第VII話

 キリヤの家が見え始める辺りの森でキリヤは何かおかしなものを感じ取る。そのおかしなものとは誰もいないはずなのに家から人の気配がすることだ。


 彼は様々な状況に対処するために様々な技術を習得している。人の気配を感じ取るのもその一つだ。その技術に間違えなどはない。それなのに気配を感じるということは実際に家に何者かがいるということだ。


 何も良いものは置いていないが、少し警戒する。そんなキリヤの雰囲気を感じ取ってか、森に入ってからさっきまでずっと話していた妖精達も無言になる。さらに気配も消す。早く行きたい気持ちもあるが、一歩ずつ慎重に歩く。


 少しすると、家の唯一の出入り口に到着すると、何を話しているかはわからないが中から話し声が聞こえてくる。つまり、複数人いるということだ。


 気配を消せないほどの実力の者達だから、俺一人でもどうにかなるな。それにしても、油断しすぎだろ。


 相手が自分よりも弱いことを感じ取ると彼の雰囲気からピリピリとしたものがかなり減った。ゆっくりと音を立てずに扉を開けて、サッと中に入る。扉は離しただけなのにゆっくりと音を立てずに閉まった。扉に近づく時よりも慎重に一歩一歩進む。


 音を立てないようにするのはもちろん、振動も出すとしたら微かに感じるほどの大きさ。キリヤは壁に隠れながら、慎重に中を覗くと、そこには十人ほどの人間がいた。しかも、全員がキリヤが知っている者達だ。


「なんだ、お前ら達かよ。こんなところで何してるんだ?」


 彼のを聞くと十人が一斉にバッ! と音が聞こえるかと錯覚するほどの速さで振り向き、キリヤの姿を見て目を見開いている。そこにいたのはHSII年P組の生徒全員。その事実を知った瞬間にキリヤは呆れた。


「お前らパーフェクトなクラスじゃなかったのかよ。気配くらい隠せよ」


「こっちこそ聞きたい。どうしてここにいる?」


 目を刃物のように鋭くしてエスタードがキリヤを睨む。そのエスタードの目を見た瞬間にキリヤはあることを思った。


 やっと本性をさらけ出したな。


 悪い笑いを浮かべながら思っているとさらにキツく睨んできたが、その程度で後ずさりする程度のキリヤではない。むしろ、キリヤもキツく睨み返すと、怖かったのかエスタードは少し後ずさりをする。


「も、もう一度聞く。ど、どうしてここにいる?」


 声を震わせながら聞いてくる。


 そんなに俺の睨みって怖いのかな?


 エスタードの質問に答えずにそう思っているが、いつまでも質問を返さなかったら、おかしいなと思い仕方なく、質問に返すことにする。


「簡単な理由だ。ここが俺の家だからだ」


 端的に事実のみを言うと全員が驚いた顔をしている。それを見てキリヤはもしかして、こいつらの溜まり場だったのか? と疑問に思う。


「まあ、俺の家だけどこれからも好きに使っていいからな」


「助かるが、それはさすがに遠慮しておくよ」


 エスタードが答えると周りのみんながうんうんと頷く。


「それじゃあ、家から出て行ってくれると助かる。どうせ役立たずの俺をどうするかって相談だろうが、俺の前で相談してくれても構わないんだからな」


「うっ!」


 図星だったのか、エスタードが言葉に詰まる。


 やっぱり、エスタードも俺のことを要らないんだと思っているんだな。まあ、当たり前だろうな。突然、やってきた役立たずの教師なんて絶対にそう思うだろう。俺だって、逆の立場だったらそうなる。だが、俺は生徒達の信頼を得ないといけないんだ。それは俺の願いを成就させるためにも。生徒達の信頼を得て俺は──。


 エスタードの反応を見てそれらのことを思った。


「よし、それじゃあルールを作ろう。お前達はここをこれからも使って良いが、俺は普通に生活をする。だから、お互いに干渉しないでいよう。それが俺が作ったルールだ」


 突然、何の前触れもなくキリヤが言ったので、その場にいるキリヤ以外の全員の目が点になる。 一番最初に元に戻ったエスタードが「確かにそうだな」と言いながら頷くと、周りのみんなもそのエスタードの意見に同調して「そうだな」などの肯定の言葉を言う。


 みんなの反応を見たキリヤは一度頷き「今からそのルールを適用する」と宣言をすると、買った物が入っている袋を台所に置くとまた、家を出て行く。


 エスタード達は一体キリヤは何がしたかったのかわからない。正直言ってキリヤ自身もわかっていない。


          ♦︎


 少しするとキリヤはさっき家に置いてきた袋の中の商品が売ってあったところとは違う店にいる。 今いる店は魔家電用品店まかでんようひんてんだ。


 ここには書いて字の通りに魔力で動かす家電用が売っている店。キリヤはそんな店の冷蔵庫が置いてあるコーナーにいる。そして、同じところをぐるぐると回っている。なぜなら、どの冷蔵庫を買えば良いかなど知らないからだ。


 今、キリヤは事前に調べておけばよかったと後悔している。店員に聞けば良いだけの話だろうと言えばそうなのだが、キリヤはなんとなくどんな状況でも人に頼るのはあまりしたくないのだ。なので、今こういう状況になっている。


「クソッ! 誰かに頼るしかないのか」


 心底悔しそうだが、変な物を買うよりは断然良いと思い、諦めて近くの店員に聞こうとすると突然、後ろから何者かに肩をツンツンとされた。


 殺気を感じなかったので、少し警戒を薄めるが、やはり警戒をして後ろに振り向くとそこには、キリヤよりも少し上の女性がいた。その女性の姿はメイド服だ。この世界でメイドといえば、全ての貴族の家にいる。どんな貴族でもだ。例え、エスタードのような没落貴族でも。そんな人間に突然、肩をツンツンされたので警戒を強めるしかない。


 貴族を殺し回っているダークロウの正体はキリヤだからだ。


 もしかして、俺がダークロウだと気づかれたのか? それとも単に同じところをぐるぐると回っている変な人に見えたからか? 後者の方が可能性としては高い。


 そう考えることでしかキリヤは心を落ち着かせることができない。だが、メイドの目はまるで自分と支えている主以外はどうでもいいような目だ。そんな人間が俺の正体に気づくはずが無いと思い直して警戒を弱める。


「どうしました?」


「さあ、お嬢様」


 メイドに言われてメイドの背中に隠れていた小さな少女が後ろから出てくる。そんな少女を見てキリヤは警戒度を元に戻す。


 どこの貴族かわからないが、貴族の令嬢が姿を現したので警戒するしか無い。その貴族の少女は見た目は初等部の四年生くらいの少女だ。それくらいの年齢の少女は基本無邪気だ。だが、その無邪気さこそが恐ろしい。何も知らないからこそ隠していることを簡単に発見し暴露してしまう。


 キリヤはそう思っている。だから、警戒度を強めたのだ。


「す、すみません。突然で申し訳ないのですが……」


 少女はそこで言葉を一度切ってしまう。そんな少女の次の言動をハラハラしながら待つ。少しの間が空いてから少女は口を開く。


「買い物のお手伝いをさせていただけませんか? 何を買えば良い困っているようでして」


「それはありがたいです。それじゃあ、 お手伝いして頂いても?」


「はい! 喜んで!」


 少女の眩しい笑顔で言った言葉にキリヤはかなり安堵している。


「そういえば名乗っておりませんでしたね。わたくしの名はフックマール・エズ・リスティニーです」


「俺のいや、私の名前は」


「存じ上げております」


 少女──フックマール・エズ・リスティニーはキリヤの言葉を途中で遮りそう言う。それにはキリヤも驚いたが、服を見ると一瞬で理解できた。


 彼女が着ている服は【アルネーク士官学院】の初等部の制服だからだ。


 今日の自己紹介の時に知られたのか。なら、知っていてもおかしくないな。


 ダークロウとバレたわけではなかったので安堵したが、彼女の姿をねんのために上から見ても別に大丈夫そうだった。


 彼女の髪は桃色のショートヘアーなのに、大分と上の方で二つに結んでいる。その結んでいる髪留めは彼女にびっくりするほど似合うハート型だ。瞳の色は赤──いや、朱色。さらに正確に言うと赤に近い朱色だ。


 キリヤがフックマールの姿を上から見たのには理由がある。その理由とは武器を隠せるところの有無。無かったら完全に安心できるが、少しでも有ったら警戒が必要なのだ。


 ちなみにフックマールの姿の結果は隠せるところが有る。しかも、それは簡単に隠しやすいカバンの中だ。警戒をしながら、キリヤはついて行く。


「そういえば、キリヤ先生は何を買いたいのですか?」


「普通の冷蔵庫です」


「冷蔵庫…ですか?」


「はい、事前確認を怠ったために何を買えばいいのかわからなくなりまして」


「そうなんですか? 今の使用可能なお金はいくらおありなのでしょうか?」


「んんー。そうですね。約三バイドです」


「三バイドですか。これは少々悩まないと厳しいところですね。私の方からお金を少し、出せばもう少しいけるのですが。そのところはどうでしょうか?」


「生徒からお金を借りるなんて教師失格だと考えています」


「やはり、そうですよね」


「はい、折角のお心遣い痛み入ります。ですが、すみません」


「わかりました。魔電化製品を広く扱っているリスティニー家の娘を信じてください」


「心強いです」


 二人とも敬語を使い会話を交わす。キリヤは敬語を使うのは少し大変だなと思うが、これからもこんな状況になるだろうと思い直して、我慢することにする。


 それにしても、生徒が全員名簿に載るほどの悪い貴族の子供達とはな。まあ、あの殺しの名簿に載っていない貴族なんて、皆無に等しいほどだろうな。貴族は皆、自分達の利益しか考えていないような奴らだからだ。


 内心では貴族を軽蔑しながらもキリヤは表情を一切変えない。


「これなんかどうですか? 三バイドの中で一番高価な冷蔵庫ですよ。お値段はニバイド九千九百二十八バドです」


 高いな。でも、魔家電製品だったらこれくらいか。


 悪態をついたが、中の内容量を見る。前まで一人暮らしの時に使っていた小さな冷蔵庫よりは入るようなので、キリヤはこれにしようと決める。


 ちゃんと、保証なども見た結果、普通だった。

 よし、これにしよう。


「これにします」


 決めてすぐにキリヤは言葉に出すと、まだ、見て回りたそうだか「わかりました」と頷きながら言う。


 フックマールの表情はもう少し見て回りたいと言っているような表情をしている。

 今回はそんな暇ないんだよな。まあ、これからも絶対に無いがな。そう心で思いながら、キリヤはフックマールに笑顔を向ける。


「大丈夫ですよ。また、今度にしましょう。今日は色々と忙しいので」


 言いながらキリヤはフックマールの頭に軽く手を置く。


 いつもなら「触るなこの役立たずの平民が!」と怒るだろうなと思う。そうキリヤが思ったのには個人的な理由がある。貴族というものは外面を驚くほど気にする人種だとキリヤは思っているからだ。


「そう…ですね。それではまたいつかお買い物をご一緒にしましょう!」


 キリヤの思いなんか知らずにパッと明るい笑顔を浮かべて手を小さく振ってくる。


「それではご機嫌よう」


 フックマールの言葉を聞いて、やっぱり貴族だもんなと思う。


 そう思った頃には既にフックマール達の姿は消えていた。とりあえず、キリヤはこの店の店員を呼びこの冷蔵庫を買いたいと言うと、何かの小さな端末でバーコードのところをピッとして在庫を確認する。


 在庫を確認したところであったようで、レジまで案内される。やはりレジは魔力で動く魔機械まきかいというものがやっていた。この国ではレジは機械で商品を持ってくるのは人と決まっている。


 別にそんな法律を作ったわけでは無い。暗黙のルールというものだ。


『三バイドです』


 無機質な機械の声で言われる。キリヤは普通に三バイドを出す。


 まさか、表示されてたのが税抜き価格だったとはな。だけど、ちょうど三バイドで助かった。


 少し焦りながらも安堵している。


『お買い上げありがとうございました』

「ありがとうございました!」


 機械と普通の人の声が商品を受け取った瞬間に同時に聞こえた。冷蔵庫はかなり軽い。魔力がない普通の人でも持てる程度の重さだ。店外に出てすぐに冷蔵庫を手に固定した。


 固定したものはヌルヌル感が無い何かの触手だ。キリヤは触手を腕に巻き、街中まちなかを歩く。


 幸い、店から家に着くまで間に誰もいなかったので変な目で見られることはなかった。


 家の扉を開けて、その扉の前で触手の固定を解き、冷蔵庫を手で持ち家の中に入っていく。


 触手は外に放っておくと、何かの拍子で触手は生徒達の姿を見るなり突然、生前の記憶が思い出したかのように生徒達めがけて、凄まじい速度で襲いかかる。


 ヌルヌル感がある触手は色々なものである意味健全な描写をよくされるが、ヌルヌル感の無い触手などただの凶器でしかない。触手で掴んだ者を絞め殺すか、身体を貫き殺すだけの存在。


 突然の触手の襲撃に生徒達は目を見開くが、キリヤは冷静に触手を根元から切断すると、すぐに二つに切断した触手を二つとも開けたままの扉から外に蹴り出すと、外で触手はただの緑色の血を流す肉塊に成り果てる。


「「なに……それ……?」」


 家の中にいる女子生徒達は皆、声を揃えて怯えたような表情と声でキリヤに聞く。


 この程度のことでこの反応か…。戦争になったら役に立つかな?


