第X話

 とりあえず彼は今、やるべきことをすることにした。ちなみに今、やるべきこととは人間の夕飯の支度と妖精たちの夕飯の支度だ。妖精の夕飯は人間ほど手間もかからないし、値段もかからない。


「ハンナ。悪いけどお金を渡すからスーパーで足りないものを買ってきてくれ」


「足りないものですか? 一体何が足らないのですか?」


「今のところは胡椒だけだが、他にないやつや無くなりそうなやつがあるかも知れないから、確認してから言ってくれ。俺は今、手を離さない」


「かしこまりました」


 彼女は淡々とした調子で返事をした。それを聞いて、やはり自分の意思では動かないことがわかった。キリヤは一人で二人と三体分の世話をしているので本当に手が離せない。


「それでは行って参りますね」


「わかった。気をつけてな」


「かしこまりました」


 やはり淡々とした調子だった。ちなみにハンナには買い物をしていても違和感がないようにメイド服を着させている。


「あっ、待った」


「どうかしましたか?」


「ちゃんと身だしなみくらいキッチリしろよな」


 キリヤはそう言うとハンナの髪がボサボサになっていたので、ショートポニーテールを解いてから櫛で研く。もう一度だけショートポニーテールを作る。


「メイドが身だしなみをキッチリしてなかったら、ダメだろ」


「そうですね。ありがとうございます。それでは今度こそいってきます」


「いってらっしゃい」


 キリヤが笑顔で言うとハンナは扉の外に出た。ちなみにハンナに古典的なメイド服を着るように命令した。だけど、いくら操られているとしてもこだわりがあるようなので、肩の部分と胸の谷間の部分を露出していて、スカートの丈は短く、白いニーハイを履いた。そして、袖や裾にはフリフリが付いていた。


 もちろん、キリヤの自宅にそんなものがあるはずないので、ハンナが生み出した。どうやらそれらは忍術のようだった。しかし、彼にしたら魔法かよとツッコミを入れたくて仕方がなかった。


 でも、今はハンナよりもツッコミを入れたい人物がいる。


「何の用だよ。本物のミスズカ・ヤン・ティルスとノルニア・ワセ・エシーチカ」


 キリヤは何もない虚空へと声をかける。しかし、反応がない。彼の気のせいという可能性もあるが、彼には間違えではないという自信がある。


 数分間、無言の時間が続いた。そこで「降参降参」と言う少女の声が聞こえた。続いて「やはり、先輩を欺くなんて無茶だったのですよ」と言う少女の声が聞こえたので、そちらを睨む。


 そこにいたのは血が染みているかのように赤黒い髪を一つにまとめていて、闇に紛れるかのように暗い瞳を持っている少女──ミスズカ・ヤン・ティルスとミスズカの瞳と同じように闇に紛れるためにあるかと錯覚してしまいそうな黒くて暗い髪をそのままにしていて、毒を宿してそうな瞳を持っている少女──ノルニア・ワセ・エシーチカがいた。


 二人の服装は全身が真っ黒で、漆黒のマントが付いている。さらに襟を立てて口を隠している。そして、下が黒いミニスカートで黒いニーハイを履いている。さらに足音が鳴らないように永久魔術と呼ばれる効果が永遠に続く禁呪がほどこされているヒールを履いている。


 キリヤにしたらその服装は本当に見慣れている。なぜなら、それらはキリヤが属していた部隊の服装だからだ。でも、最近は一切見ていなかった。一ヶ月前の学園襲撃事件の時はアルネーク士官学園の制服だったからだ。


「なるほどな。お前らがその服装だということはさっきのあの学園は暗殺者の壁アサシンウォール…………いや、今は闇のハヤブサダークファルコンか。まぁ、そいつ以外は幻覚か。本当は何もない草原でしていたんだろうな。アルさんもよくやるよ。それにどうせ学園長たちが言ったセリフは本物が実際に言っているんだろ」


「さすがは元執行人。作戦のことをよく知ってらっしゃる」


「当たり前だ。それに俺がいる時の作戦を未だに使っているお前らも悪いんだけどな。あぁ、そういえば何しに来た?」


「もちろん、監視するためだよ。お前をな」


「…………」


 ミスズカが勝手に口走ったことではなくノルニアが言い返さなかったということは本部から実際に出ていることだと知っているキリヤは頬をひきつらせる。


「どんな風に監視するつもりだ?」


「もちろん、ここに住んで」

「断る」


 ミスズカの言葉を遮って、キリヤは即座に返答した。


「ただでさえ狭いのにどうして、一人だけではなく三人も増えるんだよ。教師として暮らしていた家ならまだしも、ここは俺の自宅だぞ。しかも、1LDKプラス脱衣所と浴室だけのクソ狭い家だぞ。そんなの一緒に暮らせるわけがない。他を当たれ」


