまったカナンの様を見てまるで生物の様だと、そんな風に感じて笑っていた。おそらく研究者達もそのつもりで彼を作ったのだろう。だってカナンは本当に生物さながらだからだ。


 あれからトウヤとマックスの二人はリュシューリアと約束した通り、定期的にこの孤島へと遊びに来てくれていた。時にはリュシューリアとカナンを島の外に連れ出してくれて、カナンをペガサスに乗せて様々な場所へと案内してくれる。それが何よりも嬉しかった。


 きっとこれこそが幸せというものなのだろう。…長年リュシューリアは独りで過ごして来た。だからこの感覚が酷く新鮮で、そして掛け替えの無い時間になっていた。


 少しでも長くこんな時間が続きます様に。そうリュシューリアは一人願う。


 静かな寝息を立てるカナンを抱き、いつの間にか星月夜に変わっていた夜空を見上げて彼女は願う。…それはまるで人間が流れ星に願いを託すかのようであった。


 どうかお願いです、流れ星よ。この子達の幸せが少しでも長く続きます様に。…どうか。

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虚像の楽園 望月美咲 @akino-dango

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