 みんなの顔を見てキリヤは思う。みんなの顔は表現するならば、顔面蒼白というものだ。

 かなり動揺している。その動揺は目の前で触手が肉塊となり緑色の血を流しているの見たためだ。触手なんかより人間の方が断然グロいのにさ。


 キリヤは人間の血や肉塊などは見たことがあるのでそう思う。


「先生! 聞いてますか?」


 亜麻色の髪のヒメクスラが嫌味を含みキリヤに起こるように聞くが、別にキリヤはそんな嫌味を言われても気にしない。


「何の話だ?」


「だから、なにあれって話ですよ!」


 ヒメクスラさっきキリヤが外に蹴り出して、今は外にある緑色の血を流している肉塊を震えながら指を差して聞いている。


「ん? 触手だが? それがどうした?」


「触手ってことは今の状態を見てもわかりませんが、元の状態を見たので知っています! だから、どうして触手があるんですかって聞いているんです!」


「えっ?」


 この国での一般常識を知らないことにキリヤは驚くが、すぐに貴族だから仕方ないかと思い直す。


「この国ではどの魔機械にも触手は入っている」


「そんな見え透いた嘘を吐かないでくださいよ」


「残念ながら事実だ」


「へぇー。それだったら、どうしてわたしの家の魔機械には無いんですか?」


 どうせ、何も言えないのは知っているんですよ。このことを父様に言ったら一端の教師をクビにできるほどの権力を持っているんですから。


 ヒメクスラは勝利を確信しているが、キリヤの口はすぐに開いて、さっきのヒメクスラの質問に答える。


「魔機械を運ぶために魔力で機械を包み込むとその魔力で触手は焼かれるからだ。だから、魔力をちゃんと使える家庭には使う時にはもう、触手が存在しないんだ」


「う、嘘ですね」


「そう思うなら調べるか家族に聞けばいい」


 キリヤの余裕そうな言葉でヒメクスラはキリヤが言ったことは全て事実だと理解し、ギリッ! と一度だけ歯ぎしりする。


 できるだけ周りの人間にはバレないようにだ。ヒメクスラのクラスメイトにはバレなかったが、キリヤの耳にはその歯ぎしりの音が聞こえた。そんな風に会話をしていたが、いくら軽いといっても機械なので、少々、冷蔵庫を持っている方の腕が痛くなってきたので、置くと決めていた場所に冷蔵庫の箱を置く。


「あっ」


 家に土足で入っていたことに気づいたキリヤはすぐに靴を脱ぎ、靴箱にしまうが、ここにいるキリヤ以外の者は普通に土足だ。


 キリヤはなぜか家に土足で入るのが嫌なのだが、この国の習慣で家に入るのに靴を脱ぐ習慣は無い。 そのためキリヤ以外の者は靴を履いたまま家に入るのだ。


 冷蔵庫を箱から出して、組み立てる。そして、冷蔵庫に少し魔力を流し込むと動き始めるが、中が冷えるのに時間がかかるため少しの間だけ、待つことになる。


 とりあえずは手洗いうがいを洗面所でする。


 その後は何もすることが無いので、家でくつろぎ始める。


 一連の流れを生徒達はずっと無言で見ていたが、くつろぎ始めたのを見てから、みんな喋り始めるが、すぐに話題が尽きるようだ。


 きっと、俺の話がしたいけど、愚痴とかだから本人がいる前では言えないんだな。まあ、だからと言って俺は別のところに行くこともない。ルールで互いに干渉しないと決めたからな。


「それじゃあ、そろそろ俺は帰る」


 エスタードが突然、言い出すと他のみんなも次々とそう言い出す。


「そうか。じゃあな」


 全員に対して軽く手を挙げるが全員無視していく。そして、玄関の扉を閉めてその場を離れる。

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