 事実を伝える。それに二人にハンナとの関係のことを知られるわけにいかない。二人は穏やかそうに見えて一番の過激派だ。なので、どうするかわからない。わかるわけがない。キリヤにしたら二人は変なところで怒るし、変なところで悲しむ。おかしな人なのだ。


「なら、仕方ないね」


 諦めてくれたかと思い喜んだが、その喜びはすぐに消された。なぜなら、二人は今まで見たことがないほど美しい早着替えをしたからだ。その早着替えの方法とは優雅に一回転すると変わったのだ。しかも、ハンナに着せたメイド服と全く同じだ。いや、一部だけ違った。二人は胸の谷間の部分や肩の部分以外にもヘソの部分を露出している。さらに太ももの部分にはナイフがある。


 いつでも戦闘態勢ということかよ。さらに厄介じゃねぇかよ。はぁ、仕方ないか。これはハンナのことも言うしかないな。そして、出来れば仲良くもして欲しい。まぁ、ほとんど無理に等しいけどな。敵同士がそんな簡単に仲良くできるわけがない。


 俺の場合はどこにも属さないようになったから、個人の問題としてあっさりと済んだ。でもな、こいつらは属しているからな。その辺が怪しい。まぁ、本人が帰って来る前に言えばギリギリ問題なさそうだな。


「ミスズカ。ノルニア。実はな──」


 キリヤは今回のことを包み隠さず話した。ハンナは前の雇い主を殺したいらしいからそれを手助けすることもだ。


「うん。知ってる。アルさんから聞いた」


「なんだ。聞いてるなら聞いてるでそう言ってくれよ」


「でも、それがどうしたの?」


「はっ?」


「わたしたちが野蛮人だとでも思っているの? そんな簡単に殺すわけないじゃない」


「そうか。なら、よかった」


 殺すわけないと言ってくれたので安心すると扉が開いた。そして「ただいま戻りました」と言う声が聞こえて来た。


「おかえり。案外早かったんだな」


「はい。珍しく空いていたので」


「本当に珍しいな。何かあるのか?」


「さぁ、わかりません」


「そうか。でも、ありがとな」


 キリヤは笑顔で言いながら、ハンナの頭を優しく撫でる。ハンナは妙に嬉しそうだった。しかし、ミスズカとノルニアに気づくとハンナは離れた。そして、照れ臭そうに上目遣いをしてきた。しかし、次に言う言葉が爆弾すぎた。


「いつものようにご褒美としてご奉仕させてください。もちろん、性のご奉仕ですよ」


『はっ?』


 ハンナの言葉にキリヤだけではなくミスズカとノルニアも同じように反応した。二人はキリヤをキッ! と睨むが彼には全くそんな覚えもない。それどころか二人は出会ってから数日しか経っていない。


「まぁ、冗談ですけどね」


「ふぅ。びっくりした。いつの間にそんなことしたのか不安になったわ」


「はは。すみません。でしたら、房中術の練習をさせてください」


「房中術? 何かの忍術か?」


「はい。そうです。命に危険はないですよ」


「そうか。なら、いいや」


「「ダメ!! 絶対にダメ!! 死んでもダメ!!」」


 ミスズカとノルニアは珍しく声を荒げて言う。しかし、キリヤはどうしてここまで二人が必死なのかわかっていない。そもそも彼は房中術を知らないのだ。純粋と言えば聞こえがいいが、ただ無知なだけだ。


「そこまで言う必要があるか? 本人も別に命に危険がないと言っているんだし、別にいいじゃないか」


「先輩。確かに命には危険がないです。しかし、別の危険があるのですよ」


「別の危険? そうなのか?」


 気になりハンナ本人に聞くが彼女は楽しそうに微笑んでいる。


「一度試してみます?」


「うん。頼む」


「「ダ…………!」」


「忍法・金縛り」


 二人は突然、静かになる。


「なら試します」


 ハンナは言ってから真剣な表情になりながら、キリヤに近づく。


「ぅ……ぅぅぅ」


 しかし、ここでハンナの異変にキリヤは気づいた。幸い二人はまだ動いていないのでキリヤ自身が動いて、ハンナに近づく。そして、抱きしめた。キリヤと大して身長が変わらないハンナは首筋を噛んだ。当たり前だが、それで首筋から血が出てくる。


 キリヤの首筋から出てきた血を慌てて飲み始める。そのせいでキリヤに全体重を乗せたので倒れる。幸い、ベットに倒れ込んだので痛みはない。すると、突然ハンナはまるで子供のようにキリヤの胸の中で泣きじゃくった。その時のハンナはずっと謝罪を述べていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます